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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第三層『エリュシオン・ノクス』

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第29話 理性を越えた獣

「ヤマトくん。君、本当に人間じゃなかったんだねぇ」


 芹澤ミヤコは紙の資料を書斎机に置いて、リクライニングチェアに大きく背を預けた。机に広げられた資料の山には“武神ヤマト、スキル:ベルセルク、未帰還につき擬制死亡”等々の文字列が並ぶ。


 芹澤ミヤコは新宿ゲートから帰還後、宿名マキナと武神ヤマトについて調査を進めていた。名目上は“攻略組”への推薦の為。だが、本当の目的はあの怪しい冒険者コンビの謎を明かすことだった。武神ヤマトがいきなり強くなった謎、ソウルが二つあった謎。新宿ゲートのやけに高い死亡率。そして、彼が6年前に死亡しているという事実。芹澤ミヤコにはこれらすべてが繋がっている気がしてならなかったのだ。


 新宿ゲートの最奥で、二人が死亡したら謎は迷宮入りだろう。何も知らないふりをして二人について行っても良かったけど、“攻略組”が手柄を横取りしたなんてネットで叩かれるのも癪だ、と芹澤は鼻に皺を寄せる。だが、どうしてもあの異常な“魂”の謎に迫りたい。宿名マキナの正体を掴みたい。天を仰ぎながらきつく閉じられた目が雄弁にそう物語っていた。


 机に置かれた金色の懐中時計。アーティファクト:欲を刻む時計。芹澤ミヤコが手繰り寄せて中を見ると、その長針は一時の方向を指し示す。目線を外して針の先を見ると、ブラックコーヒーが苦味をくゆらせていた。芹澤は苦笑交じりマグカップに手を伸ばし軽く口に含む。


 すると、欲を刻む時計――その長針がぐるりと動き出した。

 芹澤ミヤコはニヤリと笑う。そして、軽やかに腰を上げた。

 机に置かれたスマートフォンには、信田リカからのチャットが表示されていた。


 ◇◇◇


『ミス研グループチャット(2)』


【リカ】ミヤコ先輩、宿名マキナさん。黒です(16:40)


 ◇◇◇


 さざなみの騎士との死闘を制して数日がたった。ラストスタンドのクールタイムも回復し、準備は万端。血管が音を立てて全身に血液を送り出すような感覚がすがすがしい。


「よし!行くぞ!」


 玄関を開けて外に出ると、眩いばかりの太陽に目を細める。気合十分に新宿ゲートへと向かった。きっとこれが最後の戦いになる。どんな結果になろうとも、全力を尽くすだけだ。






 新宿ゲート第三層『エリュシオン・ノクス』

 明けることのない満天の星空はこの世のものとは思えないほど、輝きを増している。だが、ここで存在が許されるのは死者だけ。あの月は死者の国に迷い込んだ生者を暴き出すための灯りにすぎない。


「よく見たらなんか不気味だな」


「はい。ここは死者の夢を集めた場所ですから。見た目を取り繕っただけで、本質は恐怖を体現した世界です」


 灯火が揺れる尖塔の影を目指して、俺たちは丘陵を歩いて行く。所々に切り出した岩や神殿の跡地のような岩が転がる道は、夜だというのに明るい。見渡しがよく、空を漂うクラゲや電撃を纏うコウモリの群れが遠くに飛んでいるのが見える。ここは現世の理が通用しない異世界だということを改めて突き付けてくる。


「ヤマト、ここまで連れてきてくれて本当にありがとうございました。これを受け取ってください」


 そう言ってマキナは鞄に手をかざすと、糸に引っ張られたように、物々しいガントレットが出て来た。前腕を覆うように鋼で覆われたそれは、杭を叩きつけるように打ち出す機構が備えられている。


「ジャバウォックの爪を打ち出す杭打ち器です。手甲部分はさざなみの騎士の鎧を、機構制御に鼠王の外殻と結晶の心臓を使っています」


 これまで戦った強敵の素材を惜しげもなく使った一品だ。手に取ってみると無骨なデザインなのに軽い。機構部分には蜘蛛の巣をあしらった彫金が施されていた。


「かっこいいじゃん。どう?」


 そう言って、手に付けてみる。まるで毎日つけているようなフィット感。力強く握りしめてマキナに見て貰う。


「はい。とてもよくお似合いですよ」


「そっか、ありがとう。マキナ。大切に使うよ」


「ふふ。どうぞご遠慮なく。うんと丈夫に作ってありますので」


 マキナは口元に手を当てて微笑む。試しにロゴス=ベヒモスの炎を顕現させてみると、ガントレットごと手の一部のように揺らめいた。これは――いいものだ。


「さ、見えてきましたよ。ここらは私も知らないことの方が多いですので、慎重に行きましょう」


 丘から見下ろすと、影の街に向かって大橋が伸びている。この前、“さざなみの騎士”と戦った橋だ。セーフティエリアになっているためか、あそこは敵意が極端に少ない。


「ああ。任せろ!」


 腕に力を込めて笑う。不安はある。今度こそ本当に死ぬかもしれない。だけど、マキナがいるから俺は大丈夫だ。肩に寄り添うようにして歩くマキナを見下ろすと、彼女も微笑んで頷いた。




