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焉蒼のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
Ⅰ 安全な戦争
14/202

  13 -銀髪の少女-

 補足情報012

 CEが作戦を行うまでの流れはこうだ。

 ①まずは現地の人間が作戦を軍本部に提案する。

 ②それを軍が承認して、初めてCEなどのPMCに戦闘依頼、戦闘委託が行われる。

 ③CEはその依頼を受けて本社フロートユニットの飛行場からVFを積んだ輸送機を目的地に向けて発進させる。

 ④そして、作戦に参加するVFランナーを募集し、それらが作戦に参加する。

 ⑤現地では軍の指示に従い、作戦を遂行する。

 ⑥終了すると遠隔操作VFは現地にいるスタッフによって解体され、バラバラの状態で本部に海路で送り返され、メンテナンスを受けて次の作戦に備える。

 大量の遠隔操作VFと大量のランナーを有しているからこそ、成り立つ形態だといえよう。

  13 -銀髪の少女-


「――へぇ、ここがナナミのラボか。」

 日本から海上都市群に帰ってきた俺は早速ナナミのラボを訪れていた。

 ラボのあるフロートユニットは中央フロートユニットからほど近い位置にあるユニットで、ラボ自体は何やら大きくて平べったいビルの地下にあった。

 地下というより海面下にあるその場所はそこそこ広く、近代的な設備がひと通り揃っているように見えた。数機の見慣れないVFがメンテナンス用のケージに固定されていてそのほとんどが装甲を外されて頭部や腕を取り外されていた。

 また、ラボ内はとても静かで、人の気配が全く感じられなかった。

 そんな静かなラボの内部を入口から見ていると、ナナミが遅れて俺の言葉に応じてくれた。

「わたしのラボと言うより、わたしが所属してるチームのラボなんだけどね。まあ、好きに使わせてもらってるからわたしのラボで間違い無いと思うよ。」

 そう言いながらナナミはラボの中に入り、奥へと進んでいく。

 俺もその後を追った。

「そういやVFBのエンジニアだとか言ってたよな。どこのチームなんだ?」

「ビルに入るときに見えなかった? 『キルヒアイゼン』だよ。」

「へぇ……。」

 ナナミの答えを聞いてから自分の質問が浅はかだったということに気付く。VFBに全く詳しくない俺がチーム名を聞いたところで分かるはずがないのだ。

 キルヒアイゼンというVF開発企業は有名なのでもちろん知っている。しかし、VFBチームについては特徴もランナーも使用しているVFすら知らない。

 まぁ、あのキルヒアイゼンのチームなのだし、強豪チームと思っていていいだろう。

 俺がそんな事を考えている間にナナミはラボの中央まで移動しており、そこにある大きなコンソールを操作して何かの装置を起動させていた。

 それは整備用の大型機械の操作コンソールらしく、すぐに天井で動きがあった。

「おお……」

 天井をみると、そこには無数のロボットアームが取り付けられていた。ぱっと見ホラー映画でありそうな絵面だったが、そのアームの動きが機械的だったため、そこまで気持ち悪さは感じられなかった。

 ナナミはコンソールを操作しながら俺に指示を出す。

「わたしはこっちの準備をするから、シンギ君は搬入口のシャッターを開けてくれないかな

。緑のボタンだからすぐに分かると思うよ。」

「オーケー、緑だな。」

 俺はナナミの指示に従い、更にラボの奥へと進んでいく。

 実は、俺はこういうラボというかVFの整備現場に入るのは初めてだったので、結構興奮していた。CEの整備施設には一度も足を踏み入れたことがなかったし興味もなかったのだが、やはり大きな機械があるというだけでワクワクするものだ。

 やがてシャッターの前まで来ると、俺は壁面に取り付けられていた開閉スイッチを押した。すると注意を促すブザーが鳴り響き、その音に遅れてシャッターが開きだした。

 搬入口のシャッターは俺が借りていた倉庫よりもずっと大きく、幅も20m以上あった。そんな巨大な搬入口が姿を現すのを観察しつつ、俺はナナミがいる場所まで戻るべく足先をラボの中央に向ける。

