序(読み飛ばし可)
こんにちは、投稿担当の雲居と申します。
この小説は、私雲居桔梗と朋友杠秋星の合作にございます。やたらめったら回りくどい文章が私の部分です(殴
ミステリというにはあまりにもお粗末ですが、皆々様期待せずにお読みください(蹴
「ねぇ、フィクションってなんだと思う?」
と、夢路さん(長いお下げと眼鏡。聖典が"ドグラ・マグラ")は言った。
「虚構ですねぇ」
と、僕(普通の男子高校生)は言った。
「フィクションはフィクションさ。それ以上でもそれ以下でもない」
と、鏡先輩(天然パーマの黒髪と無表情がトレードマーク)は言った。
「物語だねっ! 夢がたっぷり、素敵な物語だよっ!」
と、詩歌ちゃん(一人称が『僕』で男の子みたいな女の子)は言った。
「ノンフィクションはフィクションだって聞いたことがあるな」
そう言ったのは典雅先輩(茶髪の地毛に綽名が"人間失格")だ。
「へぇ? それはどういうことかな?」
夢路さんは眼鏡のブリッジを押し上げながら聞き返す。面白がるような色合いを滲ませた声に、典雅先輩は気だるげに「だから、全ては主観ってことさ」と、いつものように要点から言い始めた。
「例えノンフィクションと銘打ってあっても、所詮は一人の人間が代筆した現実さ。その向こうに一人の著者がいる以上、どうしたって主観が混じるのは避けられないってこと」
……いつものことながら分かりにくい。もっと分かりやすく言えないのだろうか。
「それは別にいいんじゃないかな、概ね真実なのとすべて真実なのは同じことだよ」
「夢路さん、それはちょっと」
「いいや、違うね―――例えばとある人物の一生を伝記に仕立て上げたとしよう。そして発売された本の帯には"英雄譚"と銘打たれている―――しかし、これはあくまでそのコピーを考えた人間の主観だ。他から見れば、もっと泥臭くて親近感があって、遠く偉大な英雄の話なんかじゃなかったかもしれないだろう」
………分かるような分からないような。分からないな。まあいいか。僕は読んでいた文庫本に意識を戻す。
「でもでもっ、結局事実をねじ曲げなければ、そのくらいの誇張は許されるんじゃないかなっ?」
詩歌ちゃんが勢いよく身を乗り出して尋ねる。派手なボディランゲージだが、それが彼女の行動の特徴である。
「いいや、充分事実をねじ曲げてるさ―――たったひとつの言葉ですら、人は惑わされるんだよ」
例を挙げよう、と典雅先輩は立ち上がって、部室のホワイトボードをがらりと引っ張ってくる。その中心に、青いマジックで粗い字を書き始めた。
『交差点で、車同士が激突した』
『十字路で、車二台がぶつかった』
ペンの先が擦れる音がやみ、蓋をはめる硬質の音がする。だるそうに典雅先輩は振り返り、問うた。
「さあ―――これだけでも違うはずだ。この二つ、例えば『激突』の方をA、『ぶつかる』の方をBとしよう。お前はどっちの方が被害が大きいと思う?」
言いながら、僕の方を眼で見る。仕方なく、紫色の栞紐を挟んで僕は文庫本を閉じた。
「分かりませんね」
僕はそう言い切った。「だって詳しい状況が何も書かれていないじゃないですか」
「イメージさ、イメージ。―――Aか、Bか?」
うーん、と悩む素振りを見せる。本当はとっくに決まっているんだが、まあ、サーヴィス精神というものである。周囲の夢路さん達への。
「A、ですね」
「というと?」
「なんとなくです」
満足そうに頷く典雅先輩――彼はこの答えを望んで、僕を指したのだろう。僕なら自分の意を汲み取るだろう、と予測して。全く、変な期待はかけてほしくない。
「まあ、こいつの考えの理由は明白だ―――『激突』。『ぶつかった』。この二つの言葉の違いを、考えてみろ」
典雅先輩は拳で軽く、ボードを小突く。癖なのか、夢路さんは細い指を顎にあて、呟いた。「なんというか―――Bの方が、マイルドな感じがするね」
かんたんな言葉で書かれているし、と夢路さんは言う。