 大橋を抜けると、廃墟の街が広がった。いや、廃墟と言うには文明の気配が強い。この前まで生活を営んでいたのに、忽然と人が消えたような異質な雰囲気。煙突のある家々には煙まで上がっていた。


 アダムとリリスが俺たちをSPのように守る。俺たちは周囲の警戒をしながら大通りを歩む。足音だけが響いており、空気がビリビリと肌を刺す。


「……おや。この反応は。ヤマト。いつぞやの礼を返しましょうか」


 マキナはそう言うと、アダムを連れて大きく下がった。街全体が水を打ったように静まり返る。空気が冷え込んでいく。周囲から刺すような敵意を感じる。だが、少しも恐れはない。杭打ちをリロードして構える。この気配……覚えている。


「よお。久しぶりだなぁ!」


 家々の影からぎょろりと目が生えた。大小さまざまな目が俺たちを見ている。ヒュージゴースト。しかも一匹や二匹じゃねぇ。ここら一帯の家全部がモンスターだ……!


 空気が、ざらつき始める。大通りを塞ぐように塵が一点に集まり、無数の瞳が浮かぶ黒球体となった。不規則に瞬き、俺を見下ろす。最後に、中央の巨大な目が開いた。闇が揺らぎ、世界が息を呑む


「こっちにおいで。痛くない、痛くないよ――」


「行かねぇよ!雑魚が!!」


 全身が炎に包まれたように熱くなる。ひび割れた肌から紫色の焔が体中に広がり、歪に湾曲した異形の角を、鉄鎖のような尾を象る。理性の残滓が、焼け落ちる。

 理性を越えた獣。否、それは愛そのものだった。己の心を燃やし、焼け残ったものだけを信じる――。

 ロゴス=ベヒモス――俺の新しい力だ。


 巨大な球体となったヒュージゴーストは触手のように手を伸ばしてくる。そのひとつひとつにおびただしい目。だが、遅い。遅すぎる。

 迫る触手に向かって駆け出し、紙一重で躱して聞く。身体が一つの魂になったように動く。燃え盛る尾を引いて、一歩で正面に。そのまま空中へと駆け上がるように目玉を抉り取っていく。


「――っ!!!」


 苦しみに悶える声が聞こえてくる。こんな奴に苦戦していたのかよ、俺。空にはリリスが氷結晶の壁を作って待ち構えていた。流石はマキナ、完璧な連携だ。そのまま身体をくるりと捻り、壁に足をついた。


「おらよ!食らいやがれ!」


 蹴り出すと衝撃波と共に氷が砕け散る。隕石のように打ち出されたその軌跡は、まるで“流星”のようだった。落ちるようにヒュージゴーストへと肉薄する。燃える拳を握り込み、肩に引く。狙うは中心。燃やし尽くしてやる。無数ある目が見開かれ、そして、中央の目が俺を射貫くと同時に、ジャバウォックの爪杭を突き出した。


 ――バアアァァァアアン!!!


 杭が打ち込まれた瞬間、夢の街の空が悲鳴を上げた。

 星々が砕け、夜が崩れ落ちる。

 腕についた杭打ち機が薬莢をはじき出し、廃熱のための蒸気を吹き出した。


 〈ヒュージゴースト(集合体)を倒した〉

 〈経験値8,000ポイントを獲得〉


 バキバキにひび割れた路面に立ちながら拳を握り込む。強い。ベルセルク・オーバードライブを使っていないのにこの破壊力。ここから強襲や無慈悲な一撃が乗ると考えると、血が躍る。


「お見事です。ヤマト。凄まじい威力ですね。ロゴス=ベヒモスの炎」


 マキナがアダムとリリスを連れ添って、俺に駆け寄った。心なしか頬を赤らめている。まるで、宝石箱を開けたような顔だ。


「ああ!負ける気がしねぇよ!」


 纏っていた炎が消えていく。これですべてのピースがそろった。振り向くと、大通りの先、街の中心は白い花園。その中心に一本の木が立っていた。あそこに階層主がいる。

 夢の王を倒して、器を取り返す。マキナの宿願。そして何より、己の為にも。

 崩れた星々の向こうから、誰かの祈りを断ち切るように、鐘の音が鳴り響く。旅の終わりは、もうすぐそこまで迫っていた。


 つづく

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