第3話 はじめてのレベルアップ
「俺は変わり始めていた。冒険者として……かな」
変化があったのは、マキナと初めて素材をはぎ取った時か、レベルアップした時だったと思う。
◇◇◇
「さて、それではモンスターの素材をいただきますか」
その声が、妙に楽しげに聞こえた。
マキナはゴスロリ風に改造された学生鞄から、黒い手袋と蜘蛛の巣の刻印入りナイフを取り出す。俺が貰った支給品とは明らかに違う。
「なんかマキナのだけ凝ってねぇ?」
「え?あぁ、これは私が作ったものですから。昔から得意だったんです。こういうの」
「おお!マジか!ステータスじゃあ【技】が高そうだな!」
「はい。その通りです。では、スライムを解体していきましょうか」
マキナが手袋をつけ、ナイフを逆手に持つ。液状のスライムにしゃがみ込み、手招き。『見てなさい』と、目が語っている。手順を教えてくれるようだ。
「スライムの素材と言えば、コア核ですね。……ええ、取り出すのは慣れています」
マキナの手つきは、まるで外科医のようだった——いや、違う。外科医は"治す"ために切る。でも彼女は、"分解する"ために切っている。その目は、まるで機械を分解する技術者のように、冷たく正確だった
「ほら、ヤマト。見てください。綺麗でしょう?」
マキナは翡翠色の割れたコアを、まるで宝石を見せるように掲げた。俺が剣で刺し貫いたものだ。その笑顔が、どこか無邪気すぎて——綺麗だった。
「はぇえ……。それが金になるって訳か……。何円くらいだ?」
「およそ2,000円程度ですね」
「高っか!!もうスライムだけ狩ってりゃ生きていけんじゃん!」
「残念ながら、そういうわけにはいかないんです。ほら、見てください」
俺の剣……?マキナが拾い上げたそれは所々溶けており、いびつに変形していた。
「スライムは簡単に殺せますが、意外と討伐コストが高い。多くの冒険者にとってターゲットにならないんです」
支給品で貰った剣とはいえ、定価で買えば10,000円手度。5体倒してトントンってことかよ。あの剣も今日で買い換えないとダメそうだ。
「そうなのか。残念だな」
マキナはスライムのコアを鞄にしまうと、ナイフを逆手に持ったまま清楚に立ち上がった。
「じゃ、メインターゲットを探しに行きましょうか。今日の目標はヤマトのレベルを1上げることです」
俺も剣を鞘に無理やり納めて、ランタン片手に立ち上がった。ダンジョン『惑いのラビリントス』に入って来た時の不安は、不思議なことにもうどこにもない。あれほど暗く見えた洞窟が今では薄明りのように感じられた。
「なぁ、気になってたんだけど、マキナってレベル何なの?」
「まあ!レディにレベルを聞くなんて失礼な人ですね」
「いぃ!?いや、違くて!」
「ふふ、冗談です。私のレベルは3。すぐに追いつきますよ。ヤマト。早く強くなって、私のことを守ってくださいね?」
その言葉は優しかった。でも、マキナの目は——まるで、俺を"育てている"ような目をしていた。子を躾ける母親のような。
心臓が大きく跳ねた。
今まで、誰かに頼られたことなんかなかった。それがダンジョンだと違う。マキナは、俺を頼ってくれている。だから、この言葉は俺の心の、もっと奥底に、深く刺さった。
◇◇◇
その後も、ダンジョンを歩きながらマキナは様々なことを教えてくれた。冒険者ライセンスのマップ機能。モンスターは原則としてダンジョン内の素材を用いた武器か、スキルでないと殺傷には至らないこと。そして、新宿ゲートは難易度が高いということだ。
「え、ここって難しいの?」
「はい。最難関ダンジョンの一つです。ゲートダンジョンは三層で構成されていますが、ここ新宿ゲートは未だに踏破されていません」
「マジ?初心者用ダンジョンとかないのかよ」
「人が作ったものではありませんから。ですが、一層はどこも簡単で――おや?ヤマト。止まってください」
マキナは俺の肩をそっと触れて洞窟の奥を見つめた。フローラルな香りがふわりと鼻孔をくすぐった。
「ヤマト。この先に良い経験値がありますよ。今日はアレを殺して帰りましょうか」
「け、経験値……?モンスターってことか?」
「ま、行けばわかりますよ。ヤマトならスキルも使わず倒せると思います」
ランタンをマキナに渡して、俺は剣を抜いた。チラチラとランタンに照らされた洞窟を進んでいくと、開けた場所に出た。夜光石が壁に埋まっており、淡い青色の光に照らされた場所だ。通路ほど暗くなく、ランタン無しでも見渡せる。
「私も援護しますが、油断は禁物です。死なないでくださいね。ヤマト」
声は甘いのに、目がまったく笑っていない。マキナはそう言い残すと、マキナはランタンを消して、音もなく通路の闇に消えてしまった。——消えた、というより"溶けた"ような感覚だった。まるで、最初から闇の一部だったかのように。
——レベル3って、あんなに静かに動けるものなのかよ……
警戒しながら中央へと歩を進めていく。マキナは闇に消えた。俺は一人だ。
——待て、本当に一人か? 何かがいる。息遣いが聞こえる。いや、聞こえない。でも、"感じる"。背後に、何かが——
風を切る音がした。泡立つような胸騒ぎ。気づいたら身体が勝手にしゃがみ込んでいた。
暗闇の中で何かが風圧とともに頭上を通り抜けた。黒い陰影が闇の中に音もなく消えていく。だが、微かに見えた。青い光に映し出された何か。滑空する大きな獣の影が。
息を呑んだ。だけど、恐怖が、ない。あるはずなのに。あるべきなのに。俺の心は落ち着いていた。ベルセルクODの影響だろうか。魂が戦い方を思い出したかのように剣を握り込んでいた。
――来るっ!
