第11話 新たな冒険の始まり
ゲート管理協会、新宿ゲート。第一層の踏破から数日が経ちようやく疲れが抜けて冒険再開。相変わらず、ここは“生と死の申請窓口”だ。蛍光灯の明かりすら冷たく、笑い声が一つもない。マキナと並んで歩くだけで、靴音がやけに響く。いつもは静かなのに、今日はやけに目立つ。
「……あれが……」
目が合うたびにヒソヒソと囁き声。胸の奥がざらりとする。思わずキッと睨みつけると、皆が肩を震わせて目を逸らした。
「なんだぁ……?」
「私達、第一層を踏破しましたからね。それもかなりの早期に」
「へ?俺ら注目されてんの?」
「それはもう。昨日報道されていましたよ。さすがに個人情報は伏せられていましたが。人の口には戸が立てられないですね」
そう言えば、休んでいる間は死んだように眠っていたからか、最近テレビやスマホを見ていない。本当に俺の日常がゲートの中に変わっていっているみたいだ。
「へぇ~。でも、なんか思ったほど気持ちよくねぇな」
「今は尊敬、と言うよりも奇異の目ですから。二層を突破すれば変わってきますよ」
「なーほーねー。じゃ、ちゃっちゃか攻略しちゃいますか」
「焦らない、焦らない。着実に進んでいきましょうね」
「へーい」
手に持ったジャバウォックの爪を持ち上げて、ストレッチをする。賞賛なんて、どうでもよかった。今はただ、マキナと肩を並べて進む時間が心地よい――それだけで十分だった。チラリとマキナを盗み見る。相変わらずの無表情。思わずニヤニヤしてしまった。
特殊なガラスで囲まれたゲート。2重にロックがかかった扉に冒険者ライセンスをかざすと開錠された。
「そう言えば、近日“攻略組”が新宿ゲートに来るそうですよ」
「攻略組?」
マキナは少しだけ笑って言った。ゲートを“踏破する”ことに全てを賭けるイカれた連中。政府も一目置く実力者達らしい。
「え、やば。俺ら先越されるかもしれないじゃん」
「そこは駆け引きです。三層の階層主を倒した者がゲート踏破者ですから。二層は最悪譲っても構いません」
マキナは顎に手を添えて薄く笑った。盲のミノタウロスの闇の中で見せた、あの暗く、美しい笑みが脳裏によぎる。俺一人だと多分あのまま何もできずに死んでたな。
「うわ、そういうの苦手だわ」
「ふふ。私は得意ですので、お任せください。さ、行きましょうか」
「あいよ」
見つめ合って頷きあうと、二人並んで歩き出す。次の冒険の舞台、第二層『封海城ル=シール』へ。ゲートへ踏み出す二人の歩調は、寸分たがわずに揃っていた。
◇◇◇
乾いた潮風が頬を撫でる。目を開けると曇天の元で、桟橋の先に立っていた。幸い波は穏やかだ。だが、曇り空に加えて、目の間に広がる灰の古城が地下迷宮とは違った閉塞感を醸し出している。さながら海上刑務所のような雰囲気だ。
「第1層とは全然雰囲気ちげぇな」
「モンスターの脅威度もダンジョンの難易度も桁違いです。まずは安全に戦える程度までレベルアップですね」
桟橋を二人並んで歩いて行く。桟橋の木材を踏みしめるたび、音が胸の奥で反響した。
……どこか、聞いたことがある響きだった気がする。
状況だけ見たらデートのようにも見えるけど、カモメもいないし、海には魚一匹泳いでいない。まるで死んだ海だ。
さざなみの音を聞きながら歩いていると、城門の前まで来た。口があんぐりあくほど見上げてもてっぺんが見えない。上がり切った分厚い鉄格子がまるで歯のように見えた。
