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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
20/202

  19 -居場所-

 補足情報018

 戦争は「巻き込まれていない人間にとっては世界的な見るスポーツ」と化す。

 ……これはとある安全保障アナリストの言葉である。

 シンギの活躍は映像配信サイトの『ウォーノーツ』を通して多くの“観客”に見られたに違いない。それが今後シンギに何らかの影響をもたらすことになるかもしれない。

  19 -居場所-


「――おめでとうございます。訓練プログラムの全行程が終了しました。これでシンギも立派なプロランナーです。」

「あー、長かった……。」

 カンダハルでの作戦が無事に終了してから5日間、俺はずっとラボに入り浸って訓練プログラムを続けていた。そして5日目の今日、見事に全ての課題をクリアすることができたのだ。

 アイヴァーと戦った時の感覚を忘れないうちにやっておこうという俺の考えは正しかった。お陰でスムーズに攻略することができたように思う。

 当然、基礎編と比べて応用編、発展編、実戦編は難易度は高かったが、その分内容は短く、そのほとんどが戦闘AIとの対戦形式だった。旧式の操作コンソールにも慣れたし、これで俺も自在にリアトリスを操作できるようになったと言っていいはずだ。

 訓練プログラムを終了してHMDを外すと、コックピット内に合成音声が響いた。

「これだけリトライ数が多いと本来なら失格ですが、そこは基準を緩めることにしました。実戦であれだけ精神状態が安定しているなら問題ないはずです。」

 AIのセブンはお世辞を言うことは無いので、俺が問題ないというのは本当みたいだ。

「そりゃどうも。……つーか、よくこんな難易度高い訓練プログラム作ったよな。これが没になったのもよく分かる。これ、他にクリアできた奴いるのか?」

「はい、他に1名ほど。その人の名前は……」

 俺の素朴な疑問にセブンは即答し、続けてその名前を俺に告げようとする。

 しかし、セブンの言葉を遮るようにコックピットの外から女性の声が聞こえてきた。

「シンギ君、ちょっとリアトリスのコックピットに入り浸りすぎじゃないかな。」

 それはVFエンジニアのナナミの声だった。

 俺はすぐにコックピットハッチを開けて外に出て、ナナミに文句を言う。

「言っとくがリアトリスは俺のVFだ。持ち主がどこにいようと俺の勝手だろ。それに、メンテと整備に金払ってんだから文句言われる筋合いはねーぞ。」

 ナナミは俺のセリフに対し、メガネの位置を直しながら呆れたふうに言い返してきた。

「だから、シンギ君がコックピットに篭ってるせいでメンテが進まないんだよ。……セブンもそんな訓練プログラムなんて後にしてこっちを手伝って欲しいんだけど。どう考えてもリアトリスの整備が優先だよね?」

 ナナミは言葉の途中で俺から視線をそらし、リアトリスのコックピットに向けて言う。

 しかしセブンから返事はなかった。

 代わりに俺が答えてやることにした。

「ただのAIにメンテの手伝い頼んでんじゃねーよ。エンジニアなら自分の腕だけでやれっての。」

 ナナミに対してきつく言うと、今度は違う場所から少女の声が割り込んできた。

「そうは言ってもシンギさん、ここはキルヒアイゼンのラボなんです。ここではナナミさんの指示に従ってくれませんか? 今はオフシーズンなので整備用のケージを使えますが、シーズンが始まったらこれが必要になるんです。」

 ナナミの背後から現れたのはセルカだった。

「それを先に言えよ。邪魔ならCEの連中に世話になるから。」

 チームにも都合があるのだし、邪魔になるなら仕方ない。

 リアトリスを移動させるべくサリナ社長に連絡しようと携帯端末を手に取ると、なぜかセルカが俺の手を携帯端末ごと押さえてきた。

 その行動に俺は不意を突かれ、思わず携帯端末から手を離してしまう。

 セルカ自身も自分の行動に驚いたのか、すぐに手を離して後ずさった。

 その後、数秒の沈黙の後、セルカは落ちた携帯端末を拾うと俺に手渡し、取り繕うように話しかけてきた。

「いえ、あの、別にシンギさんがいること自体は問題じゃないんです。でも、やっぱり機体のメンテナンスの時にはリアトリスから席を外して欲しいといいますか、そろそろアカネスミレも巡業から帰ってくるころですし……」

「へぇ、アカネスミレってナナミが言ってたプリミティブVFのことだよな。」

 アカネスミレの名を口にすると、今まで強ばっていたナナミの表情が一気に明るくなった。ついでにナナミはアカネスミレについて語り出す。

「よく覚えてたね。アカネスミレはキルヒアイゼンとアール・ブランがチーム合併した時にウチに来たVFなんだけど、それ以降ずっと活躍してるんだ。今でも人気があって、オフシーズン中は巡業で世界各地を回ってるよ。スタッフがほとんどいないのもその巡業に付いて行ってるからなんだ。」

