第34話 居場所
新宿ゲートダンジョンから帰還した俺たちはすぐに病院に担ぎ込まれた。骨はほとんど折れていたし、内臓は破裂しているものもあった。医者からは生きているのが不思議なくらいだと言われていたが、そんなことはどうでもいい。マキナが目を覚まさない。目立った外傷はなく、ほぼ無傷に近いにもかかわらず、昏々と眠り続けていた。
俺も大量の管がようやく取れたけど、まだ絶対安静。ずっとベッドに寝かされている。それでも、マキナのことを考えなかった瞬間は一度もなかった。
「まぁまぁ。まずは君の怪我を治さないとねぇ。ヤマトくん」
ベッドの傍でお見舞いに来た芹澤ミヤコが足を組んで座っている。ジャケットスタイル姿の彼女は刑事のような雰囲気を醸し出していた。
「……マキナ、いつ起きるんですかね」
「リカはそのうち起きるはずって言ってたけど、ソウルについては分からないことだらけだからねぇ。そこはマキナちゃん次第なんじゃない?」
芹澤ミヤコは包み隠さずに言う。絶対大丈夫、きっとすぐに起き上る。そう言ったなんの根拠もない言葉ではなく、まっすぐ事実を告げるところが彼女らしかった。
「……そうっすね。すんません変なこと聞いて」
「いーのいーの。それより君だよ、ヤマトくん。新宿ゲートダンジョン初の制覇者にして生還者!今、冒険者界隈は君たちの話題で持ち切りだよ?すごいねぇ」
そう言って目の前にかざされたスマホにはあるネット記事。信じられないほどインプレッションがついている。『新宿ゲートダンジョン初制覇。奇跡の生還と攻略の謎』。俺は6年もの間、ダンジョン内で生き延びていたことになっている。そして、それを相棒の人形使いが執念で救い出したのだそうだ。マキナのことだ。
コメントには偉業を称える声とマキナの動向と俺の所在を疑問視する声が論争を繰り広げていた。別世界の話みたいで、当事者としての実感がまったくわかない。
「なんか、すごいっすね」
「そりゃあ規格外のことばかりだしねぇ。で、ここからが本題なんだけど」芹澤ミヤコは組んでいた足を解いてズイっと顔を寄せた。鷹の目がギラリと輝く。
「君、ダンジョンで6年間生き残ってたわけじゃないよね。ちゃんと死んでた。でも、マキナちゃんがソウルを移植して蘇生した。あってる?」
「はい。あってます」
もはや隠すことはない。夢の王との戦いでマキナがソウルを抜き出す瞬間も見られている。それに、多分マキナがしていたことも……。芹澤ミヤコは「やっぱり!」と顔をほころばせながらチラリと懐中時計を一瞥した。
「多分、遅かれ早かれ、政府が真相を調べに来るよ。マキナちゃんの“研究”についても、ね」
「……はい」
「守り切れる?」
何を、とは言は無い。だが、言いたいことは分かる。マキナの罪。ソウルの研究のためにダンジョンに入り、他の冒険者を……。明るみになるとどうなるんだろうか。やはり……極刑、だろうか。
「正直、分かりません。でも、俺はマキナにとって一番の選択をするだけです」
「おぉ!いいねぇ!じゃ、そんな漢気ある君にはこれをプレゼントしよう!」
パカンと懐中時計が閉じられると、芹澤ミヤコは名刺をサイドデスクに置いて滑らせた。縦書きで『攻略組冒険者 芹澤ミヤコ』の文字、だかその横にやけに達筆な文字列が並んでいた。
「私とリカのチャットアドレス。困ったことがあったら相談してね」
「え……、いいんすか?」
「もちろん。その代わり、攻略組推薦の話、真剣に考えといてね」
彼女は立ち上がり、ウインクをしながら踵を返す。カツカツと音を立てて歩み、扉に手を掛けた。
「あ、あの!なんでそこまで良くしてくれるんですか……?」
思わず聞いてしまった。彼女は鳶色のポニーテールを靡かせて振り返る。頼りになるリーダー肌。だが、隠しきれないほど好戦的な眼差しを向けながら、芹澤ミヤコは言った。
「優秀な前衛ってみんな誰かのお手付きなんだよねぇ。リカも君らに興味あるみたいだし。あと、単純に二人とも首輪をつけて監視しとかないとなぁって」
本気か冗談か分からない絶妙な言い方に思わず吹き出してしまった。真相はさておき、今はこの狂って暴れるだけのクソスキルが必要だと言われて、素直に嬉しい。
「ありがとうございます。自分、冒険者向いてると思うんで、頑張ります」
「ヤマト君、イカれてるしねぇ」
「マジで、冗談キツイっすよ……」
「ははっ!じゃあね!お大事に!」
そう笑顔で告げると、芹澤ミヤコは扉を開けてスルリと風のように去って行ってしまった。先ほどまでの沈んでいた空気が嘘のように明るくなっていった。
俺が攻略組か……。少し前までいつ死んでもいいと思っていた。冒険者になったのも、ほとんど死に場所を探していたと言っていい。でも、俺にも出来ることがある。必要とされるスキルがある。
「俺にも、居場所がある」
口に出して言ったら、ぶるりと体が震えた。ギブスを嵌めた左手を見る。マキナと手を繋いだ手の感触は今でも覚えている。掌を握ろうとしてみたけど、びくともしない。
――マキナ……
そっとギブスを撫でてみると、ざらついた感触が肌に伝った。
つづく
次回、最終話




