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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第一層『惑いのラビリントス』

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第5話 結末よりも過程

「俺は、死なない気がしていた。

 マキナが側にいる限り——死ねない気がしていた」


 その日、俺とマキナは話した。誓いの言葉。呪いの言葉。そして、救いの言葉だった。


 ◇◇◇



「なぁマキナ。俺、考えたんだけどよ――冒険者全員で乗り込めば、ダンジョン踏破できんじゃね?」


「その考えで挑んだ者たちは、全員死にました」


「へ?」


 水滴が落ちる音が、やけに近くに響いた。

 迷宮《惑いのラビリントス》の奥、血と鉄の匂いが満ちる闇の底で。


「群れを成すと現れるんです。“群れた者を狩る怪物ジャバウォック”が。」


 マキナ曰く、ジャバウォックは決して勝てない無敵の怪物。手慰みに命を奪って回る追跡者であり、大所帯が八人になるまで殺戮を続けるのだそうだ。


「こえぇ……。マキナは見たことあんの?」


「遭遇したことはありませんが、同じダンジョン内に出現したことはありますね。ライセンスが警告をしてくれるのですぐにわかりますよ」


 “ちなみに、冒険者登録の時にも説明がありましたし、ライセンスにも書いてありますね”と、マキナはチクリと苦言を呈した。う……、聞いてなかったし、読んでなかった……。あとで見ておこう。


「集まれば安心するのが人間ですが、群れると滅びるのもまた人間です。

 この先に開けた空間があります。そこで休憩しましょうか」


「あいよ」


 今の俺には闇の中を歩く不安は全くない。何なら、俺が住む世界はこちらの方だったのではないか。そんな気分ですらいた。


 分かれ道に差し掛かるとサラサラと流れる水音が聞えて来た。通路の先には淡い光が漏れ出していて、視線が吸い寄せられる。


「お、こっちか!」


「はい。走ってはいけませんよ。ヤマト」


「わかってるって」


 そうは言いつつ、足取りは早まる。人間、光に吸い寄せられる性質でもあるのだろうかというほど、期待に胸を膨らませていた。


「……うわ」


 声が漏れた。

 通路の先は、蒼い光に包まれた広間だった。

 足元を流れる水が、淡く光っている。

 まるで、夜の海の底を歩いているみたいだ。頭上をフワフワと漂うのは、光の粒――蛍のような虫たち。その光が水面に反射して、洞窟の壁にゆらゆらと波紋を描き出す。

 息をするのも惜しいほど、美しかった。


「さ、ここで少し休憩しましょう。ヤマト。こっちに」


 マキナは水辺に腰を下ろして、振り返りながら隣をポンポンと叩いている。これを断れる男はこの世にいない。いつの間にか俺の身体が勝手に動いて、マキナの隣に胡坐をかいていた。


「綺麗ですね。ここには無駄なものが何一つない。すべてが機能的で組織的」


「そうだな。キラキラしててきれいだ。」


 マキナは鞄から試験管のようなものを取り出して、小さな川から水を採取していた。


「その鞄。なんでも入るな。それもマキナが作ったのか?」


「ふふ。いいえ。これはアーティファクト。ダンジョン内で手に入れられる至宝の一つ。私が冒険者として唯一誇れるものです」


「おぉ!すげぇな。なんでも入る鞄か!スキルみたいだな!」


「そうなんですよ。実はスキルとアーティファクトの力の源泉は同じであるという研究があって……って、すみません。つまらないですよね」


「いや。めっちゃ面白い。もっと話してくれよ」


 膝を抱えて座るマキナの瞳が、一瞬だけ光を宿した。

 試験管に蓋をして地面に置いた。そして、目を伏せて、髪を耳にかけながら小さな声で「では……」と、色々話してくれた。

 正直に言うと、マキナの話は難しい。でも、彼女が楽しそうで——それだけで、嬉しかった。


「スキルもアーティファクトも、“器に宿るソウル”の形――そう言われています」


「へぇ。じゃあ……俺のメイスも魂入るかもってこと?」


「そうですね。もし砕ければ、あなたの一部も少しだけ欠けます」


「……怖いこと言うなよ」


「冗談ですよ?」


 キョトンと首を傾げるマキナ。真顔で言うもんだからマジかと思ったわ。


「ヤマト。貴方はどうして冒険者に?」


「え、俺?」


「はい」


 黒曜石のような瞳が俺をまっすぐ見つめている。本当に、人形のように整った顔だ。見つめられて、気恥ずかしくなり、目線を泳がせた。ゲート管理協会に行った前日のことが、ふと頭に過った。


