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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
2/202

  1  -無謀な男-

 このページを開いてくださり、ありがとうございます。

 この小説は『耀紅のヴァイキャリアス』の続編小説です。時代的に一世紀進んでいますので、この作品から読んでも問題はありません。しかし、耀紅のヴァイキャリアスの前書き部分に記載されているあらすじだけでも読んでいただくと物語を理解しやすいかもしれません。

 この小説は少年が人型のロボットに乗り、戦争に参加するというロボット戦争モノです。当然人は死にますが、死亡時の描写は極力避けています。

 私自身未熟なので読みにくい部分があると思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。

  1  -無謀な男-


 アフリカ大陸、西サハラ。

 その名の通りアフリカ大陸の西部に位置するこの地域は北大西洋に面しており、国土の大半が砂漠地帯で覆われている。50年くらい前に領土問題が解決されてからはある程度の産業が育ったらしいが、今は再び紛争のまっただ中にある。

 この場合の紛争というのは、簡単にいえば土地の取り合いだ。

 こんな何もない砂漠を手に入れても何の意味もない気がするが、これだけ激しく紛争しているのだから、何かしかしらの意味はあるのだろう。

 そんな不毛な大地の取り合いに、ある一人の男が兵士として参加していた。

 彼は人型戦闘兵器『ヴァイキャリアスフレーム』を操作しており、胸に付けられたネームタグには『シンギ・テイルマイト』という名前が印字されている。

 そして現在、戦争に参加している彼……シンギは、戦闘が頻繁に行われている地域、西サハラとモーリタニアとの国境付近にいた。

「――おいシンギ、今回はあまり突っ込みすぎるなよ」

 操作用のコンソールに囲まれた狭くて暗い場所にて、HMDヘッドマウントディスプレイのイヤホンから聞こえてきたのは物腰やわらかそうな男の声だった。

 HMDには視界一面に砂漠が映っており、遙か前方には曳光弾の光が見えている。真昼間だというのにその光は無数に飛び交っており、派手に戦闘をしているのがよく分かった。

 ……そんな光景を上空1000m付近を飛ぶ航空輸送機のキャビンから眺めつつ、シンギは遅れて男に言い返す。

「うるさいぞケイレブ、前線にも来れないような臆病者は黙ってろ。あんな拠点俺一人で十分だ」 

「まったく……。何度言ったら理解するんだ。スタンドプレーも大概にしてくれ」

 戦闘がある度に俺にしつこく説教してくるこいつの名前は『ケイレブ・スウォード』だ。毎度毎度うるさい奴だが、作戦成功率が異様に高い優秀な傭兵でもある。

 ケイレブは俺が言うことを聞かないと判断したのか、お目付け役をオペレーターに丸投げした。

「オペレーター、悪いが今回もシンギのサポートを頼む。投下後に合流する部隊はオレが指揮をするから心配しなくていい」

「――了解しました」

 ケイレブの言葉に応じたのは女性のオペレーターだ。

 熟練のオペレーターと聞いているが、随分と声が幼い。しかし、この透き通るような声は聞き取りやすいので声質に関しては全く問題はなかった。

 問題は、こいつがケイレブ以上に面倒くさい奴だということだ。

 ケイレブの指示後、早速オペレーターは通信機越しに話しかけてきた。

「シンギさん、いい加減単独行動は控えてください。ケイレブさんの苦労が分からないわけでもないですよね。……そろそろ素直に指示に従ってくれませんか?」

「またお前か。もう諦めろよ」

「また私です。言うことを聞いてもらえるまで言い続けますからね」

 何故そんなに単独行動が駄目なのか……。

 理由が全くわからないシンギはしつこくオペレーターに難癖をつける。

「別にいいじゃねーか。単独行動でも十分な戦果を上げてるだろ」

「確かに、それはそうですけれど……」

 シンギが事実を言うとオペレーターは言葉を詰まらせた。

 これで優位に立ったと判断したシンギはオペレーターに命令口調で言う。

「いいか? お前はUAV(無人偵察機)の映像見ながら敵の情報を教えてりゃいいんだよ。戦い方まで指示されるつもりはねーからな」

 通信機越しにそう言い放った途端、控えめなアラート音と共にHMD上にメッセージが表示された。

 それは『空中投下』のマークだった。

 そのマークが表示されると、すぐにケイレブの掛け声が通信機から聞こえてきた。

「先に行くぞ。シンギ、くれぐれも遅れるなよ」

 そんな言葉と同時に暗い輸送機内にいたケイレブは外に身を投げる。

 その時、ケイレブが搭乗している人型戦闘兵器……VFの全体像が目に映った。


挿絵(By みてみん)


 全長10メートルほどのそのVFというロボットは人の形をした陸戦兵器だ。

 ……このVFが兵器として戦争に登場し始めたのは1世紀ほど前のことだと聞いている。当時は工業用やスポーツ用の機械として扱われていたが、ある事件をきっかけにして兵器に転用されたらしい。今では紛争や戦争と言った言葉からは切り離せられない程重要な役割を担っている。

 ケイレブと俺が操作しているVFは『アルブレン』というハイエンドタイプのVFだ。

 一見すると細くて弱々しく見えるが、その性能は折り紙つきだ。

 頭部には高性能カメラが4つほど取り付けられており、機関部を守る胸部装甲も適切に配置されている。腕部は出力を得るために少し太めだ。しかし脚部はスラリと長く、足先はハイヒールを履いているような形状をしている。

