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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第二層『封海城ル=シール』

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第16話 鷹と梟

 ル=シール二階エリアで攻略組、芹澤ミヤコと信田リカの二人と臨時パーティーを組むことになった。芹澤さんが先頭に立ちズンズンと進んで行く陰で、信田さんは俺から距離を取るように歩いていた。今はとりあえず、入り口のセーフティエリアまで戻るそうだ。灯りは頭上にあるのに、影は床ではなく壁に落ちていた。その影を踏むように、彼女たちは進んでいく。


「えっ!?君、最近冒険者になったの!?」


「あ、はい」


 芹澤さんはおしゃべりが好きらしくて会話が途切れることがない。握手をしたときはただ者ではないと感じたが、とても話しやすい空気を作る人だ。鳶色の髪を揺らしながら迷いなく歩む様はいかにもリーダーで頼りがいがある。彼女の笑顔には、正しい方向に進んでいる者だけが知る安心感があった──たとえそれが地獄の方角でも。


「決死隊じゃん。君もなかなかイカれてるねぇ!攻略組になる才能あるよ」


 芹澤さんがガハハと笑いながら言った。冗談なのか本気なのかわからない。ここまで順調に冒険を進められてきたと思ってはいたけど、芹澤ミヤコ曰く、早すぎるらしい。マキナがいたらどう言うだろうか。


「そんなヤバいんすか……?」


「ヤバいねぇ。初心者2人パーティーが二層とか、死に急いでるとしか思えないなぁ。ね、リカ」


「……はい。今まで生きていたのが不思議でしょうがありません」


 芹澤さんに話を振られた信田さんがそっと俺のことをのぞき込んだ。

 曰く、二層の適正レベルは40~60程度。初心者はただのモンスターに遭遇しただけで、死闘になる。それに対して俺のレベルはまだ20にも満たない。だから、早すぎる。

 信田リカはチラリと俺の炎のグレートソードを一瞥して言った。


「いったいどんなスキルなのか聞いてもいいですか……?」


 だが、天才だとしたら話は別。天性の戦闘センスや強力なスキル、あるいはアーティファクト級の特別な武器を持っていたら、あり得ないことではないらしい。


 ――武器……。この大剣、マキナが作ったものだけど、ただの武器じゃない……?


 ふと本郷リュウパーティーのことを思い出した。たしか、あの時マキナは俺たちのことをあまり明かさなかったよな。それに、狂化のことを知られるのはまずいかもしれない。ただでさえベテランに囲まれて肩身が狭いのに、仲間殺しするかもしれないやべぇ奴扱いはごめんだ。


「すいません。パーティーメンバーから簡単にスキルを明かすなと言われてまして……」


「あ、い、いえ。そういう冒険者はとても多いですので、大丈夫ですっ」


 そう言うと、また芹澤さんの影に隠れてしまった。なんだか小動物みたいな人だ。

 壁がいつの間にか床になるような不思議空間にもようやく慣れた。


「芹澤さんたちはなんで新宿ゲートに来たんすか?」


「人死にすぎてるからかなぁ」


 芹澤さんはまるで好きな映画の話でもするかのように、あっさりと言った。……この人、笑ってるのに怖ぇな。


「確か今月だけで……え~と。何人だっけ?」


「34名ですね。ミヤコ先輩」


「そうそう。34人ね。しかも一層だけで!いくら何でも多すぎ。加えてジャバウォックも出現とか、まぁおかしいよねって」


 ジャバウォック襲来……。つい最近のことなのに、もう遠い昔のことのように懐かしい。あの時は本当に死ぬかと思ったな。


「先輩、ガーゴイルです」


 信田さんがそう言うも、辺りには何も見えない。壁とも床とも、天井ともつかない違法建築物が広がっているだけだ。


「おっけー。で、なにか面白いことあるかなーって、様子見に来てみたってわけ!これは言わばミステリーですよ、武神くん!」


 芹澤さんは心底楽しそうにウインクすると、一瞬で空中に飛び立った。その背には一対の翼。金色に輝くそれは、触れれば一瞬で蒸発しそうなほどの高密度なエネルギー体だった。

 鷹を思わせる大きな翼を大きく羽ばたかせると、辺りに羽が舞い散る。空中を舞う羽は光の矢になり、意志を持ったように壁や床の死角に飛翔していった。そして、芹澤さんがポケットに手を突っ込みながら着地すると、ほぼ同時に大輪の花が咲いた。