 あまりよく知らないが、VFBの世界ではアカネスミレはかなり有名なVFらしい。

 さらに俺は質問を重ねる。

「なるほど。で、巡業ってどんなことを……」

 しかし、その質問が受け入れられることはなかった。

「もういいです。シンギさんはラボから出ていってください!!」

 話がズレたことに怒ったのか、珍しくセルカは口調を強めて俺に命令してきた。

 必死に話をしているのにそれを無視されたら誰だって怒るはずだ。

 セルカの顔を見てみると、怒りのあまり今にも泣き出しそうだったので、俺は素直に言うことを聞くことにした。

「わかったよ、出ていきゃいいんだろ……。」

 俺はリアトリスから離れ、ラボの出口に向かう。

 だが、その時なぜかナナミが俺を庇うような発言をした。

「セルカちゃん、何もそこまでしなくてもいいんじゃないかな。わたしはリアトリスからシンギ君が降りてくれればそれでいいんだけれど……。」

 そんなナナミの言葉に対してもセルカの態度は変わらなかった。

「駄目です。ナナミさんも早く作業に戻ってください。本当に時間が無いんですからね。」

「う、うん。わかった。」

 ナナミは短く返事をすると、そのままそそくさとラボの中央へ移動していった。

 俺もラボから出ようとすると、不意にリアトリスの外部スピーカーが起動し、セブンからメッセージが発せられた。

「シンギ、先ほどの話……訓練プログラムをクリアできた1名についてですが……」

 これ以上余計なことを話すとセルカにまた何か言われるのではないかと思い、俺はセブンからの会話を一方的に終わらせることにした。

「別にいい。どうせ聞いても分からねーだろうし。メンテ作業手伝ってやれよ。」

「もちろんです。」

 大きな声で言葉を返すと、セブンから了解の言葉が返ってきた。

 そんな返事を背中で聞きつつ、俺はラボから外に出た。

(ま、訓練プログラムも済んだことだし、連絡が来るまでダラダラしてりゃいいか。)

 ここのラボはなかなか居心地が良かったので時間を潰すのには最適だったが、チーム運営の邪魔になるなら仕方がない。

 この後どうしようかと思いつつチームのビルを出ると、タイミングよく携帯端末に着信が入った。画面を見てみるとサリナからだった。

 先ほど連絡しかけてセルカに中断されたので、折り返してきたようだ。

 俺は再びビルの中に戻るとエントランスのベンチに座り、携帯端末を耳にあてた。

 するとスピーカー部分からサリナの呑気な声が聞こえてきた。

「どうしたのシンギ?」

 リアトリスを移動させる必要もなくなったし、その経緯を電話で説明するのも面倒だ。丁度暇もできたし、暇つぶしがてらサリナの部屋に行く事にした。

「今暇なんだけど、そっちに行っていいか?」

 挨拶もなしに訊いてみると、すぐに良い返事が返ってきた。

「いいよいいよ。私も暇だったの。……じゃあ何かお菓子買ってきてね。飲み物は私が用意するから。」

 社長なのに暇でいいのだろうか……。

 それはともかく、招待してくれるなら断る理由もない。そもそも俺から言い出したのだし、遠慮なく社長室にお呼ばれしようではないか。

「お菓子だな。わかった。」

 そう返事すると俺は通話を終了して携帯端末を懐にしまう。

 そして改めてキルヒアイゼンのチームビルから外に出た。



 ――そこら辺の雑貨屋で適当にスナックを買った俺は、CE社の社長室に入ってすぐにそのことを後悔していた。

 目の前に広がっているのはいつもとは違って綺麗に整理整頓された部屋であり、小綺麗なテーブルの上には高そうなティーカップが置かれていて、その中には上品な香りを漂わせる紅茶が淹れられていたのだ。

 そんな飲み物にスナック菓子が合うとは思えない。

 サリナのことだから飲み物といったら炭酸飲料や果汁ジュースを用意すると思ったのに、とんだ大誤算である。

 改めて周囲を見渡すと広い室内はすっきりしており、服が散乱しているでもなく、変な西洋甲冑があるわけでもなく、床に敷かれたカーペットも高級感漂うふかふかしたものに換えられていた。

 そんなふうに観察しつつ俺は部屋の中に入っていき、雑貨屋で買ったスナック菓子を袋ごとサリナに手渡した。

 部屋の中央で立っていたサリナは無言でそれを受け取ると小綺麗な膝丈のテーブルの上に置き、埃一つないソファーに腰を下ろした。

 心なしかサリナも普段よりいい恰好をしているように見える。薄手のブラウスに細身のスラックスは綺麗な折り目が付いていて明らかに新品だし、金色のショートヘアーも寝ぐせ一つ付いていない。

 そんなサリナを見つつソファーに腰を下ろすと、早速サリナが神妙な面持ちで話しかけてきた。

「……で、何の話なの?」

「?」

 何の話と言われても何のことかわからない。

 俺が怪訝な表情を浮かべると、サリナは口調を強めて詰め寄ってきた。

「惚けたふりしないで。本当は私に告げにきたんでしょ? ……このCEを辞めるって。」

「はぁ?」

 藪から棒にそんなことを言われ、俺は反論するべく口を開いたが、それよりも先にサリナが話を再開した。

「……そうよね。あれだけの活躍を見せれば引く手数多だろうし、あのリアトリスがあれば仕事も全然問題ないよね。……でもいいの。シンギが活躍してくれるだけで私は嬉しいから。これからも困ったことがあったら言ってね。私、応援してるから。」

