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ベルセルク・オーバードライブ~ダンジョンの底であなたを創る~  作者: 佐倉美羽
第一層『惑いのラビリントス』

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第10話 迷宮は踏み越えられた

「俺は、何も覚えていなかった。怖いよな。思い出せないのって」


 目を覚ますと、マキナが微笑んでいた。とても、綺麗だった。


 ◇◇◇


 何も見えない暗闇の中で【超回復】の柔らかな光を感じる。体中の壊れた細胞が、修復されていく。手足の隅々にまでしみこんだ疲労が物理的に剥離されていくような、そんな感覚。


「相変わらずなげぇ詠唱だな」


「まあ!意地悪ですね。そんなこと言うなら、もう直してあげませんよ?」


「ええ!それはヤバいって!」


 思わず目を開けて身体を起こす。マキナが口に手を当ててクスクスと笑っていた。夜光石の青が彼女の輪郭を淡くなぞり、その光が心臓の鼓動まで染めていくようだった。


「ふふふ。冗談です。貴方が戦ってくれないと、私は何もできませんから」


「……っ」


 いつもなら、軽く口のひとつでも叩けた。なのに、今はなんて言えばいいかわからない。体中がむずがゆい。はやく、なんか言えよ。俺。


「……へっくしょんっ!」


 身震いすると。体中がひやりと冷たい。見下ろすと、パーカーがビリビリに破けて、ブルージーンズが真っ赤に染まっていた。足に至っては裸足だ。


「おわっ!なんだこれ!」


「ものすごい数のモンスターでしたから。それでもずいぶんキレイにした方なんですよ?さっきまでのヤマトは……」


「いや!言わなくていい!ありがとう!マジで!」


 マキナが「ないぞ……」と言いかけたところで嫌な想像をしてしまい、思わず止めてしまった。嫌すぎるだろ。しかもそれを彼女が綺麗にしたということだろう。なんだか恥ずかしいし、申し訳なくて頭が上がらない。


「そうですか。ですが、疲れが出てはいけませんね。さっさと、剝ぎ取りを済ませて、今日はもう帰りましょうか」


 マキナは鞄の中からナイフを取り出すと、逆手に持ちながら盲のミノタウロスの大木のような巨躯へと歩んで行く。歩くたびに長い黒髪が左右に揺れてキラキラと艶を振りまいていた。どこか足取りが軽やかだ。


「マキナー、俺も手伝おうか?」


「ありがとうございます。ですが、今はゆっくり休んでいてください。ヤマト」


「あいよー」


 辺りを見回すと、どこからか湧いて出て来たスライムたちが散らばった肉片を捕食し始めていて、ずいぶんとこざっぱりしていた。少し酸っぱい匂いがする。スライムたちは食べるのに夢中で俺たちには目もくれない。

 ……それにしても、数多すぎじゃね?どんだけ死体があったんだよ。

 ......まさか、このまま合体して、でかいスライムになったりしねぇよな……?

 想像すると身震いした。思わず武器を探し出す。傍にジャバウォックの爪とメイスが等間隔で置かれているのを見つけた。


「あったあった。俺の愛武器ちゃん」


 拾い上げて立ち上がる。大きく伸びをすると、体中の節々が悲鳴を上げるように鳴った。


「んあぁ!きもちぃ!」


 ダンジョンに入ってたったの数日で一層を攻略してしまった。これもマキナのサポートがあってのことだけど、順調すぎじゃん。俺、マジで才能あるかもしれねぇな。首から下げた冒険者ライセンスがピコピコと光っていた。お、そう言えば、レベルアップしたんだった。この瞬間はいつもワクワクするな。

 ステータス画面を開いて上にスワイプ。現実の空気を割くように、青い半透明の光が立ち上がる。


 ――――――――――――――――

 〈ステータス〉

 名前:武神ヤマト

 レベル:9

 HP:132(+12)

 MP:11(+1)

 力:153(+16)

 技:8(+0)

 物防:62(+8)

 魔力:4(+0)

 魔防:17(+2)

 速さ:98(+12)

 幸運:34(+7)


 〈スキル〉

【メイン】ベルセルクOD(Lv.2)

【サブ】強襲(Lv.1)

【サブ】無慈悲な一撃(Lv.1)(NEW!)


 スキルポイント:3


 〈装備〉

 武器:ジャバウォックの爪

 防具:チェーンメイル


 ――――――――――――――――


「無慈悲な一撃!なんかかっけーじゃん!」


 盲のミノタウロス戦の後に覚えた新しいスキル【無慈悲な一撃】。見るからに強そうな名前だ。ゆっくりと歩きながら詳細をタップした。


 ◇◇◇


 サブスキル:無慈悲な一撃(Lv.1)

 MPを消費することで防御力を無視した特大ダメージを与える(消費10)(Lv.1)

 ・クリティカル発生確率をアップ(10%)する(Lv.1)

 ・肉体と精神に対する反動ダメージが生じる[デメリット]


 ◇◇◇


 なんというロマン砲……!しかもMP的に一発しか打てねぇや。デメリットもあるし使いにきぃー……。でも、ベルセルクODの精神汚染無効とはシナジーがあるな。めちゃくちゃ強い一撃になりそう。


 “スキルは使いどころ屋さんが大切ですよ”


 ほら、心の中のマキナも言ってら。使いどころ屋さんってなんだよ。かわいすぎか。

 気づいたらスキルポイントも3溜まってる。あとで適当に割り振るか。

 足元に、見覚えのある鎧。本郷リュウだった。

 冒険者ライセンスから目を離して、見下ろしてみると、そこにはスライムに覆われた本郷リュウだったものがあった。


「うげぇ……グロォ……」


 冗談でも言ってなきゃ、正気で見てられない。

 鎧は高級品だからかほとんど形を保っていたが、肉体は原型をとどめておらずドロドロに溶かされている。手足の骨や血管といった内組織までも丸見えだ。頭にいたってはもうほとんど骸骨だ。


