第23話 ダンジョンの底であなたを創る
「おっと。この人間、最後までお前を庇って死んだぞ?なぁ、どう思う?滑稽だよな?」
朦朧とする意識の中で、地に這いつくばりながら、地に伏せるあの人に手を伸ばす。空を飲み込むような月の下、白の花畑が紅に染まっていった。お願い。立って。戦って。私を、一人にしないで。
「っあ!!」
だが、その手を踏みつぶされる。激痛に思わず、地を掴む。苦痛に顔を歪ませて、耐えることしかできない。見上げると夢の王が口を歪ませながら、虹色の目を輝かせていた。
「痛かったなぁ。ごめんなぁ」
「……黙りなさい。屑が」
「お?それはどういう顔なんだ?もしかして、“怒る”と言うやつか?でも、お前らが我の国に勝手に入り込んだんだ。駆除されて当然だろう。ハハッ」
ジゼルとアルブレヒトも壊された。魔力の糸はもう出ない。隠し持っていたナイフをアイツの足に目掛けて突き立てるも、容易く避けられる。だが、手は自由になった。
「無駄だってのに。あぁでも、気が変わった。人間、”喜ぶ”を見せてくれ。そうだな、あそこで死んでる人間の肉を食わせてやろう。番なんだろ?一つになれるぞ?嬉しいなぁ?」
屈辱に歯ぎしりする。コイツのおもちゃになるくらいなら死んだほうがましだ。ヤマトと一緒に死ねるなら、それで――
気づかれないように、バッグに手を伸ばす。鼠王の魔導核で作った爆弾。威力が高すぎて使えなかったけど。これで、私もろとも夢の王を吹き飛ばす。そう思った時、歩いて来るアイツの後ろでヤマトの唇が動いた。
――鞄の中へ
最後の力を込めて、鞄の中に逃げ込む。身体が、勝手に動いていた。霊体になったように周囲が見渡せる。
「あん?消えた……?ガっ!!」
「よぉ!やっと余裕がなくなったなぁ!?俺ぁ、まだくたばってねぇぞ!!」
夢の王の胸から直剣が紫色の血をまき散らしながら飛び出る。スキル:ラストスタンド。ヤマトが死の淵から黄泉がえり、夢の王に剣を突き立てていた。そして、串刺したまま奴を持ち上げて、投げ飛ばした。花を踏みつぶしながら地に転がる夢の王。だが、ヤマトは追い打ちをせず、私の鞄に飛びついた。
「じゃあな。マキナ。愛してる」
「っ!待っ――!!」
気づいたころには、鞄は空高く投げ飛ばされていた。やだ……、待って……。ダメ……、お願い、私も最期まで一緒に――!その願いが叶うことは無い。大地がみるみるうちに離れていく。意識も、保っていられない。視界が溶けていく中で、最後に見たみたものは、たった一人で夢の王に挑むヤマトの姿だった。
そのあと、ヤマトは帰って来ませんでした。ヤマトは未帰還者になってしまった。ダンジョンの底で、一人で――
何度も何度も何度も、迎えに行こうとしました。でも、どうしても行けない。あの時も、エリュシオン・ノクスには奇跡の連続で到達したようなものだったんです。いつも失敗する。その度に、パーティーメンバーが死にました。私を残して。やがて、私は死神だと言われるようになりました。
誰も来ないなら、私は一人でも行く。だけど、一人だとゴブリンに囲まれただけで、足止め。人形が壊されれば、足止め。どこにあるのかもわからないゲートを一人で探し出す。その度に、自分がヤマトに守られていたことを思い知らされる。気が狂いそうでした。
ですが、レベルが80を超えたぐらいの時に、変化があったんです。人間の内に、炎が見えるようになりました。なんでしょう、これは。とても、綺麗な炎。人によって違う形、違う色、違う香り。なんて素敵な輝き。
魔力の糸で絡め取られた男たちは何か喚いていたけど、私はその炎に夢中になりました。この炎はいったい何なのだろうか。どうにかこの炎を取り出せないか。この炎は、どこから現れているんだろうか。
耳だろうか。――違った。
鼻だろうか。――違った。
瞳だろうか。――違った。
舌だろうか。――違った。
男が動かなくなると、炎も消えてしまった。とても悲しい。
次はもっと上手くやらないといけませんね。
指だろうか。――違った。
腕だろうか。――違った。
脚だろうか。――違った。
頭だろうか。――違った。
また消えてしまった。どうして上手くいかないんでしょう。儚く消えてしまった炎に手を伸ばす。きっと、もっと内側にあるはずです。
肺だろうか。――違った。
肝臓だろうか。――違った。
心臓だろうか。――違った。
脳だろうか。――違った。
違う、何かが間違っている。決定的に。でも、いったい何が違うんだろう。わからなくなったので、最後の男に聞いてみた。名前も知らない男は話してみると意外に面白く、奥さんと娘がいるらしい。思わず笑ってしまいました。だって、おかしいじゃありませんか。そんな人が、女一人の冒険者を襲うだなんて。
だけど、その瞬間、炎が燃え上がった。思わず、魔力の糸を伸ばす。すると、どうでしょうか。私の糸が炎と繋がったんです。ゾクゾクしました。引っ張ってみると、ゴトリと音を立てて、水晶のようなものが落ちた。拾い上げてランプに照らす。中で煌々と輝く炎が見えた。
これですね……炎の正体は……!