「でも、マイルドっていう感じ、じゃあないかな? 私の語彙じゃあんまりいいのは
ないな」
肩を竦めた夢路さんに、無造作に典雅先輩は鏡先輩を見る。教師のように黒板を示し、答えを促した。
「鏡なら分かるだろ」
「―――――なんでも、『広辞苑によれば』というのは紋切り型のひとつらしいね」
急に指名されたにも関わらず、全く動じる素振りも見せず、鏡先輩は思案する。
「だったら僕はこう言おう―――広辞苑にどう書かれているのかは知らないが、と」
声に一切感情を含めない人だ。まるでリスニングのように明瞭な発音。英語の発音も上手だが、耳がいいのか、或いは舌が長いのか。どちらにしろ、彼の言葉は聞き取り易い。
「激突、とは、二つ以上、複数の物体が激しく当たったときに使う表現だ―――ぶつかった、は、それをやや幼く言い換えた、といった感じかな」
幼く、ときたか。しかし彼はその比喩に満足できなかったようで、首を傾げ「ううん、違うな……もっと、こう……」とぶつぶつ呟いている。彼は、言葉を厳密に扱いたがる人なのだ。そんなところはこだわらないだろうと思うところまで悩み出すこともしばしばである。
「うにー」
如何にもつまらなそうに、詩歌ちゃんはほっぺをふくらませる。
「つまんないよー。そんなの分かんないよー。もっと楽しい話をしようよー」
と、さらにほっぺを大きくする。ふむ、確かに"頬"と言うよりも"ほっぺ"と言った方がやわらかい。こんなところでも言葉の違いは大きい。と、典雅先輩なら言うのだろうか。
「楽しい話? そんなものも存在しない」
ばっさりと斬って捨てる典雅先輩。「うにー」と詩歌ちゃんが泣きそうになる。
「まあ、全ては主観ってことさ―――真に偉大なるは、偉大なる主ではなくて偉大なる主観様ってことだな」
「主観に様はつかないよ、典雅」
「鏡はごちゃごちゃ言い過ぎなんだよ―――もっと日本語で遊ぼうぜ」
「言葉は意思を伝え合うためのものだ―――言葉が無ければ、僕らは意思の疎通は不可能だ。言葉を使って
すら、本当の気持ちを嘘偽りなく伝え合えているかも分からない。それなら、せめて言葉は厳密に使うべきなんだ」
「けっ、あったま固ぇ奴。お前ジンセイ楽しくないぜー?」
「楽しいか楽しくないかは主観の問題なんだろう?」
かはは、と典雅先輩は乾いた笑い声を洩らす。
「こいつは一本取られたね―――さすが"天才"ってところかな」
「"ウィー・アー・ノット・ジーニアス"……僕は天才なんかじゃないさ」
からからに乾いた言葉の応酬。夜の砂漠のキャッチボール。
がらにもない空想をしたのは、この会話が余りにも非建設的だからである。どこの世界に放課後こん
な会話をする高校生がいるというのだろう。いない気がする。
「"私達"……かはは、それは一体誰と誰のことを指してるんだろうな?」
笑っているのに泣いているような、朗らかなのに怒っているような、典雅先輩は奇妙な顔をする。嘲るような、慈しむような、奇妙な台詞を繋ぐ。
「分かんない……分かんないよ……」
もう涙声で詩歌ちゃんは呟く。顎を机の上に載せ、ほっぺを限界までふくらませている。彼女お得意「ふくれっ面の晒し首」ごっこである。
「何言ってんのかぜんぜん分かんないよ……つまんないよ……ねぇねぇあーちゃん、どうにかしてよ」
泣きそうな声で僕に頼んでくる。そんなことを言われても。
「僕に変えられることなんて所詮は地球の二酸化炭素濃度ぐらいのものです。世界は変わりませんよ」
「そんな壮大なことをお願いしてるわけじゃないじゃないー。ねーあーちゃーん」
「今僕がここで何を言ったとしても、未来が変わるわけではありません。未来はまだ存在していないのだから、変えようもないんですよ」
「未来を変えろなんて某ドラちゃんじゃないんだから」
「あれって実行犯はドラ〇もんですけれど教唆はセ〇シくんですよね」
「そういうことじゃないのっ! てゆーか〇ワシくんに謝れ!」
急に怒られた。ひょっとして詩歌ちゃん、セワ〇くんファンなのだろうか?
