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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第二層『封海城ル=シール』

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第21話 鼠の王、ギルタブリル討滅作戦

 地上は、もう街ではなかった。蠢く岩の海──それが、ガーゴイルワームの住処。俺たちは芹澤ミヤコに持ち上げられながら、空中に漂い、鼠の王ギルタブリルの出現を待つ。


 “私をあのガーゴイルワームに触れさせてください。……それで、終わらせられます”


 鞄の中に身を潜めた宿名マキナは表情の無い声でそう言い切った。だけど、【超回復】でどうやって動きを止めるのか、見当もつかない。


「私もさ、何とか君らをあのミミズの上に落とすけど、失敗したら死ぬよ?」


 芹澤ミヤコが風を切りながらそう言うが、返す言葉がない。何しろあの質量だ。横たわる高層ビルが意志を持って動いているような巨大モンスターの上に立たされる。振り下ろされた一巻の終わりだろう。


「……大丈夫です。マキナは失敗しません」


「なるほどねぇ。で、君の彼女が動きを止めて、ヤマトくんがネズ公を見つけると。君ら、本当に決死隊だったんだねぇ」


 芹澤さんは冗談のように言うが、おそらくは半分は本気で思っていることだろう。鞄の中のマキナは何も言わない。

 辺りに信田リカの黒い羽が降り注ぎ始める。それは、まるで死神の祝福のように幻想的な光景だった。でも、俺たちはこんなところで死ぬ気はない。久しぶりの愛武器“ジャバウォックの爪”を握る手に力が入った。


 ――ミヤコ先輩、来ます!


 どこからか見ている信田さんの声が聞こえてくる。それと同時に、フロア全体が揺れて、天井から砂が落ちてくる。


「じゃあ、やろうか」


 文字通り地をえぐり取る轟音を響き渡らせながら、ガーゴイルワームが天より顔を覗かせ、金色の翼目掛けて飛び込んでくる。天井が落ちて来たと錯覚するほどの圧倒的質量。そのあまりの大きさに、まるで空が落ちて来たような錯覚を覚える。

 芹澤ミヤコは大きく片翼を羽ばたいて旋回、難なく避けて見せた。そのまま、捻るように急降下しながら、墜ちていくガーゴイルワームを追いかける。金の飛沫が瞬くたびに、光の矢が外殻に着弾していくが、軽く破損するだけで、すぐに修復されていった。


「ッチ。やっぱダメかぁ」


 激しく巻き上げられた砂埃の中から墜落したガーゴイルワームが鎌首をもたげて、こちらを見上げた。呼吸が止まる。吸盤のような口の内側にはガーゴイル達がヤスリのように敷き詰めれている。でかすぎんだろ。そう思った矢先に落ちるスピードが急激に上がった。


「さ、行ってこい!ルーキー!」


 その勢いのまま、ワームの頭上目掛けて投げ落とされる。金色の槍がすぐ横を絶え間なく通り過ぎ、その醜い口を削り取っていく。手が震えて、及び腰になる。まばたきをする暇もなく、光の弾幕と共にガーゴイルワームへ肉薄していった。


 〈ベルセルク・オーバードライブを起動〉


 澄み渡る世界で、俺はジャバウォックの爪を振り上げる。壊す。全部、全部。壊し尽くす。


 ――なんのために?


 また、聞こえて来た。頭の中に、直接響いて来る、少年のような声。子どものころの俺の声。なんのため?そんなもん……!


 ――守るために決まってんだろっ!!


 走馬灯のように記憶が蘇る。俺が誰ともパーティーを組んでもらえない時、俺に声を掛けて来た黒いワンピースの少女、マキナ。まだ、高校生だったころの君とたくさん冒険したよな。あの頃の君は、今のマキナよりも、たくさん笑う女の子だった。

 俺が好きだった女の子。そして、俺の好きな人。どっちも、マキナだ。


 〈経験値3,463,978ポイントを復旧〉

 〈レベルが73に戻りました〉


「砕けろっ!!」


 渾身の力を込めて振り下ろす。ダンジョンに棲む無敵の怪物、ジャバウォックの爪。その矛先が、異形の岩肌に触れた時。衝撃波と共に砂ぼこりが弾けとんだ。ガーゴイルワームの頭はひしゃげて、ひび割れる。


「マキナっ!!」


「はい!」


 肩にかけた鞄を投げる。留め金が開けられて、紅い蝶の群れとともにマキナが飛び出してくる。ジャヴァウォックの爪を踏み台に、跳ぶ。ガーゴイルワームの頭上へ。蝶たちが次々とワームに取り付いて糸を張り巡らす。


「リンク開始――強制侵入。プロトコル同期率72%……88……99%」


 マキナの冷ややかな声と共鳴するように、彼女の指先に繋がった糸は鮮血のような赤に染まっていく。ガーゴイルワームの外殻が一瞬、軋むように震えた。

 抵抗――しかし遅い。


「制御権、奪取。潰れろ」


 マキナは両手に力を込めて、指先についた糸を引き絞った。怪獣の骨が砕けるような音と共に外殻の隙間を無理やり押し埋めて、中を圧縮していく。ガーゴイルワームは関節が硬直したように動けない。