「言い忘れていましたが、ここはエレメント系やゴースト系のモンスターが多いので、物理武器の“ジャバウォックの爪”はお留守番です」
「うそぉん!俺の愛武器が!?」
思わずジャバウォックの爪を胸に抱きしめる。ここまで俺たちを守ってきた頼りになる相棒。乗り換えにはあまりに早すぎる。その様子を見て、マキナは手を口に当てて微笑んだ。
「ふふ。ですが、そんな頑張り屋さんのヤマトに──ご褒美です。第二層はこちらをメイン武器にしていきましょうね」
マキナはいつものゴスロリ鞄を桟橋に置き、静かに両手を沈めた。そして、“んしょ”っと可愛い掛け声と共に引っ張り上げると、長い柄が出て来た。
「ヤマト。これを引き抜いてください」
「お、おう!」
まるで王様の剣。鞄の口から抜け出したのは、鉄ではなく“炎そのもの”だった。
「炎のグレートソードです。姿なきものを焼く、“炎の魂”を宿しています」
剣を渡すマキナの指先が、一瞬だけ震えた。
炎の揺らめきが頬を照らし、その影の奥で、彼女の瞳がどこか嬉しそうに歪んでいた。
本郷リュウが持っていた無骨なグレートソードに似ていたけど、こちらは赤みがかった刀身に素朴な蜘蛛の巣の飾り彫りが施されている。瀟洒で洗練された大剣だ。
一瞬だけ、柄を握った手が熱を帯びた。まるで呼吸をしているように、剣が脈打っていた。
「かっけえええ!!こんな武器貰っていいのか!?」
「もちろんです。ヤマトに使ってもらうために作ったものですから」
ジャバウォックの爪と違い、こちらはズシリと重量感がある。だけど、力のステータスが上がっているからか、無理なく扱える程度だ。
「ありがとう!マジで嬉しい!」
試しに剣を振り上げる。重みが掌に食い込み、呼吸が剣の鼓動と重なった。振り下ろす紅蓮の軌跡が弧を描き、空気が陽炎のように揺らめく。
……これが、新しい相棒の鼓動だ。
「……いいなぁ。これ」
「……実は、その剣には隠された効果もあるんですが、それはお楽しみにですね」
マキナはいたずらっぽく言う。隠し効果……!?えっ、え、全部盛じゃん!最高すぎか?
「さ、早速試し切りをしてみましょう。ゴーストが2体。こちらに向かっていますよ」
「上等!燃やしてやる!」
大剣を両手で握り構えると、古城の薄闇に動く二つの影。十メートル先。実態がないような半透明、ボロボロの絹を纏った骸骨がふわりと舞い出てくる。両手には巨大な鎌を持っていた。獲物を振り上げながら目にも止まらないスピードで飛来する。
「うわっ!はやっ!」
思わず距離を取ろうと後ろに下がろうとする。剣が重い。足が上手く扱えずにもたついた。
「ゴーストを相手にするときは前に出ることを意識してください」
直接頭に響いて来るようなマキナの声。焦りが吹き消されて、視野が一気に広がる。握りなおした剣をつむじ風を巻き上げるように振り上げた。
――下がるな。前に出ろ!
瞬き一つで二体のゴーストが目の間に迫り、命を刈り取ろうと刃を振り落としてきた。
二つの大鎌が弧を描き、俺の首元に突き立てられようと迫りくる。
――今っ!
渾身の力を込めて炎のグレートソードを振りぬいた。炎が風を裂き、世界の輪郭を焦がす。鎌が届くより先に、俺の一撃が空気を灼いた。カーテンを焼き切ったような手ごたえ。ゴーストたちは霧が晴れるように消えていった。
〈ゴーストたちを倒した〉
〈経験値80ポイントを獲得〉
——あつっ!
思わず剣を離しそうになった。ゴーストを倒した瞬間、柄が熱くなった。でも、すぐに冷える。
——なんだ、今の?
