執着の始まり
公爵邸の奥深く、陽の光を遮った薄暗い書斎。
そこに、彼は座っていた。漆黒の目隠しを纏い、微動だにしない姿は、まるで美しい彫像のようだ。かつての向日葵のような笑顔は消え、そこにあるのは凍てつくような美貌だけ。
「……お初にお目にかかります。今日からお仕えすることになりました、リリアーヌです」
震える声を絞り出し、私は深く頭を下げた。姉の名前を名乗る瞬間、罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。
「……リリアーヌ。我が婚約者殿、か」
彼の声は低く、酷く冷ややかだった。
しかし、彼が私の手を取った瞬間、その指先が微かに跳ねたのを私は見逃さなかった。
節くれだった大きな手が、私の掌を、手首を、なぞるように確かめる。盲目の彼は、触覚ですべてを判断しようとしているのだ。
「おかしなことだ。書類によれば、君はもっと……騒がしく、香水のきつい女性だと思っていたのだが」
彼は私の手首を掴んだまま、ぐい、と自分の方へ引き寄せた。
視界を奪われているはずの彼が、正確に私の耳元に唇を寄せる。
「……いい声だ。そして、懐かしい花の匂いがする。ねえ、君は本当に、私の知っている『リリアーヌ』なのかな?」
吐息が耳に触れ、背筋に甘い戦慄が走る。
彼がニヤリと、残酷なほどに美しい笑みを浮かべた。
「まあ、いい。どちらにせよ、私は君を気に入った。……もう二度と、この屋敷からは出さないよ」
それは歓迎の言葉ではなく、永遠の囚人にするという宣言のようだった。