「ヤマト!行って下さい!」


 顔をしかめながら、マキナは言った。張り巡らされた糸が一本、また一本と切れていく。


「あいよ!相棒!」


 ジャバウォックの爪を引き抜いて、マキナの上を飛び越えていく。その刹那に、お互いの目があった。

 ――守ります、何を犠牲にしてでも。


 ガーゴイルワームの巨体を駆け抜けていく。どこだ。どこにいる。周りに敵意の反応は無い。上空で芹澤ミヤコが金色の弧を描きながら飛行している。今までとは比べ物にならない速さだ。

 黒い羽の雪をかき分けながら、進んで行くと。感じた。凄まじい敵意。ガーゴイルワームの中央で悶える赤い影。遮蔽で密閉されているからか、我を忘れない。落ち着いている。でも……


 ポケットから翡翠の爆弾を取り出す。マキナ謹製ヒュージゴーストの魔石で作った爆弾。芹澤さんの攻撃のためのランドマークだ。鼠の王の真上でピン抜いて、力強く握り込む。

 そして――


「折られた剣の礼だ!!」


 そのまま、地に拳ごと叩きつけた。圧縮されて硬質化された外殻をものともせず深く亀裂が入り拳がめり込む。そして、光を吸収するような音と共に掌の中で魔石が炸裂した。肺が熱気で焼ける。爆風と共に手を引っこ抜くと、掌が軽くやけどしていた。やべぇ俺、こんなに強かったのかよ。


 ――ギィン!


 剣戟のような音と共に上空が明るくなった。天高く光の円を描く芹澤ミヤコの中心で黒点が見えた。黒い羽の雪が風に振られて渦巻いている。今まで隠れていた信田リカがついに姿を現した。


「天に墜ちるは光の断罪。彼方の理を砕け!」


 芹澤ミヤコの声が轟く。俺はまるで地震から逃げ出す動物たちのようにマキナの元へ駆け出していた。この世の終わりが始まる。みるみるフロアが金色の光に満たされて行く。


「此なるは星を穿つ一矢──“流星メテオ・ドライブ”!」


 空が裂ける。世界が一瞬、時を止めた。光の輪の中心が一瞬、キラン、と閃いた。

 次の瞬間、爆風にも似た衝撃と、耳をつんざくキーンという耳鳴り。俺は風の壁に突き飛ばされたようにガーゴイルワームの上を転がった。

 振り返ると、さっきまで横たわっていた巨体が地面ごとクレーターになって消滅していた。文字通り――光の速度の飛び蹴り。その中心には翼を広げる芹澤ミヤコ。肩で息をしながら、鼠の王を踏みつけていた。


「うそ!?こいつ、まだ生きてる……!リカ!」


 ――はい。先輩。


 おいおいおい!まだあるのかよ!弾かれたように起き上がり、地を蹴り駆けだす。


「マキナ!鞄の中に!」


「ヤマト!こちらに!」


 鞄の中に避難したマキナを拾い上げて、芹澤さんの救助を待つ。空を見上げると黒い羽が黒点を中心に竜巻のように渦巻いていく。


 ――静寂を以て、我は世界を閉じる。

 争いは声より生まれ、声は意志より生まれ、意志は心の歪みより生ず。

 ゆえに……心を、無へと還せ。


 フロア中に鈴を鳴らしたような声が聞こえて来た。信田リカの詠唱だ。俺はただ、鞄を胸に抱えて呆然と終末を見上げていることしかできない。本能でわかった。逃げても無駄だ。


 ――我が名は“平和を紡ぐ者”。

 救いの祈りを、灰に変える者。


 後ろからいきなり抱えられて、地を離れていく。振り返ると、芹澤ミヤコの笑顔があった。


 ――天より落ちる火は裁きにあらず、赦しの雨なり。

 罪も怒りも、呼吸も、すべて静まりたまえ。


 芹澤ミヤコは何も言わないまま、信田リカの周りを大きく旋回すると、薄紫色の結果が現れた。地上には隕石が落ちたようなクレーターと半分にちぎれて力尽きたように横たわるガーゴイルワームの残骸。


 ――数式は沈黙を解き、方舟は閉じられる。

 白光よ――万象を統べよ。

 原初の一点より、安寧の波は放たれた。


 死の概念そのものを顕現させるような寒気と共に黒点が融解していく。

 信田リカはその中心で漆黒の翼に包まれながら、平和の祈りを捧げていた。


 ──我が祈りの唄を聴け。終局魔法【大いなる平和(パクス・マグナ)


 空気が止まる。流れていた羽が制止したように動かなくなった。信田リカを包んでいた黒点が一滴の死となって、下界へとゆっくり墜ちていった。

 輝きながら落下していく雫が地に跳ねる。ふわりと、羽が舞い、時間が動き出した。

 信田リカは、ふぅっと一息つくと、にっこりと微笑んだ。


「マップ全域のソウルを消去しました。やっぱり、平和が一番ですよね」


 〈鼠の王、ギルタブリルを倒しました〉

 〈経験値10,000ポイントを獲得〉


 つづく


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