16 -想定外の攻撃-
補足情報015
射撃管制システムはVFのシステムの中でも一二を争うくらい重要なシステムだ。
弾道計算はもちろんのこと、風速、気温、湿度によって複雑に変化している空気密度の計測。また、それらのデータから軌道の予測計算も行う。また、目標物が移動している場合はその移動予測計算も行わなければならない。
高性能な射撃管制システムはその処理速度も計算精度も高く、当然ながら命中率もぐんと上がる。もっと高い命中率を実現させるために自分の射撃の癖を考慮してその射撃管制システムのプログラムに手を加えるなんてこともある。そこまでやるようになれば立派な狙撃手だと言えるかもしれない。
16 -想定外の攻撃-
――翌朝。
明け方になると、基地の正面ゲート付近に多くのVFが集まってきた。もちろんその中には昨日話をしたアイヴァーの四脚型VFの姿もあった。VFの集団の中で少しだけ背の低いそのVFは結構目立っていた。
しばらくその四脚型VFを見ていると、セブンの合成音声が耳に届いてきた。
「――『フォルンセイル』です。」
「なんだ?」
よく分からない単語を言われ、俺はすぐに聞き返した。
どうやらその名称はVFの個体名だったらしく、セブンは淡々と説明していく。
「レンタグア社製極地仕様四脚型VF『フォルンセイル』。右腕はまるごと他社製のロングレンジライフルを装着しているようです。改造しすぎていてどこの製品なのか判断できません。オーダーメイドかもしれません。」
「へぇ……。」
レンタグア社製だということは知っていたが、これが製品化されているVFだとは知らなかった。セブンもよく調べたものだ。
……それにしても大きなロングレンジライフルだ。
砲身が長いのはもちろん、薬室の後ろあたりには巨大な弾倉が接続されている。弾丸の重量だけでも相当な負担になるはずだ。
そんな重そうな銃火器とは違い、俺の武器は刀一振りだけだ。
陽動するだけなので大層な装備は必要ないし、今までもチェーンソードだけで作戦に参加してきたのだし問題はない。
今までと違いがあるとするなら、俺がランナースーツを着ているということだけだった。
厚手のスーツには胸部や腕部、そして腰回りや足の要所にプロテクターが付けられており、どこにぶつけても大丈夫なようになっていた。多少コスチュームっぽいので恥ずかしい気もするが、身の安全には替えられない。
それに、スーツには触覚インターフェイスが内蔵されているので、操作性の向上にも役立つはずだ。
体にぴったりフィットしているランナースーツを触っていると、セブンがスーツに関して話しかけてきた。
「ランナースーツはどうですか。」
「おう、恐ろしいほどピッタリだ。」
正直にコメントすると、セブンが細かい注意を促してきた。
「このスーツは衝撃吸収に対G機能、体温調節にバイタルチェックまで行なってくれます。戦闘中は脱がないでください。」
「戦闘中に脱ぐわけねーだろ……。」
半分呆れた口調で言い返していると、通信機から聞き覚えのある透き通った声が聞こえてきた。
「シンギさーん、おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
それはセルカの声だった。
(またこいつがオペレーターか……。)
悲しいかな、ランナーがオペレーターを自由に選ぶことはできないし、オペレーターも上の指示に従ってそれぞれのランナーをサポートしている。
しかし、ここまでセルカにオペレートされているとなると、何かの意図が働いていると考えるのが当然だった。
セルカは明るい口調で話し続ける。
「それにしてもやっぱりリアトリスはカッコいいです。これだけ集まっているVFの中でも飛び抜けてますね。あぁ、このリアトリスが今から戦場を駆けることを考えるだけでお腹いっぱいになりそうです……。」
本当にセルカはVFマニアなのだろう。声色だけでも本気で喜んでいるのが分かる。
ただ、疑問に思うことも少しあった。
「ん? そっちからリアトリス見えてんのか? UAVは作戦区域上空で待機中だろ。」
「はいバッチリ見えてます。」
UAVは高性能カメラを積んでいるので見えないことはないとも思う。しかし、30機ものVFが密集している中で俺のリアトリスがはっきり見えるだろうか。
……何か様子がおかしい。
俺はもしやと思い周囲に目をやる。
すると、VFの集団から少し離れた場所にフードを被った少女の姿が見えた。
通信機片手に満足気な表情を浮かべているその少女はセルカに間違いなかった。
(あいつ……!!)
