おとなしい沖縄人
「うにー……あーちゃんなんでそんな格好してるの」
「どんな格好ですかー?」
「制服」
夢路さんだって着てるじゃないか。
「夢路ちゃんはいいのっ、セーラーだもん涼しげだもんっ! そもそもなんでシャツが長袖なのっ」
「日焼け防止です」
「女子かっ!」
というか、僕は今詩歌ちゃんに散々糾弾されているが、僕の前にいる二人を見ろ。僕なんかより数段暑そうというかおかしな格好してるじゃないか。
典雅先輩は私服。黒いジャケットに、灰色に白絵の具をぶちまけたような柄のシャツ。銀のロザリオを、鎖に通して首にかけている。下はダメージジーンズで、こっちも黒。で、最後に編み上げ黒のブーツ。思いっきりゴシックパンクだ。
大して鏡先輩は……襟の大きな白いシャツ(長袖)に黒いベスト。黒のズボン。いや、僕より制服じみているじゃないか。二人とも、生粋の沖縄人のくせに日本美人だったりする。
「あーちゃんのバカっ! フラーッ! デ―――ジフラ―――ッ!!」
どうして僕はそこまで言われなければいけないんですか詩歌さん。
「あーちゃんのことこれから暑苦椎造って呼ぶよ!」
「長いですねー。別にいいですよ」
「あーちゃんなんか死んじゃえ――――っ」
「どうでもいいけど行かないか」
痺れを切らした鏡先輩が言う。と、ころっと笑顔になった詩歌ちゃんは「そうだよっ、行こうよあーちゃん」と言う。文庫本(太宰治の"人間失格")を読んでいた典雅先輩も「そろそろか」と本をポケットにしまった。
道路を歩くと、頬をじりじりと太陽が焼く。ぴりぴりとした痛みが広がる。黒い服装の先輩二人が暑そうで仕方ないのだけれど、というか見ているこっちが暑くなるのだけれど、彼らは汗ひとつ浮かべずシャキシャキ歩いている。詩歌ちゃんは、ぴょんぴょん跳ねるゴムまりのように鏡先輩の隣を確保して歩いて、否スキップしている。
夢路さんは一番後ろで「暑い……暑過ぎる……私の白皙が……」とぼやいている。彼女は本の虫だから、基本的に外に出ない。だから色も白い。なんかこのパーティ、沖縄人っぽくない人多いな。というか、長いお下げの黒髪が暑苦し過ぎる。
「で、どこ行くんですか」
尋ねた僕を振り返り、鏡先輩は言う。「聞いてないのか?」
聞いてないから訊いてるんじゃないですか。
「海だよ海。砂浜」
「そのあと図書館ね」
「夢路黙れ」
「じゃあ本屋」
典雅先輩と夢路さんの掛け合いが始まった。途中から夢路さんの一方的などつき漫才になるのだけれど、幸いにして今日は夢路さんの機嫌がいいようだ。まだ手は出ていない。
「………段取りは分かってるよね」
突然、詩歌ちゃんが僕の耳元で囁いた。少し身を屈め「なんです?」と聞き返すと
「だから、鏡先輩のおうちへ行く作戦」
「分かってないですよ」
「うにー。つまり、あーちゃんは空気を読んで余計なことはせず、時に助け船を運航
させてくれればいーの」
それは無茶な注文だ。助け舟の方は保証できないが、とにかく黙っていればいいだろう。
というか面倒くさい。帰らせてほしい。その作戦が発動する前に逃げたい。
「そもそも、なんで家に行きたいんですか。あれでしょう、どうせ詩歌ちゃんの勝手で変態な計画立案で」
「ちっがぁーう! 誤解があるようだけど絶対にちっがうもんね!」
「違うんですかー」
「そもそも言いだしたのは夢路ちゃんだもんねっ」
「え」
それは意外ではある。別に驚きやしないが。
「今日はねー、あのねー、………聞きたい?」
「ならいいです」
「あーごめんなさい! あれなのっ、鏡先輩のね、誕生日っ」
………マジか。
三百六十六分の一の確率。
「だっからー、あれ、誕生日のぱーてぃやるの」
英語っぽく発音しろとは言わない、しかしせめてカタカナっぽく発音してほしい。
「だから秘密ねっ」
言われなくたって言うことはしません、だって面倒だから。