 全体的にシャープなデザインとなっていて、遠方から見てもすぐにアルブレンだと判断できるほど特徴的でもある。

 これほど特徴的なのは、ドイツの老舗メーカーである『キルヒアイゼン』が設計を行ったからだ。

 キルヒアイゼンは初めてVFを開発した企業であり、同時にVFの雛形を作った企業でもある。キルヒアイゼンが無ければ、今のように当たり前のように人型の兵器が戦場を駆け巡ることもなかっただろう。

 とにかく、アルブレンは戦闘能力が高めの優秀な陸戦兵器だということだ。

 ケイレブはこのアルブレンに追加兵装を取り付けており、両肩には楕円形の盾が、そして体の各所に装甲が追加されていた。

 先ほど俺が臆病者と言ったものこれが原因だ。被弾するのがそんなに怖いなら戦闘に参加するなと言いたいくらいだ。

 その装甲の中、胸部には大きなクロスマークが見える。その両脇には『C.E.』という文字が刻印されており、タンカラーの機体の中で唯一のワンポイントとなっていた。

 このCEというのは『カーディナル・エッジ社』のことを示している。これは俺とケイレブが所属している民間軍事会社、いわゆるPMCの名称だ。

 主な事業内容はVFランナーの戦地派遣であり、俺達は派遣されてきた傭兵というわけだ。

(さて、そろそろ降下するか……)

 ケイレブのカスタムされたアルブレンがパラシュートを開いたのを確認して、ようやくシンギも飛び降りることにした。

 これだけ時間をずらして降下すれば一気に敵が陣取っている場所まで移動できるはずだ。

 シンギはアルブレンの腕を操作し、輸送機内の固定具を解除して武器を手に取る。

 そして、ようやく輸送機から飛び降りた。

 暗くて狭いキャビンから明るくて広い空へと飛び出したことで、同時に視界も一気に明るく、そして広くなる。それからすぐにシンギはアルブレンの四肢を広げ、空中で安定した姿勢を取る。

 その状態で視線を地面に向けると、広大な大地が視界に飛び込んできた。

 HMDには予め設定されたマーカーが光景と重なって表示されており、シンギはすぐに目標地点を確認することができた。

 目下にあるのは集中砲火を受けている監視拠点だ。

(かなり近いな……)

 タイミングを遅らせている間にだいぶ近付いてしまったらしい。

 上空からは拠点内部の様子がよく見えた。

 敵が陣取っているのは少し高めの平坦な岩場だ。元々は依頼主側の監視拠点だったらしいのだが、交代の隙を突かれてVFや兵器ごと奪われて制圧されたと聞いている。

 今は周囲を取り囲んでいるが、遠い場所から射撃しているだけで全くダメージを与えられてない。

(早く拠点に乗り込めばいいのに……馬鹿な連中だなぁ)

 内部に乗り込んでひと暴れするだけで勝てる。もし失敗したとしても一度体勢を崩せば後はケイレブが上手いように制圧してくれるはずだ。

 そんな事を考えている間もシンギの乗るアルブレンは重力に従ってどんどん降下していく。

 このまま地面とぶつかるわけにもいかず、シンギは頃合いを見計らってパラシュートを開いた。するとすぐに敵の砲火の一部がこちらに向けられた。

 10mもある巨体のパラシュートとなればかなり大きいし目立つ。そんなものが近くの空で浮かんでいるのだから狙わない方がおかしい。

 こんな悠長にふわふわ浮いていたら撃墜されかねない。

 そう思い、シンギは500mほどの距離を残してパラシュートをパージした。

 結果、シンギは再び重力に引かれて高速で落下していく。

 下にあるのは柔らかい砂漠……ではなく硬い硬い岩石砂漠だ。

 普通のVFならばこの時点で大破は確定している。しかし、アルブレンであれば問題ない。

「……よっと!!」

 ある程度まで落下すると、シンギは岩でできた山の斜面にアルブレンを移動させ、手に持っていた武器をその岩肌に突き刺した。

 突き刺した武器はチェーンソードという、刃の周囲に小さなブレードがびっしりと巻かれた大剣だ。単純明快で破壊力は抜群。俺のお気に入りの武器でもある。

 チェーンソードは岩壁に見事に突き刺さり、下に向けて岩肌を豪快に削っていく。

 平べったい岩が幾重にも重なった美しい山を傷付けるのは心が痛むが、今回ばかりは許してもらおう。

 数十メートルも削ると落下スピードはかなり低減され、チェーンソードに抵抗を感じるようになってきた。その後、ある程度まで地面に接近すると、シンギはチェーンソードを逆回転させて岩肌から刃を抜き取った。

