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第一章「ネオンの残響」/第一話「あるだけの夜」

本作は、小説と連動楽曲で構成されたシリーズ作品です。


ゆっくりと進行しますが、気軽にお付き合いいただければ嬉しいです。

 雨上がりの夜。


 路面のほとんど、壁の一部をしっとりと濡らし、歩き回るのに煩わしくない程度。


 それ以外はいつも通り、何も変わらないように街は見えていた。


 見えていたとは言っても、明確な見た目のことではなく、目に飛び込んでくるもの全てを含んだ雰囲気とか空気感のことだ。


 むしろ見た目のことを言うなら、街は常に変化し続けていると言ってもいい。


 空き地を見ても、数日前に何があったかなんて覚えていられないほどに目まぐるしく変わる。



 ネオンは濡れたアスファルトに滲んで輝き、光は形を持たずに路面を染めるように広がっている。


 誰もそれを特別だとは思っていない。


 気にもかけていないだろうし、意識する者もほとんどいないだろう。


 ただの夜。いつもの夜。前からあった夜。


 それでも、どこかだけが少し違っていた。


 説明できない“余白”や“揺らぎ”のようなものが、街の隙間に静かに沈んでいる。



 川沿いの方では、まだ昼の名残が薄く残っていた。


 木々は日差しの香りを乗せた風に揺れ、光は水面を艷やかに滑っていく。


 美しい、と言えば美しいのかもしれない。


 けれど、それはこの街のものではない。


 ここにあるのは、もっと曖昧で、もっと無関心な人間の作り出した光だ。



 ネオン街は息をしている。


 音というより、振動に近い何かが、常にそこにあって方向を定めず飛んでいる。


 誰かの声でもなく、誰かの意思でもない。


 ただただ、そこにあるだけのざわめき。


 雨上がりの道路はそれを受け止めて、少しだけ光を返す。



 ネオンの光は届くが、影を作れないほどの距離にある路地。


 そしてネオンの光すら届かないその路地裏。


 そこは、街の中で最も静かな場所だった。


 静かすぎて、逆に“何かがある”と感じてしまう場所。


 誰もいない。


 そう思えるはずなのに、完全にはそう思えない。



 視界の端に、まだ形にならないものがある。


 それは人影ではない。


 音でもない。

 気配にすらなりきっていない。


 写真に写る、実感のない何かのような。



(歌声)


 どこからか、音が落ちて揺らいでいる。



 誰かが歌っている。


 だが、それを「誰か」と呼んでいいのかは分からない。



 Revyリヴィは足を止めた。


 理由はない。


 ただ、止まった。


 普段なら通り過ぎているかもしれないが、今夜は止まった。


 この街では珍しくない。


 珍しくないはずのことが、なぜか今日は少しだけ引っかかる。


「……」


 言葉にはならない。


 ただ、何かが“そこに向かっている”、または、何かが“向かってきている”という感覚だけがある。


 オカルトやスピリチュアルな話に出てくるようなものではなく、あくまで言葉にできない感覚的なもの。


 気味が悪いとか怖いといったものではない。


 つまりは、よくわからない気にはなる何か。



 路地の奥。


 まだ目も慣れず、薄暗さの中にあるものを確かめるより先に、耳と肌でとらえた音が確かにある。


 それは音楽と呼ぶには不安定で、声と呼ぶには頼りなくて遠すぎる。



 誰もいないのに、

 誰かに向けて歌っている。


 声を届けていると言うよりも、内にあるものを言葉に変えて無造作に投げているような。


 そんな形容し難いものが、そこにある。



 Revyリヴィはこの状況について考えようとした。



(………)



 言葉が出ない。


 頭の中にも口にも。


 何も思いつかない。




 足が止まったまま、動かない。


 理由はない。


 でも、離れる理由もなかった。


 かと言って、間近に行って確かめるということでもない。



 音だけが続いている。



 それは街に溶けているようでいて、街とは違う場所から来ているようでもある。



 そしてふと気づく。


 この夜は、ずっと前からこうだったのではないか、と。


 たまたま今夜、変わったものを見つけたわけでも出会ったわけでもなく、前からあったものに気づいた。



 初めて気づいた。


 やっと気づいた。


 答えは出ない。


 そしてそんな事を、なぜこのタイミングで考えてしまったのかということにも気づいた。



 わずかなノイズだけを発するだけでネオンは何も言わない。


 雨上がりの街も、ときおり遠くで車が水を跳ね飛ばす音を響かせるだけで何も説明しない。


 ただ、そこにあるだけ。



 誰かが答えを投げてくれるわけでも求めているわけでもない。


 なのにその場に留まり続けている。




 音が、まだ続いている。


 音は、鳴り続けている。



 そしてこの瞬間を、後になって振り返ることになるのかどうかすら、まだ分からない。



 それでもひとつだけ確かなことがある。



 この夜は、何かが“始まる前の形”をしていた。


 名前が付く前の形。


 何かに染まっていく前の形。


第一話「あるだけの夜」をお読みいただきありがとうございます。


連動楽曲

「VC - Voiceless Chorus」


https://www.youtube.com/watch?v=b8doqnUgmxc&list=PLotKldLgKicyyp9-bdCqgLr4qxS7-FEE-&index=10

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