なぜオペレーターがこんな所に来ているのだろうか。
その疑問を本人にぶつけるべく、俺は急いでリアトリスを移動させてVFの集団から離れるとコックピットから降り、セルカの元へ急いだ。
セルカはリアトリスが近付いてくると嬉しそうに手を降っていたが、俺がコックピットから降りた瞬間表情を強ばらせていた。
そんな変化を見つつ、俺はセルカの正面に到達し、間を置かず責め立てた。
「セルカ、なんでこっちにいるんだよ!?」
大声で問い掛けると、セルカはフードの端を両手で押さえ、伏し目がちに話す。
「あの、土地を知ることは作戦上一番大切なことなので、作戦前には現地に入るんです。だから今回は現地の簡易基地からUAVでオペレートします。実は前の時もヨハネスブルグの基地内にいたんですよ?」
「……。」
てっきりオペレーターも遠隔操作のランナーと同じようにCE本社でUAVを操作しているのかと思っていたのだが、現地の基地まで行っているみたいだ。
セルカだけがこういうことをしているのかもしれないが、移動に時間がかかる分だけ遠隔操作ランナーよりも大変なのは間違いなかった。
単にリアトリスを追っかけて来ただけだと勘違いしていた俺は、口調を和らげてセルカに言う。
「それはご苦労なことで。……でもあぶねーからさっさと基地に戻れよ。」
「待ってください、折角カメラを持ってきたのでリアトリス撮影してもいいですか?」
セルカは俺の言葉をいなして懐から小さなカメラを取り出す。
(わざわざ今撮らなくても、後でいくらでも撮れるだろ……。)
俺はそう思い、撮影を断って強引に基地内に連れて行こうかと考えたが、それは止めておくことにした。
なぜなら、ここで断っても余計に時間が掛かるだけだからだ。
そう判断した俺はすぐに撮影を許可してやることにした。
「……いいぞ、さっさと済ませて仕事に戻れよ。」
「はい分かりました。それじゃあシンギさん、お願いします。」
セルカはそう言うとカメラを俺に渡し、自分はリアトリスの足元に移動してポーズを取った。
どうやら俺に撮影しろということらしい。
(くそ……)
ここで意地を張っても仕方がない。
俺はセルカの小さなカメラを正面に構えてフレーム内にセルカとリアトリスを収め、シャッターボタンを押した。
その瞬間、付近から甲高い音が発生した。
もちろんそれはシャッター音などではなく、俺はその音に反応して咄嗟にカメラから目を離す。続いて音のした方向を見ると、基地の外壁に無数の小さな穴が開いていた。
どうやら遠距離から放たれた砲弾が基地内のアクティブ迎撃システムに撃ち落されたらしい。
迎撃システムの散弾によって撃ち落され、砕け散った砲弾のかけらが外壁にめり込んでいるのがよく見えた。
そして、かなり遅れて遠方から重い砲撃音が届いてきた。
俺は臨戦態勢に映るべく、小さなカメラをセルカに投げ渡し、急いでリアトリスのコックピット内に戻る。
HMDを起動して改めてリアトリスのヘッドカメラで周囲を見渡すと、セルカが駆け足で基地内部へ帰って行くのが見えた。
基地の守りは固い。内部にいれば怪我をすることもないだろう。
通信機のオープン回線からは他のVFに搭乗しているランナーの声が絶えず聞こえてきていた。
「早速敵襲か。」
「一撃だけで済ましたことを考えると、弾薬に余裕はないみたいだな。」
「市街地でゲリラ戦を展開するかと思っていたんだが、あちらが望むなら総力戦も悪くないな。蹴散らしてやる。」
