表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第一層『惑いのラビリントス』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/39

第8話 闇に蠢く

「闇は、怖い。それに気づいたときには、すでに遅かった」


 本郷パーティーと出会った時の話なんだけど、ダンジョンって改めて怖いところなんだなって。


 ◇◇◇


 ゴブリン群れを何とか振り切り、パーティーに導かれるまま淡い青の光がこぼれるセーフティエリアになだれ込んだ。清流が滔々と流れ落ち、空気も澄んでいる。緊張が切れたのか、魔法使いや盾持ちが肩で息をしながら、大の字に崩れ落ちる。清流の湿気の中、彼らの吐息が白く光った。

 生きている匂い。血と汗と、焦りの熱。


 ……なんだか、懐かしいな。


 リーダー各と思しき実直な男が大剣を地面に突き刺し、膝をついた。


「ゼェ……ゼェ……。助かった……」


「じゃあ、俺たちもう行くんで」


 今この場にいるのは6人。あと3人でジャバウォックが出現する。また、あんな地獄になるのはごめんだ。さっさと離れよう。


「ちょ、ちょっと待てくれよ。よければ臨時でパーティーを組まないか?次の階層へのゲートを見つけたんだ。そこまででいいから」


「悪くないけど、俺たち――」


「承諾します」


 鞄の中からマキナの声が響いた。即答だった。俺の声が空気に溶けるより早く。

 留め金が外れ、一瞬辺りが光に包まれる。目を開けると、ふわりとマキナが着地していた。


「いいですよ。早速向かいましょう」


「え、マキナ。いいのかよ」


「探す手間が何よりもネックですから。大丈夫ですよ。ヤマト」


 そう言いながら薄く笑う。きっと俺くらいしかわからないくらいの微かな笑みだ。パーティーメンバーたちも落ち着いたのか、土を払いのけながら立ち上がり始める。大剣の男も「じゃ、決まりだな」と、言いながら立ち上がった。


「オレは本郷リュウ。スキルはソードファイターだ。よろしくな」


 こうして、俺たちは本郷リュウパーティーと臨時で組むことになった。初めは誰も俺とパーティーを組んでくれなかったのに、少し力をつけたらあっさり加入出来た。喜んでいいはずなのに、何故か釈然としない。何となく居心地が悪くて、ジャバウォックの爪を肩で担ぐ。チラリと横目でマキナを見ると、彼女はずっと薄く微笑んでいた。


 ソードファイターの本郷リュウをリーダーに添えるパーティーは、年齢層も大学生ほどの好守バランスの取れた4人パーティーだった。彼らの装備は金属の鈍い輝きを放っている。

 対して俺の靴底は、もう半分剥がれかけていた。まるで別のゲームをしているみたいだ。


「ファイアーアロー!」


 篝ユイの周りに人魂のような火球が浮かび上がり、次々と空を舞うジャイアントバットに放たれる。だが、巨大蝙蝠は一瞬の隙をついて魔法使いの首を落とそうと飛来した。


 すかさず桐生ショウが間に割って入り「ボクが相手だ!“騎士の誉”!」と、大盾を打ち鳴らす。鋭利な爪は壁のように頑強な盾に阻まれ、はじき返された。


 お互いに息があった連携。翼を常盤ミナトの矢に射られたジャイアントバットは地面を這いながら暴れる。しかし、最後には本郷リュウに一刀両断されてしまった。


 俺はと言うと適当に飛んでくるジャイアントバットをハエ叩きのように爪を振り下ろすだけ。それで文字通り粉砕されたモンスターを、マキナが流れ作業のように解体していく。もうずいぶん繰り返した光景だ。


 〈ジャイアントバットたちを倒した〉

 〈経験値を4ポイント獲得〉


 流石に6人パーティーだと貰える経験値も少ない。安全に戦えるが、レベルは上がりづらい。改めて体感してみると、大人数が有利だとも言えないような気がした。

 あちらのパーティーも素材をはぎ取ったのか、本郷リュウが武器についた血を拭いながら、ニヤついてこちらに歩いてきた。


「それにしても、すげぇ武器だな。どこで手に入れたんだ?」


 肩に担いだ“ジャバウォックの爪”に視線が注がれる。後ろに控えているパーティーメンバーも興味があるようで、舌なめずりをするように見ていた。こいつらも多分相当な良い武器を背負っているけど、俺が唯一勝っている装備がこれだ。少しくらい自慢しても罰は当たらないだろう。


「これ?これは――」


「詮索はお互い無しにしませんか?」


 洞窟の湿気が一瞬、凍った気がした。

 マキナの声は、音としてよりも温度として冷たかった。今息を吐くと多分白くなる。


「私達はあくまで臨時パーティー。その方が楽ですよね」


 空気が冷え、沈黙落ちた。本郷パーティーは眉を寄せて、顔を見合わせる。篝ユイがワザと聞こえるような声で本郷リュウに耳打ちした。


「ちょっと、リーダー。あの子キモくない?ずっと無表情だし」


 篝ユイがマキナを見て一瞬だけ息を止めた。

 その沈黙が、言葉よりも正直だった。


「そうっすよ。ボクらスキルも教えたのに、こいつらは秘密って……気味悪いっす」


「……不公平、……不平等」


「……まぁそういうなって。俺たちはいつも通りやればいい。それにどうせ――。悪かったよ。もう何も聞かない」


 本郷リュウはそういうも、目が笑っていない。パーティー内に嫌な空気が流れる。いたたまれなくなり、胃が痛くなってきた。俺は小声で隣を歩くマキナにぽつりと溢した。


「なんか、俺ら場違いじゃね?」


「些細なことですよ。これも情報の為です」


 マキナは何を言われようが全く気にも留めていない。人形のように整って、俺しか映していない黒い瞳。無表情で学生鞄を後ろ手に持ち、まるで下校風景のように洞窟を闊歩する。俺が言うのもなんだけど、異様な光景だ。


