第24話 デウス・エクス・マキナは現れない
マキナからすべて聞いた。頭がパンクしそうだ。マキナに促されるまま家に帰ってきたけど、今は一刻も早く眠りたい。
暗い6畳、色のないワンルーム。俺の日常、だったもの。あらためて見ると、何もなかった。テレビも机も、洗濯機も、なにもかも。ただ、中央に布団が置いてあるだけの部屋。失笑がこぼれてしまった。
――ヤマト。貴方は死んでなんかいません。ただ、ソウルと器が離れ離れになってしまっただけです。
倒れこむようにして布団に寝転がる。天井は月明かりに照らされて薄暗い。その暗がりに手を伸ばすと、俺の掌が青い輪郭を伴って浮かび上がった。
「この身体は、マキナが創ったもの……。マジかよ……」
修復プロトコルは回復スキルじゃなかった。傷ついた俺の身体、ゴーレムの身体を文字通り修復する、パペットマスターのスキルだ。俺が死んだことを思い出させないため、嘘をついていた。ソウルが死を認めてしまうと、本当に消滅してしまうかもしれないから。
今いる部屋も、服も、床に落ちている髪の毛一本に至るまで、すべてマキナが創り、用意した嘘のモノ。でも、これは全部俺の為にやったこと。正直、どういう気持ちになっていいのかわからない。力なく伸ばした手が布団に落ちる。もう起き上ることも面倒くさい。
――俺、間違ってたのかな。
最後の戦いの記憶はまだあやふやだけど、とにかくマキナが生き残っていてくれて、とても嬉しい。でも、その結果、彼女は囚われてしまった。新宿ゲートに。俺自身に。
それに、ソウルの研究の話。マキナは、もう人間ではなくなってしまったのかもしれない。魂ごと口から吐き出すような、深いため息が出た。
首から下げた冒険者ライセンスを外して、ステータス画面を表示する。
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〈ステータス〉
名前:武神ヤマト
レベル:73
HP:772
MP:154
力:784
技:181
物防:482
魔力:52
魔防:368
速さ:589
幸運:195
〈スキル〉
【メイン】ベルセルクOD(Lv.4)
【サブ】強襲(Lv.1)
【サブ】無慈悲な一撃(Lv.1)
【サブ】ラストスタンド(Lv.5)
スキルポイント:33
〈装備〉
武器:ジャバウォックの爪
防具:上質なチェーンメイル
アーティファクト:ネコマテリア
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もはや何の意味もない数字の羅列。余っていたスキルポイントを全部使ってスキルをレベルMaxにしていく。
◇◇◇
〈スキル〉
【メイン】ベルセルクOD(Lv.10)
【サブ】強襲(Lv.10)
【サブ】無慈悲な一撃(Lv.10)
【サブ】ラストスタンド(Lv.10)
◇◇◇
あれほど嬉しかったのに、今や作業。ポイントを振り終えると、スキルの効果も確認せずにライセンスを枕元に落とした。効果も大体知ってるし。スキルレベルが上がったことで、体中に力がみなぎって来たけど、心は虚ろなままだ。
もしかして、レベルって上がると人間から離れていくんじゃね。芹澤さんや信田さんも、優しかったけど、なんか人間の優しさとは違ったし。マキナもレベルが上がったことで、おかしくなってしまったのかもしれない。もう、人間ですらない俺が言うのもなんだけど。
“マキナを殺して、俺も死のうかな”
一瞬だけ、そんな考えがよぎった。そして、泡沫になって溶けていく。今までの冒険を思い出す。初めて階層主を倒したとき、彼女は微笑んでいた。あの顔を、俺は忘れられない。いつもマキナと一緒だった。1カ月くらいの付き合いだったけど、俺の今までの人生よりも濃密で、充実していた。いつの間にか、マキナが俺のすべてになっていた。彼女はあんなひどいことをしていたのに、俺はまだマキナのことが嫌いになれない。好きだ。それすらも、創られた気持ちなのかもしれないけど。
“だって貴方は――生きることを諦めなかった“
“重要なのは、どう終わるかではなく――どんな風に歩いたか、です。
終わりなんて、誰にでも訪れます。でも、その途中だけは、貴方だけのものです“
ふ、と何時か言ったマキナの言葉が蘇る。きっと、あの言葉に嘘はない。彼女の本心だ。俺は6年前に“終わって”しまった。でも、俺は再び、その途中を歩いている。じゃあ、俺はまだ死んでないってことなんじゃねぇか?
「……何言ってんだ、俺」
一瞬、笑いが漏れた。乾いた、音のない笑いだった。
柄でもないのに、生きるとは何か、みたいなテツガクめいたことを考えてる。
――やめだやめだ。俺はマキナを信じるって決めただろ。
目を閉じて横になる。風呂も着替えもしてないけれど、今はただ眠りたい。寝て、起きたらいつも頭がすっきりしている。今は、なにも考えずに、身体と頭を休めよう。途端に頭がぼうっとしてくる。
――でも、この旅をつづけた先に、俺は幸せになるのだろうか。マキナは、幸せになっているのだろうか。
そんな、考えも夢の狭間に落ちていく。それが安寧なのか、ただのメンテナンスのためのスリープモードなのかは、この際どっちでもいい。今、この答えの出ない問から逃れられるなら、何でもよかった。願わくば、これが全て夢であって欲しい。そんなことを考えながら、意識が月明かりに溶けていった。
――夢は、ただ白く途切れた。
無情にも太陽は昇る。外から人々の一日が始まった音が聞こえてくる。目を開けると、カーテンの隙間から射す光が、金色の粉のように漂っている。悲しいくらい身体に力が戻っていた。腹も減っていないし、いつの間にか身体も服も清潔になっていた。
スキル:ベルセルク。
いや、マキナによって改造されたスキル:ベルセルク・オーバードライブ。狂って、暴れて、死ぬだけだったスキルが、コントロールできるように調整されていた。それが全てなんじゃないか。
どの道、俺は選べる立場じゃない。俺にはもう、マキナしかいない。
神は何処にもいなかった。けれど、それでも俺は行く。ゲートに向かう準備をして、空っぽの部屋を後にする。鉄の玄関を開けると、潤った空気が肺を満たす。だけど、胸の奥に刺さった小さな棘は、抜けてくれなかった。
つづく