「この数相手にシクステインがたった10体か……相変わらず無謀な奴らだ。いや、単純な計算ができないくらい頭がイカれてるのかもな。」
そんな言葉の後、小さな笑いが巻き起こった。
(落ち着いてるなぁ……)
流石激戦地とあって隊員の練度が高いのか、全く動じている様子がない。それどころか戦意に満ちているようだ。
俺も砲撃があった方向を見てみる。すると、遠方に畑を踏み荒らしながら接近してくるVFの集団が見えた。あの数なら簡単に制圧できそうだ。
暫くするとケイレブから直接俺に通信が入ってきた。
「油断するなよシンギ、どう考えても戦力的に劣るあいつらが正面から来るのはおかしい。」
「そうか?」
「そうなんだ。頼むからもっと頭を使ってくれ、シンギ……。」
深読みし過ぎじゃないだろうか。
でも、この慎重さのおかげで作戦を成功させ続けているわけだし、一応言うことは聞いておこう。というか、実機に乗ってる俺のほうが慎重にならなければいけない気がする……。
俺では相談相手にならないと判断したのか、ケイレブはオペレーターに助言を求めた。
「オペレーター、怪しい動きは確認できないか。」
その言葉の後、慌てた様子のセルカの声が聞こえてきた。
「し、心配いりません。こちらで監視していますが、動きがあるのは市街地方面から来ている10機のみです。空港にも基地周辺にも、怪しい点は見つかりません。」
俺はセルカの言葉を盾にしてケイレブに言う。
「ほら、やっぱりあいつら何も考えてないんだって。それに、罠があったとしてもこれだけの数のVF相手にはどうしようもないだろ。」
ケイレブは俺の言葉をスルーしてセルカに指示を出していた。
「よし、そのまま周囲の監視を続けてくれ。オレたちは基地内部で警戒を続ける。」
「なんだよ、陽動するのが俺たちの役目じゃなかったのか?」
てっきり基地から出て敵のVFを叩きのめすことができると思っていたのに、基地の中で引きこもっているだけで作戦が終わるのは絶対に嫌だ。
初めて実機に乗って参加した作戦で基地に篭りっぱなしだったなんて情けなさすぎる。
俺が抗議の声を上げてもケイレブの意見は変わらなかった。
「向こうさんから来るのは想定外だ。オレたちが動くのはもっと情報を得てからでも遅くない。……射程に入ったらまずは牽制射撃で様子をうかがう。いいな?」
ケイレブの操るアルブレンはいつの間にか俺の隣に立っており、「いいな?」というセリフと同時に俺のリアトリスの肩を掴んでいた。
俺はそのアルブレンの手を引き剥がし、離れるように一歩前へ出た。
「一々面倒くせーな。……俺が全部片付けてきてやるよ。どうせ雑魚ばっかだろうし楽勝だろ。」
自信をもって言い放ち、俺は腰に提げている鋼八雲の柄に手を伸ばす。
すると、不意に通信機から冷徹な言葉が発せられた。
「――いや、そうでもない。」
「え?」
いきなり聞こえてきたのはアイヴァーの声だった。
なぜこのタイミングで否定の言葉を俺に告げたのか、そもそもどうやって俺とケイレブの会話を聞いていたのか。
一瞬で色々なことを考えていると、矢継ぎ早にアイヴァーは俺に告げてきた。
「シンギ・テイルマイト、俺が昨日言ったことを覚えているか。」
「おい、それってどういう……」
通信機に向けてそう言いつつも、俺の脳内にははっきりとしたフレーズが浮かび上がっていた。
(――“今日の友は明日の敵”……)
それが浮かび上がった瞬間、俺はアイヴァーが操作しているフォルンセイルにアイカメラを向ける。