 なぜか俺はCEを辞めることになっているみたいだ。

 ここでようやくサリナの話が途切れ、一方的な勘違いを指摘することができた。

「勝手に俺を追い出すんじゃねーよ。まだしばらく俺はCEで働くつもりだぞ。」

「しばらくってことは、いつかはCEを辞めるってことだよね……。いつなの?」

 なんでサリナはここまで根掘り葉掘り聞いてくるのだろうか。

 いい加減面倒になった俺ははっきりと自分の考えを口にした。

「うるせーな。先のことはその時になって考えりゃいいんだよ。つーか、なんでサリナはそんなに俺のことを気にするんだよ……。」

「――無理もない。お前は社長のお気に入りだからな。」

 急に背後から聞こえてきたのはケイレブの声だ。

 CEの社員には暇人が多いらしい。もちろんその中に俺も含まれている。

 ケイレブは俺の隣に座ると勝手にスナック菓子を手に取り、袋を開ける。そして中に入っているチップスを食べながら俺に告げてきた。

「しかし、今のうちにCEを辞めたほうがいいかもしれないな。シンギ。」

「ケイレブ……。お前もか。」

 どうあってもこいつらは俺をCE社から追い出したいらしい。

 ケイレブは俺のティーカップを掴むとスナック菓子に続けて紅茶も勝手に飲む。そして、俺がCEを辞めたほうがいい理由を説明し始めた。

「前回の作戦で感じたんだが、お前はスタンドプレーをしていたほうが実力を発揮できる気がする。今はあまり感じていないかもしれないが、お前の実力はかなり高い。戦闘時の映像を見てそれがよく分かった。ウォーノーツでの評価も高いし、戦い方にもセンスが感じられる。何より、あのアイヴァー・グレゴールを倒したという事がすごい。遠距離からの正確な射撃とあの高い隠密性で敵なしと言われていたからな。」

「そうなのか……。」

 ここまで言われると悪い気はしない。単独行動をしているのは事実だし、もしかしたらケイレブの言う通りにフリーランサーになったほうがいいのかもしれない。

 でも、そのタイミングは今ではない事は確かだった。

 ケイレブは俺に長々と説明した後、サリナにも話しかける。

「そういう事ですコルマール社長、シンギのことを考えるならCEを辞めさせるのも仕方ないかと。」

「やっぱりそうよね。それじゃあ契約解除の書類を……」

 もう少しでサリナが俺の脱退に同意しそうだったので、それを阻止するべく俺は改めて自分の考えを2人に宣言した。

「いやいや、だから俺はCEを辞めるつもりはないぞ。全部お前らの勘違いだ。」

 それを聞いたサリナはきょとんとした表情を俺に向ける。

「……へ? そうなの? でも、この間は辞めるって……」

「あの時はあの時だ。でも今は違う。……この間の作戦でCEのサポートが無いとやっていけないって分かったからな。」

 VFの輸送や無人機による後方支援がなければ戦闘区域に移動することすらままならない。それに、UAVによる周辺区域の情報収集やオペレーターによるサポートがなければ敵を見つけることもできないし、敵の場所が分からなければ動くことすらできない。

 アイヴァーのように何でも一人で行うというのは俺には不可能なのだ。

 もし可能だったとしても戦闘において大きなハンデを背負うことになるのは必至だ。

 そう考えると、途端にアイヴァーが有能なランナーに思えてきた。

 それを踏まえ、俺は続けてサリナに話す。

「前に言われた通り、俺にはまだ経験が足りねーからな。サリナには今まで通り依頼の仲介を頼みたいんだが……いいよな?」

 現状維持の旨を伝えると、すぐにサリナの表情が明るくなった。

「もちろん。CEに所属している限り、望むだけのサポートはしてあげる。」

 そんなサリナに便乗してケイレブも手のひらを返し、先ほどまでとは真逆のことを発言する。

「やはりリアトリスみたいな高性能なVFは手厚いサポートがあってその真価を発揮するからな。……あと、整備員のフリして現地に行く必要もないな。有名になったし、依頼主も遠隔操作かどうかなんて気にしないだろう。それに、アルブレンのレンタル費と通信衛星の使用代、保険もかけなくていいからかなり報酬が増えるはずだ。CEに残って正解だぞ、シンギ。」

 またしてもケイレブに長いセリフを投げつけられ、俺は少し考える。

 確かに報酬は増えそうだが、裏を返せばVFが壊れても保証もなにもないということだ。

 ……まぁ、リアトリスが壊れる時は俺が死ぬ時なのだし、あまり深く考えないほうがいいだろう。

「とにかく、これからもよろしくな。」

 そう言って俺はソファーに深く座り、スナック菓子を頬張る。

 しばらくはここでゆっくりするのも悪くないなと思っていた。


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