第22話 古城は攻め落とされた
階層主が倒されたため、エリア全体が温かく穏やかな空気に包まれている。命の気配が一切ない、真のセーフティエリアが出来上がっていた。
「お疲れ!誰も死なずに済んだねぇ!良かった良かった!」
芹澤ミヤコの呵呵大笑が瓦礫の海を渡っていく。
ガーゴイルワームの断面に挟まれたクレーター。その中心で鼠の王、ギルタブリルが息絶えていた。亀裂に沿って二つに割れている。
「こんな小っちゃかったんだな。そいつ」
「サイズを犠牲にして密度と硬度を極限まで高めたガーゴイルなんです。攻撃能力が一切ない代わりに、フロアからガーゴイルを生み出す。厄介な階層主です」
マキナがしゃがみ込み、両手で持ち上げて、断面を俺に見せて来た。
「ほら、中が空洞になっていますよね。ここに魔導核と言う人間でいうところの脳や心臓に該当する素材があったんですが、ソウルと一緒に塵になってしまってます」
「ごごごごごごめんなさいいぃぃぃ……!」
後ろを振り返ると、仁王立ちする芹澤ミヤコの後ろで、信田リカがフルフルと震えながら謝った。戦闘中の神秘的な雰囲気はもう一切四散している。
「あ、いえ。嫌味ではありません。外の石材だけでも相当高価な素材ですので、大丈夫です」
マキナはいつも通りの無表情だ。無表情がいつも通りになったという方が正確か。マキナは小さい頭の欠片を鞄に入れると、大きいお尻の欠片を攻略組の二人に差し出した。
「どうぞ。そちらの取り分です」
「お、ありがたく貰っとくよ!マキナちゃん」
芹澤さんはむんずと鷲掴み信田さんに渡す。信田さんは珍しいものを貰ったように頭上に掲げて見ていた。
「いやあ、まさかマキナちゃんが人形使いだったなんてねぇ!それも高レベルの!難しいスキルなのにすごいねぇ」
空気は穏やかなまま。芹澤ミヤコはまるで世間話をするように、話し出す。
「……」
マキナは何も言わない。芹澤ミヤコは懐中時計をパカンと開けて、中を見る。ニヤリと口角を吊り上げて、俺の目を射貫いた。
「ヤマトくんもさぁ、言ってよ!実力隠してたんだよね?演技上手すぎてすっかり騙されちゃった!」
「あ、イヤ。俺は……」
「君たち、ただの冒険者じゃないよね。初心者では絶対にない。いったい何者?」
完全に尋問の空気。答える義務は無いが、答えなければ実力行使も辞さないと顔に書いてある。翼を展開していないのが不思議なくらいだ。
「私達はスキルの研究をしています。ダンジョン内でのソウルとスキルの関係について実験をしていました」
だが、マキナがその空気を真っ二つに割るように淡々と述べた。興味なさそうにしていた信田リカがピクリと動きを止めた。
「ほほう!それは面白い!詳しく聞かせてよ」
「私には人間のソウルをある程度操作するスキルがあります。ヤマトにはその実験を手伝ってもらっていたんです。ですが、そのせいでレベルが大幅に下がってしまいました」
そうだったのか。初めて聞いた。だけど、記憶が曖昧な今、何が嘘で何が真実かは俺にはわからねぇ。今はマキナに任せるしかない。
「うわぁ……それはご愁傷様。で、さっきいきなりレベルが戻ったと?」
「それについては……わかりません。私も初めてのことですので。ですが、生命の危機にさらされた結果、ソウルが覚えていた経験値を思い出した。そう考えられます」
マキナの顔色は一切変わらない。まるで質問に答えるAIのように、聞かれたことだけを話している。だぶん、嘘を交えながら。芹澤ミヤコは依然として笑顔のままだ。
「スキルの研究ねぇ……。今月だけで34人も死んでるのには、なにか関係ある?」
「いいえ。一層で冒険者殺しをしている4人パーティーと遭遇しました。常習犯の様でしたので、ジャバウォック出現も含めて彼らが原因だと考えられます」
芹澤ミヤコは顎に手を当てて「ふーん」と言っているが明らかに納得していない。だが、この地獄の空気をさらにぶち壊す破壊神、いや救世主がいた。
「あ、あの……、宿名マキナさん。ソウルの研究をしているんですか……?」
今まで、芹澤ミヤコの背に隠れていた信田リカがおずおずと顔を出していった。
「え?はい。ソウルの抽出方法を少々。研究結果を提供しましようか?」
「え、えええ!ソウルの抽出……!?い、いいんですか……!?」
「ちょ、リカ……?」
信田さんから今日一番大きい声が出た。そういえば、彼女はソウル探知が出来るスキルがあった。ソウルに興味があるみたいだ。これは地獄に垂らされた蜘蛛の糸。絶対に逃してはならない。
マキナの隣に歩み寄り、彼女の肩に手を置く。マキナも心得たようで微笑んで頷いた。