 〈ガーゴイルたちを倒した〉

 〈経験値440ポイントを獲得〉


「まぁ、正直に言うとかったるい迷宮の一層が早期クリア済みってのも、主な理由だねぇ」


 羽が落ちた瞬間、空気が一瞬だけ焦げたような匂いがした。

 吹き消したように翼が消えていく。芹澤ミヤコは何事もなかったかのように歩き出し、信田リカもいつものことのように、マップを表示して後に続いた。一瞬の出来事で声も出ず、見ていることしかできなかった。


「……楽しそうっすね」


「楽しいよ?もしかしたら“犯人”がいるかもだし。謎を追ってると、生きてるって感じるでしょ?」


 言葉が出なかった。


「……え、やば。強すぎだろ」


 ぼそっと呟いたはずなのに芹澤さんは「お!嬉しいこと言ってくれるねぇ!でもリカはこんなもんじゃないよ~」と、隣で聞いていたみたいに言う。


「……ふえっ!?そ、そんなことありませんよぉ!」


「リカは謙虚だなぁ。ひかえめな後輩には飴玉を贈呈しよう!」


「わーい!ありがとうございます!」


 まるで、休日の公園でのんびりお散歩でもするように、自然体で進んでいく二人。ここがダンジョン内であることを忘れてしまうほど穏やかな空気だ。


「武神くんもいる?」


 振り返ってコーヒー飴の包装袋を向けられる。あれ、なんで俺、歩調を合わせてるんだろう。


「あ、ありがとうございます」


 芹澤さんが豪快に袋を振ると、5つほどの飴玉が掌に零れ落ちる。一つだけ口に放り込んでみた。味が薄い。かみ砕くとほんのわずかに甘い風味を、かろうじて感じられた。




 信田さんがモンスターの位置を伝えて、芹澤さんが追尾ミサイルのような光の矢を翼から放つ。マキナとはぐれて数十分、その繰り返しだった。何もしていないのにレベルが上がっていき、今は18だ。

 だけど、心は全く晴れない。マキナがいないと落ち着かない。今は彼女の無事を祈るしかないし、最悪バックに隠れれば襲われることはなさそうだが、それでも心配でならなかった。


 信田さんがおもむろに立ち止ると、黒いエネルギー体の翼がぶわりっと広がる。羽が羽毛布団を破ったように舞い散り、やがて放射線状に広がっていった。


「それ、何やってるんですか?」


「あ、こ、これは索敵ですっ。範囲内のモンスターや人間のソウルの場所を調べてます……!」


 信田さんはフルフルと震えながら呟いた。何故かとても怖がられている。なんでだ?


「あー、ごめんね。武神くん。リカ、初め君のこと人間じゃないって思ったんだって」


「え?」


「ミ、ミヤコ先輩っ……!」


「まぁまぁ。でも、リカも話しててわかったでしょ?武神くん、バカっぽいだけでいい奴そうじゃん」


 芹澤さんはあっけらかんと言い放ったが、信田さんはそれでも心配そうな顔をしている。

 バカっぽい……。だけど、人間じゃないと思われたのは、心外だが心当たりもある。最近やけに身体の調子がいい。いや、良すぎる。もしかして、狂化の影響かもしれない。マキナもベルセルクODはここぞというときに使うスキルだと言っていたし。もしかして、後遺症みたいなもんがあるのか……?


「あ、あはは……。なんかすんません。ちなみに、なんで人間じゃないって思ったんすか?」


「……その……、一瞬、武神ヤマトさんから二人分のソウルを感じたので……」


 ――二人分のソウル?


 芹澤さんが信田さんの肩に手を置いて優しい声色で語り掛けた。


「でも今は?」


「……一つだけです」


「不思議なこともあるもんだねぇ。ま、武神くんも気にしないでね!君が人間でいる内は、遭難した冒険者として扱うからさ!」


 にこやかな笑顔に含みのある言い方。芹澤さんの眼が異様にギラついている。文字通り、芹澤ミヤコは信田リカの肩を持っているということだろう。何か余計なことを言えば、即座に蜂の巣にされそうな雰囲気だ。自分の脈が二重に響いた気がした。


「……うす。大人しくしときます」


「よし!短い付き合いなんだから仲良くね。それじゃ、セーフティエリア目指して出発進行!」


 指をさしながら大股で歩きだす芹澤さんの背中。信田さんが俺にペコリと頭を下げて小走りで追いかけた。この時、初めて理解した。疎外感は全然なかったし、良くしてもらっていたから気づかなかった。俺は攻略組と臨時パーティーを組んだと思っていたけど、まったく違う。同行を“許された”だけだ。