 しかし、シャッターに背を向けた途端、外から低い駆動音が響いてきた。

 何事かと思い搬入口をみると、そこにはラボ内に侵入してくる大きなトレーラーの姿があった。トレーラーはどんどんラボ内に入り込んできて、すぐに荷台部分も中に入ってきた。

 その荷台には漆黒の装甲を纏ったVF、リアトリスの姿があった。

 さすがは七宮重工、CE社のフロートユニットに空輸されてからここまで輸送船で海を渡ったはずなのに、移動に掛かった時間は俺達とあまり変わりないみたいだ。

 時間差を考えたとしても手際が良すぎる。VFの運搬はお手のものということだろう。

 ラボの中にトレーラーが完全に入ると、すぐにロボットアームが天井に張り巡らされたレールを移動し、リアトリスの固定ケージにフックを引っ掛ける。

 その作業が終わると同時にクレーンが起動し、リアトリスは宙に釣り上げられた。

 宙に浮いたリアトリスはその場で縦回転させられ、寝ている状態から起こされ、直立状態でラボの床に着地した。

 ものの数秒でトレーラーから降ろされたリアトリスはそのままVF用の巨大なメンテナンスエリアに移動させられ、そこでようやくクレーンのフックが外された。

 俺もそれに合わせて移動し、ナナミの場所まで戻っていた。

「さて、まずはケージを外さないとね。」

 ナナミは俺の存在に気が付いてないのか、独り言のように呟くとロボットアームを操作して固定ケージの取り外し作業を開始した。

 テキパキと動くロボットアームを見ていると、ロボットアームの一つがケージの側面に取り付けられていたVF用の刀を掴み、別の場所へ移動させた。

(そういやあの日本刀も調べてもらったほうがいいかもな……。)

 かなり特異な刃紋だったし、あれもリアトリスみたく特殊な材料が使われている気がする。あれも実戦で使ってみたいので、詳しく状態を見てもらっておこう。

 そんな事を考えていると、不意に視界の隅にフードを被った少年の姿が映った。

「……?」

 その小柄な人影は勝手にリアトリスに近付いていく。

 足取りはとても軽やかで、どう見ても作業員には見えなかった。

「おいナナミ、あいつは?」

 俺はコンソールを操作しているナナミに質問し、そのフードを被った少年を指さす。

 俺の質問に反応してナナミは一度顔を上げたが、一瞬見ただけですぐに作業に戻った。

「ごめん、視力悪くて何だか分からない。悪いけどシンギ君が確認してきてよ。」

 不法侵入者かもしれないのにいい加減なやつだ。

 でも今はそんな事を言っている暇はない。

「関係者じゃなかったらぶん殴って外に追い出す。……それでいいな?」

「ここにはIDがないと入れないから、持ってなかったらそれでいいと思うよ。気をつけてね。」

 IDを持っていてもいなくてもリアトリスに近づかせるつもりはない。大体あんな子供が関係者なわけがない。

 俺はその子供を止めるべく駆け出した。 

 しかし、フードを被った少年は予想以上に速く、俺が追いつく前にリアトリスに飛びついた。

「!!」

 一体何をするつもりなのか、心配した俺だったが、そんな俺の予想に反して少年はリアトリスの脚部にしがみついて装甲に頬ずりしていた。

 何も持っていない子供がVFをどうこうできるわけがないのは理解していたが、そういう常軌を逸した行動を取られるとは思ってもいなかった。

 フードを被った少年は満足気な口調で呟く。

「なんでここにリアトリスがあるんだろう……ダークガルムが解散した時にどこかに消えちゃってたはずなのに……あぁ、やっぱり実物はカッコいいなぁ……。」

 それは少年ではなく少女特有の可愛らしい声だった。

 てっきり男だと思っていた俺は少々たじろいでしまう。フードで頭がすっぽりと隠れていたので勘違いしていたのだ。

(あぶねぇ……)

