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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第二層『封海城ル=シール』

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第20話 何を犠牲にしてでも

 地上付近で芹澤ミヤコに手を離されて、地に足をついた。そして、二足歩行の懐かしさを思い出すよりも先に、柔らかな感触に包まれた。


「あぁ、ヤマト。心配しましたよ。お怪我はありませんでしたか?」


 フローラルな香りが鼻孔を満たす。少し迷った後に、俺はマキナをそっと抱きしめ返した。きっと、お互いに息づかいまで感じられる距離。


「俺は無事だったよ。マキナ。そっちは?」


「運よくモンスターと出会いませんでしたので、大丈夫でした。それよりも、ヤマト。剣が……」


 胸に頬を寄せて、上目遣いで俺を見上げてくる。胸の奥がぎゅっと締め付けられ、鼓動が速くなるのを感じた。その光を飲み込むような瞳に吸い込まれそうになった。


「悪い。折られちまった……。せっかく作ってくれたのに……」


「そうでしたか……。ううん。いいんです。貴方が無事なら、何でも――」


「あぁ、君らそう言う関係?水差して悪いんだけどさ、今ちょっと緊急事態なんだよね」


 甘い空気を断ち切るように天から声が降ってくる。芹澤ミヤコがコートのポケットに手を入れながら、ゆっくりと下りて来た。


「や。初めまして。私は芹澤ミヤコ。武神ヤマトくんを救助した者です。貴女は?」


 そう言って、翼を出したまま、黒皮手袋をつけた右手を差し出した。相変わらず笑顔だが、ギラついた目力を隠そうとしない。

 マキナは名残惜しそうにそっと身体を離して、芹澤さんを見た。一瞬だけ、眉間に皺が寄った。マキナのあんな顔は初めてだ。


「攻略組の芹澤ミヤコさんですね。お会いできて光栄です。私は宿名マキナ。この度はヤマトがお世話になりました。心より感謝します」


 マキナは深々と頭を下げて、微笑みを浮かべながら芹澤ミヤコの右手を取った。


 二人が握手する。笑顔。でも——


 ——空気が、冷える。


 二人は、手を離さない。握手が、長い。

 芹澤ミヤコの目が、細まる。マキナの目も、細まる。


 ——この二人、何かあるのか?


「......あれ、何この空気。」


 俺の声で、二人がパッと手を離した。


「あ、あの。マキナ……?今、階層主が暴れててさ。逃げるって話しなんだ」


「ええ。一部始終を見ていましたので知っていますよ」


 ――え、見てた?どうやって……


 ガーゴイルワームがこちらの様子を伺うように潜行する。地響きが足元を揺らし、空から砂がパラパラと落ちて来た。この石のアーチは階層主と言えども手が出せないらしい。


「じゃ、武神くんも無事パーティーに合流出来たわけだし。あとは私達に任せて帰っていいよ!」


 芹澤ミヤコは俺たちに背を向けてた。揺れる長い鳶色のポニーテールの両脇に金色の翼が大きく広げられる。


 ――ミヤコ先輩、あたしもそろそろ撤退を初めていいですか?


「一回だけ“あれ”試してから帰ろうか。じゃ、私たちはちょっとやることあるから」


 そう言って、足を延ばしてストレッチ。この人、あの災害みたいなモンスターとやる気かよ。


「“あれ”とは流星と大いなる平和のことですよね。芹澤さん」


 マキナが足のストレッチを入念にする芹澤ミヤコの背中に話しかけた。流星?大いなる平和?なんのことだろうか。


「お、よく知ってるねぇ!もしかして私達のファン?」


「いえ。違います」


「おい、マキナ……!」


「……そこはお世辞でもファンですって言うとこだぞー」


 芹澤さんがチラリと一瞥して眉を寄せた。マキナは素知らぬ顔で話をつづけている。


「鼠の王、ギルタブリルはワームの中を動き回っています。外殻は壊せても、鼠の王周りを破壊できる確率は、限りなく低いんじゃないんですか?」


 鼠の王……?あのネズミのガーゴイルのことか。でも、なんでマキナはそんなことまで知っているんだ……?


