12 -異常な執着-
補足情報011
VFのメンテナンスについて、通常の軍やPMCなどは自国や自社に整備工場を持っていて、メンテナンススタッフの数も十分に確保できている。
しかし、個人でVFを所有している人間は技術者を雇っている場合が多い。その中でも凄腕のエンジニアは常に引っ張りだこ状態で、お抱え技術者にするのはとても難しい。つまり、優秀な技術者ほど多くの人間と関係を持っているということになる。そういうエンジニアはVFを修理する以外にも、カスタマイズをしたり、オリジナルの兵器、機構を製作することもある。
12 -異常な執着-
――七宮重工、本社組立工場。
通常の工場では近辺の下請け工場から届けられたパーツを組み立てるのだが、ここでは主にフレームの生産を行なっているため、部品の調達から何まで自社内で完結している。
フレームには主に高価な部品が用いられるため、原材料を除いてそのほとんどが航空輸送機によって直接運び込まれている。そのため、七宮重工の敷地内には巨大な滑走路が設置されていた。
ただの民間企業が滑走路を保有できるくらい、七宮重工の規模が巨大だとも言えるだろう。
俺はその滑走路にある輸送機を、組み立て工場内の3階から眺めていた。
輸送機の後部ハッチは大きく開いており、そこにケージで完璧に固定されたリアトリスが運び込まれている。
作業はかなり慎重に行われており、2機の作業用のVFによって輸送機に積まれていた。
いつもはVFの視点から見ていたので、VFがVFを運ぶ様子はなかなか珍しい光景だった。
作業が始まってから30分、すでに日は落ちかけている。滑走路に面した廊下の窓から入る夕日は俺の背後にある白い壁をオレンジ色に染めていた。
そんな光景を見つつ、俺は隣に佇んでいる男に声を掛ける。
「悪いなサラギさん、空輸の手配までしてもらって。」
「いえいえ、このくらいのお手伝いは当然です。」
スーツ姿の男、サラギさんは以前日本に来た時に俺の面倒を見てくれた良い人だ。
今回も電話をかけてお願いをするとすぐに応じてくれた。ありがたい限りだ。
「VFを輸送するだけでも結構なお金がかかるのに、それをすぐにやってくれるんだから金持ち企業はすごいよね。」
ナナミも俺と同じく滑走路を眺めながら発言する。
すると、サラギさんは再び低姿勢な対応を見せた。
「コストは関係ありません。テイルマイト様は勿論、CE社のコルマール様にも頼まれてしまいましたから、このお二方に頼まれては断れません。」
「だよね。わたしもコルマール社長のお願いを断れなかったし。」
2人の話しっぷりからするとサリナは人脈に富んでいると言うよりも人の弱みを多く握っているような気がする。
……まぁ、今はあまり深く考えないでおこう。
暫くすると輸送機内にリアトリスがすっぽりと入り、後部ハッチが閉められた。
「準備ができたみたいですね。そろそろお二人も輸送機に向かわれたはいかがです?」
サラギさんの言葉に対し、ナナミは腕でばってんマークを作る。
「だめだめ、わたしたちは普通の空港で出国手続きしないと駄目なんだ。」
「そうでした。失念していました……。では、輸送機を先に出発させます。」
サラギさんは俺達にそう告げると、懐から携帯端末を取り出してどこかに連絡し始める。
しかし、サラギさんがそれを耳に当てる前に何者かが背後からその携帯端末を奪い取った。
「シンギ、来るなら来るって教えて欲しかったわね。」
それは七宮重工の社長に就任した稲住愛里だった。
アイリは背後で待機しているボディーガードらしき男性にサラギさんの携帯端末を手渡す。すると、ボディーガードはそれを自然な動作でポケットの中に仕舞った。
一体何のつもりだろうか。俺は抗議しようとアイリに歩み寄る。
しかし、俺が文句を言う前にアイリは俺にボディタッチしてきた。
「また会えて嬉しいわ。」
「触るんじゃねーよ!!。」
肩や腕を触られ、俺はすぐにその手を振り払う。
その途端、アイリの放つ雰囲気が一変した。
「あらぁ? 私にそんな口利いていいのかしら。」
「うっせーな。邪魔だからどっか行けよ。」
俺が言い返すと、アイリはボディーガードから先ほどサラギさんから取り上げた携帯端末を受け取り、その携帯端末に向けて命令口調で告げた。
「――そこの輸送機、飛ばないで。いいわね?」
「なっ……!?」
その言葉の後、順調に滑走路の助走開始位置に向かっていた輸送機が動きを止める。
俺を含めてナナミもサラギさんもアイリが下した命令に絶句していた。
アイリはそんな俺達をいやらしい笑みを浮かべて見ていた。
「あのVF、相当大事みたいね。確か七宮宗生の遺品だったかしら……。だとしたら、本社前の広場に飾ってあげるのが一番いいんじゃない? シンギもそう思わない?」
明らかな嫌がらせにキレてしまい、俺はアイリの襟を掴んで近距離から怒声を浴びせる。
「ふざけてんのかテメェ!!」
「ふざけてるのはシンギでしょう?」
アイリは不気味な笑みを浮かべたまま俺の腕を掴み返し、外側に捻る。
