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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第二層『封海城ル=シール』

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第12話 ダンジョンの至宝

 ル=シールの中は装飾のような類は一切なく、ただまっすぐに区切られた空間が延々と続いていた。足音が鈍く石に吸い込まれる。音が消えるたびに、世界の輪郭がひとつ薄れていくようだった。まるで“生”という色そのものが、この灰の回廊に奪われていくかのように。


「ダンジョンの中には、こういった……“かつて誰かが生きていた気配”が残る場所があるんですよ」


 マキナは窓に手を掛けながら話し出す。外から流れてくる潮風が彼女の髪をサラサラと揺らす。


「へぇ。誰かいたかもってこと?」


「そのはずなのですが、ダンジョン内でその“誰か”が発見されたことはありませんね」


「皆死んじまったのかもしれねぇな。ここゴースト多いし」


 さっきからゴーストやら壁から生えた無数の腕やら、お化け屋敷みたいなモンスターばかり出てきやがる。剥ぎ取りの必要もなく、たまに丸いピンポン玉くらいの青い石ころを落とすくらいだ。マキナも剥ぎ取りの必要がないので、いつもよりのんびりしている。


「ふふ。そうですね。ダンジョンはジャバウォックに滅ぼされた異世界。それが通説です」


「――ですが、私は違うと思います。だろ?」


 自分の声が、少しだけ他人の声に聞こえた。

 ……誰の? 耳の奥で、別の俺が呟いた気がした。


「……えっ?」


 マキナは目を見開いて俺を見ていた。

 あれ。俺なんでこんなこと口走ってるんだ?考えるよりも先に、口が勝手に動いた。霧の向こうから、誰かが言わせたように。焦げた金属の匂い。誰かの叫び声。遠くで、雨が降っていた気がした。それら全部が、ひとつのノイズに溶けていく。


「すまん。なんでもねぇよ」


「……いえ、よくわかりましたね。その通りです」


 ダンジョンは人の心を写し取ったもの。多くの人が持つ不安や恐怖といった感情が集まって具現化した怪物。マキナはそう話してくれた。この話——聞いたことがある。マキナの声で。でも、いつ?思い出そうとした瞬間、脳の奥でザザッと砂嵐が走った。

 白いノイズが頭の中で弾けて、視界が一瞬だけチカッと明滅する。


「ヤマト。具合が悪いのですか?今日はやめておきましょうか?」


「……ヘーキヘーキ!ちょっと考え事してただけ!」


「……そうですか。ですが、くれぐれも無理はしないでくださいね」


 口ではそういうものの、マキナの声色は明らかに暗い。しまった。心配をかけてしまった。


「大丈夫だって!今日もガンガン進んじゃうよ~ん!」


 壁面から生えて来た手を切り払い、壁をすり抜けて来たゴーストを焼き払っていく。たまにコロンと転がり落ちる青い石をマキナが拾っていき、古城の外周を回り切る頃にはレベルも上がっていた。


 〈レベルが12に上がりました〉

 〈各種ステータスが向上しました〉


 結局、入り口に戻ってきてしまった。冒険者ライセンスのマップを開いてみると、定規で引いたような長方形が描かれている。複雑な形状はしていないようだ。


「広い割には簡単そうだな。ここ」


「油断禁物です。次は内部です。行きましょうか」


 俺たちはそう言って、古城の奥へと進んで行く。すきま風のような音が奥から流れてくる。誰がつけたかわからない燭台が壁にかかり、中は見た目よりも明るい。だけど、廊下一面に続く無数の扉が、異様な気配を醸し出していた。


「面倒ですが、扉を一つずつ確認するしかありませんね」


「そうだな。じゃ、ちょっと開けてみるか」


 扉の一つを開けてみると、中は真っ暗。ランプをつけて中に入ってみると机や椅子、本棚と言った者が置かれている。まるで少し前まで誰かが生活していたような気さえする。

 歩いていると、床がゴトっと音を立てて沈みこんだ。


「ヤマトっ!」


 息つく間もなく、マキナにパーカーを引っ張られて尻餅をつく。


 バシュッ!!


 何かが射出されて目の前を風が切る。本棚を抉りながら突き刺さっていたのは、鉄製の杭。冷汗が額を伝った。


「……あっぶねぇ。助かった。マキナ」


「いえ。とはいえ、ここは危険ですね。いったん出ましょう」


 俺たちは出来るだけ踏んで来た床を選びながら、巻き戻しのようにそろりそろりと外に出ていく。罠だ。中にはおそらく、罠が張り巡らされている。迂闊に進んでいけば最悪即死だ。