今度はほとんど無意識に横へ飛ぶと、後ろから獣臭と共に風が通り過ぎる。大丈夫だ、いける。脈が速いのが気持ちいい。だが、このままでは埒が明かない。
――なら、モンスターの飛び込みに合わせカウンターを打ち込む……!
見えないなら目を開けるは必要ない。目を瞑り、全神経を集中する。わずかな風の音、流れ、息づかいを肌で感じ取る。濡れた犬のような匂い、血の香り。そして、微かに感じた。赤い火花が、闇の底で一瞬だけ瞬いた。
「そこっ!」
おもむろに直剣を振り向きざまに斬り抜く。何もないはずの闇に手ごたえあり。「グャ……!」と、声にならない叫びをあげた。だが、剣の切れ味が死んでいて、致命傷にはならない。肉を打った鈍い衝撃で手が痺れる。謎のモンスターは鼻息を荒くしながら再び、闇の中へと溶けていく――
キィンッ!
だが、それを許さないとでも言うように甲高い音が炸裂した。洞窟がまばゆい光に包まれ、モンスターの姿を暴き出す。
――閃光玉、マキナの援護だ!
ドサリと大きな音と共になにかが落ちた。俺は弾かれたように飛び掛かると、考えるよりも先にジタバタと暴れる黒い“それ”に斬りかかっていた。
「ふぅっ……!」
大きく地を踏み切って、渾身の力を込めて、振り下ろす。一切の躊躇いの無い、無慈悲な一撃の原型。頭は冷静なのに、身体が熱を帯びて脈打っている。ただ命を壊すことだけに集中したゾーン状態。肉が波打ち、脳天を割られた“それ”は大きく痙攣すると、動かなくなった。
〈ジャイアントバットを倒しました〉
〈経験値15ポイントを獲得〉
〈レベルが2に上がりました〉
〈各種ステータスが向上しました〉
軽快なファンファーレとともに冒険者ライセンスが鳴った。
身体の奥から、何かが湧き上がってくる。熱い。力が溢れてくる。筋肉が膨らむような、骨が軋むような——いや、実際に膨らんでいるのかもしれない。痛いのに、気持ちいい。もっと欲しい。もっと——
(な、なんだ、気持ちいい……?)
呼吸が乱れる。深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、“それ”が何なのかを見る。羽の先には異様に発達した爪。豚のような顔には牙がびっしり生えている。人間サイズのコウモリが苦痛に顔を歪ませるように絶命していた。初めて大きな生き物を殺した。スライムは実感がなかったけど、今俺が叩き殺したのは動物だ。なのに、心がまったく動かない。ただ、死んだ、としか思わなかった。
――普通の人間なら、初めて命を奪ったらもっと...何か感じるはずだよな?
俺、おかしいのか?まあ、いいや。
(そうだ!レベルアップ!)
首から下げた冒険者ライセンスを取り出して、画面をタップする。血で汚れたので袖で拭った
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〈ステータス〉
名前:武神ヤマト
レベル:2
HP:44(+10)
MP:6(+1)
力:27(+13)
技:5(+0)
物防:14(+6)
魔力:3(+1)
魔防:7(+2)
速さ:18(+7)
幸運:4(+1)
〈スキル〉
【メイン】ベルセルクOD(Lv.1)
〈装備〉
武器:鉄の剣(粗)
防具:布の服
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「やった……! この感覚、クセになるな……!」
ようやく実感がわいたのか手が震えてくる。怖くはない。むしろ心地いい。
自分の中で何かが“開いていく”音がした。身体中に力が行き渡る。目を瞑り、心の中で快哉を上げた。今まで、何も頑張って来なかったけど、こうやって努力が数値化されて、初めてやる気がわいてきた。
「やりましたね。ヤマト。レベルアップです。この調子で強くなっていきましょうね」
「ああ!任せとけ!」
いつの間にかナイフを片手に立っていたマキナの表情はない。けど、ゾッとするほど暗い瞳はどこか熱を帯びたように潤んでいる。もっと。もっと強くなりたい。彼女のために——いや、違う。俺自身のために? 分からない。どうでもいい。マキナが笑ってくれるなら、俺は何だって出来そうだ……!
「さあ、モンスターの素材をいただいて、今日は帰りましょうか。ヤマトも剥ぎ取りの練習をしましょう」
「おう!」
新宿ゲート第1層、『惑いのラビリントス』。
……その日、何人もの冒険者を食い殺してきた薄暗い洞で、肉を裂く音が響いていた。
時折聞こえてくる笑い声が、冒険者たちを震え上がらせたという。
だが後に語られる噂では――その声は、一人分しか聞こえなかったらしい。
つづく