「マキナ?なんで――」


「……へぇ。情報通だねぇ。確かにそうなんだけど。で、何が言いたいのかなぁ?宿名ちゃんは」


 芹澤ミヤコは立ち上がり、顔を傾けてこちらに向き合った。完全に獲物を見る目だ。口角は好戦的に吊り上げられていた。


「……私なら、あのワームを数分間封じ込めることが出来ます。ヤマトなら、鼠の王の居場所を特定できます。協力しませんか?」


 耳を疑った。あんな規格外なモンスター、どうやって相手するというのか。それに、マキナがあの巨体を封じ込める……?全く想像が出来ない。


「お、おい。マキナ、何言って……」


「ごめんなさい。ヤマト。あとで事情は説明します。今は、私を信じてください」


 そう言って、マキナは俺の目を見つめた。その目には今までにない、光が宿っていた。そんな目で言われると、何も言えない。


 ――俺、何も知らねぇじゃねぇかよ……


 芹澤ミヤコは探偵のように顎に手を当てて目を細めた。そして、懐中時計をポケットから出して、中を見つめながら相棒に問いかけた。


「ふーん。リカ、どう思う?」


 ――得体が知れませんね。ですが、一理あることも確かです


「私は組んでもいいかなって思ったけど、どうかな」


 ――あたしも構いません。ですが死亡の責任はお互い取らないということは合意しておきましょう


 芹澤ミヤコは懐中時計の蓋をパカンっと閉めてポケットに閉まった。そして、笑顔で俺を見た。


「今の聞いてたよね。パーティーを組む以上出来る限り全員が生き残る動きはするけど、死んでも文句言わないでね?」


 まるで、俺に最終確認を取るような言い方。さっきまでの物々しい雰囲気はどこにも無い。多分、引き返すなら今だぞ、ということを言いたいのだろう。死ぬかもしれない。今度こそ、本当に。


 思わず視線を逸らし、俯いた。俺はどうしたい?マキナの力になりたい。でも、マキナは何かを隠している。信じていいのか……?


 ――本当に汚らわしい。気持ち悪い。ただ貴方の力を利用しているだけです。


 ――私が貴方に気がある?冗談でしょう?貴方になんて興味ありませんよ。誰も。


 ――三層に行くまでに使い潰すつもりでした。負け犬の貴方にはそれがお似合いです。


 頭が勝手にヒュージゴーストの幻聴を反芻する。あんなのデタラメだ。だけど、どうしようもなく胸が苦しくなる。信じたいけど、どうしても、一歩が踏み出せない。


 つま先にスカートが映り込んだ。息を止め、視線をそっと避ける。顔を上げると、マキナがいた。そして、俺の肩に頭を置いて、震える声で歌うように呟いた。


「ヤマト。貴方のことは、私が守ります。何を犠牲にしてでも」


 その言葉が、胸に突き刺さる。身体を離して、泣きそうな顔で笑顔を作り、唇が動いた


 ――かつて、貴方がそうしてくれたように。


 ——え、今なんて?

 声は聞こえなかった。でも、唇の動きで——分かった。

 記憶を探る。でも、思い出せない。


 ——いや、待て。俺は、マキナと出会ったのは最近だ。「かつて」なんてない。


 でも、マキナは確かにそう言った。

 分からない。頭が回らない。俺は、マキナは……いったい……


 ――ヤマトさん!


 記憶の中の、少女の声が、マキナのそれと重なった。


「――わかりました。俺は大丈夫です」


 考えるよりも先に、口が動いた。それでも、俺は、マキナを信じたい。この気持ちだけは、絶対に嘘じゃない。


「おっけー!武神くん改め、ヤマトくん!そして、マキナちゃん!一緒にあの階層主をやっつけよう!」


 そう言って、芹澤ミヤコは大きな翼を納めて、右手の黒皮手袋を外した。白く、美しい手だった。マキナが「ありがとうございます」といって、軽く握手をする。


「さ、ヤマトくんも!」


 そう言って、手を差し出してくる。ベテラン冒険者とは思えないほど、傷跡一つない手。


「あ。は、はい」


 触れた瞬間、驚いた。氷のように冷たいと思っていた掌は、驚くほど温かい。指先に脈の鼓動が確かに伝わって来た。ああ、この人も、同じように血を流して、生きているんだ。

 どんなに強くても、どんなに遠くても――人間なんだ。


「よし、これで君たちも攻略組だねぇ。自信を持って行こう!」


 ――ミヤコ先輩……、それは言い過ぎです……


 芹澤ミヤコは腰に手を当ててガハハと笑っている。ふと、隣に立つマキナと目があった。彼女は小さく微笑むと、そっと俺の手を握った。ひやりと冷たかった。


 つづく

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