フォルンセイルの胸部や脚部の上部にあるミサイルポッドが全て全開になっており、そこからは鮮やかな色の弾頭が覗いていた。
それを見た瞬間、俺はすぐにケイレブに命令していた。
「伏せろッ!!」
しかしそんな警告も虚しく、間を置かずしてフォルンセイルからミサイルが全方位に発射された。
数百もの小型ミサイルは周囲にいたVF達に見事に命中し、装甲やフレームを貫通させて、その破片を周囲に散らせる。
悲鳴を上げる暇もなかったらしい。オープン回線からは何も聞こえず、外からは爆裂音だけが聞こえてきていた。
俺は咄嗟にリアトリスをしゃがませて難を逃れたが、刹那の間にフォルンセイルの周囲にいたVFが……いや、俺を除くすべてのVFが大破してしまった。
俺はこれほどの威力を持つ兵器の名前を知っていた。
フォルンセイルから発射されたのはHEATミサイル……いわいる対戦車ミサイルだ。これには特殊な炸薬が使用されていて、大口径の砲弾すら弾き返す厚い装甲でも簡単に貫通させることができる優れものだ。
過去に多くの装甲を貫通し、あらゆる兵器を破壊してきた優秀な武器ではあるが、今はアクティブ迎撃システムなどの防弾システムの発達によってほとんど無用の長物と化している。通常であればそれらのシステムで簡単に撃ち落とせるからだ。
だが、防弾システムが働かない基地内部においては、その兵器の破壊力は絶大だった。
VF達は何か巨大な生物に噛られたのではないかと思われるほど装甲が抉り取られており、頑強なコックピットですら原型を留めていなかった。
また、その影響は基地本体にも及び、建物に深刻なダメージを与えていた。
そんな中、俺以外にも無事なランナーがいた。
それはもちろん遠隔操作でアルブレンを操作していたケイレブだった。
「……しまった、既に敵が内部に入り込んでいたのか。すぐに態勢を……」
しかし、ケイレブのそんな声が聞こえていたのも数秒のことで、すぐに通信が途切れてしまった。ダメージの影響で通信機すら不能になったのだろう。いつもなら俺のVFが破壊されてもCE社内で通信できていたので、ケイレブと話せない状況になるのは多少不安だった。
今すぐ新しいアルブレンを派遣するとしても、到着まで2時間は掛かるはずだ。
それまで持ちこたえられるだろうか……。
リアトリスでうつ伏せになったまま考えていると、再び通信機からアイヴァーの冷たい声が聞こえてきた。
「昨日警告したはずだぞ。今日の友は明日の敵だとな。」
声に反応して俺はリアトリスを立たせる。
一瞬にしてスクラップとなったVFの山の中央には四脚型のVFフォルンセイルがおり、空になったミサイルポッドをその場にパージしていた。
見たところもうHEATミサイルは撃てないみたいだ。
「……バカ言え、最初から裏切るつもりだったんだろ。」
俺はアイヴァーの言葉に対して短く言い返すと、すぐさま鋼八雲を抜刀してフォルンセイル目掛けて駆け出す。
戦いは常に先手必勝。相手が射撃体勢に入る前にケリをつければいいだけの話だ。
しかし、フォルンセイルは既に射撃体勢にあり、ロングレンジライフルの大きな砲口を俺に向けていた。
だが、俺は構うことなく接近していく。
あれほど恐ろしく感じた砲口も今となっては恐れるに足りない。遠隔操作していたアルブレンですら回避できたのだ。いくら近距離だとはいえ、リアトリスの機動性があれば当たる気すらしない。そもそも、射撃体勢に入っていてもアイヴァーは俺の高速接近には対応できていないようだった。
(いける……!!)
