第13話 無慈悲な一撃
目の前の玉、アーティファクト:ネコマテリア。中にいた半透明な猫がカリカリと爪とぎするように壁をひっかいている。
これは……なんだ……?
「わぁ。可愛いですね。どんな効果なんでしょうか」
後ろからひょこっと顔を出してマキナが言う。
「これ、俺が貰っていいのか?」
「もちろん。アーティファクトは初めに触れた者のソウルと共鳴するので、もうヤマトしか使えないものになりました」
使うって言ってもな……。どう使えばいいんだこれは。
「効果は未知数。ですが、私の“インベントリバック”のように、強力な効果があるはずです。ヤマト、はやく使ってみてくださいよ」
マキナはプレゼントをせがむ子供のように俺の腕を揺らした。なんだか、いつもよりも子供っぽくて可愛い。
とりあえず、ネコマテリアを持ち上げて掌で転がしてみる。すると、マテリアから一匹の半透明な猫が飛び出て来た。
「おわっ!なんだ!?」
「どんどん出てきますよ」
掌の上の玉から猫が次々と溢れ出てくる。実態は無いので触れられないが、猫同士は干渉しあえるようで、石室は猫まみれ。にゃあにゃあと癒し空間が出来上がった。
「まあ!あっという間に。どういった構造の猫ちゃんなんでしょうか」
最後に玉の中の猫が大きく「ニャーオ」と鳴くと、石室中の猫が一斉に階段を駆け上って逃げて行ってしまった。嵐が過ぎ去ったような静けさだ。
「な、何だったんだ?」
「もしかして……。ヤマト、マップを表示してみてください」
「お、おう」
冒険者ライセンスをタップして、マップを空中に表示してみた。すると、まるで水を張っていくように、次々と未踏破箇所が埋まっていく。そして、息つく間もなくマップが完成してしまった。
「やっぱり……。マップをほとんど明かしてしまうアーティファクトですね。全冒険者が喉から手が出るほど欲しがる一品です。やりましたね」
「はえぇ……すっげぇ……」
何が何だかわからないが、とにかくすごいことは分かった。
玉の中の猫は一仕事を終えたからか、丸くなって眠ってしまった。もしかするとクールタイムがあるのかもしれない。
「お、次の階段はここじゃね?」
映し出されたマップの中に一つだけ四角のアイコンがある部屋があった。
マキナも同じ意見のようで「そうですね。早速行ってみましょうか」と、微笑んでいた。
ネコマテリア。思いがけずに手に入れてしまったがこれからも俺たちの冒険の手助けをしてくれそうだ。お礼の気持ちを込めて玉をゴシゴシと袖で磨いて、大切にしまっておいた。
◇◇◇
マップを頼りに扉が延々と続く廊下を進んでいき、アイコンのあった部屋の前まで来た。他の扉と変わらない。一つずつ確かめるとなると、ここまで行きつくのに相当時間がかかるだろう。
扉を開けて中をそっと伺ってみる。他の部屋と変わらない、家具が置かれた部屋だ。だが、一つだけ違うことがあった。マキナが爆弾を投げ込んでも、爆発音が鳴らない。まるで、どこかに連れされられたように、消えてなくなってしまった。
「なるほど。入るしかなさそうですね。行ってみましょう」
「そうだな。鞄の中に入るか?」
「いえ。何が起こるか分かりませんので。このまま行きます」
「わかった」
背負った炎のグレートソードを握りしめる。脈動するようなぬくもりを感じながら、俺たちは部屋に入っていった。
つま先が敷居を越えた瞬間、空間が歪んでいく。足を踏み入れた先は出口のない大部屋。息がつまるような密室だった。ランプの灯りを強めて警戒する。
「……何か、いる?」
ランプの灯りが一瞬、消えた。
「ヤマトっ!あそこです!」
マキナが中央の天井を指さす。そこにあったのは大きな黒いシミ。空気が一気に冷える。大剣を構える手が震えた。シミはゆっくり落ちてくる。首を吊った女を象りながら。
「こっちにおいで。痛くない、痛くないよ――」
女は俺たちを見ていた。体中に目を宿しながら。心の奥底まで見られているようで正気を失いそうになる。
「ヒュージゴースト!?なんでこんなところにっ……。ヤマト!ベ繝ォ繧サ繝ォ繧ッ繝サ繧ェ繝シ繝舌?繝峨Λ繧、繝悶r!」
――ねぇ、ヤマト。私、ずっと貴方のこと、見ていたんですよ?
マキナの声。見上げれば、確かにマキナがそこにいた。微笑んで、俺を見ていた。
……いや、違う。そんなはず、ない。心臓が鷲掴みにされたように跳ねる。切っ先が大きくぶれた。
――本当に汚らわしい。気持ち悪い。ただ貴方の力を利用しているだけです。
あ、えっ?