 殴る前に相手が少女だということを知れてよかった。

 俺はきつく握っていた拳から力を抜いて、背後から少女に声を掛ける。

「おい、勝手に触るなよ。作業の邪魔だぞ。」

 棘のある口調で警告すると、少女は慌ててリアトリスから離れて謝罪してきた。

「すみません、つい興奮してしまいまして……。」

 その謝罪の際に発せられた声は先程の少女特有の声とは違い、体裁の整った丁寧な口調だった。少女は先ほどの行動を恥じているのか、妙にしおらしくなっていた。

 反省しているみたいだが、俺に要らぬ心配をさせた奴をおとなしく返す訳にはいかない。

 取り敢えず俺は少女に詰め寄り、IDの提示を求めることにした。

「いいから、さっさとID見せろ。」

 俺は、どうせこの少女はシャッターの隙間から勝手に入ってきたのだろうと思っていた。

 しかし、フードを被った少女は俺の要求にすぐに応え、カードらしきものを差し出してきた。

「はい、これです。確認お願いします。」

「おう……。」

 俺の考えはまるっきり外れていた。どうやら関係者だったらしい。

 IDを見せられた所で部外者の俺が確認できるわけがなく、俺はカードを確認するふりをして、すぐに少女に返した。

 その行動を怪しまれたのか、今度は少女が俺に確認を求めてきた。

「ところで、あなたは誰なんですか? ID確認のカードリーダーを持ってないってことはセキュリティスタッフでもないみたいですし……」

 そう言って少女は不信の目を俺に向ける。

 それは少女が俺よりも優位に立っていることを表しているようにも思えた。

 とは言え、俺はここのスタッフでも何でも無いのでIDカードももちろん所持していない。……こんなことになるならビルの入口でゲストパスを貰っておくんだった。

 今すぐにでも少女の懐疑の視線から逃れたかった俺は仕方なく手持ちの身分証を見せることにした。

 それはCE社のキュービクルに入る際に使用するカードだった。

「ほら、俺はCE社のランナーだ。今日はこのVFをナナミに整備してもらうために運んできたんだ。」

「CEのランナー? もしかして……」

 少女は俺が差し出したカードを受け取り、そこに書かれている俺の個人情報を見る。

 その後、少女は俺の顔とカードに書かれた情報を見比べ、十数秒経ってようやく言葉を発した。

「あ……やっぱりシンギさんだ。」

 どうやらこいつは俺のことを知っているみたいだ。

 無論俺はこんな奴は知らない。と言うか、フードを深くかぶっていて顔もよく見えない。

 しかし、その少女の声には何となく聞き覚えがあった。

(まさか……)