俺はアイヴァーにロングレンジライフルを撃たせる暇さえ与えることなくフォルンセイルに肉薄し、予め抜刀していた鋼八雲でフォルンセイルを横薙ぎにした。
バックスイングの要領で振られた鋼八雲はフォルンセイルの右アームに接続されているロングレンジライフルの真下を通り、直接ボディ目掛けて進んでいく。
そして、鋭い刃は周囲の空気すら切り裂いてフォルンセイルの胴体の装甲に食い込んだ。
鋼八雲はその装甲を何の抵抗も感じさせずに両断し、続いてフレームに切れ込みを入れていく。
(すげー切れ味……)
訓練プログラム内でも刀を使用したシミュレーションを何度かやっていたが、ここまで綺麗に斬れることはなかった。やはり鋼八雲はとても特殊な武器のようだ。
高速で振りぬかれた鋼八雲はこのままフォルンセイルの胴体を真っ二つにするはずだった。……が、その剣筋は惜しくも途中で止められてしまう。
それを止めたのはフォルンセイルの左アームだった。
アイヴァーは左アームで鋼八雲を真上から叩き落とす。その結果、鋼八雲はフォルンセイルの装甲とフレームの一部を抉り取りながら地面にぶつかった。
フォルンセイル本体に深刻なダメージを与えることができなかったが、鋼八雲に接触した相手の左アームは切断されていた。
俺はその左アームによる防御に対応し、鋼八雲が地面についた瞬間に手首のスナップで刃を天に向け、思い切り振り上げる。
しかしフォルンセイルは既に後退を開始しており、鋼八雲は空を切っただけだった。
「逃がすかよ!!」
俺はフォルンセイルに追いすがり、再度斬り掛かるべく刀を振り上げる。
だが、ロングレンジライフルの牽制射撃によって動きを制限され、接近することは叶わなかった。
……結局、剣筋を逸らされて装甲とフレームの一部を切り落としただけで俺の攻撃は終わってしまった。距離を取れば向こうが有利だし、このまま狙撃され続けると厄介だ。
ところが、フォルンセイルは俺の予想以上に後退していく。むしろ撤退していると言ってもいいかもしれない。
やがて牽制射撃も途絶え、通信機からアイヴァーの賞賛の言葉が送られてきた。
「直前に知らせたとは言え、あのミサイルを避けたとなるといよいよお前は俺の見込み以上のランナーらしいな。機動性も申し分ないし、反射速度も良い。加えて切れ味のいいブレードを持っているとなると近接戦では俺に勝ち目はないだろうな。……悪いが退かせてもらう。」
アイヴァーはリアトリスの機動性と鋼八雲の切れ味を脅威に感じたみたいだ。長々と告げるとあっという間に基地の外に出ていってしまった。
こうも引き際が良い敵を見たのは初めてかもしれない。
どんどん遠ざかっていくフォルンセイルを見ていると、セブンからアナウンスが入った。
「シンギ、相手はああ言っていますが、フォルンセイルは撤退する気はないようです。明らかに有利な狙撃位置に向かっています。後を追いましょう。」
「ああ、逃がすつもりはねーよ。」
その言葉の通り、本来ならすぐにでもアイヴァーを追いかけたかった。
しかし、目の前に広がる悲惨な光景が俺を基地内に押し留めた。
ミサイルによって破壊されたVFの集団には衛生兵や救助のための隊員が群がっており、ぐちゃぐちゃになったコックピットからランナーを救出していた。
順次コックピットから救出されていたが、そのほとんどが人の形を留めておらず、ましてや生きているランナーは一人もいなかった。
また、基地内からは兵士や職員が避難していた。
内部から攻撃を受けてしまってはいくら防弾システムが完備されている施設といえどどうしようもない。基地内にある戦車やヘリコプターも先ほどのミサイル攻撃によってほとんど使いものにならないくらいに破壊されていたため、応戦もできないのだ。
こんな状態でシクステインの集団に襲われたら、死者の数が半端ないほどに膨れ上がるのは必至だった。
「いや、アイヴァーは後でいい。まずはあの10機をぶち壊すぞ。」
俺は考えを改め、この基地を守ることを優先することにした。ところが、セブンの意見が変わることはなかった。
「優先目標はフォルンセイルです。左アームを切断しましたし、多少なりともフレームまでダメージを与えたので動作が不安定になっているはずです。バランスを修正される前に攻勢に出ましょう。」