「分かりました。では僕は帰ります」
「待ってお願い待機してウェイトウェイトウェイト――――ッ!」
詩歌ちゃん、煩いです。
「典雅先輩はこのこと知らないのー。だからあーちゃんから伝えてよ」
「何故僕が。貴女が自分でやればいいじゃないですか」
「僕はあの人と相性が悪いんだよっ!」
仲は悪くないんだけどね、と少し思案する詩歌ちゃん。
「うーん……なんか苦手なんだよ。何もかも見透かされてるみたいで」
「あの洞察力は僕は認めてますがねー」
「うにぃぃ…あーちゃんの裏切り者」
裏切るとかそれ以前に僕は貴女の味方ではないので。
ああ……暑い。
隣で詩歌ちゃんはうにうに言っているが、僕にそんなことは関係ない。とにかく僕は自他ともに認める薄情者なので、女の子だろうがなんだろうが、後方へ置いてさっさと歩きだす。緑陰を選んで歩いているつもりではあるが、頬を伝う汗は止まる気配はない。
「―――――――で、あっくんは?」
だから、薄情者の僕は夢路さんの問いの意味が分からず、首を傾げた。
「はい?」
「……聞いてなかったんだね。うん分かってるよ。分かってるともさ」
苛立ちを押し殺した笑顔で辛抱強く言う夢路さん。
「ではお聞き願おうかな。"slippers vanish"事件をね!」
なんで英語なんですか。ていうか文法的に間違ってるじゃないですか夢路さん。
「事の発端は二日前の放課後さ――――――」
語り聞かせのような抑揚で語り出す夢路さん。その割に不自然な感じがしないのは驚きだ。彼女の将来の職業として活弁士というのはどうだろうか。
とまあ、彼女の話してくれた内容を要約すれば。
・夢路さんは二日前の金曜日、帰路に着こうと下駄箱で自らの上履きをローファーに履き変えようとした。
・そうしたら、そこに彼女の靴はなく、代わりに彼女の隣の下駄箱を使用していた人の上履き(仮にAさんとしよう)があった。
・間違えられたと思った夢路さんは、隣のAさんの靴を持って本人に抗議しに行こうとした。
・しかし、AさんのところにはAさんの靴がなかった。その代わり、更にAさんの隣の下駄箱のBさん(仮名)の上履きが、Aさんの下駄箱に入っていた。
・そしてBさんの下駄箱には、普通に靴が入っていた。
「―――とまあ、こういうわけさ」
ひとしきり語り倒して、満足げに息をつく夢路さん。「何か質問はあるかい?」と僕の方を見る。「いえ、ありません」と答え、
「――――――――――――んで?」
「んで!?」
僕の声に、夢路さんは目を剥く。
「で、だからどうしたんですか」
「真・相・を・解明しようってことに決まってるじゃないか―――ッ!」
決まってない。
「まあ、普通に考えれば―――」
あまりに不毛な話に終止符を打つべく、僕は適当な推測を組み立てる。
「―――Bがまず自分のと間違えてAの靴を履いて帰って、さらにAも自分のと間違えて夢路さんの靴を履いて帰ったと、まあ、こういうことじゃないですか?」
完璧だ。完璧な論理。
しかし、僕はその安易な結論によって、自らの無能さを露呈することとなった。
「私もそう思ったんだけど、違うのよ」
どうも、世界の方程式はもっと複雑な解を求めているらしい。
面倒だ。放棄しよう。
「ねえあっくん、分かる?」
「分かりま」「す、よねー!」
勝手に人の言葉を捏造しないでください。
「さあ頑張るんだあっくん! 私は君に期待してるよ!」
「夢路、期待という言葉を軽々しく使うな」
苦々しげな鏡先輩の弁を完無視し、夢路さんは僕を指差す。
「ではぁ、シンキングタイム、スタートぉ!」
はじめまして、原作の杠と申します!
この物語のサブタイトル、どこかの文学作品のタイトルをもじってつけてることが多いです。元ネタを探して読んでみるのもいいと思います、少なくともこんな駄作品読んでるよりは(おい