 支えを失ったシンギは最後に岩肌を軽く蹴って落下の衝撃を分散させ、無事に地面に降り立った。

 降り立った後、ふと上を見ると一直線な切れ込みが山に描かれているのが見えた。 

 無事に着陸できたところでシンギはオペレーターに確認する。

「おいオペレーター、俺はどのあたりに降りたんだ。つーか、敵拠点まで何メートルだ?」

 返ってきたのは呆れたオペレーターの声だった。

「豪快に降りましたねシンギさん……。拠点まで1400m程です。一応射程内ですから近くの山を迂回して……」

「いや、このまま一直線に行く」

 まどろっこしいことはしていられない。

 シンギがそう告げるとオペレーターも復唱した。

「はい、このまま一直線に……じゃなくてですね。今すぐ隊列に戻ってください。また敵陣で大暴れしてアルブレンを壊すつもりですか」

「壊して何が悪い? 弁済するのは俺なんだから気にしなくていいんだよ」

 このCE社のシステムはあまり傭兵に優しいシステムではない。

 アルブレンのリース料やら輸送費やら整備費やら保険料のせいで報酬の8割が会社に吸い上げられてしまうのだ。

 おまけに、修理費として更に引かれるので、こちらの報酬は雀の涙に等しい。

 修理だけで済めばまだいい。もしVFを破壊してしまえば全額弁償だ。保険が適用されたとしてもその額は半端ではない。

 俺の場合は既に2桁ほどのVFをスクラップにしているので、一生CE社で働くことが確定している。今更1体や2体壊したところで痛くも痒くもないのだ。

 半分ヤケになりつつ、シンギはオペレーターに命令する。

「さっきも言ったが、お前は敵の場所を俺のHMDに表示させるだけでいい。余計なことはするなよ」

 しかし、オペレーターはしつこく食い下がってくる。

「余計じゃありません。私の指示に従えば被害を最小限に抑えられます。……あなた一人で何体のアルブレンを壊したと思ってるんですか? これ以上壊されたら堪りません。いいですか、今回だけは指示に従ってもらいます」

「うるせぇ、お前には関係無いだろ。それに、腰抜け腑抜け集団の正規軍の代わりに先陣を切るのもCEの役目だろうが」

「……」

 オペレーターが黙ったところで、シンギは最短距離で敵の拠点に駆け出す。

 すると友軍の弾が近くに着弾し始めた。だが、誤射程度のことで足を止めるわけがない。それに、付近に着弾しているということは敵が近いという証拠だ。

 シンギは姿勢を低く保ったまま走り、どんどんその拠点に接近していく。

 そんな風にしばらく移動していると、オペレーターが声を掛けてきた。 

「敵の拠点までもうすぐです。兵装の準備を……って、今回もチェーンソードだけですか。拠点に乗り込むならせめてシールドくらいは装備して……はぁ……」

 ため息を挟んでオペレーターは話を続ける。

「もういいです。今更乗り込むことに反対はしませんから、乗り込んでからのことを話します」

 やっと諦めて協力してくれる気になったのか、オペレーターは敵陣についての情報をこちらに教え始める。

「敵VFは『セブンクレスタ』が2機、『シクステイン』が5機です」

「7機だけか……」

 セブンクレスタは七宮重工の傑作VFだ。手頃な価格で手頃な性能、しかも信頼性が高いので世界中どこでも見られるVFである。また、七宮重工の主力製品であり、VF生産数のほぼ半分を占めていると聞いている。

 文句なしにVFの代名詞と言っていいだろう。

 そんなセブンクレスタと同じような位置づけにあるのがこのユニットタロス社製のシクステインだ。

 “安く”て“頑丈”で“扱いが簡単”という三拍子揃った低ランクのVFである。

 こちらも世界中どこでも見られるVFであり、資金に乏しい武力組織やテログループなどが好んで使用している。

 この2種類のVFはろくにメンテナンスしなくても十分に動くので、多く出回っているのかもしれない。おまけに互換性が高いので素人でも適当に修理できてしまう。

 ……とにかく、ハイエンドVFのアルブレンとは比較にならぬほど性能が低いVFだ。

「シクステインは5機とも防衛仕様の重装甲タイプになっています。チェーンソードでは一撃で破壊できません。まずはセブンクレスタを狙ってください」

「いや、近いやつから撃破する」

「何言ってるんですか、突入地点と撃破の優先順位を決めておかないとすぐに包囲されてしまいますよ?」

「面倒くせーな……。そんなこと滅多に起こらないし適当でいいだろ」

「そんなのだからシンギさんは毎回ダメージを負うんです。いい加減分かってください……」

 ……オペレーターは上空を飛んでいるUAVの映像を見ながら俺たちランナーに的確な指示を出す、いわば目の役割を担う奴らだ。

 優秀なオペレータになると作戦に助言したり、いち早く危険を察知してランナーに教えてくれる。

 このオペレーターもCE社の社員であり、VFの生存率を高めるためにランナー2人につき1人という高い割合であてがわれる。

 作戦自体には口出ししないが、次に取るべき行動や敵の情報を教えてくれる便利な存在だ。というか、作戦には必要不可欠な存在だ。

 俺やケイレブがここまで成果を挙げられているのも、この名前も知らない有能なオペレーターのおかげだろう。しかし、それを直接本人に言うつもりは毛頭なかった。

 拠点内での行動を話し合っていると、ケイレブから通信が入った。 

「シンギ、なるべく拠点に傷を付けるなという注文がついた。あまり派手に壊すなよ」

「今更何言ってんだ!?」

「依頼主からの注文だ。絶対に守れよ」

 面倒くさい注文だ。いかにも現場にいない指揮官が出した命令っぽい。

 その通信の後すぐに後方からの援護射撃が止み、一気に静かになった。かなりの弾丸が拠点内に着弾しているし、今更射撃を止めた所であまり意味は無いが、命令となれば従うのが兵士である。