「バカか。ここを守らないとみんな殺される。……基地から出て迎え討つぞ。」
セブンの意見を無視して言うと、セブンはしつこく俺を説得してきた。
「大丈夫です。既に退避命令が出されています。シクステインは足が遅いので退避している隊員には追いつけません。今はフォルンセイルという脅威の排除が優先されるべきでしょう。」
「あのなぁ……」
ここまで頑固だと呆れてくる。
確かに、ここは基地を見捨ててフォルンセイルを叩くのがもっとも効率のいい選択なのだろう。しかし、俺は効率だけで戦争をしているわけではない。
この場合は戦闘に負けてもいいから、一人でも多く脱出の手助けをすべきなのだ。
実際、俺が基地の外に出ればフォルンセイルの高速弾が基地内に着弾することもないし、シクステイン10機と戦うことで基地までの到達時間を遅らせることもできる。
セブンの言葉のせいでどうすべきか迷っていると、間もなくシクステインの集団から砲撃が開始され、アクティブ迎撃システムを失った基地に無数の砲弾が命中した。
これ以上砲撃を食らうと基地が持たないし、このままだと死人が増えるだけだ。やはり今はシクステインを排除するのが先だ。
……もう悩んでいる暇など無い。
この基地内で唯一残存している戦力の俺が何とかせねばならないのだ。
「おいセブン、まずはシクステインをブッ壊す。……いいな?」
俺の命令に対し、今までの言葉が嘘であったかのようにセブンはあっさりと同調した。
「分かりました。でしたらあのシールドを借りるといいでしょう。」
「シールド……?」
俺が訊き返すと、すぐにHMD上にポインタが表示された。それに誘導されて視線を動かすと、そこには大破したケイレブのアルブレンがあった。
その肩には立派な盾が二つも付いていた。
俺はその盾を一つもぎ取り、左に持つ。この楕円形上の厚い盾ならあの砲弾も簡単に防げそうだ。現に、この盾でフォルンセイルの高速弾を何発も防いでいたわけだし、防御力はピカイチだろう。
要らぬアドバイスしかしないと思っていたが、セブンもこういう所は役に立つ。
俺は防御手段を手に入れたところで早速基地から出て、シクステインの集団に向けてダッシュし始める。
すぐに標的は基地から俺に変更され、無数の砲弾が俺目掛けて飛んできた。
俺はその砲弾を受け止めるべく盾を構えたのだが、相手の射撃制御AIはよっぽど低性能なのか、走って移動しているリアトリスには全く命中しなかった。
この程度の砲撃ならこの楕円の盾が無くてもで何とかなりそうだ。
「……敵はたったの10体。あなたなら楽勝でしょう。」
「その通りだな。」
相手は鈍重で硬さだけが売りの安価なVFだ。その硬さも俺の鋼八雲の前では意味を成さない。セブンの言う通り、楽に勝てる相手に違いなかった。
俺はまず横一列に並んで隊列を組んでいる集団のど真ん中に突っ込んだ。
初めの1機はすれ違いざまにコックピット部分を一突きにし、返す刀で隣にいたもう1機も背後から胸部を突き刺す。鋼八雲はいとも簡単に分厚い装甲を貫通し、背から入った刃は胸部から鋭い切っ先を覗かせていた。
その一瞬だけで2機のシクステインの動きが止まった。
シクステイン自体はまだ起動状態にあるが、それを操作するランナーが死んでしまえば意味が無い。鋼八雲の刃にはうっすらと赤い血が付着していた。
「……あと8“人”だ。」
そう呟き、俺は残りのシクステインを破壊するべくリアトリスに低い姿勢を取らせ、次の標的目掛けて地面を這うように駆ける。
――そこから敵集団を全滅させるまで20秒も掛からなかった。
3機目は胸部を上下に両断し、4機目は盾で殴りつけて頭を潰した後、その潰れた頭部から鋼八雲を突き刺し、5機目は4機目のボディを蹴って勢いをつけて跳び、そのままコックピット付近に強烈なニーキックを食らわせた。膝部分の装甲は見事に装甲をへこませ、その薄くなった装甲に軽く刀を突き刺して貫通させた。
6機目は俺にカノン砲を向けたのだが、5機目を盾にすると躊躇した。その隙に俺は5機目のカノン砲を6機目に向け、引き金を引いた。
一発目は厚い装甲に弾かれたが、二発目はその装甲をへこませ、三発目でようやく装甲を破壊した。さらに四発目を撃つと砲弾がボディを貫通し、ようやく破壊することができた。
