暗闇に刻むステップ
2人が舞踏会に招待され、それを三日後に控えた夜。
屋敷の最上階にある大広間は、全てのカーテンが引かれ、蝋燭の火さえ灯されていない漆黒の闇に包まれていた。
「……ギルバート様? 灯りを点けなくてもよろしいのですか?」
私はおずおずと、闇の奥に立つ影に声をかけた。
身代わりとしてこの屋敷に来て以来、彼がこれほど完璧な暗闇を求めたことはない。
「不要だ。……君の視界など、今の私には邪魔なだけだからね」
闇の中から、微かに衣擦れの音が聞こえ、彼の手が正確に私の腰へと伸びた。
漆黒の目隠しを纏ったままのギルバートは、迷いのない足取りで私を引き寄せ、密着させる。
「さあ、始めよう。……音楽は要らない。君の心臓の音が、私にリズムを教えてくれる」
彼の低い声が耳元で響き、私の体温が一気に上昇した。
彼の手は、ドレス越しでも分かるほど熱く、そして力強い。
「右足から……一、二、三……」
私がリードしようと声を出すが、ギルバートはそれを遮るように、強引にステップを踏み出した。
「声を出すな。……集中しろ」
彼の感覚は、視覚を失ったことで、異常なほど研ぎ澄まされている。
私のわずかな重心の移動、衣服が擦れる音、そして高鳴る鼓動。それら全てが、彼にとっての「譜面」だった。
「……、っ」
私は息を呑んだ。
彼に身を任せるということは、自分の全てを彼に曝け出すことと同義だ。
彼の手が腰から背中へ、そして首筋へと滑り込み、私の呼吸を乱す。
「いい鼓動だ。……怖がっているのか? それとも、私に触れられて、高揚しているのか?」
「それは……っ」
「答えなくていい。……体は正直だ」
彼はニヤリと残酷な笑みを浮かべ、さらに強く私を抱き寄せた。
二人の体は完全に重なり合い、一つの生き物のように闇の中で踊り続ける。
それはダンスというよりも、互いの魂を確かめ合うような、危うい愛撫に近かった。
「……君は本当にリリアーヌなのか?」
不意に、彼が名前を聞いてきた。
私が驚いて動きを止めた瞬間、彼は彼女を床に押し倒すようにして、その上に覆いかぶさった。
「、っ、ギルバート、様……?」
「……舞踏会では、誰もが君を見るだろう。……だが、君の声を聞き、君の匂いを知り、君の鼓動を感じられるのは、この暗闇の中の私だけだ」
彼は目隠しをしたまま、探るように私の唇に指を這わせた。
「君が誰であろうと構わない。……だが、君をこの場所から逃がすつもりはない。……私の光は、君だけなのだから」
闇の中で交わされた、独占欲に満ちた告白。
私は、彼の胸に手を添え、その激しい鼓動を感じながら、静かに目を閉じた。
この暗闇こそが、二人にとっての、最も真実に近い場所だったのだ。