「まあまあ、別にどうでもいいじゃないか。こんなことは実に単なるひまつぶしでしかないんだから」
今まで高みの見物を洒落込んでいた夢路さんがとりなす。自分で議題を提示しておいてよくも言えたものである。
「それにしたって非生産的だよっ」
尤もだ。尤も過ぎるほど尤もだった。だが、こんな非生産的な時間の消費もまた平和でよいということにはならないのだろうか。彼女にとってはならないのだろう。
「不毛の地の不に、不毛の地の毛と書いて不毛だよっ」
「確かに不毛ですねー」
ああ、また僕の悪い癖が出てしまった。語尾を伸ばす口調は、ともすれば「ウザい」と言われがちなのだ。だが、詩歌ちゃんの抗議もまわりくどい。彼女につられた、ということにしておこう。
「で、あっくんはどうするんだい?」
夢路さんは、いつものように眼鏡のブリッジを押し上げながら尋ねる。その奥の眼が、面白そうな色合いで僕を見る。
「そうですね。とりあえず――――」
僕は、サーヴィスで悩む振りを見せて、間をおいてから、
「帰ります」
席を立った。
「へ?」
間が抜けた声を洩らした夢路さんに、僕は自らの後方にある時計を指差す。
「もう下校時刻ですから」
時計の長針は2のところ、短針は5のところ、ついでに秒針は7を少し過ぎた。一瞬の後、スピーカーから少量のノイズと共に、大音量でオーケストラの演奏が流れ出てきた。曲名は知らないが、よく聞くポピュラークラシックだ。
ここは日本の最南端の県だから、まだ外は明るいが、もう十月なのだから、下校時刻は六時から五時十分に縮まっているのである。
「では、お先にー」
確固たる足取りで部室(特別棟四階隅の地学講義室)を出ようとすると、後ろから伸びてきた腕が、僕の襟を鷲掴みにする。
「ぐえ」
「なんだ今の棒読み」
引っ張った当人の典雅先輩は、僕の顔を覗き込む。おお、眼が怖い。
「お前なんで時計が五時十分って分かった」
「は?」
「時計はお前の後ろにあった。なんで分かった?」
……なるほど。僕は彼らの会話の間、一度も振り返らなかった。どうして文字盤を見ていないのに時刻
が分かったかと、そういうことか。まったく、くだらないことを気にするものだ。
「はい」
「返事しろっつってんじゃねぇんだよ」
「ですから、はい」
言いながら、僕が座っていた方向とは逆の――向かいに座っていた、鏡先輩の後ろの壁を指差す。
小さな鏡が、かかっていた。
「あれに映ってたんですよー」
しばしの間。
「…………そーゆーことかよ――――っ!」
くだらねーっ、などと叫び、コの字に合体させた机のひとつにどさっと座る。
ちなみに、今の状況を説明しておくと、角部屋であるこの部室(地学講義室)の机を僕らは、教室の入り口から見てカタカナの「コ」となるように変形させ、下の辺には僕と詩歌ちゃん、縦の辺には典雅先輩と夢路さん、僕らから見て向こう側―――つまり入り口から最も遠い場所にひとりで座っているのが鏡先輩、と、まあこういうことだ。そしてその鏡先輩の後方の壁には、鏡がひとつかかっている。ちなみに両者の名前が同じなのは、この際全く関係が無い。というわけで、僕は入り口と同じ壁の面にある黒板、もといその上にある時計を見ることは、振り返らない限り不可能、というわけではなかったのだ。
「じゃーいいわ、お前帰れ帰れ」
ひらひらと手を振る。随分な扱いだ。
「うにー。またね、あーちゃん」
詩歌ちゃんは名残惜しげに手を振り、さりげなく荷物を持って鏡先輩の近くに移動しようとする。おい。だからもう下校時刻だっつの。そんなに彼の傍にいたいか。全く、そんな軽佻浮薄な輩は我が崇高な部活動には似つかわしくない。いや、しかし詩歌ちゃんが抜けてしまうとこの部活動は廃部となるのだが。
「じゃあ私もお暇させてもらうことにするよ。アデュー!」
何語だ。
夢路さんは軽やかな仕草でスキップしながら、地学講義室を出て行く。その速度は僕よりも速い。大正時代の女学生のような大人びた風貌の彼女に、その仕草は少々似合ってはいなかったが。
「では」
最後に室内に向かって一礼して、僕は地学講義室を後にした。