「どうする?マキナ」


「ふーむ。戦利品はこの際諦めますか。部屋ごと吹き飛ばします」


「へ?」


 マキナは鞄の中から明らかに容量を超える大盾を引っ張り出す。


「ヤマト、持っててください」


「あ、はい」


 さらに鞄から取り出したパイナップル型の手榴弾のピンを引き抜くと、ゴーストからドロップした青い石と共に部屋に投げ込んだ。


「BOOM」


 彼女は俺が構えた盾の後ろに逃げ込み耳を塞ぐと、爆音が通路を裂いた。

 耳鳴りの中、灰が雪のように舞い落ちる。

 その光景を、マキナは微笑みながら見つめていた。


「いやいやいや!思い切り良すぎるだろ!」


「先駆者の特権ですから。他のパーティーがいない今だからこそ取れる手段です」


 そういうモノなのか……?恐る恐る中をランプで照らしてみると、家具は文字通り消し炭になっており、床や壁には槍や杭がそこかしこに生えていた。


「うわぁ……」


「スッキリしましたね」


 罠は一度作動させてしまえば、元には戻らない。スキルがあれば罠の位置の特定や解除が出来るらしいが、マキナでもそれは出来ないらしい。でも、この方法だと中にあったかもしれない戦利品ごと吹っ飛ばすので、他の冒険者達からは嫌われる方法だそうだ。


「ゴーストが落としてた石。あれなんなの?」


「あれは魔石です。冒険者の武器や防具に用いられる最も基本的な資材なんですが、魔力を暴走させて炸裂させることも出来るんですよ」


「ち、ちなみに一つおいくらくらい……?」


「一つおよそ1万円程度ですね」


 俺の月にかかる食費がさっきの一発で吹き飛んだ。冒険者になれば金も名声も手に入ると思ってたけど、このままでは俺の金銭感覚も吹き飛ばされてしまいそうだ。


「さ、中を調べて何もなければ次に行きましょうか」


「ひ、ひぃ……」


 マキナは全く臆した様子もなく瓦礫の山とかした部屋に入って、ざっと中を調べていく。どこかに2階へと続く階段や梯子が隠されているはずらしい。

 その後も、マキナは淡々と魔力を帯びた爆風で部屋を罠ごと破壊し続けた。焦げ臭い匂いが通路上に満ちる。まるで戦場だ。


 焼け焦げた部屋の中はどれも罠だらけであり、槍が剣山のように仕込まれた落とし穴や振り子ギロチンなどどれも殺意の高いものばかり。焼け焦げたベッドに無数の杭が撃ち込まれいるのを見た時はゾっとした。


「ここも何もありませんね。次行きましょうか」


「おう」


 灰を踏む音に混じって、別の足音が重なった。


 ――もう行こうぜ。■■■。なんもねぇよ。


 頭の奥で、砂の中から声が滲み出た。


 ――わかってませんね。こういうところに隠し通路があるんですよ。ほら。


 誰の声だ? 知らない。でも、懐かしい。なぜ?


「痛っ」


 白いノイズの奥に、女の子の笑い声が一瞬だけ混じった。

 火の粉のように、記憶の断片が閃いては消える。なんだ、今の。ベッドの下に、何かある……?


「ヤマト……?どうしましたか?」


「あ、いや。なんでもない。でも、もしかしたら、この辺りに……」


 煤けたベッドの縁を持ち上げて、ひっくり返す。灰埃が舞い上がりなら爆風を逃れた床が露わになった。何故かそうすれば良いと心がわかっていたかのように大剣を持ち、床に突き刺してみる。バキッと音を立てて割れた、その先には、地下へと続く階段が現れた。


「ほら、あった!隠し通路だ!」


 小走りで戻って来たマキナが地下へと続く通路を食い入るように見つめた。


「……すごい。よくわかりましたね。どうしてわかったんですか?」


 どうしてわかったのか、正直に言うと自分でもわからない。錆びた歯車がはまるような音と共に、何かが聞こえた気がして、試してみただけだ。


「……勘?」


「勘……ですか。……まさか。いや、そんなはずは……」


 マキナはその言葉を反芻するように呟いた。マキナの声が、震えている。いや、震えてない。でも、何かが——違う。

 目の奥が、一瞬だけ鋭く光った。


「マキナ?」


 その瞬間、マキナの表情が変わった。いつもの無表情に戻る。まるで、スイッチを切り替えたように。


「あ、いえ。すみません。ヤマトも冒険者として成長していますね。私も鼻が高いです」


 その笑顔が——どこか、作り物のように見えた。


「中に何があるんでしょうか。ワクワクしますね」


 と、思ったら、マキナはいつになく機嫌がよさそうに階段をランプで照らしている。ま、あんまり深く考えないでおこう。


「じゃ、行ってみるか!」


 階段は思ったよりも短くて、ランプの光で照らしながら進んでいるとすぐに突き当りまで来た。そこには石室のような空間が広がり、中央には台座と共に箱状の者が置かれている。


「あ、あれは……!」


「うぇ!?マキナ?ど、どうした……?」


「アーティファクトです……!まさか、こんなところにあるなんて……!」


「え、レアなの?」


「とにかく、早くあの箱に触れてください!」


「お、おう……!」


 マキナに促されるまま台座まで駆けだす。そして、箱にタッチすると複雑な幾何学模様を瞬かせながら中が開いた。中にあったのは、野球ボールくらいの透明な玉。ランプの光を受けて石室に反射している。よく見たら、玉の中に何かがいる……?


 〈アーティファクト:ネコマテリアを入手しました〉


「え、猫?」


 玉の中で眠っていた小さな猫の耳がピンと立った。

 目を開いたその瞳は、星のように光っていた。

 そして、微かに口を開いて――「ニャア」と鳴いた。

 音ではなく、脳の奥で響くような声だった。


 つづく

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