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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第一層『惑いのラビリントス』

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第2話 ゲートダンジョン

「っ!」


 夢から覚めたような、頭から冷水をぶっかけられたような感覚。空間の歪に現れたような扉――ゲートの先は洞窟だった。苔むした岩が呼吸をするように膨らむ。遠くから何かが這いずる音。生暖かい空気が肌にまとわりついて、まるで、知らない間に巨大な蛇に飲み込まれたようだ。


(ここは……ダンジョン……。そうか、俺はゲートに入ったのか……)


 何度も動画で見た世界が今、目の前に広がった。何故か既視感すら感じる。欲深い冒険者たちを何人も飲み込んできた魔窟。ここでは命の保証はどこにもない。一歩間違えれば死だ。ひやりとした空気が背筋を伝った。


「ここは新宿ゲート第一層、惑いのラビリントス。見ての通り迷宮です」


 隣で宿名マキナが施設案内でもするように言った。


「へえぇ……、宿名さんは来たことある感じか?」


「マキナ」


「……へ?」


 思わず、宿名さんの顔を見る。表情は依然として変わらない。だが、有無を言わせない威圧が瞳の奥で燃え盛っていた。


「私のことは以後、マキナと呼ぶように」


「え、でも——」


「私が許可したのです。嬉しいでしょう?」


 宿……マキナの黒い瞳が俺を射貫く。——言い直せ、と。声なき命令。背筋が凍った。


「マキナさ……。マキナは来たことある感じですか」


 咄嗟に言い直したけど。今、一瞬マキナの目が細まって、殺されるかと思った。どうやらここでは俺の命は塵のように軽いらしい。


「まぁ……いいでしょう。はい。何度も出入りしていますよ」


「マジかよ。ベテランなんだな」


「ただの落ちこぼれです。私は」


「え、そうなのか?」


 マキナは澄ました顔で、事も無げに言い放った。

 正直言うと、全くそんな風には見えない。目の前の女性は佇まいからして、ただ者ではないオーラがある。レベルはいくつなのだろうか。こういうのって聞いていいのかな。


「使えないスキルですから。けれど、知識だけは集めました。……それが私の仕事です。」


 その一言に、微かに違和感を覚えた。

 けれどマキナの横顔は、洞窟の光に溶けて何も見えなかった。


「さ、行きますよ。ヤマト」


「……おう!」


 ドキリと心臓が跳ねた。同世代の女の子に初めて名前を呼び捨てにされた。それだけでも、ここに来た甲斐があるってもんだ。頬が緩むのを何とか戻しながら、俺たちは闇の中を歩いて行った。ランタンの頼りない光が俺たち二人の足元を照らす。辺りの闇がいっそう暗くなった気がした。




 心臓が胸を叩く音が聞こえてきそうだ。天井から滴り落ちた水滴が、剣の柄に落ちた。今の俺たちはゲート管理協会から支給される最低限の装備のみ。マキナにいたっては学生鞄しか持っていない。後ろに手を組んでスキップでもするように歩いている。軽やかな足音が闇の奥に吸い込まれて行った。


「そう言えば、私のスキルについて話していませんでしたね。【超回復】。それが私のスキルです」


「めちゃくちゃ強ぇじゃん!落ちこぼれってどういうこと!?」


「ふふっ。ありがとうございます。ですが……そうですね。あそこにいるスライムで試してみましょうか」


 通路の先に目を凝らす。暗がりの奥で何かが蠢いている。緑色のゴミ袋のような塊が粘液を地に塗りたくっていた。

 聞いたことがある。スライム。どのダンジョンにもいる最弱のモンスター。おおよそほとんどの冒険者が初めて倒すモンスターだ。想像よりもずっとグロテスクな見た目をしている。


「さ、ヤマト。スキルの使いどころ屋さんですよ」


「え、でも、俺のスキル……」


「問題ありません。あの程度ならすぐに殺せます。さ、ランタンをこちらに」


 マキナの物騒な言い方にギョッとしつつも、俺は腰に付けた直剣を抜いた。剣の鈍色が炎に照らされて、俺の顔を映す。ダンジョンの素材で作った装備。モンスターに有効な唯一の武器だ。

