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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第一層『惑いのラビリントス』

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第6話 祈りと命令

 〈SYSTEM WRNNING:隊列上限違反――ジャバウォック出現の予兆を確認〉

 〈冒険者各位は直ちにダンジョンから退避してください。繰り返します――〉


 冒険者ライセンスから大音量の警告音が鳴り響く。心臓を捕まれたような痛みを無理やり抑え込んで、メイスを拾い上げる。

 全身に産毛が泡立ち、ここから逃げろとガンガン警報を鳴らしていた。

 飛びつくようにマキナの鞄を拾い上げると、無我夢中で走った。


「ヤマト、私が先導します!今は走ってゲートに向かってください!」


 鞄の中から聞こえるマキナの声に焦りが混じる。それだけで、今この瞬間、ダンジョン内が死地になったことを証明していた。


「ゴゥゥゥン……ゴゥゥゥン……」


 通路、分かれ道、広場。どこにいても、低周波のような音が耳に直接響く。世界が呼吸しているみたいだった。だが、それは生の音ではなく、“死の胎動”だ。モンスターがどこにもいない。本当に、ここにいる生命が人間以外いなくなったようだ。

 ライセンスにノイズ音が走った。いつもの音声ではない、男とも女ともつかない不気味な声で


 〈個体群:過剰。均衡:破損。修正:開始〉


 殺戮の開始を告げた。


 走る。

 走る。

 壁面に、びっしりと“目”が生えていた。俺たちを狙うように視線を送っている。走っても走っても、ダンジョンの奥底に引きずり込まれている錯覚になる。


「キェェェェェェェェェェ!!」


 通路奥から他パーティーの断末魔が響き渡るのを聞きながら、マキナのナビゲーションに従って最短経路でゲートに走った。


「クソっ!なんなんだよいったい!」


「今は生き残ることだけを考えてください!」


 肺が痛むほどの全力疾走。呼吸が苦しくなるが、足は止まらなかった。通路の先、淡い夜光石が漏れ出している。さっきのセーフティエリアだ。この先を抜ければゲートはすぐそこ。


「待って!止まって!止まってください!」


 マキナの叫ぶような制止に足を地に穿つほど踏ん張り、何とか広間に入る前に足を止める。


「あっがっ、止め……誰かがああっが、あ」


 擦り潰されたようだ。たぶん粉砕機か何かに。

頭がガンガンと痛む。どこか他人事のように聞こえたそれは、否応なく惨劇の様子を脳に抉り込んで来た

 気配を感じた。この先に、怪物がいる。


「……あれが、ジャバウォック……ですか……」


 息を殺し、壁に身を隠しながらそっと中の様子を伺う。鱗に覆われた緑色の怪物。通路を這いまわれるほどの大きさだが、異常なほど長い尻尾と、手足。長さも不規則な血まみれの爪。目の無い顔には剣山のような牙がびっしりと生えている。ドラゴンと呼ぶにはあまりにグロテスクで、おぞましい。


 来た時に見た冒険者の拠点は、持ち主たちとともに無残にバラされて、真っ赤に染まっている。食べるためではない、ただ命を奪うための殺戮。決して戦ってはいけないと本能が告げ、今にも叫び声をあげて走り出しそうになる衝動を何とかこらえる。


「マキナ、俺も鞄の中に入れないのか?」


「できません。ですので、何とかヤマトだけでもここを突破してないといけませんね」


「お前を置いていくなんて無理だ」


 鞄から飛び出たマキナはひらりと着地し「あくまで、最終手段ですよ。私も残る気はありません」と、ささやいた。


「ベルセルク・オーバードライブで強化したスピードを生かして、向こう側まで走り抜けます。私も煙幕や閃光玉をありったけばら撒きますので、それに賭けましょう」


「な!アイツが消えるまで待つんじゃダメなのか!?」


「おそらく、ジャバウォックは増えつづけます。人間というウイルスを除去するために。待って取り返しのつかない状況になれば、それこそ詰みですよ」


 そう言いながら、鞄の中から次々と、手榴弾のような道具やカラフルな液体の入った試験管を取り出していく。俺は、固唾を飲んでみていた。


 ――狂化系のスキル所持者は皆、ゲートから生きて帰ってきていません。

 ――あるいは、仲間を殺して……逆に殺される。


 狂化状態。敵味方の判断がつかなくなる、諸刃の剣。嫌な想像ばかりが膨らんで、背筋が震えた。


「で、でも、お前のことを殺しちまうかもしれねぇんだぞ……」


 マキナはぴたりと動きを止めて、俺を見つめた。まっすぐと、吸い込まれるような目。そして、聖母のような微笑みを浮かべて言った。


「大丈夫です。だって――ヤマトはいつも私のことを守ってくれるから」


 まるで命じるような言い方だった。

 “守ること”が当然のように。俺に殺されるなんてことは微塵も思っていない。出来るはずがないと確信しているような目だった。その瞬間、俺の胸に何かが刻まれた気がした。


「私が貴方の目になります。ジャバウォックを視認すると、私ともども死亡すると思ってください」


「……わかった」


 胸いっぱいに道具を抱えたマキナを抱え上げる。柔らかくて、羽のように軽い。壊してしまわないように、そっと持ち上げた。


「……行きましょうか。私の合図で走ってください。何も考えず、私の言葉だけに集中して」


「……おう」


 目を瞑り、視界が闇に包まれる。暗闇の中で、音だけが生きていた。

 呼吸、鼓動、マキナの声。

 それ以外の世界が、すべて消えていく。

 大丈夫。きっと上手くやれる。俺たちはこんなところで死なない。絶対に生き残って見せる。


 〈ベルセルク・オーバードライブを起動〉


 ――マキナと一緒にっ!