 しばらく歩いていると、一気に暗闇が広がった。通路と言うには大きすぎる。広間と言うには長すぎる。壁も天井も闇に覆われて見えないが、向こう側にゲートの白光が頼りなく漂っているのが見える。


「あそこだ。この先、灯りは厳禁だ。ここら一体はゴブリンの巣だからな。取り囲まれて終わりだぞ」


 本郷リュウがささやくように言う。一寸先は闇っていうけど、本当に何も見えない。たとえ、ゴブリンといえども、ほとんど目隠し状態で襲われたらさすがにヤバい。


「武神さん達は先に行ってくれ。後ろは俺たちが守る」


「わかった。マキナ、鞄の中に」


「はい」


 ランプの光を消すと、まとわりつくように暗黒に包まれる。

 マキナの鞄を片手で持ち、息を呑みながら闇の中へと足を踏み入れていく。向こう側に微かに光が見えるだけで、あとは何も見えない。感覚が研ぎ澄まされて行き、呼吸音がやけに大きく聞こえてくる。湿気の中に腐臭が混じり、嗅覚が曖昧になってくる。足音だけが、現実の証拠だった。


 一歩。水が滴る音。

 もう一歩。自分の呼吸が重なる。

 ……違う。これは俺のじゃない。

 闇が、耳の中にまで染みてくる。



 どれくらい歩いたのか、もう分からない。一歩でも止まれば、たぶん、音と一緒に消えてしまう気がした。光は幾分か近づいたが、まだはるか先だ。いくら何でも遠すぎだろ。前に進むたび、空気の密度が変わる。まるで怪物の生暖かい肺の中を歩いているようだった。ジャバウォックの爪を持つ手に汗が滲んだ。


「おい。お前ら。そっちは大丈夫か?」
















































 ――静寂。


 ドクン。

 それが心臓なのか、誰かの足音なのか分からない。

 背筋を撫で上げるほどの嫌な予感がして振り返ると、後ろには暗がりが広がり、人の気配がしない。

 ——はぐれた……? いや、違う。まさか……!


「おい!ふざけんなよ!お前ら!」















































 叫ぶ。でも、返事はない。

 暗黒が、答えの代わりに沈黙を押しつけてくる。

 闇の中にただ一人、取り残された。瞬間、置かれた状況を理解して、血の気が引いた。足元の床が抜けたような感覚。立っている場所も分からなくなってきた。その様子を見て嘲笑う女の声が闇の中から聞こえて来た。


(っ!やられた!罠だ!)


 そう結論づけたのも束の間、洞窟内に轟音が鳴り響く。何かが近くに落ちて来た。重くて大きな、何かが。音が反響してどこにいるのかわからない。

 最初は鎖の音だった。鎖が擦れるたびに、まるで蛇に睨まれたように身体が硬直する。何かが鎖を引きずる乾いた金属音とともに、荒い息づかいが虚空から絶え間なく湧いて出て来た。

 間違いなく、今まで戦っていたモンスターとは格が違う。強敵の気配。下手に動いてはいけない。本能がそう告げていた。


 思わず生唾を飲み込み、闇の中を一歩も動けずに辺りを見回していると、鞄から、俺にだけ届くような囁きが響いた。


「ヤマト、落ち着いてください」


 その声は、空気じゃなくて、骨に響いた。

 耳で聞くより、内側で聞こえる。


「奴は第一層の階層主です。私が合図をしたら、ベルセルク・オーバードライブで力を溜めてください」


 声なのに、心臓が反応する。


「力を溜める……?ジャバウォックの時みたいにか?」


「はい。はからずも練習してしまいましたね。奴、“盲のミノタウロス”は音に反応します。今はとにかく静かに」


 マキナはそう言うと、鞄の中からそろりと出て来た。肩が触れるほどの距離で、胸いっぱいに閃光玉を抱えて。今まで何度も俺の命を救ってきた便利アイテム。一階層は光に弱いモンスターが多いと言っていたが、ここでもか。

 暗闇の中では依然として、鎖が地に轍を作る音が響いている。俺は鞄を置いて短く息を吐くと、いつでもOKだと親指をマキナに立てた。

 空気が止まる。彼女の熱を帯びた息づかいを感じる。

 鼓動の音だけが、まだこの世界に残っていた。


「さぁ、狩りの……時間、ですよ」


 光のない瞳が、闇を映して笑った。

 その笑みは、俺が知る“マキナ”ではなかった。


 閃光玉のピンが静かに外れる――闇が、息を呑んだ。


 つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