「お前、悪いやつだったけど、別に嫌いじゃなかったぜ。成仏してくれ」


 手を合わせて、“南無……”と呟いてみた。多分これが人として正しいことだと思うし。ほら、いまポコってスライムが泡立った。きっと今ので魂がなんかいい感じに浄化されたんだ。よかったな。お前。


 しんみりした空気を切り裂くように、エンジンの駆動音が洞窟に鳴り響いた。何事かと音の鳴る方を見てみると、マキナが小ぶりなチェーンソーをミノタウロスの角にあてがっていた。ガリガリとけたたましい音を鳴らして、あっという間に切断。角は血だまりの中に落ちた。あの細い腕のどこにあんな力があるのか不思議でしょうがない。


「上手だなぁ。それでいくらくらいなんの?」


「およそ200万円くらいでしょうね。もう片方あればよかったんですが。仕方ありません」


「に、200万円!?」


 って、牛丼何杯分だ!?え、マキナと山分けしても100万円……?マジ……?両手の指を折って数えてみるも、全然指が足りない。


「……おや?こんなものではありませんよ。ヤマト。頭部は破壊されていますが、身体はほとんど無傷で残っています」


「……というと?」


 チェーンソーを片付けたマキナがミノタウロスの頭から降りてきた。ナイフで部位を指し示しながら授業をする先生みたいに、値段を教えてくれる。


「胸部共鳴筋、手足の腱。皮膚。蹄。そして、何よりも希少部位の“結晶の心臓”が残っています。合わせて……3000万円くらいになりますかね」


 なんでも、これらダンジョンで得られる素材は未知のエネルギー資源として、こぞって研究されているらしい。

 気が遠くなった。3000万円……?

 なんだか、途端に怖くなって、足が震えてきた。

 それでも、これでようやく俺の人生が変わる気がした。


「ですが、結晶の心臓は素材として使いたいので、私がいただいてもよろしいでしょうか?取り分が800万円程度になってしまうのですが……」


「いい!いい!十分だから!」


「ありがとうございます。ヤマト。より冒険が楽になるように、便利なものを作ってきますね」


 微笑んで頭を下げるマキナを俺は呆然と眺めていた。一発逆転するために冒険者になったけど、心の奥底ではそんなに甘くないって思ってた。でも、結果はこれだ。1年必死に働いても稼げないような金が、一瞬で手に入ってしまった。まったく実感が湧かない。本当にいいのかという気持ちでいっぱいだ。


「申し訳ございません。少し解体に時間がかかりそうです。やっぱり手伝っていただけますか?」


「ももも、もちろん!やるよ!」


「ふふ。では、こちらの蹄を取り外しますので――」


 こうして、俺たちは新宿ゲート、第一層『惑いのラビリントス』階層主、盲のミノタウロスをばらしていく。スライムたちがもの欲しそうに見ている中で、モンスターの死骸が資材に変わっていく。まるで金を錬成するような背徳感。だけど、この感覚が数多の冒険者たちを狂わせて、よりダンジョンの深みへと誘うのだろう。


 盲のミノタウロスの解体作業を終えて、俺たちはゲートに向かって歩き出す。後ろを振り返ると、スライムたちがそこら中にまとわりついて、元階層主を捕食していた。


「では、次の階層のゲートに触れて、今日は帰りましょう。少し休んでから、また冒険再開ですね」


「なぁ、マキナ。あの牛ヤローはもう現れないのか?」


「いえいえ。ゲートダンジョンは階層主が倒されると、一定周期ですべて作り替えられてしまうんです。その際に復活しますよ」


 隣を歩くマキナは相変わらずの無表情だけど、どこか機嫌がよさそうな空気を感じる。ほんの僅かな違いだけど。


「ええ!ヤバ!じゃあ、二層攻略中でもやり直しになるかもってこと?」


「その通りです。ダンジョン攻略は効率が命、ですよ。ヤマト」


 だから本郷リュウパーティーの誘いに乗ったのか。マキナの博識さにはいつも感心させられる。でも、いったいどこからそんな情報を集めているのだろうか。

 聞いてもいいのかな。またレディにそんなこと聞くなんて失礼と、怒られてしまうかもしれない。あるいは、乙女の秘密とか言ってはぐらかされそうだ。


(ま、別にどうでもいいか。俺を頼ってくれてるんだし)


 すっかり手になじんだ愛武器、ジャバウォックの爪を肩に担ぐ。今は目の前の障害を取り除くだけだ。マキナのために。


「そろそろですね。きっと驚くと思いますよ」


「え?」


 目線の先には白く怪しく光るゲート。次の階層への入り口がゆらゆらと揺れている。


「さ、お先どうぞ」


「レ、レディファースト!」


「あら、エスコートしてくださらないの?」


「武神ヤマト、行きまーすっ!」


 俺は地を蹴って駆けだす。次の冒険の入り口へ。深層へと呼び寄せられるように。輝くゲートのその先へと飛び込んだ。


 潮風が肌を打つ。波間に、鐘の音。

 血と鉄の匂いが、潮騒に溶けていく。

 目を開けると、そこは――桟橋の上。

 空と海の境界を裂くように、灰の古城が浮かんでいた。


 絶海を封じる古城。

 第二層――『封海城ル=シール』。

 その堅牢な城門が腹を空かせた悪魔のように口を開けていた。


 〈第一層『惑いのラビリントス』を踏破しました〉

 〈勲章:テセウスの帰還 を手に入れました〉


 ここまでのお話をセーブしますか?

 ⇒はい

  いいえ


 つづく


■読者さまへ

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