 透き通るような明瞭な声、ある役職特有の聞き取りやすい声で俺はこの少女が誰だかわかってしまった。

「お前、いつも俺に偉そうに言ってるオペレーターか。」

 俺の言葉を肯定するように少女もCEの社員証を持ち出し、言い返してきた。

「その通りです。そっちこそいつも私の指示を無視して……いえ、前回は素晴らかったです。見直しました。」

 少女の言葉はなぜか途中で俺への賞賛に変化していた。

 そんな事も気にすることなく俺は少女に事情を訊く。

「なんでお前がこんな場所にいるんだ?」

「なんでって、私はここの関係者だってさっき言ったじゃないですか。」

「あ、そうだったな。」

 この少女が俺に色々と文句を言っていたオペレーターだということが判明し、そのインパクトが強くてつい先程のことが頭から飛んでいたみたいだ。

 しかし、俺が言いたいのはそういう事ではなかった。

「……じゃなくて、CE社のオペレーターのお前がどうしてVFBチームのスタッフIDを持ってるんだよ。」

 改めてそう質問すると、少女は俺にCE社の社員証を手渡してきた。

 俺はそれを受け取ってそこに書かれた情報を読む。すると、名前の欄に目を疑うような単語が印字されていた。

「『セルカ・“キルヒアイゼン”』……?」

 キルヒアイゼンというのはこのチームの名前であり、VF産業において重要な位置にいる企業の名前でもある。

 キルヒアイゼンという姓が何を意味しているのか、わからない俺ではなかった。

 社員証を俺に渡してしばらくすると、少女は自己紹介し始める。

「私の名前はセルカ・キルヒアイゼン。あのキルヒアイゼングループの関係者なんです。そのつてで、このチームのスタッフもやっていまして……」

「まさか、本当なのか?」

「本当です。何ならもう一度IDも見ますか?」

 そう言ってセルカは社員証に続いてIDも俺に渡す。

 改めて見ると、そこには名前と年齢、そして役職も表示されていた。

 キルヒアイゼングループの親族関係者ということにも驚きであったが、その中でも最も驚きだったのは年齢の欄だった。

「お前、16歳だったんだな……。」

 そう言いつつ俺はセルカを見る。身長は低く、十歳前後の少年と間違えるくらい体つきも貧相だ。恰好もフード付きのパーカーに短パンと女っぽさのかけらもない。

 手首につけているブレスレットもメカメカしいデザインで、おおよそ可愛いといえるようなアクセサリーではなかった。多分VFBのグッズか何かなのだろう。

 セルカは俺の考えも知らないで言葉を引き継ぐように喋る。

「はいそうなんです。スタッフっていうのも本当で、経理関係の処理を手伝っていて……」

 セルカはそんな事を嬉しげに喋っていたが、俺はその言葉を遮って思ったことをそのまま口に出す。

「お前、16歳でそんな体型なのか。」

「……。」

 その言葉を告げた途端、セルカのセリフがピタリと止まった。

 そして、俺から目を離して自らの身体に視線を向ける。そこにあるのは貧相な体だ。

 セルカはボディをガードするかのごとく両手を前に持ってきて体を隠し、大きく脱線していた話題を元に修正してきた。

「……それよりも問題はリアトリスですよ。どうしてシンギさんがこんな貴重なVFを持ってるんですか? ペーペーの若いランナーの給料で買える額じゃないんですよ?」

「誰がペーペーだ。」

 と、一応反論してから、俺は理由を説明する。

「この間、七宮宗生が実は数年前に死んでたってニュースあったろ? それが発覚した時に精子バンクが情報を開示して実は俺が七宮宗生の子供だって判明して……まぁ、とにかく色々あって遺品としてこれを貰ったってわけだ。」

「そういうことだったんですか……。新しく社長に就任した稲住愛里さんもかなり若かったですよね。あの人もシンギさんと同じなんですか?」

「そうらしいな。」

 セルカの話のせいで思い出したくもない顔が脳裏に浮かんできた。

 後でサラギさんから聞いた話だが、あいつは日本の裕福な家庭で育ち、高校時代に始めた剣道であっという間に日本で一番になったらしい。その後もあらゆる格闘スポーツで好成績を残しているとのことだ。

 本当に遺伝子というのは恐ろしいものだ。

 アイリと俺の確執に関して何も知らないセルカは無邪気な口調で言う。

「じゃあシンギさんとあの人は義姉弟なんですね。」

「腹違い以下の関係だけどな……。」

 父方の遺伝情報が同じなだけの関係だ。それ以上でも以下でもない。

 俺の雰囲気でその話題がタブーだと悟ったのか、すぐさまセルカはリアトリスの話題に戻る。

「そ、そう言えばこの他にも何か古いVFってありましたか? 七宮宗生が運営してたダークガルムはリアトリスみたく黒くてカッコいいVFが多いんです。私、アルザキルとかも好きで……」

「何言ってるか分からねーけど、個人倉庫にはこのリアトリスしか無かったぞ。」

「そうなんですか……。」

 俺の言葉を聞き、セルカはしゅんとなった。

 その時、知らぬ間にケージの解体作業が終わったのか、リアトリスがその場に膝立ちになってコックピットハッチが自動的に開いた。

 セルカはそれを見てすぐさま元気を取り戻し、俺に懇願してきた。

「あの、シンギさん、……ちょっとだけ乗ってみてもいいですか? 私、ずっと前からVFBのファンで、こういうのには目がないんです。スタッフになったのも試合を特等席から見れたり、有名なVFを直に見る機会に恵まれてるからでして……。」

