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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
15/202

  14 -出発-

 補足情報013

 通常、VFの整備には多くの人員を要する。何故ならばVFは複雑高度な兵器だからだ。それぞれが担当する部位の分担は決まっていて、それぞれの部位で高度な専門知識、高度な技術が必要とされる。このことから、VFの整備はチームで行う作業だと言える。

 一人でもメンテナンス作業を行なえこともないが、それには大量の専門知識が必要であり、人が少ない分だけ時間がたくさん掛かるのは必至だ。

 それを簡単にこなせるナナミは優秀なエンジニアと呼ぶにふさわしい存在だろう。


  14 -出発-


 リアトリスのメンテナンスが始まってから一週間後、俺は装甲も新しくなったリアトリスの中で訓練プログラムに没頭していた。

 リアトリスの本体が必要だったのは2日間だけで、後は予備パーツの製造や人工バクテリアの作成に忙しいみたいだ。

 あれからナナミの姿を全く見ていない。

 セルカもセルカでオペーレーターの仕事が入ったらしく、昨日からラボには来ていない。リアトリスにくっついて幸せそうにしているセルカを見るのが日課になりかけていたので、なんだか寂しいような勿体無いような複雑な気分だ。

 しかし、セブンがいるので話し相手に困ることはなかった。

 今も俺はそのセブンからダメ出しをされていた。

「――本当にシンギはフェイントが下手ですね。応用編をクリアするのは難しいでしょう。」

「いちいちうっせーな。……リトライだ。」

 セブンには色々言われているが、実際は訓練プログラムは順調に進んでいた。

 難易度が上昇したのにスムーズにできているのはリアトリスの操作コンソールに慣れたおかげだ。今ではほぼ自分が思い描いたとおりにシミュレーション上のリアトリスを操作することができる。

 また、ナナミがリアトリスのコックピットをVFB用の本格的なものに換装したのも影響しているのかもしれない。

 コックピットは今まで使用していた旧式とは一線を画していた。

 簡単に言うと、外部からの情報を得る手段が視覚と聴覚だけでなく、触覚も追加されたのだ。

 これによってダメージや残弾数などのステータスを目で確認する必要が無くなり、戦闘の効率もかなり上がった気がする。

 本来はランナースーツというVFランナー専用のパイロットスーツを通じて行われるらしく、俺がリアトリスで作戦に参加する際にはもっと多くのことを触覚インターフェイスによって知覚できるみたいだ。

 今は振動だけだが、ランナースーツを着れば冷熱やつねりや電気刺激、それに圧迫感などで他の細かい情報も把握できる。

 セブン曰く、このシステムを十二分に活用できれば目を瞑っていても簡単に戦闘できるようになるらしい。

 振動だけでもかなり戦闘が効率化できているので、この話は嘘じゃなさそうだ。

 訓練プログラムのおかげで戦闘技術や刀剣類の扱い方も習得できてきたし、実戦で戦うのがとても楽しみだ。

 そんな事を考えつつ訓練プログラムを進めていると、セブンからアナウンスが入ってきた。

「来客です。プログラムを終了し、コックピットハッチを開けます。」

「おい、途中で……はぁ……。」

 無理やりプログラムを中断された俺は、仕方なくコックピットの外にでる。

 するとリアトリスの足元、すぐ近くにサリナ社長の姿があった。

 サリナは暗いラボ内で一際明るくなっている金髪を触りながら俺に声を掛けてきた。

「どうシンギ。整備は順調なの?」

「あぁ、コックピットとちょっとした装甲を追加した。問題なく進んでるぞ。」

 俺はそう答えながらリアトリスから降り、サリナの正面に立つ。

 改めて見ると、サリナは一企業の社長とは思えないほどルーズなファッションに身を包んでいた。

 ただ、首にはキルヒアイゼンの入館許可証がぶら下がっていた。

「何の用事だ? ただ単に俺の様子を見にきたわけじゃないだろ?」

「それもあるけれど、ようやくシンギ向きの依頼が入ってきたの。」

 サリナはそう言うと腕を後ろに組んでその場で回転する。嬉しいのか、それとも単なる気まぐれか、その行動の意味を考えつつ俺は依頼の内容を訊いてみる。

「どこで何をするんだ?」

「……中東で武装勢力の排除よ。」

 サリナは事も無げに言って、すぐにラボの出口に足先を向けた。

「詳しくは社長室で話してあげる。ケイレブも待ってるから早く来てね。」

「おう。」

 そのまま俺はセブンにリアトリスを任せ、CE社の社長室に向かった。



「――どうでしたか社長、リアトリスは。」

 乱雑な社長室に入ると、中で待っていたケイレブがサリナに言葉を投げかけた。

 ケイレブは社長室の奥、大きなデスクの椅子に堂々と座っており、サリナよりもよっぽど社長という言葉が似合っていた。

 サリナも俺と同じような事を感じたのか、すぐに椅子からケイレブを押しのけて、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 そして、足を組んでからようやく先ほどのケイレブの質問に答える。

