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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第二層『封海城ル=シール』

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第18話 Use it or lose it

 ――少し前


「……転送罠。私も腕がなまりましたね」


 宿名マキナは、伸ばした手を空に漂わせた。


 ——計算外。でも、問題ない。


 彼女の顔に、感情はない。ただ、瞳の奥で——何かが、動いた。

 見渡す限りの歪な通路。見知らぬ景色。ダンジョンで孤立して遭難。普通の冒険者なら絶望するだろう。だが、マキナは電車を一本逃した程度のため息をついた。


「今はすぐにヤマトと合流しないと。はぐれた時の対応も教えておきましょう」


 ゴスロリ仕様の学生鞄が開け放たれ、中から深紅の蝶が湧いて出る。蝶の色は、血のように赤い。そして、その軌跡は——糸のように、マキナに繋がっている。

 まるで、蜘蛛の巣のように。

 群れの中でひと際大きな一匹がマキナの指先に止まった。


「行きなさい」


 マキナが命じる。その瞬間、彼女の目が——一瞬だけ、赤く光った気がした。

 蝶達がしだれ花火のように八方に飛び去る。見る者の心を奪うような退廃的な光景。


 ――見つけた。あれは……芹澤ミヤコと信田リカ。攻略組と……よりよってあの二人ですか。


 マキナの目が、細まる。


 ——厄介な。特に、信田リカ。ソウル理論の研究者……


「余計なことを吹き込まれていないといいのですが......」


 その声が、微かに震えた。


 ——ヤマトは、まだ気づいていない。いずれ私の口から伝えないといけないことですが……

 でも、もし芹澤ミヤコが気づいたら——彼女は、容赦なく真実を伝えるだろう。


 ――急がないと。


「ヤマト。今迎えに行きます」


 マキナは歩み出した。その顔に、感情はない。隼の弓を改造して作ったクロスボウは、その手にはない。すでに折りたたまれて、鞄の中にしまわれていた。


 ◇◇◇


 ――現在


「ちょ!おい!猫!速ぇって!」


 ネコマテリアが飛び出た猫が襲い掛かるガーゴイルを縫うように躱していき、およそ人間が通る道ではない経路をたどり、駆けていく。もうかなり走ったというのに一向にとどまることを知らない。狭い路地、壁面を走りながら、高層ビル並みに高い家の屋上へ。何とかついていくも、猫は躊躇いなく屋上から飛び降りていった。


 ――おいおいおいおい!マジで言ってんの……!?


 恐る恐る見下ろすと、遥か下で猫がこちらを見上げていた。そして、この程度着いて来れぬとは、武神ヤマトは所詮その程度の人間だったか、とでも言いたげに目を細めた。


「こんの……!舐めやがって……!」


 俺は大剣を背負い直して、後ろに下がった。そして、そのまま助走をつけて空に一歩を踏み出す。二歩、三歩、刹那の浮遊感。だが、四歩目は訪れずに、身体が重力を思い出した。身体がひっくり返り、頭から地に墜ちていく。風が顔を剥いて、鼓動が一拍遅れた。冷気が皮膚に突き刺さる。墜落の恐怖が、逆に心を研ぎ澄ませた。


「あはは!やっぱ君、頭おかしいわ!」


 天から陽光のような声が降り注いだ。空を見下ろすと、光が形を持っていた。

 折りたたまれた翼。忘れられた重力。芹澤ミヤコは、まるで太陽の幻のように笑っていた。


「見てたよ!あのニャンコ軍団、君のスキル?その感じで探査系だったなんてねぇ!」


 そう言って、俺の脇の下に手を通して、密着する。見た目以上に筋肉質な感触が伝った瞬間、グンっと落ちるスビートが加速した。空気が質量を持って顔にぶつかる。みるみるうちに地面が迫ってくる。驚愕の表情をした猫と目があった。


 ――ぶつかる……!


 思わず目を閉じる。だが、いつまでも地面と衝突しない。その代わり、救い上げられるように身体が宙に浮いた。目を開けると、逃げる猫を俯瞰する鳥のように、空中に投げ出されていた。


「さぁ、青年よ!ニャンコを追いたまえ!」


 頭上から芹澤ミヤコの声が響いた。慣性に導かれるまま、足元から落ちていく。この高さなら平気だ。


「ありがとうございます!」


 受け身を取りながら着地する。黒い羽の雪が辺りに舞い散る中、猫を追いかける。相変わらず道なき道。だけど、天から金色の矢が降り注ぎガーゴイル達を射貫いていく。戦場のように砂煙を上げながら、建物が、モンスターが破壊されていく中で、俺はただひたすら走った。今までに感じたことのない、胸の高鳴りを感じながら。


