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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第一層『惑いのラビリントス』

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第3.5話 俺の話

 落ちていく、落ちていく。夢の底へと落ちていく。昔の夢。くだらない夢。どうして、俺がこうなっちまったのか、あるいは、生まれたころから“そういう”魂だったのか。忘れたころに突きつけてくる、俺の話。


 何かが割れた音。ガラス、皿。そして、その上を血まみれに転げまわる子供の俺。いったい誰が掃除すると思っているんだか。


「なぁ、おい。犬。なんでお前が生きてて、アイツが死んだんだ?おい、聞いてんのか?……無視すんじゃねぇ!!!」


 母親は俺を生んですぐ死んだらしい。だから、顔も声も、名前も知らない。でも、おかげで俺はこのクソジジイと一緒に暮らすことになった。今更、母親のことも、知りたいなんて思わない。


 親父はご近所でも有名な愛妻家だったらしい。家の中は無茶苦茶だったけど、仏壇だけは綺麗だったし、そうなんだろうなって。だからかな、母親が死んでから人が変わったんだと思う。父親としては下の下。クソだった。最初の方はマシだったけど、だんだんと家に金を置かなくなったし、たまに帰って来たと思ったら、親父の拳が、顔面に叩き込まれる。鼻が折れる音。口の中が血で満たされる。床に倒れると、今度は腹を蹴られた。息ができない。死ぬ、あの瞬間、本気でそう思っていた。

 でも、死ななかった。親父は俺を殺さない。ギリギリのところで、止める。それが、一番きつかった。


 ――殺す。


 血反吐を吐きながら、顔面をぐしゃぐしゃにしながらそう思ったよ。そんでもって、ことが済んだら決まって仏壇の前で号泣。意味わかんねぇよな?泣きたいのは俺の方だってのに。指先すら動かせない俺は、泣いている親父を、ぼぉっと見てた。殴られすぎたからかな、何も感じなかった。怖いとか痛いとか、辛いとか、この時だけは、頭の中がとても澄んでいた。ただ、俺がいて、親父が泣いてて、どうやったらコイツ殺せるかなって、それだけを考えてた。


 ……暗くなっちまったな。すまん!

 学校ではさ、俺も友達が欲しかったから、いろいろ頑張ったんだぜ。自分から話しかけて、遊びに入れて欲しいって頼んだり。出来るだけ、優しくしたり。掃除の当番とか片付けとかも進んでやった。俺なりに、輪に入ろうとしたんだ。


 でも、ダメだった。


 親の情報網っての?あの子とは遊んじゃいけないって言われてたみたいでさ、皆俺を遠巻きにした。先公も「家庭のことについて何かあったら言いなさい」とか言ってたけど、聞くだけで何もしてくれない。俺、バカだったから勉強も上手くいかなかったし。厄介者みたいに扱われてた。


 だけど、カメタロウだけは違った。小学校の池に棲んでた亀。俺が勝手に名前つけた。パンを上げてたら、俺が通る度にこっちにパタパタ泳いでくる。だから、休み時間、放課後もずっとカメタロウを眺めてた。可愛い奴だったよ。でも、子供って残酷だよな。子供社会では、階級みたいなのがあって、下層に行くほどおもちゃになりがちなんだ。俺は、最下層だった。だから、俺は“いじめてもいい奴”だったんだ。でも、やり返したら、親父と同じになる。それだけは、嫌だった。絶対に。


 でも、やっぱりダメだった


 朝、登校したら。俺の机にカメタロウの死骸が置いてあった。甲羅が割られて、内臓が口から風船みたいに押し出されてた。たぶん、窓から投げ捨てたんだと思う。あの時は、喉が引き締まって、心臓が止まったね。クラスの奴らは輪になって俺を見ていた。負け犬を見る目。哀れに思ってるのに、絶対に手は差し伸べない。だんだん呼吸が難しくなって、頭が熱くなっていく。目の前が、真っ赤になってくる。溢れ出てくるのに、行き場のない何かが、脳をガンガンと揺らす。知らない間に、拳が震えるほど握られていた。