 ◇◇◇


 ――チン。


 冷え切った唐揚げ弁当。割り箸を折る音だけが響いた。


 ——ああ、俺の人生って、こんなもんか。


 笑えた。笑うしかなかった。部屋の隅で、一人で笑っていた。


「……あったかい飯、いつぶりだっけ」


 バイト先の廃棄弁当を温めて、六畳のボロアパートで独り飯。空気は冷めきっていた。俺のくだらない日常。それでも、屋根があって、腹が膨れりゃ生きていける――はずだった。

 どこに行っても長続きしない。なら、ダンジョンで一発逆転するしかない。いや、違うな。本当は居場所が欲しかっただけだ。


 起き上がり台所に向かう。冷蔵庫の中は、空っぽだ。

 明日の朝、ゲート管理協会へ行こう。

 どうせもう失うもんなんて、なにもないんだ。

 ……


 ◇◇◇


「そんな立派なもんじゃねぇよ。仕事クビになって、金も尽きて、気づいたらギリギリでさ。……一発逆転、狙ってみた。それだけ。クソしょうもない理由だよ」


 本当は仕事じゃなくてただのアルバイトだったことは黙っておこう。いいだろ別に。見栄くらい張っても。


「そうでしょうか。私は立派な理由だと思います」


「え、マジ?」


「はい。だって貴方は――生きることを諦めなかった。そうでしょ?」


「ま、まぁそうだな」


 言葉は受付の姉ちゃんみたいに淡々としている。抑揚もほとんどないのに、いきなり“生きる”なんて言葉が出てきて驚いた。


「それに、人間の人生なんて終わる時は大体しょうもないです。病気で終わり。事故で終わり。殺されて終わり。自ら命を絶って終わり。寿命で終わり。これくらいです」


「極端だなぁ」


「重要なのは、どう終わるかではなく――どんな風に歩いたか、です。

 終わりなんて、誰にでも訪れます。でも、その途中だけは、貴方だけのものです」


 ガキの頃の俺は散々だった。

 薄汚い便所に閉じ込められて、いつも泣きながら月を見上げていた。いつも、くだらない人生だ。


 そんな、傷跡を癒すようにマキナの言葉が、胸に染み込んでくる。温かい。嬉しい。


 ——でも、なんで? なんで、マキナは俺の人生を肯定してくれるんだ? 俺のこと、何も知らないのに。


 疑問が浮かぶ。でも、すぐに溶けていく。俺の今までの人生を丸ごと抱きしめられたような気がして。


「......そっか。そうだよな」


 俺は、自分でも驚くほど素直に頷いていた。


「じゃあ、死なねぇようにしなくちゃな!そんでもって新宿ゲートダンジョン初の踏破者にならねぇと!」


「ふふっ。そうですね。ヤマトの終わりはこんなところではありません」


 そう言って、マキナは嬉しいのか悲しいのか分からない微妙な笑顔を浮かべていた。

 しかし、その笑みをかき消すように水辺の奥でけたたましい鳴き声がした。反射的にメイスを握る。モンスターだ。複数いる。クッソ。せっかくいい雰囲気だったのに。


「この声は……。おそらくヤマトも知っているモンスターですよ。数は2匹。問題ありません。駆除しましょう」


 通路の先、闇の中から現れたのは、茶色い肌をした小学生くらいの小鬼。人型なのに、尖った耳と鼻、そして何よりも獣のような目つきが、人間とは相容れない存在だということを物語っている。