 何も聞こえない。世界が制止する。体の中で、血が暴れた。

 それだけが、今の俺だ。


「く、くぅぅぅぅうう……!」


 制御しきれない“暴”が、内側から溢れ出てくる。腕に力を入れないようにするのが精一杯だ。


「まだですよ。ヤマト。まだ、ガマンです」


 誰かの声がした。とても安心する声だ。もっと聞いていたい。誰の声だろう。


「3」


 体中の筋肉が膨張する。身体が震えてくる。頭の血管が切れそうだ。でも、目を開けてはいけない。逆らえない。


「2」


 まだか。歯を食いしばって、ガマンする。永遠に続くかのような3カウント。走り出そうと踏んばる地面が割れた。


「1」


 近くで、夥しい炸裂音が鳴り響く。酸っぱい匂いに火薬の匂い、それと、血の匂いが鼻孔をくすぐった。ガチガチと歯が鳴った。はやく。はやくはやくっ!


「0」


 空気が爆ぜた。暗闇の中を何も考えずに、声に導かれるまま走る。全身が解放されたように気持ちがいい。


「うぐっ!!」


 走り出した直後、横腹に刺されたような衝撃が走り、大きく足がもつれた。喉の奥から熱い何かが逆流して、溺れたように息が出来ない。なんとか踏みとどまるも、腹に刺さった何かに阻まれて足が進まない。背後から低周波のような息づかいが聞こえてくる。


(殺さないと。全部。すべてを、壊す)


 その瞬間だった。フワリと鼻孔をくすぐる、蜜の香り。


 ――キィンッ


 鋭い金属をこするような音。急に身体が軽くなった。


「走って。ヤマト」


 声が聞こえた、力を振り絞るように地を蹴った。続いて、大きな爆発音と崩落音を置き去りにして走り続けた。


 〈ベルセルク・オーバードライブを解除〉


 その機会音声が聞こえたともに、全身の力が抜けて、身体が宙に投げ出された。最後の力を振り絞り、マキナを庇うようにして倒れると、そのまま意識を手放した。







 視界が、ゆっくりと闇に飲まれていく。

 世界の輪郭が溶けて、音が遠ざかる。


 ――ああ、ここで終わるのか。


 その瞬間、胸に熱が走った。

 ……ザー……ザー……。

 音が、世界の隙間から滲み出した。


 ――修復プロトコル:シーケンス


 熱い光が、心臓の奥を打つ。

 ぼやけた視界の中、泣きそうな顔が見えた。


「お願い……戻ってきて……」


 声が震えていた。マキナの掌から零れる光が、優しく、痛みを抱きしめるように身体の隅々へしみていった。


「マキナ……。た、助かったのか……俺」


 気づけば息を吸っていた。肺が焼けるように悲鳴を上げ、世界が音を取り戻す。

 彼女の顔が近い。涙と安堵が入り混じった笑みで、ただ一言


「……はい。やりましたね……、私達」


 身体に力が戻ってくる。辺りを見回すと、避難してきた冒険者たちがそれぞれ救護活動にいそしんでいた。膝を抱えて動かない者、声を上げて泣く者、皆悲嘆に暮れていた。


「何が起こったんだ……?」


「……あの時、ジャバウォックの爪に貫かれたんです」


「え!?マジかよ!」


 マキナが言うには、ジャバウォックには煙幕も閃光玉も、匂いによる攪乱も大して意味をなさず、俺たちが近くを走り抜けようとした時、追いかけてきて後ろから刺したらしい。腹を見てみると、チェーンメイルにぽっかりと穴が開いていた。


「すみません……。私の判断ミスです……」


 その声が、震えている。マキナが、謝っている。初めて見る光景だった。

 マキナの傍には60cmはあろうかという、切断された巨大な爪が転がっていた。切断面は、まるで鏡のように滑らかだった。


「切られてる……。誰かが助けてくれたのか……?」


「わかりません……。私も夢中で爆弾を投げたので……。重ね重ね申し訳ございません……」


 そう言って、目を伏せて浮かない顔をする。胸の奥がグサリと痛んだ。今は命があったことを喜ぶべきだ。


「いやいや!謝んないでくれよ!結果的に俺たちは助かったんだからさ!」


「……ありがとうございます」


 マキナは暗いまま。表情は沈んでいる。どうにかして元気づけたい。話題を変えないと。


「……その爪!売ったらどれくらいになるかな!どう思う?」


「あ、そうですね。この爪はとても希少なモノなので、少し預からせてください」


「おっけ!頼むわ!いつもありがとう!」


 段々とマキナの表情が無表情に戻って来た。その感情の読めない顔に、何故か俺はとても安心していた。

 ゲートの光が遠ざかる。

 おぼろげに見えるダンジョンの壁の“目”が、ゆっくりと閉じていった。

 まるで、何かが満足したかのように。

 ゲート管理協会の外では救急車のサイレンが鳴り響く。ほどなくして、冒険者ライセンスからジャバウォックの消失がアナウンスされた。

 死者21名。なぜジャバウォックが現れたのか——誰も知らない。


 つづく

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