「クク……」


 誰かが、喉を鳴らすように笑ったのが聞こえた。頭が、真っ白になった——いや、真っ赤になった。世界が血の色に染まる。心臓が、爆発しそうに暴れる。


 ——殺す。殺す。殺す。殺す。


 それしか、考えられなかった。

 その後のことは、よく覚えてない。気づいたら、役立たずの先公がさすまたで俺を取り押さえてた。怯える同級生、血と涙を流しながら震えてるカメタロウの敵。許せなかった。カメタロウが受けた痛みはこんなもんじゃない。殺してやる、殺してやる。心の中はそれしかない。もしかしたら、口に出して言ってたかも。結局、俺も親父と同類だったわけだ。


 この事件のおかげで、児相が来て、親父とは離れることが出来たのはラッキーだった。そこからは、施設に入った。こんどこそ上手くやろうとした。ちゃんと自分のことは言うようにしたし、相手の気持ちとかも考えた。俺は親父とは違うって、証明したかったし。それに、施設にはいるのは、似た境遇の奴らだし、上手くやれると思った。


 何も、変わらなかった


 上手くやろうとしても、俺自身がどうしても窮屈になって、ダメにしてしまう。ありのままの俺は、そもそも誰も受け入れてくれない。しかも、やっぱりと言うべきか、施設でも、俺を見る尺度が暴力しかなかった。

 一番ガタイのいい奴に目をつけられて、因縁つけられて、相手が殴りかかってきた。俺は、反射的に殴り返した。一発で、相手は倒れた。


 ——あれ? こんなに弱かったっけ?


 周りが、俺を見ていた。怯えた目で。また、だ。また、俺は怖がられる。

 俺は、ただ身を守っただけなのに。居場所がなくなる。人を殴った時のぬるりとした感触がなかなか取れない。いつしか俺は心の底で、こう思うようになっていた。俺には、居場所がない。この世界の、どこにも。


 これは俺の夢。つまらない、どこにでもある、フツーの夢。俺を象る要素。俺の魂の在り方。だから、きっと変わらない。俺は、どこに行っても、いつまでも、独りだ。


「そんなことはありませんよ」


 声が聞こえて来た。何百回も繰り返し落ちただけの夢に、初めての変化が走った。とても、澄んだ声。女の人のキレイな声。誰だろう。いつも見る夢なのに、こんなことは初めてだ。柔らかい蜘蛛の巣に受け止められて、落ちるのが止まった。


「だって、あなたは何時だって、自分から歩み寄っていた。助けを求めていた。なら、それを受け取らなかった世界が悪い。そうでしょう?」


 世界が悪い——そう言われて、胸が軽くなった。でも、本当に? 俺も悪かったんじゃないか?

 ——いや、考えるな。彼女の声を聞け。それだけでいい。


 柔らかい蜘蛛の巣で出来た揺り籠にくるまれるような、心地のいい、そんな声。力が、すぅっと抜けていく。頭の中が、甘い声に満ちていく。考えが、まとまらなくなる。ずっと聞いていたい。


「寂しいのなら、私がずっと側にいます。あなたはそのままでいいんです。だから、どうか、あなたが歩んできた“道のり”を、恥じないでください」


 ——でも、"そのまま"って、何だ? 俺の何を、彼女は知ってるんだ?

 疑問が浮かぶ。でも、すぐに溶けていく。考えるのが、面倒になる。彼女の声が、全部塗りつぶしていく。


 くる、くる、と赤子をあやすように身体が回っていく。身体が、糸に包まれて繭になっていく。いい匂いのする繭の中で、身体が溶けていく。指先が、脚が、頭が。


 ——痛い。いや、痛くない。痛いはずなのに、気持ちいい。これは、おかしい。何かが、間違ってる。


 でも、もう止められない。俺は、繭の中で生まれ変わっていく。手足指先の感覚が戻り、新品になったみたいに研ぎ澄まされていた。目を開けると、繭が割れて、隙間から光が差し込んだ。きっと、目覚めようとしているんだ。生まれ変わったように、頭の中が軽くなっていた。あの声の人は、まだいるだろうか。会って、ありがとうを言いたい。だって、すごく、すごく嬉しかった。初めて、受け入れてもらえた。

光に手を伸ばす。胸の内に熱が灯る。もう少し、あと少しで手が届く。


 ――そして光に触れた瞬間、繭が割れ、俺は光に包まれていった。


 つづく


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