 続いてケイレブは今後の予定を告げてきた。

「外部からの射撃は中止だ。直接乗り込んで近接戦闘で制圧する。……待っていろシンギ、オレもすぐそちらに向かう」

「無理して来なくていいぞ。来る頃には全部終わってるからな」

 どうやら俺のとった行動は正解だったらしい。

 これでグチグチ言われることなく思う存分敵の拠点で暴れられるというものだ。

「そろそろ敵の射程に入ります」

 そんなオペレーターの警告の後、すぐに前方の拠点から大きな砲弾が飛んできた。

 この距離になってようやく敵は俺を発見したらしい。遠慮無くカノン砲をこちらに向けて撃ってきた。

 こうも開けた場所だと身を隠す場所がないが、そんな事は関係ない。動いている限り被弾率はグッと下がるからだ。

 しかし、このまま複数のカノン砲に狙われるのはあまり心地が良いものではない。

 そう感じたシンギはもっとスピードを得るためにチェーンソードを地面にあてがう。

 するとチェーンソードの回転刃が動力代わりとなり、アルブレンの走行スピードが一気に上昇した。

 このおかげでアルブレンは容易に砲弾の雨を抜け、拠点がある丘の真下に到達することができた。

「入るぞ!!」

 シンギはそのまま速度を落とすことなくチェーンソードを丘の斜面に食い込ませ、急勾配の高台を駆け上がる。そして、簡易バリケードを飛び越えて拠点内に侵入した。

 中に入ってしまえばこっちのものだ。

 さすがに敵もバリケードの内側でカノン砲をぶっ放すような馬鹿なことはしないはずだ。

 そんな事を考えながらシンギは拠点内に着地し、チェーンソードを改めて構え直す。

 相手は俺の侵入に気が付いていないみたいだし、あとは各個撃破していけばそれでいい。

 しかし、運がいいのか悪いのか、初っ端から重装甲のシクステインと鉢合わせしてしまった。


挿絵(By みてみん)


 オペレーターの言った通り、シクステインのボディには装甲と呼ぶのも憚れる粗末な鉄板が取り付けられていた。ところどころ錆びてはいるが、あれだけの厚さがあれば防弾効果を十分に期待できる。また、両腕は外されていて、代わりにショートバレルのカノン砲が取り付けられていた。これもどこかの戦車か自走砲を無理やり取り付けた感じだ。

 これだけ創意工夫できる現地のエンジニアはすごい気がする……。

 刹那の間に相手のVFを観察していると、シクステインが咄嗟に砲口を向けてきた。

 相手の距離は30mにも満たない。この距離で撃たれたら避けられないだろう。

 ……だが、なにぶん動作が遅すぎる。

 シンギは回避ではなく攻撃を選択し、30mの距離を一気に詰め、重い斬撃をシクステインに放った。

 真横に振りぬかれたチェーンソードは敵VFの装甲の薄い脇腹に命中し、がつんという衝撃音を発生させる。

 その後、シンギは間を置くことなくチェーンソードを起動させ、ブレードを高速回転させた。

 破壊力を得たチェーンソードはそのままシクステインの装甲にめり込んでいき、数秒と掛からず機体を上下真っ二つにした。

 破壊されたシクステインはその機能を停止し、分断された上半身や分厚い装甲は大きな音を立てて地面に転がった。

 その音で侵入者の存在に気付いたのか、拠点内の端で外側を向いていた2機のセブンクレスタのアイカメラがこちらに向けられる。

 2機とも遠方の正規軍を狙撃していたようで、その手には砲台に固定された大きなライフルがあった。しかし、セブンクレスタはすぐにそのライフルを置き、代わりに一回り小さいVF用のアサルトライフルを持ってこちらに襲いかかってきた。

 ここで俺は初めてセブンクレスタを正面から観察することができた。


挿絵(By みてみん)


 まず目に入ってくるのは胸部から腰部にかけての大きな腹巻のような装甲だ。かなり重そうだが、コックピットを守るために特別頑丈に作られているらしい。

 攻撃に専念している俺には全く必要のない装甲だ。

 また、体の各所には角ばった装甲が取り付けられていて、その隙間からは貧相そうなアクチュエーターが覗いていた。あれではアルブレンの出力の半分も出せないだろう。

 ある程度まで距離が縮まると、2機のセブンクレスタはアサルトライフルで撃ってきた。

 シンギはその銃撃を先程破壊したシクステインの下半身部分に隠れてやり過ごす。

 さすが硬いだけあってシクステインの装甲は無数の銃弾を完璧に防いでくれていた。

 これ以上の銃撃は無駄だと判断したのか、2機のセブンクレスタはさらに接近してきて、銃口の先につけた銃剣で襲いかかってきた。

 銃撃が止むとシンギはシクステインの影から飛び出し、チェーンソードを思い切り振りかぶる。

 だが、予想していたよりもセブンクレスタの接近が早く、シンギは無防備なボディを敵に晒してしまうことになった。

 ここで無理やりチェーンソードを振ってもいいが、そうなると相手の銃剣もこちらに届いてしまう。

(仕方ねーな……)