 ――ゴブリンだ。


 冒険者の死体から奪ったであろう剣と弓を持っている。剣のゴブリンに至っては兜を被っていた。


「スキルは使ってもいいのか?」


「まだ我慢してください。使いどころ屋さんを見極めないとヤマトの身体が持ちませんので」


「了解、ボス」


「誰がボスですか。あと、こちらをお使いください」


 マキナの手にはさっき水を入れた試験管があった。さっきスライムコアの粉末を入れていたからか、今は鮮やかな翡翠色だ。


「これは?」


「スライムの酸です。上手く使ってください。かなり強力ですので、注意してくださいね」


「お、ありがとう!やってみるわ!」


「では、ファイトです。ヤマト」


 マキナは無表情のまま、かわいらしく両手をグッと握って見せた。そして、アーティファクト、ゴスロリ学生鞄に足を入れたと思ったら、空間がぐにゃりと歪に割れて、光と共に中へと消えていった。今は鞄が地面に直立しているだけだ。

 なるほど。そうやって隠れていたのか。気配すら感じない。見つからないわけだ。


「よし、じゃあやるか」


 俺は右手に持ったメイスをクルリと回し、準備運動がてらぴょんぴょんと跳ねる。

 まずは弓、次に剣だ。

 ゴブリンたちは威嚇するように武器を地面に打ち鳴らしている。

 一歩近づいて、水飛沫が頬を打つ。湿った空気の中、弓弦が軋む音が聞こえた。空気が糸を張ったように張りつめる。


 隙を縫うようにポイっとメイスを弓ゴブリンの目の間に投げてよこした。間抜けな金属音を立てて床に転がるメイスにゴブリンの視線が吸われる。心臓が一拍遅れて跳ねた瞬間、姿勢を沈め、地面を蹴った。一歩、二歩。

 ゴブリンの息がかかった。腐臭。瞳孔が開いた。

 拳を握りしめ、下から突き上げる。

 鈍い手応え。骨が砕け、血と唾液が飛び散った。


「グャッ――」


 骨が軋むほどのアッパーカット。大きく宙を舞ったゴブリンは床に激突。そのまま動かなくなった。

 息つく間もなく、剣を持ったゴブリンに飛び掛かる。目があった。びくりと大きく身体を震わしたのが見えた。と、同時に試験管を顔目掛けて投擲。ゴブリンの額に直撃した試験管はパキンッと音を立てて砕け散り、スライム酸が目元目掛けて弾けた。


「グギャアアアアアアアアっ!!」


 鼓膜が裂けるような声。その声が途切れる前に、腹を蹴り上げた。足が浮き上がって、そのまま地面に倒れ伏すゴブリン。その首を渾身の力を込めて踏み抜いた。ぐしゃり、と嫌な感触に脳が一、空白になる。

 踏み込むたび、踵に痛みが走る。

 でも、痛くない——いや、痛いのに、気持ちいい。

 首を踏み抜く音が、脳に焼き付く。


 ——おかしい。こんなの、おかしい。でも、止められない。


 嫌な感触のはずなのに、笑いが込み上げていた。

 ゴブリンの死体を見下ろす。首が、おかしな方向に曲がっている。


 ——俺が、殺した。


 怖い。怖くない。むしろ、すっきりしている。

 手を見る。血まみれだ。でも、汚いと思わない。まるで、これが「正しい」ような気がする。


 〈ゴブリンたちを倒しました〉

 〈経験値16ポイントを獲得〉

 〈レベルが3に上がりました〉

 〈各種ステータスが向上しました〉

 〈スキルポイント1を獲得〉

 〈スキル:強襲をひらめきました〉


 強襲……?聞きなれない機会音声が流れて来た。


「お、おお!?なんだこれ――」


 冒険者ライセンスからファンファーレの音が水面に響き、蒼い光が弾ける。

 だが、何かがおかしい。見回すと、蛍が一匹もいなくなっていた。

 洞窟が静まり返る。

 水の音が、止まった。

 そして――


「■■■■■■■■■ッ!!!」


 その咆哮が、身体を貫いた。

 心臓が、止まりそうになる。息ができない。身体が、動かない。


 ——死ぬ。死ぬ。死ぬ。


 本能が、叫んでいる。逃げろ、と。でも、足が動かない。

「マキナ!!」 その声だけが、世界の終わりに吸い込まれていく。


 結末なんて、誰にもわからない。

 ――だからこそ、生きるしかない。


 つづく


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