 荒れ狂う心臓を鎮めるように深呼吸する。初めての実戦。喧嘩なら死ぬほどやってきた。モンスターだってやれるはずだ。心の中で唱える。スイッチをオンに入れるイメージで。


 ――ベルセルク・オーバードライブ


 〈ベルセルク・オーバードライブを起動〉


 ライセンスからシステム音声が流れた。瞬き一つで世界が色を変えていく。

 今まで頭に鳴り響いていた騒音が鳴りやんだような、静かで美しい世界。息もつまるような洞窟の中なのに、感じたことがないような爽快感。体中に熱い血潮が巡り、呼吸が熱を帯びる。

 ふと、視界の端を緑色の汚物が掠めた。汚ねぇ。臭ぇな。


 ――邪魔だな


 そう思った瞬間、汚物目掛けて飛び掛かっていた。

 俺、こんなに走るの早かったっけ?まぁ、どうでもいいか。俺の世界にあんな汚いものはいらない。


「ふっ……!」


 振り上げた剣が弧を描きながらスライム目掛けて叩き落とされる。

 粘り気のある音が鳴った。スライムに取り込まれた岩や骨に阻まれて、あまり効いていない。


「スライムはコアを破壊しないと殺せません。狙いすますか、壊し尽くしましょうね」


 静かな世界で鈴を転がすように、誰かがそう言ったのが聞こえた。迷わず何度も剣を振り下ろしていく。壊し尽くす。瞬きも忘れるほど。呼吸を乱しながら、コアを守る岩や骨を叩き潰していった


「あ、アハハ」


 笑みがこぼれた。いつの間にか。潰すたびに異臭を放つ緑のジェルが辺りに飛び散っていく。こんなに楽しいことがあるなんて。なんで誰も教えてくれなかったんだ。

 夢中になって殴打を浴びせてると、スライムが捻じれるように縮め上がった。息をつく間もなく、押し出されるように硬化した棘を突き出してきた。


 ――ヤッバ!


 身体が反射で動いた。脇を閉めて防御するもスライムの棘は腕に突き刺さり、貫通した。反射的に叫び声を上げそうになったけど、全然痛くねぇ。なんだこれ。俺、人間じゃなくなったみたいだ。感じたことのない高揚に気が大きくなる。


「うぜぇなぁ!効かねぇよ!ザぁーコっ!」


 棘を腕の肉ごと引きちぎるように振り払い、剣を逆手で持つ。そして、そのままスライムに容赦なく突き立てた。ゴリっと音を立てて何かを貫いた感触。スライムは痙攣するように跳ねると、そのまま水のように溶けていった。


 〈スライムを倒しました〉

 〈経験値を2ポイント獲得〉


 ライセンスが戦闘終了を告げる。スライムの中に含まれていた何かの骨が湯気を上げて出てきた。


「ふぅーっ……!ふぅーっ……!」


 悦びに打ち震える。勝った……!初めて殺った!俺の勝ちだ。俺が、殺した!このまま、ダンジョンのゴミどもを全部……!


 〈ベルセルク・オーバードライブを解除〉


 ドクンッ――


「かはっ!」


 ――な、なんだよこれ……。い、息が……力が、抜けて……。


 剣が手からするりとこぼれ落ちた。乾いた金属音が辺りに鳴り響く。心臓が砕けそうに暴れている。肺が焼けるように熱い。爛れた腕もジンジンと熱を帯びてくる。荒い息のまま、たたらを踏んで尻餅をついた。視界が揺れる。吐きそうだ。——いや、もう吐いてる。胃液が喉を焼いた。