 シンギはチェーンソードでの攻撃を諦めるとすぐに脚を持ち上げ、セブンクレスタの腹巻のような装甲をミドルキックで押し返した。

 押し返されたセブンクレスタはバランスを崩し、無様に地面に転げて腹を見せる。

 そんな隙を逃すわけもなく、シンギは厚い装甲を避けるようにしてチェーンソードを装甲の隙間に差し込み、ブレードを回転させた。

 ブレードはオレンジの火花を散らせながら装甲の間に入り込んでいき、一瞬の内にセブンクレスタのコックピットは破壊された。

 残りのもう一方のセブンクレスタは途中て銃剣での突撃を中止し、再度アサルトライフルで射撃してくる。

 シンギはそれをチェーンソードの側面で弾きながらゆっくりと接近していく。

 たまに脚や腕にも命中していたが、アルブレンの衝撃吸収機能付きの装甲ならばこの程度の弾丸は平気だ。

 そして、シンギはそのままセブンクレスタを拠点の隅にまで追いつめ、最終的にチェーンソードで豪快に両断した。

 左肩から右腰にかけてを切断されたセブンクレスタは簡易バリケードを巻き込みながら拠点の外へ倒れ、高台から落ちていった。

「……あと4体か」

 セブンクレスタが地面に落下して大破したのを確認し、シンギは拠点内部に視線を戻す。

 すると、残り4機のシクステイン全部がこちらに向けて移動してきていた。

 今までは拠点内部の建物のお陰で発見されずに済んでいたが、こうも大きな音を連続して立てて気付かれないわけがない。

 今のところこちらのダメージはゼロだし、4機相手でも問題無いだろう。

 チェーンソードを構え直すと、それを合図にしてシクステイン全機が容赦なくこちら目掛けてカノン砲を撃ってきた。

 高速で飛翔してきた無数の砲弾はアルブレンの足元に命中し、周囲に砂埃を生じさせる。やはり安価なVFとあって、この距離でも目標を満足に狙えないみたいだ。

 あちらもそれを十分に承知しているのか、視界が悪くなっても砲撃が止むことはなく、土煙を掻き分けて無数の砲弾がこちらに襲いかかってきた。

 シンギは姿勢を低くしてそれらを回避し、残り全てを片付けるべく敵に接近する。

 近すぎて対応できないのか、敵の放つ砲弾はことごとく外れ、シンギはあっという間にシクステインの集団をすり抜けて一番奥にいたシクステインに肉薄することができた。

 シンギは斬撃を放つためにチェーンソードを振り上げたが、その瞬間、至近距離からカノン砲を撃たれてしまった。

 シンギは咄嗟に身を縮め、砲弾の衝撃に耐える姿勢を取る。

 ……しかし、砲弾はアルブレンの真横を通り抜け、背後にいたシクステインに命中した。

 いわゆる同士討ち、簡単に言うと誤射である。

 その砲弾は一瞬で敵のシクステインの背部装甲にめり込み、一撃だけで機能を停止させてしまう。

 そんな砲弾の衝撃力に改めて驚きつつ、シンギは改めて目前のシクステインにチェーンソードを振り下ろした。

 頭部から入ったチェーンソードは怒涛の勢いで装甲やフレームを削り切っていき、しまいにはコックピットを貫通して完璧に破壊した。

「あと2体……」

 シンギはそう呟き、次の目標に向かうべくチェーンソードを逆回転させて引き抜く。

 だが、思いのほかチェーンソードはしっかりと食い込んでおり、ちょっとやそっとでは抜けそうになかった。

 接触面をよく見てみると、ブレード部分が刃こぼれをおこしていた。

 こんな状態では次のシクステインを切断するのは不可能だろう。

「……クソ、無理か」

 シンギは3秒ほどでチェーンソードを手放すことを決め、次の行動に移る。……しかし、その3秒という時間は敵がこちらに狙いをつけるのには十分過ぎる時間だった。

 間もなくシクステインのカノン砲から砲弾が放たれ、その砲弾は呆気無くアルブレンの右肩に命中する。

 その結果、砲弾はこちらに抵抗を感じさせることなくアルブレンの右アームを宙に吹き飛ばした。

 流石のアルブレンでもこればかりは防ぎようがない。……基幹部に命中しなかっただけよしとしよう。

 だが、シンギは怯むことなくアルブレンを操作し、着弾時の轟音が鳴り止まぬ内に反撃に転じる。

(あいつら、拠点内でも容赦なく撃ってくるな……)

 さらなる被弾を回避するべくシンギは地面を思い切り蹴り、高く跳び上がる。

 その動きに合わせて敵も砲口を上に持ち上げる。だが、上下方向の照準移動速度は左右に比べて少し遅いようだ。

 カノン砲の狙いが追いつく前にシンギはシクステインの頭上まで跳んでいき、その頭部に脚から着地した。重力の助けもあってアルブレンの足は簡単にシクステインの頭部にめり込み、あっけなく頭部カメラを破壊する。

 続いてシクステインの背中側に着地すると、シンギはアルブレンの左手の指先を揃え、装甲が薄い部分に向けて貫手を放った。

 こちらの頑丈な指は内部機構をズタズタに破壊しながらフレーム内部まで到達し、そこでシンギは内部構成パーツを適当に掴んで引きぬく。

 すると、シクステインの体から力が抜け、前のめりになって倒れた。

 どうやら俺が引っこ抜いたのはバッテリーだったらしい。ドロリとした電解液がアルブレンの腕を濡らしていた。

 3体目のシクステインを破壊したところで、俺は最後の目標に向かう。

 ところが、不意に脚部が動かなくなってしまった。

(……?)

 何事かと思いカメラを下に向けると、先ほど壊したはずのシクステインが両腕のカノン砲をクロスさせてこちらの脚をガッチリと捕まえていた。

 バッテリーを破壊してもう動けないはずなのだが……腕も改造されていたし、どこかに予備のバッテリーがあったのかもしれない。

 引き剥がそうとするも、身動きが取れない上に左腕だけしか使えない今の状況ではどうすることもできない。

 そんな風にもたついていると、残る一機にカノン砲で狙いをつけられてしまった。

(また今回も大破か……)