息が止まった。体中の力が抜けていく。い、今なんて……?嘘だ。マキナが、そんなこと言うはずがない。
――私が貴方に気がある?冗談でしょう?貴方になんて興味ありませんよ。誰も。
やめろ。視点が定まらない。手足の熱が消えていく。部屋がどんどんと押し寄せてくる。
呼吸が、上手くできない。大剣を取り落としてしまった。
――三層に行くまでに使い潰すつもりでした。負け犬の貴方にはそれがお似合いです。
もう立っていられない。耳を塞いでも聞こえてくる。脳に直接響いて来る。足元から闇の中に落ちていく。
やめろ、やめろやめろやめろやめろっ!!止めてくれ――!止め――
――馬鹿で無価値なゴミ。今、この場で死になさい。
ああ、そうか。俺は、死ねばいいんだ。
剝ぎ取りナイフを引き抜いて、首にあてがう。これで良い。これが正しい。だって、俺は存在してはいけな――
視界がゆらぐ。脈が狂う。血が沸騰していく。
世界が赤く染まった。
手に衝撃。思わずナイフを取り落とす。手の甲を見ると蜘蛛の巣が描かれたナイフが深々と突き刺さっていた。
そのまま誰かに押し倒された。訳が分からないまま、唇に柔らかいものを押し当てられる。口の中にぬるりとした感触がのたうち回った。血の味。鉄のような味。なのに不思議と甘い。
“01-REPAIR-INIT”
頭の中に電撃が走る。辺りが一気に光に満ちた。体中に血が巡り、熱が戻ってくる。目の間にはマキナの顔。にっこりと微笑んで耳元で囁いた。
「ベルセルク・オーバードライブを起動〉
マキナの声と機械音が重なる。そのまま、彼女は軽い身のこなしで宙を舞うように鞄の中に消えていった。
弾かれたように立ち上がり、手に刺さったナイフを引き抜いた。心臓の脈動と同期するように痛みが広がる。肺の奥から絞り出されるような熱い吐息が漏れた。
ナイフが手から零れ落ちると、床にぶつかり澄んだ音が鳴る。美しい世界。邪魔する奴らは、全員――
壊れる音が、心か世界かもう分からない。
「殺す」
駆け出すと同時に、大剣を拾い上げる。軽い。刀身が燃え上がるように焔を纏っている。そのまま風車の如く天井からぶら下がるヒュージゴーストに斬りかかる。体中にびっしりと漂っている目が気色悪い。
剣が紅蓮の軌跡を描きながらヒュージゴーストに振り下ろされようとした時、奴は天井の黒いシミに吸い込まれるようにして消えていった。
着地すると、壁をすり抜けて大鎌を持ったゴーストがうようよと出てくる。剣を握る手に力が入る。柄が焼けるように熱い。どいつもこいつも、全部いらない。壊したい。
足の骨ごと踏み砕くように地を蹴る。まるで自分自身が一振りの剣となったように、一閃。壁が爆ぜ、霧が舞う。その間に、心臓の鼓動が三度打つ。……次の瞬間、俺はもう別の場所にいた。その度にゴーストが霧へと変わっていく。
――や、やめて。お願い!ヤマト!このままじゃ、貴方も死んでしまうわ!
壁から部屋の中央に飛び移る。着地と同時に地面に亀裂が入った。大剣を胸の前に構えて、天を仰ぐ。汚らしい黒いシミ。足の筋肉がはじけ飛びそうなほど力を込める。
――ああああああああ!止めろ!死ね!地獄へ落ちろ!お前の居場所なんてどこにもな……
「煩ぇな。黙れよ」
スキル:無慈悲な一撃
焔の刃が天井を穿つ。刃が沈む。
壊したい。救いたい。どちらでもいい。
ただ、この痛みを、もう終わらせたかった。
ヒュージゴーストは絶叫とともに焼け落ちた。剣が抜けて、俺はそのまま地面へ目掛けて真っ逆さまに落ちて行った。
〈ヒュージゴーストを倒した〉
〈経験値1000ポイントを獲得〉
〈レベルが14に上がりました〉
〈各種ステータスが向上しました〉
〈スキル:ラストスタンドをひらめきました〉
鈍い音を響かせて床に激突。炎のグレートソードが纏っていた焔が弱くなっていく。
〈ベルセルク・オーバードライブを解除〉
その機会音声を最後まで聞き届けることなく、瞼が下りた。
◇◇◇
声。鮮明な声。知ってる。でも、誰?
――やれやれ、貴方の■■■■■■■代のせいで赤字続きです。
少女の声。懐かしい声なのに、誰の声かわからない。
――いや、マジで■■■て。でも、俺ら相性ばっちりじゃね?
これは、俺か……?いや、でも、こんな話したっけ……。
――……まぁ、それは■■しませんが……。もう少し■■■を慮った戦い方をですね……!
――わかった!わかったって!ごめんよ。■■■~。
待って……待ってくれ!暗闇の中で手を伸ばす。ノイズが走り、辺りが激しく明滅する。あと、もう少し、手を伸ばせば、思い出せそうなんだ!
光の中で誰かが囁いた。
「まだ終わっていません」
――修復プロトコル:シーケンス。
「っ!」
「おはようございます。ヤマト。具合はいかがですか?」
目を覚ますと、ダンジョンの一室。セーフティエリアと化した階段前に横たわっていた。なんだか、不思議な夢を見ていた気がする。
「何が……あったんだ?」
「アイツはゴーストの支配種、ヒュージゴーストです。何とか勝てましたね」
マキナはホッと胸を撫でおろす。いつもの無表情ではなく、本当に気が抜けたという雰囲気だった。
「……よく覚えてねぇけど、マジで怖かった」
「本当に……。よく頑張りましたね。今日はもう帰りましょう。今はしっかり休んでください。ヤマト」
「……うん」
マキナは静かに笑っていた。何も言わず、ただ、微笑んでいた。
目を瞑る。涙が落ちる音がした。
それが誰の涙なのか、もう分からなかった。
つづく