「お見事です。ヤマト。そのまま横になってください」


 頭上から声が聞こえた。見上げると、マキナが天使のような笑みを浮かべていた。こちとら今にも死にそうだっていうのに、目を奪われる。ごくりと生唾を飲んでしまった。


「ちょ、超回復か……?た、助けてくれ。マジでしんど……」


「焦らない焦らない。さ、目をつぶってください」


 言われるがまま冷たい岩肌に頭を預けて、目を瞑る。「良いと言われるまで目を開けないでくださいね」と、マキナの冷たい手が抉られた腕に触れられた。ひんやりした感触が気持ちいい。


 001-セグメント検出。

 010-欠損率計測。

 011―ナノ繊維注入準備。

 ……

 100-結合圧縮、位相合わせ、再統合。

 101―整合チェック、完了。


 ――修復プロトコル:シーケンス。


 マキナの声が聞こえる。でも、何を言ってるのか分からない。数字?機械みたいな......いや、違う。これは——

 それはまるで、巻き戻しのような感覚。荒れ狂う身体の熱も、揺れ動く心も元に戻っていく。


「終わりました。ヤマト。目を開けていいですよ」


 目を開けて、胡坐をかきながら腕を見てみる。腕はなにもなかったように元通り。でも、服の穴がそこに傷跡があったことを証明していた。これがスキル……。科学では説明できない異能の力か。


「すげぇ……けど、なんか詠唱長くない?それになんか機械っぽくない?」


 マキナはいつもの無表情に戻っていた。光を吸い込むような黒い瞳が俺の顔をじっと見つめていた。なのに、声色は妙に柔らかい。


「あら、せっかく直してあげたのに。ご挨拶ですね」


「……マキナ!本当に助かった!マジでありがとう!」


「ですが、おっしゃる通りです。私のスキルは、詠唱が長く、それでいてマイナーなんです。詠唱中は無防備ですし、戦闘中には使えません。だから、私は“落ちこぼれ”、なんですよ?」


「ピ、ピーキーすぎる……」


「ふふ。そうですね。ですがベルセルクODとは相性ばっちりです」


 上品に手に口を当てて笑うマキナ。初めにあったときよりも表情が柔らかくなった気がした。相性ばっちりか……。顔がにやけてしまった。


「でもよ、マキナ。君、医者とかになった方がよくない?」


 そんなすげぇスキルがあるなら、何もこんな生きるか死ぬかの場所に出入りしなくても食うに困らない。俺と違って学も有りそうだし。歳も大学生くらいだ。


「そうかもしれませんね。ですが、私にはやるべきことがあるんです」


 マキナは言葉を切った。彼女は顔を伏せて、表情は読み取れない。置かれたランプの灯りがゆらりと揺れた。


「——最深部に、"それ"を取りに行かないといけない。そのために、私は......」


 マキナは言葉を切った。その目に、一瞬だけ何かが揺れた——執念か、恐怖か、それとも別の何かか。

 薄暗い緑色の洞窟にその声がこだまする。どこか鋭利で、切り裂くような言い方だった。


「連れて行ってくれますよね。ヤマト」


 マキナは笑った。俺が絶対に断らないと信じ切っているような。断ることが出来ないような。魔力を帯びた笑み。

 二人の影は炎に揺られて、一つに溶けていった。


 ……うん?


 首から下げた冒険者ライセンスがピコピコと光っている。タップしてみると――

 〈追加プロトコル:実行済み〉

 〈対象:武神ヤマト〉

 〈詳細:非表示〉


 ……なんだこれ?


「マキナ、これ......」


 でも、彼女はもういない。暗がりに転がるスライムに歩み寄っていた。

 ログは、消えていた。


 つづく


 ~おまけ~


 ――――――――――――――――

 〈ステータス〉

 名前:武神ヤマト

 レベル:1

 HP:34

 MP:5

 力:14

 技:5

 物防:9

 魔力:2

 魔防:5

 速さ:11

 幸運:3


 〈SYSTEM NOTE〉

 レベル1の時点で、HP及びMPは20あれば優秀。

 他ステータスは10あれば優秀と言われています。


 ――――――――――――――――


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