 全く動けないこの状態でカノン砲を防ぐ手段が全く思い浮かばず、シンギは諦めて操作コンソールから手を放す。

 その状態で敵の砲弾を待っていると、正面でカノン砲を構えていたシクステインがいきなりこちら目掛けて吹っ飛んできた。

「!?」

 あの鈍重なVFがどうやって跳んできたのか……。

 それはあとで考えることにして、シンギは固定されている右脚を軸足にして左脚を後ろに伸ばす。そして、飛んできたシクステイン合わせて横蹴りを放った。

 その横蹴りはシクステインの硬い装甲板に命中し、一部をべコリとへこませた。

 ……だがこれだけではダメージが不十分だ。

 その横蹴りが命中した後、シンギはすぐに足を引き、続けざまに真上に掲げ、かかと落としを食らわせた。

 地面に打ち付けられたシクステインは大小様々な破片を周囲に飛び散らせる。

 度重なる衝撃のせいでこちらの脚部装甲も破損してしまった。

 それでもシンギは手を抜くことなく力を加え続け、とうとう4機目のシクステインの頭部を破壊した。

 カメラさえ壊してしまえばこちらのものだ。

 その後、シンギはアルブレンの脚を捕まえていた3機目のシクステインを先に破壊して体の自由を取り戻すと、4機目も貫手でバッテリーを抜き出して機能を停止させた。

 全てのVFを破壊して拠点を制圧すると、前方から仲間のアルブレンが現れた。

「ナイスキャッチだシンギ。今回は腕一つで済んでよかったな」

「遅いぞケイレブ……」

 ケイレブが操作しているアルブレンは肩の盾の他に新たに大きな斧を手にしていた。

 4体目のシクステインを吹き飛ばしたのはどうやらあの武器らしい。アルブレンの自重のくらいありそうな金属の塊が、刃部分の後部にくっついていた。

 ケイレブは拠点内を見渡しながら、文句を言う。

「それにしても随分派手にやったな。オレの言うこと聞いていたのか?」

「俺のせいじゃねーよ。こいつらが陣地内でカノン砲を撃ちまくったんだ」

 本当のことを言ったのに信じていないのか、ケイレブはすぐにオペーレーターに確認を取る。

「オペレーター、さっきの話は本当か?」

「はい、シンギさんは嘘はついていません。いつも通りデタラメな戦い方でしたが、毎度見事なものです。何はともあれ拠点を奪還できたので、敵勢力も後退すると思います」

「ああ、オレもそう思うよ」

 そう言いつつ、ケイレブは機能停止したシクステインやセブンクレスタを斧の柄部分でつついていた。

 するとコックピットが開き、中からランナーが這い出てきた。

 同時に拠点内に味方の正規軍の兵士を乗せた車が到着し、敵のランナーや兵士を拘束し始める。

 俺とケイレブはHMD越しにその光景を眺めていた。

 やがて正規軍のセブンクレスタも拠点に到着すると、ケイレブは斧を肩に担いで正規軍と入れ替わるようにして拠点の外へ移動していく。

「さて、後は現地の正規軍に任せて、オレ達は回収地点に戻るか」

「そうだな」

 シンギも拠点の隅っこに落ちていたアルブレンの右腕とチェーンソードを回収し、ケイレブの後に続く。

 回収地点の話が出ると、オペレーターがその位置を知らせてくれた。

「さきほどの降下地点でCE社の回収用トレーラーが待機しています。そこまで移動お願いします」

 ここまで迎えに来て欲しいのだが、ジープでもない限りここまで来るのは難しい。

 ましてや、VF運搬トレーラーなんて巨大な車両がこのでこぼこの道を通れる気もしなかった。

 正規軍の兵士に見送られながら拠点から出ようとしたその時、オペレーターが急に指示を変更してきた。

「あ、新しい依頼が入りました。このまま一気に敵国領地側の防衛拠点を奪取するとのことです。正規軍のVFと共に南東に向けて進軍してください」

 その指示を受けケイレブは足を止め、深いため息をつく。

「はぁ、また面倒な事を……」

「すみません。ですが依頼主側は、追加料金の他にもCE社のランナー個人に謝礼をする用意があると言っています。どうしますか?」

「……先にUAVで情報収集しておいてくれ」

「わかりました」

 やはりお金は大事だ。

 こちらとしてもまだやり足りない感はあったので、この追加の依頼はありがたかった。

「そんな悠長なことしてないでさっさと攻め込もうぜ。ここに陣取ってた奴らをみる限り、大した兵器も持ってないみてーだし」

 ただでさえ相手はAI頼りの弱いランナーなのだ。プロが操作しているハイエンドVFに勝てるわけがない。

 シンギは左腕に抱えていた破損した右腕とチェーンソードをその場に置き、早速南東に向けてアルブレンを歩かせる。

 しかし、すぐにケイレブに引き止められてしまった。

「ちょっと待て。兵器があるかないかをUAVで調査させるんだ。敵勢力の規模が大きければ入念に準備をするし、無理なようなら撤退して依頼を断る。いいな?」

 その慎重さにシンギは辟易気味に言葉を返す。

「よく考えてみろよケイレブ、こっちが偵察してる間に敵に集結されてしまうかもしれねーだろ。こういう場合はさっさと攻め落とせばいいんだよ。……もういいからその斧貸せよ。俺が軽く制圧してきてやるよ」

 シンギはアルブレンを操作して斧を奪おうとしたが、ケイレブは即座に斧を遠ざけるように上に掲げた。

「そんな状態で行くつもりか」

「だから、こういうのは先手必勝だろ。早く寄越せよ」

 ケイレブが上に掲げていた斧をジャンプして奪い取り、俺は早速南東に向かう。

 こちらにはオペーレーターもいることだし、敵の位置さえわかれば片腕がなくてもどうとでもなる。

(どうせ雑魚の集団……。ちょっと暴れりゃすぐに撤退するだろ)