「はい。私の研究はもう終わっていますので。すべて提供しますよ。“帰った後に”」
「あああ、ありがとうございます!わーい!ミヤコ先輩!早く帰りましょう!」
子どものように無邪気に喜び、芹澤ミヤコの腕を揺すっている。
芹澤さんは眉を寄せて俺たちを見たが「……なるほどねぇ。おっけー。ま、そういうことにしといてあげる」と、懐中時計をしまった。
「あ、そう言えば、ヤマトくぅん!ご褒美、まだ決めてなかったねぇ」
「うぇ!?あ、いや。別にいいっすよ。俺、倒せなかったですし」
「いやいや。勝負は先に見つけた方か勝ち、だから。ヤマトくんの勝ちだよ。そうだなぁ、ご褒美、ご褒美……。あ、思いついた!」
芹澤さんニヤニヤしながら、顎を撫でた。嫌な予感がする。
「君たちが新宿ゲートを踏破した暁には、ヤマトくんとマキナちゃんを“攻略組”に推薦しよう!この芹澤ミヤコさん直々の推薦だぞ~!ありがたく思えー!」
「え、俺たちが……“攻略組”っすか……!?」
あまりに予想外の展開に目を丸くする。思わずマキナに目を向けると彼女も「い、いったいなんの話ですか?」と、困惑顔。レア顔だ。
「はぁ……ミヤコ先輩、本当は新宿ゲートに興味なくなっちゃったんじゃないですか?」
「…………いや?そんなことないが?」
「……もう、仕方のない人ですね。あ、あの、攻略組になると政府から直々に討伐依頼や調査依頼が届くこともあります……。情報も格段に集まりやすいですので、ぜひこの機会にどうぞっ……!」
信田リカはピャっと隠れてしまった。芹澤ミヤコはガハハっと豪快に笑い、俺たちにウインクした。
「じゃ、私たちも疲れたことだし、先帰るわー。またどっかでパーティー組もう!」
「ありがとうございました……。宿名マキナさん!資料、忘れないで下さいねっ……!」
“また生きて会おうね!”
そう言って、攻略組の二人は金と黒の翼を交差させて、ゆっくりと浮かび上がった。
――先輩、あたしたちのパーティーメンバーがまだ下で彷徨ってますよ
――あ……!忘れてた……!
――そうだろうと思いました。もう少し居残りですね。
そんな話をしながら飛び去っていく。その背中を、俺たちは見えなくなるまで眺めていた。
「……では、私たちも参りましょうか。ヤマト。ついに三層ですね」
そう言って、マキナは微笑む。聞きたいことは山ほどある。でも、いまはぐっと言葉を飲み込む。最初に聞かないといけないことがあるから。
「……もうここまで来ちゃったか。それに、俺たちが攻略組だなんて、夢みたいだな」
「はい。夢……みたいですね。ですが、疲れが残ってはいけませんし、今日はゲートを解放してもう帰りましょう」
「そうだな。もうクタクタだよ……」
「ふふ。お疲れ様です。ヤマト。ゆっくり休んでください」
そう言って、俺たちは歩き出す。マキナは怖いくらい何も聞かない。まるで、聞かなくてもわかっているかのように。出口のゲートは高台にあった。石のアーチと向かい合うように怪しく揺れる白い光。緊張する。だって、この先は――。
マキナのひんやりした手がそっと触れた。見下ろすと、マキナと目があった。この先何が起ころうと、何があっても、俺はこの瞳を信じる。
「行くか」
「はい」
手をつなぎ、同時に足を踏み入れる。俺たちの冒険の最期の地。新宿ゲートの最下層。
太陽が死に、月が息づく国。
蒼い光が、雲海のように街を満たしていた。
廃墟の尖塔に灯る灯火は、すべて死者の記憶で出来ている。
水面には月がいくつも浮かび、どれが本物かわからない。
ここは、死者たちの夢の都。
第三層――『エリュシオン・ノクス』。
「なぁ。マキナ」
「……どうしましたか。ヤマト」
手が強く握られた。俺の存在ごと強くつなぎとめるように。
「俺さ、少し思い出したんだ。これまでのこと。だから、どうしてもマキナに聞いておかないといけないことがあるんだ」
「……はい」
マキナの手がわずかに震えた。
本当は、認めたくない。でも、もうこれしか考えられない。マキナの顔を見れない。つないだこの手だけが、俺のすべてだ。だから、聞かないといけない。
遠くで鐘の音がした気がした。
「――俺、ここで死んだんだよな」
息を呑む音が聞こえた。それが、誰のものなのかは、分からなかった。
〈第二層『封海城ル=シール』を踏破しました〉
〈勲章:ペルセウスの征伐 を手に入れました〉
ここまでのお話をセーブしますか?
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つづく
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