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青い檻

では「序」を読み飛ばした方のために、とりあえず状況説明を(殴

キャラクター

僕♂……主人公

夢路さん♀……三つ編み眼鏡の変人。聖典は"ドグラ・マグラ"。

詩歌ちゃん♀……ハイテンションな男の子みたいな女の子。

鏡先輩♂……黒髪天然パーマが特徴の人。詩歌ちゃんに好かれてる。

典雅先輩♂……茶髪。綽名が"人間失格"。意味不明なことを時折言う。

舞台。日本最南端の県。のI島。

 ……分かりにくくてごめんなさい。

 僕は文明が嫌いだ。

 薄青い空と、遥かにたゆたう雲。濃い緑の葉のノウゼンカズラ。

 世界は美しい。それ故に、文明は醜い。

 そして、その文明に頼らねば生きてはいけない自分自身が嫌いだ。

 灰色のアスファルトに、濃い影が落ちる。仄紅い、斜陽。

 同名の太宰治の小説を思い出しながら、僕は家路を急ぐわけでもなく、ただ歩く。

 家に帰っても誰もいない。だから別に帰る必要性も感じないから学校に止まろうかなとか思っていたのだけれど(シャワーあるし)、さすがにマズいだろうということで帰宅。

 青い海に囲まれた僕の故郷。まるで見えない檻のようだ。

 生きるのって面倒くさい。

 こんなことを思うのは罰当たりなのか―――本当にそうなのだろうか。

 生きたくても生きられない人への冒瀆か。

 視野が狭い愚かな子供の戯言か。


「………命っていうのは、なんなんでしょうね?」


 前に一度、この質問をしたことがある。

 回答者である彼は、たった一言、


『知らん』


 と答えた。

 まあ、こんなこと知っている人間はいないのだろうし。所詮生命というものは本能なのだから、そこに知識や知能が入り込む余地は一ビットも無いのだろう。


「本能は単純過ぎて複雑だ。真っ直ぐ過ぎて深淵だ―――」


 知性は複雑過ぎて単純だ。曲がりくねって浅薄だ。

 こんな難しい言葉を使うと、鏡先輩は怒る。いや、表情があんまり読み取れないから分からないけど、多分怒ってる。


「もっと平易な言葉を使うことだ。例えば『~的』という言葉はあまり使うべきじゃない。君は『人間的』の意味を説明できるかい?」

 出来ない。

「『人間らしいこと』―――もしこう答える奴がいたら、僕はそいつを殴る。そうやって言い換えることが出来るのなら、誰にでも理解できるようにそっちを使え――――と思う」


 普段、言葉を厳密に使えとうるさい鏡先輩の弁とはちょっと思えないが―――こちらもまた、彼の信念といったところなのだろう。言い換えを行って、平易な言葉を作れるのならば、そちらを使え。いや、『平易』という言葉が既に平易じゃない気がする。いや、こんなことはどうでもいいか。