 シンギは敵の戦力を適当に想像し、ついでに今日一日で何機破壊できるか考えつつ高台の拠点から一歩外に出る。

 ……すると、いきなりアルブレンに衝撃が走った。

「は……?」

 またケイレブが引き止めたのかとも思ったが、その衝撃は明らかに攻撃と呼ぶに相応しい威力を持っていた。

 強い衝撃は1度では終わらず、数秒の内に何度もアルブレンを襲う。

 その度にHMDの映像にノイズが走っていた。

「なんだ!?」

 何も理解できぬまま立っていると、ようやくHMDにエラーが表示された。

 そのエラーは装甲が破壊され、フレームにも損傷を受けている事を示していた。

 それが分かったところでシンギにはどうすることもできず、アルブレンは更に強烈な衝撃を何度も受け、あっという間にその場に崩れ落ちてしまった。

 辛うじて生きていた頭部カメラを通して自分の装甲を見ると、銃痕らしきものが見えた。どうやら正面から撃たれたようだ。

 しかし、ここから見ても敵の姿は確認できない。

「シンギ!!」

 不可解な状況に頭を抱えていると、ケイレブが俺を助けに来てくれた。だが、そのケイレブのアルブレンも撃たれ、肩に取り付けてあった盾がはじけ飛んだ。

「くっ!!」

 呆然としていた俺とは違い、ケイレブは残った片方の楕円型の盾を素早く構える。すると、ほぼ同じタイミングで盾に何かが命中した。

 見てみると、それはかなり大きな銃弾だった。

 攻撃を受けたケイレブは盾に身を隠しながら拠点内に退避していく。

 そこからある程度まで後退すると、ケイレブは冷静な口調でオペーレーターに質問した。

「……オペレーター、状況を説明しろ」

 状況も何も、これは明らかに狙撃による攻撃だ。

 その事をケイレブに伝えようとしたが、その前にオペレーターから返答が返ってきた。

「……狙撃です。11時の方向、約5kmの位置、山の陰に四脚型のVFが……あっ」

「どうした?」

 言葉が途切れ、ケイレブがオペレーターに確認の言葉を投げかけると、数秒後にオペーレーターの申し訳なさげな声が聞こえてきた。

「すみません、UAVを撃ち落されてしまいました」

「そうか……」

 UAVは確か高度1200mから1500mあたりを飛んでいるはずだ。しかも陸上にいるVFとは違って高速で動いているし、ミサイルジャマーも標準装備されている。

 それを仕留めたとなると、恐ろしいほど高性能な対空砲を使用しているとしか思えない。

 というか、5kmの距離から狙撃してくるなんて話は聞いたことがない。

 今もケイレブのアルブレンの盾に寸分狂わず命中させているし、こうなると特殊な銃と言うよりも特殊な弾丸を使っているのかもしれない。それならUAVが撃ち落されたことにも納得できる。

 これで撤退を決めるかと思っていたのだが、そんな俺の予想に反してケイレブはオペーレーターとのやり取りを続ける。

「オペレーター、新しいUAVが空域に来るまでここで持ちこたえる。それまで指示を頼む」

「了解しました。ではシンギさん、周囲の状況を確認するために少しの間だけアルブレンのヘッドカメラをお借りします」

「おう」

 こちらが外部からの操作を承認すると、アルブレンの首が勝手に動いて周囲の状況を観察し始めた。 

 続いてオペレーターは持論を展開していく。

「……周囲に敵影は見えませんし、どうやら牽制と時間稼ぎのようです。無闇に相手の領土に入らなければ大丈夫だと思います。我々の目的の拠点の奪還は完了しましたし、防御体制を取っていれば問題ないはずです」

「随分適当な予想だなぁ」

 都合のいい解釈に文句を言ったのだが、ケイレブはオペレーターの言い分を認めた。

「四脚のVF……大方『レンタグア』社製の極地用VFだろう。……と考えるとそのVFランナーも多分オレ達と同じ傭兵だ。こっちが応戦すれば話は別だろうが、しばらくすれば引くはずだ。あちらも無駄に高価な弾を使い続けるつもりはないはずだからな」

「……」

 確かに、今はケイレブ以外の目標を狙っていないし、かと言って敵勢力が攻め入ってくる気配もない。牽制という考えに間違いないみたいだ。

「――聞こえてるか、CE社のランナー」

 しばらくすれば狙撃も終わるだろうと呑気に構えていると、急に通信回線に何者かが割り込んできた。

 割り込んできた男は言葉を続ける。

「――さっきの追加の依頼を断れば攻撃をやめてやる。今日のところは引け」

 どうやらこの男は四脚型VFを操作しているランナーのようだ。

 そんな提案にケイレブはあっさりと応じる。

「準備もないままスナイパーと戦闘するのはこちらとしてもきつい。条件を飲もう」

「――ありがたい。それにしてもCEにも面白い奴がいるんだな。単機で拠点に乗り込む馬鹿なんて見たのは久々だ。今度ゆっくり話してみたいもんだ」

 なぜか馬鹿にされたような気がして、俺はその男にぶっきらぼうに言葉を送る。

「いいからさっさと撃つのをやめろよ」

「――そうだったそうだった。じゃあ最後に……修理と輸送の手間を省いてやるよ」

 相手がそう言った途端、HMDの映像が途切れて全く反応しなくなった。どうやら最後に一発お見舞いされたらしい。

 画面の隅には赤い“disconnect(通信途絶)”という文字だけが表示されていた。

「……クソ」

 結局アルブレンを完璧に破壊されてしまい、シンギはHMDを脱いで頭を掻く。

 ゴワゴワした髪の感触を指先に感じつつ、シンギは操作用のコックピットから離れる。そして、狭い部屋のハッチのロックを解除し、外に出た。

 出ると、そこに広がっていたのは先程までの砂漠の光景ではなく、ごく普通のオフィスだった。

 もちろんこれは幻覚でも何でもない。

 場所も西サハラではなくインド洋に浮かぶ人工島、『ダグラス海上都市群』に属するフロートユニットに建つビルの内部だ。

 なぜ今の今まで西サハラでVFを操作していた俺がこんな場所にいるのか。

 それは、VFを人工衛星経由で遠隔操作していたからだった。

(あー、疲れた……)