「そうね……。思った以上に立派だったわ。黒くて大きくて……確かにあれならケイレブが言った通り問題ないかも。」

「そうそう。オレの言った通りだったでしょう、社長。」

 椅子から立たされたケイレブはデスクに手をつき、満足げにしている。

 俺もサリナのデスクに寄りかかり、話を進めることにした。

「今回の作戦、詳しく話してもらうぞ。中東のどこなんだ?」

 サリナに向けて言ったのだが、俺の質問に答えたのは例によってケイレブだった。 

「アフガニスタン、カンダハル周辺だ。……最近武装勢力のVFによる挑発行為が多発していたんだが、この間とうとう50名以上の住民を巻き込んだ大規模な銃撃戦が起こった。そしてこの戦闘で支援部隊側にも数名の死者が出た。それで、山麓の集落に潜伏している武装勢力を掃討することになったわけだ。」

 やられたからやり返す。シンプルで明瞭だ。

 分かりやすい説明だったが、50人程度で大規模というのは些か言いすぎな気がする。

 俺はその点を改めて指摘してみた。

「50人くらいならよくあることだろ。それに、掃討作戦でVFを使うとなるとさらに被害が出るんじゃねーの?」

 この問に関してはサリナが答えてくれた。

「今までなら追い返す程度で済んでたわ。でも、今回は武装勢力が一部の隊員を拉致して、その隊員の死体を遺族に直接売ろうとしたの。」

「死体を?」

「そう。死体が確認できないと遺族が保険金を貰えないの。それを逆手に取って武装勢力が遺族に高額で死体を売ろうとしたわけ。ああいう場所では結構普通にあることなんだけれど、これが遺族の逆鱗に触れて、報道関係者にも色々漏れて、掃討しない訳にはいかない状況が出来上がったの。常日頃から支援部隊側も怒ってたから、今回の作戦を行うに至ったというわけなのよ。」

 CE社にお呼びがかかるくらいなのだし、相当大規模な作戦になりそうだ。

 戦場映像の配信サイト、ウォーノーツもこぞってこの作戦の映像を配信することだろう。

 国際治安支援部隊を手こずらせるのだから、武装勢力側もかなりの戦力を持っているように思う。そうなれば大変なことになるのは必至だ。

 どの程度大規模なものになるのか想像していると、ケイレブが俺に声を掛けてきた。

「まぁ、実際問題としてその地域から勢力を退かせられたら十分だ。……さっきも言ったが、目標は山麓にある中規模集落だ。敵勢力はここを拠点に活動しているから、ここを叩けば散り散りになってしばらくは安全になるはずだ。」

「そんなもんか……。それで、具体的には俺はどうするんだ。」

 俺はさらに詳しく情報を得ようとしたが、それに関しては二人も把握できなないのか、サリナは首を左右に振り、ケイレブは肩をすくめた。 

 ケイレブはその状態で答える。

「詳しい作戦は現地に行かないとわからないな。だが、敵も十分な数がいるし、支援部隊はオレたちの他にも強い傭兵を雇っていると聞いている。戦力でオレたちが負けるわけがないし、初めて実機で作戦に参加するシンギには最適な作戦だろう。」

 ケイレブの言葉の後、サリナは最後に出発時刻について連絡してくる。

「調整のために既にスタッフは現地に向かわせてる。シンギももう少ししたら出発させるから、今日の内に色々準備しておくようにね。」

「オーケー。」

 準備なんて必要ないが、取り敢えず俺は頷いておく。

 そして、これで話は終わりだと判断した俺は雑談もすることなく社長室から出ることにした。

「じゃ、出発まで俺はラボにいるから。他に何かあったら携帯端末に連絡入れろよ。」

 実戦になるまでに、なるべく訓練プログラムで操作技術を向上させておきたい。

 少なからず死の危険があるのだから、操作が上手くなるに越したことはないのだ。

(……戦場でもセブンにとやかく言われたくないしな。)

 また前回のようにコントロールを奪われるという情けない事態を起こしたくはない。

 心配事はそれだけであり、不思議と不安は感じていなかった。


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