 本気でリアトリスのコックピットに座りたいのか、セルカは必死に訴えている。

 本当は乗せたくも触らせたくもないのだが、一度断った程度で諦めてくれそうにないのは分かりきっていた。

 仕方なく俺はセルカの望みを受け入れてやることにした。

「乗るついでに操作もしてみろよ。オペレーターでUAVも操作してるし、何となくやり方は分かるだろ。」

 ここまでサービスしてやれば満足するはずだ。

 俺はリアトリスのコックピットに登るとシートから簡易HMDを取り、それをセルカに差し出す。

「いや、私は、あの……」

 しかしセルカは受け取ることなく、HMDを前にしてしどろもどろになっていた。

 多分ただのファンなのでHMDの付け方がわからないのだろう。親切にも俺はセルカの頭にHMDをセットしてやることにした。

 俺はHMDを持ったままセルカの正面に立ち、装着の邪魔になるフードを捲るべく、それを掴む。

「ほら、フードも外して……」

 セルカは背が低いのでやりやすい。

 しかし、セルカは俺の手から逃れるように後退りした。

「ちょっと、待っ……きゃっ!?」

 若干の抵抗を無視してフードを背中側に捲ると、そのフードの中から銀の長い髪が零れ出てきた。

 予想もしていなかった彩色の変化に俺は一瞬自分の目を疑ってしまう。だが、3度ほど瞬きしても髪の色は綺麗な銀のままだったので、それが間違いではないと判断した。

(すげーな……)

 ここまで長くて綺麗な色合いの髪は今まで見たことがないし、洗髪料のCMでもここまでの髪は見たことがない。

 そして、その銀髪と同時に今までフードで隠れてよく見えなかった顔も観察することができた。真珠のように白い肌は、今は頬の部分だけが少し紅葉しており、その上にある二つの瞳は海を連想させる深い青色をしていた。

 セルカはその双眸をまんまるに開けた状態で俺を見上げていたが、暫くすると外れていたフードを両手で掴み、勢い良く頭を隠した。

「うぅ……」

 セルカは狼狽えながら俺に背を向け、長い銀髪をフードの中に入れて隠そうとする。その仕草は小動物が小さな食べ物を隠しているようにも見え、なかなか可愛らしかった。

「なんで隠すんだよ。もったいねえな。」

「……。」

 セルカは銀の髪を晒すのが本当に恥ずかしいらしい。体を更に小さくして黙々と髪をフードの中に隠していた。

 珍しい色なのでコンプレックスに感じることも何となく理解できる。

 しかし、そうだとしても綺麗な髪を隠すのは勿体無い。

(いや、隠しているから綺麗に保てているのか……?)

 セルカの小さな背中を見ながらそんな事を考えていると、遠くからナナミの声が聞こえてきた。

「シンギ君、いちゃついてないでさっさとリアトリスに乗ってよ。今日中に各部位のストレス値を調べたいんだ。」

 俺は咄嗟に大声で言い返す。

「いちゃついてねーよ!!」

 結構な大声を出したせいか、うずくまっていたセルカが瞬時に飛び上がり、そのまま走ってラボから出ていってしまった。

 後を追うわけにもいかず、リアトリスの近くでセルカが走り去っていく様子を見ていると、セルカと入れ替わるようにナナミが俺に近寄ってきた。

 ナナミはラボの出口付近を眺めながら呟く。

「やっぱりセルカちゃんだったんだ。」

「見えてたのかよ……。」

 視力が悪いとか言っておきながらセルカのことをわかっていたようだ。絶対俺とセルカの遭遇を見て楽しんでいたに違いない。

 そんな思いで以ってナナミを睨むと、ナナミは動じる様子もなく俺に告げた。

「いや、見えないけど声でわかるでしょ。」

「……。」

 これ以上の議論は無駄だと感じ、俺はナナミを睨むのを止め、先程の指示通りにリアトリスに乗り込むことにした。

 セルカに被せようとしていたHMDを自分の頭に被せ、俺はリアトリスのコックピットに乗り込む。訓練プログラムをしていた時も感じていたが、やはりこの場所はとても落ち着く。