剣を見下ろす。刀身が揺らめいている。まるで、意志を持っているような——
「どうかしましたか?」
いつの間にか背後にいたマキナが覗き込むようにして言った。
「いや、なんか剣が熱くなった気がして」
「ああ、それは炎の魂が喜んでいるんですよ。ヤマトと戦えて、嬉しいんでしょうね」
そして、マキナが微笑む。でも、その言葉が——どこか楽しそうに聞こえた。
「お見事。問題なく通用しますね。流石ヤマトです」
ま、何でもいいか。マキナが楽しそうだし。
「ぷはっ。緊張した!重くて難しくな、これ!」
「ふふ。すぐに慣れますよ。持ち運びにはこのハーネスを使ってください」
「お、サンキュー!」
マキナに手渡されたハーネスをつけてみると、大剣が磁力の力で背中に固定できるようになっており背負って見ても重さをほとんど感じない。背中に身長ほどの剣を背負って、本格的にRPGのキャラクターのようだ。格好は相変わらずパーカーだけど。
「あ、そう言えばスキルポイント溜まってたわ」
「まあ!ステータスを見せていただいてもよろしいですか?」
「もちろん。またアドバイスくれ」
冒険ライセンスを取り出してステータス画面を開いてみる。空中に青い半透明の光が立ち上がった。
――――――――――――――――
〈スキル〉
【メイン】ベルセルクOD(Lv.2)
【サブ】強襲(Lv.1)
【サブ】無慈悲な一撃(Lv.1)
スキルポイント:3
〈装備〉
武器:炎のグレートソード
防具:上質なチェーンメイル
――――――――――――――――
「なるほど……ヤマトはどうしたいですか?」
「あー、いや、とりあえずメイン上げればいいかなーって」
「そういうことでしたか。なら、私のオススメは――」
マキナは激しく明滅させるようにスキル詳細を眼に映していく。
「ベルセルクODのレベルを4に上げて、スキルポイント1は温存しますね」
マキナは微笑みながら「あくまで、参考程度に」と付け加えた。
「ほーん。じゃあそうするわ」
ベルセルクODをタップして、スキルポイントを割り振っていく。
◇◇◇
メインスキル:ベルセルクOD(Lv.4)LEVEL UP!
状態【狂化】を得る。
・力、速さを60%(Lv.4)向上させる。時間経過とともに10%ずつ継続的に向上。防御力が減少する。
……
・残りHPが低いほど力、速さが上昇する。
・周囲半径10m以内で敵対的意志を察知することが出来る。(NEW!)
◇◇◇◇
スキルの光が身体を駆け抜けた瞬間、血が燃えた。
鼓動が速まる。世界の輪郭が、薄皮一枚剥がれたように鮮明になる。
おお!敵察知能力だ。今まで勘でそれっぽいことが出来たけど、メインスキルにこれがあったからか!
「危機察知は強力な効果ですよ。死なない立ち回りがダンジョン攻略で最も大切です」
ダンジョンの中には死が溢れている。第1層だけでも、一生に見えるかどうかの死体を見て来た。今ならその言葉の重みが分かる。
「そろそろル=シールに乗り込みましょうか。攻略組が来る前にマップを埋めておいて、少しでもアドバンテージを稼ぎましょう」
マキナは古城の中へと入っていく。学生鞄を持って、まっすぐに伸びた艶やかな黒髪を揺らしながら。
――行きますよ。ヤマトさん。
……今、誰が喋った?
鼓膜じゃない。脳の内側で、古びた歯車がひとつ噛み合う。
耳鳴りと一緒に、遠くで──“誰かの笑い声”がこぼれた。
「行きますよ。ヤマト」
マキナが振り返る。表情は、いつも通りの無機質な微笑。
……気のせいか。きっと、気のせいだ。どっかの動画で見たんだろ。
「あいよ!ボス!」
「誰がボスですか」
第二層――『封海城ル=シール』。誰が作ったのかもわからない、謎に包まれた古城。その大きく開かれた口の中に俺たちは足を踏み入れていく。静かに打ち寄せる潮騒が、耳の奥にこびりついて取れなかった。
つづく