 遠隔操作とは言え、疲れるものは疲れる。ただ、命の危険に晒されないというのは精神的にはかなり楽だ。先程、スナイパーが遠慮なしに俺のアルブレンを破壊したのも、遠隔操作だということを知っていたからだろう。

 俺が遠隔操作をしていた狭い部屋は『キュービクル』と呼ばれている。

 要は本物のVFのコックピットを模した遠隔操作ルームだ。

 自分が作戦に参加しているということを忘れぬために作られた場所らしいが、ぶっちゃけ全く意味が無い。冷房が効いた広い部屋でのびのび遠隔操作したほうがいいような気がする。

 また、作戦中は現地のスタッフと緊張感を分かち合うというくだらない理由のせいで自宅に帰れない。そのため、俺はほぼ毎日社内のパーソナルスペースで寝泊まりしている状況だ。家賃を払うだけ勿体無い気がしてならない。

 それに、同じ作戦に参加している仲間とも直接話せないのも面倒だ。

 今回もケイレブと会話する時はわざわざ通信機を使っていたし、本当に無駄だ。

 ケイレブのことを考えていると、本人が隣のキュービクルから出てきた。

 ケイレブは短く刈り込まれた黒い髪をスポーツタオルで拭いつつ、爽やかな笑顔で話しかけてくる。

「お疲れシンギ。毎回毎回よくあそこまで後先考えずに突っ込めるな」

「お前がチキンなだけだろ。少しは俺を見習えよ」

「まぁ、その勇猛さは見習ってもいいかもしれないな」

 ケイレブは何を言っても怒らない穏やかな男だ。

 何故か兄貴風を吹かせているのだが、実際には先輩だし、CE社に所属している傭兵ランナーの中ではトップクラスの業績を残しているランナーなので何とも言えない。 

 ケイレブがここまでやってこれたのは本人曰く“ミスを犯さぬ慎重さ”のおかげらしい。俺より5歳年上なだけなのに、実際には10年も20年も歳上に見える。

 まぁ、それだけ頼り甲斐がある男だとも言えなくはない。

 俺みたいな問題児の面倒を積極的に見るくらいだから、当然、大勢のCE社のランナーに慕われている。

 キュービクルから出てしばらく経つと、早速若いランナーがケイレブに話しかけてきた。

「お疲れ様でした!! 回収作業は僕がやっときます!!」

「毎回ありがとう。たまにはお礼をしないといけないな」

「いえ、このくらい何でもないです!! いつもお世話になりっぱなしですから!!」 

 若いランナーは元気よくケイレブと話し、そのままキュービクルの中に入っていった。

 回収を任せたケイレブだったが、何か思うところがあったのか、若いランナーに続いてキュービクルの中に戻っていった。

 ……この回収作業というのもCE社独自の珍しいシステムだ。

 おおまかな流れとしては、依頼が受理されると海上都市にあるハンガーからアルブレンが大型輸送機で現地まで運ばれ、投下される。そして、作戦が終了すればその場で分解されて、帰りはコンテナに詰められてのんびりと船で海上都市群のハンガーまで戻ってくる。

 このシステムのお陰で急な依頼にもすぐに対応できるというわけだ。

 因みにCE社が250機ほど所有しているアルブレンというVFは分解組立が容易であり、それも輸送の効率を上げている。

 このように大量のVFを持っていて、遠隔操作システムがあり、お抱えのランナーが大勢いるから成り立っているシステムでもあるのだ。

 長期間にわたって治安維持活動や復興支援活動をする際は整備班を派遣することもあるが、対テロ、対ゲリラ、拠点制圧や敵機殲滅などの比較的危険な任務の依頼をメインとしているCEではあまり見られない。

 よくこんな仕組みを考えられたなと感心すると同時に、こんな商売が成り立つような世の中になっていることを複雑に思っていた。

(毎日毎日戦争紛争……良くも飽きもせずにやれるもんだ)

 特にここ数十年は酷いらしい。

 何故そうなったのか、俺は少しその理由を思い出してみる。

 しかし全く思い出せない。数年前まで通っていた学校で教えられた気がするが、今となっては忘却の彼方だ。

「……やめた」

 難しいことを考えるのを止め、そのまま自宅に帰るべくフロアから出ていく。すると、それを見計らったかのようにタイミングよくキュービクル内からケイレブが出てきた。

 ケイレブはこちらの進路を塞いで今夜の予定について提案してくる。

「今日はもう帰るんだろう? オレと一緒に夕食でもどうだ。奢るよ」

「……」

 このまま帰って体を休めたいのだが、その前に腹に何かを入れておくのも悪くない。

 奢られて食べる飯は美味いというし、今日は話に乗ってやろう。

「いいぜ。思う存分食わせてもらうからな」

「もちろんそのつもりだ。……早速行こうか」

 ケイレブは意気揚々とフロアから出ていく。

 シンギはその後を追った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

挿絵(登場ロボット)は別途まとめページを作成しようと考えています。

今後とも宜しくお願いします。


※追記 2013/04/20 一部文章を訂正しました。

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