 操作コンソールに手をかざしてリアトリスを起動させると、俺はコックピットハッチから顔を出してナナミに報告した。

「準備できたぞ。俺は何すりゃいいんだ?」

 ナナミは俺を見ずに、手に持っている通信機に何かを呟く。

 その言葉はコックピット内部の通信機から直接聞こえてきた。

「ちょっと待ってて。すぐに動作の指示をHMDに出すから。その通りに動いてね。」

「そういう単純なのはセブンに任せたらいいじゃねーか。」

 同じく通信機に向けて返事をすると、ナナミからすぐに返事が返ってきた。

「無理無理。セブンは自動的にストレスコントロールしてフレームに負荷が掛からないようにしか操作できないから。それに、シンギ君も操作したいでしょ、リアトリス。」

「まぁな……。」

 面倒臭いとはいえ、短い時間でも単純な動作でもリアトリスを操作したいのは本音だ。

 ナナミからの指示が来るのを待っていると、その間にナナミが先ほどのセルカとの会話について話題を振ってきた。

「……ところでさ、セルカちゃんとの話聞いてたけれど、ほんとシンギ君って女の子の扱いに慣れてるよね。ナチュラルというか自然体というか、才能あると思うよ。」

「ハァ?」

 いきなり変な事を言われ、俺は通信機越しに威圧感のある声を送る。

 それでもナナミは喋るのを止めない。

「だってそうでしょ。何だか知らないけどあのコルマール社長には気に入られてるし、日本で七宮重工の女社長に抱きつかれたりキスせがまれても動揺してなかったし。それに、セルカちゃんのフードも簡単に捲っちゃったよね。……わたしだってあの銀の髪見れるのは年に数回くらいなのに……。」

(へぇ、そうなのか……。)

 サリナとアイリに関してはともかく、セルカの話については興味深かった。俺とは初対面だから髪を見せなかったわけではなく、知り合いにもほとんど髪は見せていないようだ。

 無理やりフードを外して悪いことをしたかもしれない。

 だが、反省はしていなかった。

 ナナミはしばらくあれやこれやとブツブツ言っていたが、最後に的外れな事を言ってきた。

「――あ、もしかして女に興味がないから臆することなく対応できてたんじゃ……? となると、シンギ君は……」

「それ以上言うと踏み潰すぞ。」

 ナナミの言葉を遮った俺はリアトリスを立たせてヘッドカメラを少し離れた場所にいるナナミに向ける。

 ナナミはこちらを見て苦笑いしていた。

 そんな憎たらしいメガネ面を見ていると、不意にセブンの合成音声が周囲に響いた。

「ナナミ、良い報告があります。」

 いきなりリアトリスの外部スピーカーでナナミの名を呼んだセブンに対し、ナナミは驚く様子もなくメガネの位置を片手で直してすぐに返答する。

「どうしたのセブン。」

 すると、セブンから予告通りの良い報告が入ってきた。

「ナムフレームの人工バクテリアの設計図を入手しました。」

 そう告げると、俺のHMDに何かの文書が表示された。数百ページに及ぶそれはナナミの情報端末にも送られたらしく、俺の視線の先でナナミは画面を食い入るように見ていた。

「本物っぽいね……。ありがとセブン、リアトリス自体の詳しいデータも全部内部メモリに入ってたし、これで完璧な運用体制ができると思うよ。」

 それからナナミはじっと情報端末に目が釘付けになっていた。

 しばらくしてから俺はナナミに話しかける。

「ナナミ、俺はどうすりゃいいんだ。検査するんだろ?」

「あーそうだった。先にストレス値を測らないと。でも、今すぐこのデータ検証したいんだけど……。」

 ナナミは俺の乗るリアトリスト情報端末を交互に見ながら悩ましい表情を浮かべる。

 どちらを優先すべきか悩んでいるようだ。

 しかし、その悩みはある人物の登場によって解決されることとなる。

「私がやります。……手伝っていいですか? ナナミさん。」

 それは先程ラボから出ていったセルカだった。

 いつの間にかセルカはリアトリスの足元に佇んでおり、脚の装甲を手のひらで触っていた。

 リアトリスへの興味が髪を見られた羞恥心を上回ったのだろう。ただ、あの銀の髪は再びフードに隠れていて、全く見えなかった。

 そんなセルカの言葉に対し、ナナミは迷う様子も見せなかった。

「大歓迎だよセルカちゃん。じゃあわたしは自分の端末でデータ検証してくるから、任せたよ。」

 ナナミは軽く告げ、一目散にラボから出ていってしまった。

 それを見届けると、セルカは先程までナナミがいた位置につき、コンソールを操作し始める。

「……よろしくお願いします。」

「おう。」

 それから数時間、俺はセルカと二人きりで各部位のストレス値の検査をすることとなった。


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