 ……捕虜。


 俺を救ったのではない。囲ったのだ。

 芹澤ミヤコの笑顔が、脳裏に焼き付く。あれは——狩人の笑顔だ。


 ——逃げられない。マキナがいない今、俺には行き場がない。


 そして、もし俺が「人間じゃなくなったら」——彼女は、俺を殺す。

 言葉の温度が、肌の内側で氷に変わっていった。




 マップを開く。ワープポイントの線は、どれも途中で切れていた。どれくらい戻っているのかもわからない。……小さく、ため息が漏れた。


「そう言えば、新宿ゲートで初めて三層まで行った冒険者も二人パーティーだったみたいだよ。知ってた?」


「え、そうなんですか?」


 初耳だ。と言うか、俺、ダンジョンの踏破とかの記録について全然知らねぇな。あとでマキナに聞いてみるか。


「そうそう。5~6年くらい前だったかな。私達もまだ駆け出しだったから詳しくは知らないけど。あれ、結局どうなったんだっけ?リカ、覚えてる?」


「うーん……。すみません、覚えていません……。ソースもあいまいで伝説的な情報でしたので」


「そっか~。まぁ、三層の階層主討伐はしてないみたいだし、二人とも亡くなったのかもしれないねぇ」


 ――最深部に、どうしても行かないといけない。


 マキナの顔が思い浮かぶ。何も映していない瞳に、冷たく鋭利な言葉だった。もしかして、マキナはその二人の仇討ちをしたいのかな……。それとも、他の理由があるのだろうか……。そう言えば俺、結局なんでマキナは三層に行きたがってるのか、聞いたっけ?


「あ、あれ?先輩……?この先に大量のモンスター反応がありますよ?これ、本当に戻ってるんですか……?」


「え?いやいや。そんなはずないよ。ほら」


 芹澤さんはポケットから懐中時計を取り出して、開いて見せた。長針が今までの進行方向にピッタリ合わさっており、短針は逆方向を示していた。


「……ミヤコ先輩。もしかして、途中で戻る気なくなったんじゃないですか……?」


「いやぁ……まっさかぁ。スゥー……。あれぇ……?おかしいな……」


「もう……またですか……」


「あははっ、そういう日もあるって!」


「……前もそう言ってました」


 芹澤さんが眉を八の字にして頭を掻いている。それを見て、信田さんが肩をガックシと落とした。


「え、なんかあったんっすか?」


 信田さんが困った顔をしながらメガネを押し上げ、芹澤さんの掌にある黄金の懐中時計を指さした。


「これは、“欲を刻む時計”。ミヤコ先輩のアーティファクトです。長針が最も欲しいモノ、短針が最もいらないモノの方角を指し示しています……」


「この時計はねぇ、心臓の鼓動に合わせて針が動くんだよ。欲しいほど、早くなるんだよねぇ!」


「先輩、ちょっとは反省してください……!」


 時計なのに方位。これはまたおかしなアーティファクトだ。純白の文字盤以外、端から端まで金ピカに輝いている。それに、秒針が狂ったようにグルグルと回転していた。あれ、と言うことは……


「ごめん!武神くん!と、言うわけで二層の最深部まで来ちゃった!」


「ごめんなさい……よくあることなんです……」


 2人して、パンっ!と柏手を打って俺に頭を下げた。信田さんが言うには、過去に最深部を目指していたのに、いつの間にか強力なモンスターを追っていたり、帰還しているはずだったのに、実はアーティファクトの在処を指し示したり、指し示す方向は芹澤さんの今の気分に大きく左右されるらしい。


「えぇ……」


「サクッとこの先の階層主倒して戻ろう!全然間に合うって!」


 正直二人を置いて、さっさとマキナを探しに行きたい。だが、情けないことに今どこに自分がいて、どの道をたどれば戻れるのかさっぱり見当がつかない。選択肢はなかった。


「……わかりました。でも、俺、見てるだけになるんじゃないっすか」


「それは君次第かなぁ。活躍しようと思えばいくらでも活躍できるよ」


 まるで試すような言い方。口ではお願いしているようだが、お前の実力を見せてみろ、と顔に書いてある。細められた目は、手を抜けば容赦しない、笑顔の奥に猛禽のような静かな飢えが見えた


「うす……!がんばります!」


「よーし!ありがとう!武神くん!じゃ、早速行こうか!」


「本当にすみません……」


 そう言って、芹澤ミヤコと信田リカは深部に向けて歩み出す。その背にはそれぞれ、金と黒の翼。【スキル:ソウルの翼】が交差する。俺も、背に携えた炎のグレートソードに手を添えながら、小走りであとを追った。


 つづく

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