 思い出しているうちに、家の前に着いた。

 僕の――僕の両親の家は、昔ながらの沖縄民家だ。珊瑚の石垣にぐるりと取り囲まれた家の玄関の前には、大きなピーフン(魔除けの壁)があるくらい古い。

 そのピーフンの上に、詩歌ちゃんが座っていた。


「……………」


 罰が当たりますよ。

「わー! 帰ってきたー!」

 ……いえ、言いたいことは山ほどありますが、というかそれ以前にピーフンから降りましょう。

 彼女は僕よりも後に学校を出た、それは確か。憧れの鏡先輩の隣に座ろうと画策していたからそれは確実。

 アスファルトに立ちつくして、僕は彼女を見上げる。ぶらぶらと、細い足を揺らしていた彼女は、軽やかに飛び降りた。アスファルトから砂粒が舞い上がる。


「あのねあのね、学校で言い忘れちゃったことがあったから言いにきたの」


 可愛く小首を傾げる。

 中性的な顔立ちで柔らかな天パの彼女は、学校で着ていた体操着のままだった。確か体操服での下校は禁じられているはずなのだが。


「あーちゃん、明後日空いてる?」

「何がですか?」

「あーちゃんのいじわる」


 拗ねないでほしい。だって質問のくくりがでか過ぎる。

「あのね、明後日ひま? 予定ない?」

「予定がないことを暇と同義とするなら、暇ですよ」

 また鏡先輩が怒りそうだ。彼は"同義"と"類義"が嫌いだから。


『同じ意味を持つ言葉なんてない。一つの言葉には一つの意味がある』


 こう言いそうだ。

 まあ、典雅先輩なら、


『言葉なんて大したものじゃないのさ―――どうせ、人はどんな事実も確実には残せないんだから』


 こう言うだろう。


「よかったぁ!」


 目を輝かせて喜ぶ詩歌ちゃん。微笑ましいと言えなくもないが、まずはその質問の意図を教えてほしい。


「あれ? 言ってなかった?」

「言ってませんよー」

「うにー。あのね、僕、あさって、夢路ちゃんと一緒にあそぼーって計画してるの、プランニングしてるの」

「他にも来るんですか」

「夢路ちゃんがね、鏡先輩と典雅先輩を誘うって言ってた」


 随分と嬉しそうだ。まあ、憧れの人と一緒にいられるというのは嬉しいことなのだろう。


 僕には分からないけれど。


「明後日の午前九時に、マイツバー御獄の前に集合ね」

 また微妙な場所をセレクトするものだ。島外の人には分からないだろうが。

「またえらく変なところですねー。てゆーかぶっちゃけ嫌なんですけど」

「……急に声のトーン落ちたね。どしてー」


 理由なんて星の数ほどある。そのなかで最大にして最有力の候補を一つ挙げれば、


「なんとなく」

「鬼かっ!」


 瞬速で突っ込まれた。


「人にはですね、ひとりで居たい時とかひとりでまったりしたい時とかひとりで世界の情勢について憂えたりしたい時があるのですよ」

「何言ってんのか全然分かんないよー……僕は日本語が苦手なんだよー」

「帰国子女ですか貴女は」

「そうだよー」


 そうなんだ。


「僕は子供の頃までドイツにいたんだよー。薔薇十字騎士團なんだよー」

「黄金の夜明団の方がいいと思います」

「それなら黒の教団がいーなー」


 話が逸れていっている。


「ドイツは言葉がいいんだよ。発音しやすいんだよ」

「シュヴァルツヴァルト?」

「なんで黒い森なのさっ」


 地団太を踏むように詩歌ちゃんは騒ぐ。頬を限界までふくらませて、「んっ!」といきなり紙を突き出してきた。

 一片が十センチ程度の正方形。トーンの違うグリーンの線で縁取られたそれは、どうもメモ帳のようだ。色とりどりのペンで、丸っこく、集合場所と日時と持ち物が書かれている。


「じゃあねっ。忘れないでよっ」

「忘れなければ忘れません」

「あーちゃんのばかぁぁぁぁっ! 死に腐れぇぇぇぇぇっ!!」


 何故か絶叫して走り去っていってしまった。

 ………理解できない。

 紙に視線を戻すと、片隅の方に『秘密計画☆』と書かれているのが目に入った。本当に秘密にしたいんだったら見えないインクなどで書くべきではないでしょうか。


『帰りにどうにかして鏡先轟のおうちに寄ります。あーちゃんも強力してねっ』


 ………誤字が多過ぎる。先に轟く。強い力。言うまでもなく正解は『先輩』と『協力』です。

 しかも『どうにかして』。どうしろというんですか。僕は協力しませんよ、詩歌ちゃん。

 しばしの考察。数秒後の結果。


 ――――よし。サボろう。


 そう心に決めた僕は、その紙を握り潰し、ノウゼンカズラの横を通って我が家へ入った。

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