「およ?この先でニャンコが扉をすり抜けて行った!武神くん!頼んだ!」


 その声が聞こえた途端、戦闘機のような音を響かせながら金色の彗星が流れていく。そして、砂煙を抜けた先で床に取り付けられた観音開きの扉があった。ちょうど芹澤さんが扉をぶっ壊して開けていた。


「こっちこっち!入って入って!」


「俺が行っていいんすか!?」


「私、暗いところダメなんだよねぇ。じゃ、そういうことで!死にそうになったら大きな声出して!」


 そう言って、空中に飛び立つ。そして、扉の中に行かせまいとがむしゃらに向かってくるガーゴイルを迎え撃っていた。何者にも縛られない自由な鳥。マキナが攻略組はカルト的な人気があると言っていたが、正直ちょっと理解してしまった。

 闇を閉じ込めるように敷かれた扉の跡。奥底は見えない。だが、不思議と恐怖は無かった。俺はランプの灯して、そのまま闇の中へと、飛び降りていった――


 はずだったが、飛び降りた瞬間、重力が反転して腹から壁にべしゃりと激突してしまった。


 ――痛ってぇ……。


 マジでカッコつかねぇ……。どうやら壁だと思っていたモノは床だったらしい。こういったギミックは道中で散々あったのに、全く慣れない。誰にも見られていないことが唯一の救いだ。気を取り直して立ち上がり、猫が向かった先へ歩を進めた。


 こういった闇の中は『惑いのラビリントス』以来だ。少し前までスライム一匹ドキドキしていたのに、今ではすっかり慣れてしまった。それまでフリーターでフラフラしていたのが嘘のようだ。


 闇の中、どこかで石が転がる音がした。

 その音は、まるで俺の足音を真似しているように思えた。


 石煉瓦で囲まれた通路をひたすら歩く。腰に付けたランプがカチャカチャと音を鳴らし、足音と重なっていく。しばらく歩いて行くと、淡く光る猫がいた。先に進むべきかやめておくか、迷うように左右をいった入り来たりしていた。


「よお。猫。やっと追いついたぜ」


 猫がニャアンと一声鳴く。ランプを掲げて辺りを見回した。おそらく、開けた空間。だが、闇が深くどれくらい広いのかもわからない。


 ――またかよ……!


 闇の中の戦闘は危険だ。加えて、ここは信田さんの羽根が届いていない。通常状態のガーゴイルに死角から襲われて、囲まれでもしたらひとたまりもない。

 ダメでもともと、マキナから貰った閃光玉を投げ込んでみる。目を腕で覆っていると、キンっと金属音を響かせて一瞬、光が満ちた。だが、それ以降は音沙汰無し。


「なぁ、猫。これ、進んでいいかなぁ」


 猫は後ろ足で頭を掻いている。何も答えてくれない。猫は気ままに導くだけだ。

 ひとつだけ、案を思いついていた。ベルセルクODのレベルを上げた時に得た追加効果。


 ・周囲半径10m以内で敵対的意志を察知することが出来る。


 これを使えば安心して進むことが出来る。だけど、正直使いたくない。もし、暴走して芹澤ミヤコに襲い掛かりでもしたら?


 ――君が人間でいる内は、遭難した冒険者として扱うからさ!


 つまり、俺は冒険者として扱われず、モンスターとして“処理”される。容赦は間違いなく無い。死だ。


「どうするよ……。芹澤さんを呼ぶか……。それか、リスク覚悟でそのまま行くか……?」


 ――マキナなら、なんて言うだろうか。


「ヤマト。命を大事に……」


 聞こえた気がした。

 だけど、振り返っても誰もいない。

 音が消え、心臓の音だけが響く。


 命を大事に……。死なないことが冒険者の最も大切な立ち回り……。なら、目の前の障害をまずは退けないといけない。下がるのではなく、前に出る……!


 大きく息を吸う。狂気に呑まれるな。


「使えなければ、失うだけだ。」


 ——そうだ。使え。スキルを。

 マキナがいない今、俺は一人だ。自分で、決めないといけない。

 ——でも、暴走したら——

 芹澤ミヤコの顔が浮かぶ。あの笑顔。でも、その奥の——狩人の目。

 ——殺される。間違いなく。

 でも、ここで引き返したら——俺は、何も変わらない。


「行くぞ......!」


 大きく息を吸う。狂気に呑まれるな。スキルを使え。使いこなせ。

 俺の意志で——


 〈ベルセルク・オーバードライブを起動〉


 足音ともに闇の中に溶けていく。静寂が、世界を喰らいはじめた。


 つづく

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