関節技というものだろうか、俺はその力に抗えずアイリの襟から手を離してしまった。
その際、アイリは携帯端末を再びボディーガードに手渡した。
そう言えば、アイリが襲われたというのにボディーガードは全く動いていない。……俺程度の人間は脅威に思ってないらしい。
アイリは俺の腕を捻りながら言葉を続ける。
「社長命令は絶対なのよ。私の一声であのVFを壊すことだって簡単にできるわ。……でも、シンギの態度によっては私の気が変わるかもしれないわよ?」
あまりにも傲慢すぎる態度に俺は我慢できず、拳に力を込める。しかし、腕を捻られた状態では満足に殴ることもできない。それに、ここで殴ってしまうと本当にリアトリスを取り上げられるかもしれない。いや、それどころかスクラップにされる可能性もある。
そんな最悪の事態を避けるべく、俺は仕方なく謝罪の言葉を口にすることにした。
「頼む、さっきのは謝るからリアトリスを返してくれ。」
「聞こえなぁい。」
「……ごめんなさい。」
「フフ、よろしい。」
俺が謝った瞬間アイリは俺の腕を放し、続けて要求してくる。
「さて、私にお願いする時はどうすればいいか分かるわよね、“弟くん”?」
この一言で俺はアイリが何を期待しているのか理解してしまった。
初めて会っときも俺のことを弟にしたいだなんて言っていた。つまり、俺に弟を演じろと言っているのだ。
なぜ俺がこんな女のために弟を演じなければならないのだろうか……。
だがこれもリアトリスのためだ。
俺は恥を忍んでその言葉を口にする。
「リアトリスを返してくれないか……“お姉ちゃん”。」
「よく言えました、フフ……。」
俺がお姉ちゃんという言葉を口にすると、アイリは俺の背後に回り込み、背中から覆いかぶさるように抱きついてきた。アイリは俺の言葉が本気で嬉しかったらしく、長い間抱きついていた。その間、背中は勿論のこと、首元や頭にも顔を埋めていた。
好きにされている間、俺はふと後ろに振り返ってみる。
サラギさんは申し訳なさげに俯いており、ナナミは口を半分ほど開けて眉をひそめていた。いわゆるドン引き状態である。
俺も、いくら美人だとはいえこんなにベトベトされては気が滅入る。
アイリは愛玩動物を愛でるかのごとく俺に十分抱きついた後、更に別のことを要求してきた。
「はい、じゃあ最後にキスして頂戴。それでVFを返して輸送機も使わせてあげるわ。」
「……。」
こいつはリアトリスを人質にしてどこまで俺に好き放題やるつもりなのだろうか。
“最後に”なんて言っているが、これで終わらせてくれる気がしない。
黙ってアイリを睨んでいると、アイリは再び俺の腕を掴み、強引に引き寄せてきた。
「ほら。お姉ちゃんの言うことが聞けないの?」
「わかったよ、やりゃあいいんだろ。」
差し出された頬を思い切り殴り飛ばしてやりたかったが、今そんな事をしたらリアトリスがどうなるか分かったものではない。
俺は仕方なく口元をアイリの頬へ持って行き、欧米の挨拶風に肌の接触を最低限にして軽くキスをする。
するとアイリは笑みを浮かべ、再び俺に抱きついてきた。
「いい子ね、シンギ。」
今度は正面からぴったり抱きつかれ、柔らかいモノが体に接触した。だが、今はその感触よりも後ろに回されている腕の力に驚いていた。
それは強烈な力であり、そのしがみつき方からは執念のようなものが感じられた。
抱きつくことで満足できたのか、アイリは俺から離れるとすぐに手首を軽く振るジェスチャーをする。すると、ボディーガードがサラギさんに携帯端末を返却した。
「あースッキリした。また時間ができたら今度は会いに行ってあげようかしら。フフ……。」
アイリは心惜しげな視線を俺に向けながらそう言うと、ボディーガードを引き連れて去っていく。やがて廊下から姿を消すと、俺は今まで我慢していた重い溜息を存分に吐いた。
ついでにうさを晴らすべく廊下の白い壁を思い切り殴る。
しかし、予想以上に壁は硬く、自分の拳が痛いだけだった。
痛む拳を抱えていると、ナナミが俺に心配と同情が混ざったような声を掛けてくれた。
「大丈夫? シンギ君。」
「駄目だ、大丈夫じゃない。あいつはもう絶対無理……。」
大抵のムカつく野郎は殴り飛ばして解決してきたのだが、女で武術の心得があるとなると手の出しようがない。
ナナミに続けてサラギさんも声を掛けてくる。
それは慰めと言うよりもアイリに関しての事情説明だった。
「彼女にも色々事情がありまして……最近は受け継ぎの手続きや関連企業各所への挨拶回りで忙しくてストレスが溜まっていたんだと思います。テイルマイト様の対応に感謝いたします。」
いきなり社長に奉られて大変だということは何となく理解できる。……でも、そのストレスの捌け口が俺なのは到底納得できなかった。
サラギさんもアイリに対して色々思う所があるのか、気落ちしたふうに複雑な表情を浮かべていた。
その後、サラギさんの指示によって輸送機は再び滑走路上へ戻り、間もなく海上都市群へと飛んでいった。