この時点でカノン砲による反撃が開始されたのだが、それは全て付近の地面を掘り返すだけで、俺には命中しなかった。
それどころか数発の砲弾は動かなくなったシクステインに命中していた。
既に隊列も崩れていたため、残りも破壊するのは容易だった。
7機目は味方からの誤射によって背中を撃たれ、怯んだ隙に真正面からコックピットを突き刺した。8機目は後退したがために9機目と衝突してもたついており、隙だらけの2つのコックピットを突き刺して同時に破壊した。
最後の10機目は玉砕覚悟で突進してきた。
俺は鋼八雲を低く構え、10機目と接触するタイミングでその刃を相手の股関節部分にあてがい、一気に上へ振り上げる。
その結果、10機目は厚い装甲ごと左右に分断され、その機能を完全に停止させた。
全てが終わると、俺は鋼八雲の刀身に付着していた血やらオイルやらを振って払い、鞘に収める。
機械式の鞘が刀身をしっかりと保持したのを感触で確認し、俺は鋼八雲の柄から手を離す。
するととセブンがコメントしてきた。
「素晴らしい戦闘でした。」
俺はその言葉を聞き流し、ため息を吐く。
「……ふぅ。」
10機全てをリアトリスで鏖殺し、俺はそこそこの疲労を感じていた。
遠隔操作とは違って実際に乗って制御するのは体力がいるみたいだ。
しかしそれよりも俺はリアトリスの機体性能に驚いていた。
……明らかにこのリアトリスは俺にとってオーバースペックだ。
あれだけやったというのにまだ全性能を引き出せていない。というか、性能を引き出すまでもなくこれだけの戦闘能力を発揮できている。
これは間違いなく俺のような凡人のためではなく、身体能力や反応速度がずば抜けて高い超人のために生み出されたVFだ。七宮宗生という男はこれを簡単に乗りこなしていたのだろうか……。
そう思うと驚きを越えて恐怖すら感じてくる。
とにかく、俺の操作技術が向上すればまだまだ性能を引き出せるはずだ。
そのためにはこんな雑魚相手じゃなくて強い敵と戦う必要がある。
(敵……あ、アイヴァーがまだいるんだったな。)
すっかり忘れていたアイヴァーの存在を思い出し、俺はアイヴァーが撤退していった南の方角に目を向ける。しかし、そそくさと姿を消したフォルンセイルを発見できるわけがなかった。
セブンは狙撃とか何とか言っていたが、本当に逃げたのではなかろうか。
基地の様子も気になるし、また武装勢力が襲ってくるかもしれない。そう考えた俺はひとまず応援が来るまで基地で待機することを決め、その場から移動することにした。
しかしその時、いきなり通信機からセルカの叫び声が聞こえてきた。
「シンギさん!! 9時方向です!!」
「!!」
その言葉を聞き、俺は咄嗟に楕円の盾を左に向ける。すると盾に重い衝撃が走り、頑丈な盾が遠くに弾き飛ばされてしまった。
9時方向を見ると、UAVによってマーキングされたVFがHMDに表示された。そこに映っていたのはロングレンジライフルを構えているフォルンセイルだった。
フォルンセイルは4本の足を大きく広げてなだらかな斜面に密着していて、ロングレンジライフルから大きな薬莢を排出していた。
その後、続けて2発目の高速弾が飛んできたが、射撃のタイミングが簡単に把握できたため、横飛びで簡単に回避できた。
着弾の時間の誤差を考えると距離にして5kmくらいだろうか、この短時間でよくあんな遠くまで移動できたものだ。
このまま狙撃が続くかと思ったが、フォルンセイルは2発撃っただけですぐに移動し始め、やがて見えなくなってしまった。セルカのUAVからも姿を確認できなくなったのか、間もなくマーキングも解かれた。
「……やはりまだやる気のようですね。戦闘が終了して警戒が解けるタイミングを窺っていたんでしょう。」
俺は弾き飛ばされた盾を拾い上げつつ、セブンの言葉に同意する。
「ああ、流石に今回は俺を殺すつもりらしいな。」
アイヴァーの目的であろう基地の破壊は既に完了しているはずだ。それなのに俺を狙撃したということは、つまりそういう事だ。
俺を危険な敵だと認識してくれたことは嬉しくもあったし、同時に恐ろしくもある。