これは……もしかして、ソウル、と呼ばれるモノでしょうか。スキルやアーティファクトの力の源。それを抽出できるなんて、聞いたことが無い。でも、これがあれば人工的にアーティファクトを作り出すことも出来るのではないか――
興奮が冷めずに、男に一生懸命これが何なのかの自説を話してみた。けれど、興味がないらしく、ぐったりして涎を垂らしていた。つまらない人間ばかりですね。ヤマトならきっと聞いてくれた。あの人は、いつも私を見ていてくれたから。
〈EXスキル:ソウルリンクをひらめきました〉
指を曲げて、魔力の糸に軽く力を込めて引き絞った。男の身体が肉片になって崩れていく。だけど、水晶の炎は消えていない。そうか、やっぱり。ソウルと器は別物。不可分一体ではない。この時の胸の高鳴りは今でも覚えています。次々とアイデアが浮かんでくる。私の予想では、人形にこの炎を癒着できれば、スキルを使う人形を作ることが出来る。これで、ヤマトを迎えに行ける。
その時だったんです。私の肩に蒼く美しい、サファイアやダイアモンドですら羨むような煌めくソウルがあることに気づきました。気高くて、燃え尽きるほど強い。なのに、その奥底には深淵のような影がある。すぐにそれが何なのか気づきました。だって、愛する人のものでしたから。
あぁ、ヤマト。そこにいたんですね。ずっと、私のことを見守ってくれていたんですね。
涙が出ました。ヤマトは死んでなかった。ただ、器と離れ離れになっただけ。私はそっとヤマトのソウルを胸に抱きました。ゆっくりと、私の中に溶けていく蒼。ごめんなさい。ヤマト。今はこの器で我慢してください。
――貴方にふさわしい器は、私が創ります。そのためには、もっとソウルが必要ですね。
そうして、私はソウルの研究に傾倒していきました。武器に宿してみたり、生きたゴブリンに宿してみたり、人形に宿してみたり。次第に、人間の顔の見分けがつかなくなってしまいましたが、ヤマトの顔だけは鮮明に思い出せます。だって、この世界に人間は貴方と私しかいないんですから。
そして、遂に完成しました。ヤマトの器が。私の持てるすべての力をつぎ込んだ、ヤマトの身体を模したゴーレムが。でも、これは仮のモノ。ヤマトの器はこんな紛い物ではダメですね。やはり、ダンジョンの底にある本物の器を取り戻さないと。
私の中で眠るヤマトのソウルを呼び起こし、ゴーレムに込めました。ゆっくりと目を開ける貴方の姿を愛おしい気持ちで見ていました。また、一緒に冒険に行きましょう。ヤマト。
「――あれ俺?いったい……。たしか……冒険者登録して……その後は……?」
――は?
ヤマトの声が、まるで遠い別人のように聞こえた。
愕然としました。ヤマトの記憶が、失われている。私との宝物のような記憶が失われてしまった。めまいがして、吐き気がしてきました。口の中が気持ち悪い。
「……君は……、宿名さん……?」
でも、やっぱり、ヤマトはヤマトでした。私のことは、覚えていてくれた。思い出は、私の中で生き続けている。ヤマトの中には失われてしまったけど。また、新しいものを紡いでいけばいい。
「はい。ヤマト。貴方は控室を出てすぐに倒れてしまったんです。今日はいったんお休みにして、また後日にしましょう」
「マジかよ……。せっかく組んでくれたのに、不甲斐ねぇ」
「そんなことはありません。私はずっとそばにいますから。もう少し、眠っていてください」
「……すまん」
そう言って、ヤマトは目を瞑り、穏やかな寝息を立てました。ヤマトの住む部屋も、偽造した冒険者ライセンスも準備は出来ています。あとは、貴方が起きるのを待つだけですね。
「まだ終わっていません」
次は失敗しません。必ずヤマトの器を取り戻す。夢の王に刃を突き立ててやる。そのためにはヤマトをすこし、“調整”する必要がありますね。
貴方は優しすぎた。狂化していたのにも関わらず、私を一人、逃がしてしまった。感謝しています。憎んでいます。愛しています。心の底から。
ヤマトの頬をそっと撫でて、口づけをする。
だから、もっと――
「狂え」
つづく
第二話 ゲートダンジョンへ。




