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果てしない口論

 暑い。


 何度言ったところで十月にムーチービーサーが吹いたりするわけはないのだが、ともあれ暑い。

 しかも隣で夢路さんと典雅先輩がまだ口論を続けているから、尚のこと暑苦しくてたまらない。

 夢路さんも、キツいことを言う印象はあるが、基本的には愛想のいいそつのない人だ。典雅先輩も、何も無ければ気さくと言えなくもない。しかし二人を合わせると、


「何言ってんの意味分かんないわよ何それ何語? 宇宙語ですか? 異世界の言葉? 本当に何言ってんのか全然分かんないわよ」

「はっ、俺にはてめぇが言ってること自体がそもそも意味不明だし言葉にすら聴こえねっつの何それ雑音?」

「ざっ……言うに事欠いてこの私の声が雑音ですって!? だったらあんたは騒音よこの公害! ユタのオバァに祓われろこのキガズン!」

「キガズン!? てめぇ今言ってはいけないことを言ったなその口が!? このイラブッチャー!」

海蛇女(イラブッチャー)!? 私のどこが海蛇!? あんたの眼は節穴かっつーの!」

「んだとてめぇ!? こんにゃくゼリー食って死ね!」


 こうなる。

 互いにどんどん方言の比率が上がっていっている彼らだが、とうとう僕にも聞きとれなくなってきた。というか、こんにゃくゼリーとはまた具体的な。

 僕もさすがに暑いし、例え両足首から下が冷たい海に浸っていたとて背後から騒音が聴こえてくるのでは憩いのしようもない。ぱしゃぱしゃと音を立てて砂浜に上がると、足の下から砂の鳴る音がした。


「疲れませんか?」

「「疲れた」」


 ならやめろよ。

「そうする」

 どさっと砂浜に腰かける夢路さん。手持無沙汰に、砂を指で掘って、小さな貝殻を見つけ始める。しかしまだ怒っているのは丸分かりなので、聞き分けがいいのか変人なのかの見極めが難しい。いや、変人なのか。

 典雅先輩は僕に向かって肩を竦めて見せると、ひょいと視線を市街の方へ向ける。


「……それにしてもよく頑張るものだな」


 さらっと空気読まない鏡先輩の一言に、一瞬夢路さんの眉が吊りあがったがそれはそれとして、僕は相槌を打つ。


「夫婦喧嘩ですよねー」


 直後、頭頂部から全身に砂がまぶされた。言うまでもなく夢路さんの仕業である。


「あははははああーちゃんばかみたいー」


 詩歌ちゃんに全力で笑われた。嘲笑われたのは人生の中で二度目だ。なかなかに屈辱的な気持ちではある。

 服に入った砂と靴に入った砂を全力で払い落とす。僕はこのざりざりした感触が世界で四番目あたりに嫌いだ。

 大体靴を三回ほど履き脱ぎし、砂を落とした頃合いで、また背後から砂が降ってきた。


「……………」


 夢路さんは陰湿だ。

 僕がやり場の無い怒りをじっくりことこと煮込んでいると、無言で詩歌ちゃんと鏡先輩が払ってくれた。親切な人達だ。


「さすがに二回もやられてると憐れっていうか……」

 捨てられた豚を見るような瞳で、詩歌ちゃんが呟く。

「夢路は大人げないからな」

 大人な鏡先輩は、ぽんぽんと僕の頭を撫でる。


 憐れな僕に二回も砂をかけてやつあたりも済んだのか、爽やかな笑顔で夢路さんは「じゃあ本屋へ行こう」と言う。僕はさっきの恨み、忘れませんからね。カエルの恨みは怖いんですよ。


「本屋ねぇ……」


 ぼやくように言うのは勿論典雅先輩である。奴はどうも夢路さんのやることなすこと納得いかないようだ。正反対の性格しているかといえばそうでもないのだが。むしろ全く同じベクトルの属性だと思われるが。


「なぁぁぁぁによ、典雅ぁ? あんた私のやることなすことケチつけなきゃ気が済まないわけぇ?」

 その通りだと思う。

「べっつにぃ? 本屋でも図書館でも行けばいいじゃないデスカー」

「ムカつく! うわ何こいつ超ムカつく! ちょっと誰か蠟燭持ってない、仕置きしてやるわ」

「あははー夢路ちゃん女王様ー鬼畜ドSの女王様ー」

 にこにこ言ってのける詩歌ちゃんに「黙らっしゃい!」と怒鳴る夢路さん。

「いいわよ典雅、あんたがそのつもりなら私だって徹底抗戦するわ。第三次世界大戦が起こるくらい抵抗してやるから」


 世界大戦という言葉に、鏡先輩の表情が翳る。やはり彼も沖縄県民として、第二次世界大戦の悲劇は忘れ難いことのようだ。


「夢路」

「ていうかなんなのよなんで私につっかかってくるのよ、典雅。要するに私が嫌いってことでしょう分かってるのよ」

「いや、嫌いってほどじゃないけど……」

「じゃあ気に食わないってことでしょう」

「おい夢路」

「……まあ、平たく言えばな」


 低く抑えていた声を、大きく息を吸い込む動作で絶ち切る。いよいよ激情が迸る。


「いいわ、分かったわ典雅! あんたなんか、生コンクリート詰めドラム缶で∞泊∞日の航海ツアーに送り出してやるから! マブイ落として死ねこのアゲ――ッ!」

「夢路」

「あによ鏡!」


 般若のような体の表情で振り返った夢路さんに、少々たじろぐ鏡先輩は、一度深呼吸をしてから遠慮がちにこう切り出した。


「……君の行きつけの黒磯書店は、今在庫整理で休業中なんだが」



 刹那、時が止まった。



 夢路さんの笑顔が凍りつく。典雅先輩から表情が消え去る。詩歌ちゃんが石と化する。鏡先輩は、はっと口を押さえたがもう遅い。ちなみに僕はと言うと、踵を返して静かに逃走する。

 次回に続きます。なんだこの終わり……。

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