もしセルカが初撃を知らせてくれていなかったら、大きなダメージを負っていたかもしれない。いや、死んでいた可能性だってある。
俺は危険を知らせてくれたセルカに礼を言おうとしたが、それよりも先に別の言葉が口から飛び出していた。
「おいセルカ、さっさと基地から退避しろ。敵のVFが基地内に侵入してきたら死ぬところだったぞ。」
強めに言うと、セルカはすぐに謝ってきた。
「すみません。でもやっぱりリアトリスのことが心配で……。それに、新しく敵が出現しないとも限りませんし、上空から監視していないと駄目です。設備が生きている以上、私が逃げるわけにはいかないと思ったんです。」
「ごちゃごちゃうっせーな。俺に任せてセルカは逃げろよ。」
有無をいわさず退避するように命令したのだが、セルカが意見を変えることはなかった。
「シンギさん一人を置いていけません。それに勝つためには私のサポートは絶対に必要なはずです。……最後までお付き合いします。」
「あのなぁ……。」
仕事熱心なのはいいことだ。でも、それで死んでしまっては意味が無い。ましてやセルカは若くて優秀なオペレーターなのだ。
俺だけが生き残ってオペレーターが死ぬなんてことはあってはならないし、ランナーが女性のオペレーターに命を張らせるというのはとても情けない気がする。
おまけにセルカはキルヒアイゼングループの関係者だ。そんなご令嬢を危険に晒してはおけない。
色々考えた結果、俺は自分でも想像もしていなかった解決策を出すことになった。
「分かったよ仕方ねーな。俺も撤退するからセルカも逃げるぞ。それでいいんだろ?」
「え、あの、それは……。」
これだけ譲歩すれば満足だろう。本当はアイヴァーを追いかけたいのだが、今回の作戦は明らかに失敗だし、何も孤立状態の俺が敵陣に突っ込む必要もない。
ケイレブが援軍を引き連れて来るのを待てばいいし、何なら後のこともケイレブに任せたのでもいい。不意打ちさえ無ければアルブレン数機で敵勢力を圧倒できるはずだ。
そんなことを踏まえての提案だったのだが、それはセブンによって取り下げられてしまった。
「却下です。兎にも角にもフォルンセイルを行動不能にしなくては駄目です。フォルンセイルがいる限り基地の安全は保証されません。増援部隊を載せた輸送機ごと撃ち落される可能性が高いです。フォルンセイルの予測行動範囲が広がらない内に追いましょう。」
セルカはそんなセブンを味方につけ、俺に意見してきた。
「……そ、そうですよ。リアトリスのスピードならすぐにでも追いつけるはずです。周囲は何もない所ですし、またすぐに発見できると思います。」
そんな言葉を無視し、俺は別の指示を出す。
「いいから基地周辺を監視してろ。俺は増援が来るまで基地から動かねーからな。」
「馬鹿にしないでください!! 戦場に来てる以上、私にだって覚悟くらいあります。それに、私はシンギさんがいるから……シンギさんの強さを信じているから逃げずにいるんです。」
そう言うセルカの声は震えていた。
しかし、それは仕方のない事だった。
(今、基地は安全とは程遠い状況だからな……)
俺はランナースーツを着て、頑丈なコックピット内にいて、装甲を纏った高性能なVFを操作できる。
対するセルカは生身だ。
身を守れる物は良くてもヘルメットと防弾チョッキくらいだ。半壊した基地内で一人でオペレートするのはさぞ不安なことだろう。
そんな状態で逃げることもなく、自分の使命を果たしているセルカの責任感と勇気を無碍にはできなかった。
「あー、もういい。今後一切お前の心配はしてやらないぞ。」
それだけ言って俺はアイヴァーがいた方角にリアトリスの足を向ける。
……本人に覚悟があるなら俺がとやかく言っても仕方ない。
実際、俺もケイレブやサリナの警告を無視して遠隔操作をせずに実際に搭乗して戦争している。
どうせ死ぬ時は死ぬのだ。難しく考えるだけ時間の無駄だ。
セルカは間を置いて「はい」とだけ返事をし、いつも通りのオペレートが始まった。
「とりあえず予測地点にマーカーを落とします。警戒しながら移動お願いします。」
「オーケー。」
俺もいつも通りに返事をし、フォルンセイルが去った方角にリアトリスを向け、走りはじめた。




