第9話 この世界のすべてを
※流血・精神的苦痛を伴う展開があります。
〈ベルセルク・オーバードライブを起動〉
闇が、爆ぜた。
世界の輪郭が光に焼かれ、目に見えぬ者たちが悲鳴を上げた。絶え間なく続く光の発破は闇に潜む者たちの姿を露わにし、卑しく盗み見る視線を悉く潰していった。
「くぅあっ!目がっ!!」
叫び声が重なり、金属と肉の擦れる音が混じり合う。
「おい!静かにしろ!」
「ブゥオオオオオオっ!!!!」
地響きが迫る。黒い影が立ち上がり、鉞の刃が光を裂いた。
闇の底より出でる猛牛“盲のミノタウロス”がその声目掛けて走り出す。地を揺るがすような足音を響かせて、手に持った鉞を振り上げた。
「ショウ……!防御!」
「き、“騎士の誉”!」
暗視ゴーグルと共に潰された目を庇いながら、桐生ショウはスキルを使う。盾と鉞がぶつかり合い火花を上げる。体毛と共に山のように隆起した筋肉が露わになった。その顔には牛の骨。本郷リュウがすかさず切りかかるも、軽い身のこなしで躱される。
マキナは閃光玉を投げ込み続けた。激しく明滅する巣穴に異変を感じたゴブリンたちが横穴から、絞り出されるように這い出てくる。
「きゃ!なに!?」
「……っ!ユイ!スキルを!」
“ファイアーウォール”。火柱が立ち上がり、ゴブリンの群れを焼き払う。赤い熱気とともに、吐き気を催すような焦げた血と鉄の匂いが辺りに満ちる。常盤ミナトが矢の雨を降らせるも、巣穴からはとめどなく小鬼が溢れ出てくる。
「くそ!ユイ!ミナトこっち手伝え!このデカブツを殺るぞ!」
「む、無理!こっちはこっちで手一杯!」
先ほどの静寂が嘘のように、闇の中は殺気と怒号、むせかえるような死に満ちた。もうそれが、誰のものなのかもわからない。
「ふうぅぅうう……!ふううぅぅぅ……!」
全身に荒れ狂う暴が満ちる。毛が逆立ち、身体中から血管が浮き出てくる。感覚が研ぎ澄まされて、動くものすべてが煩い。邪魔だ。臭い。息が詰まる。世界が狭い。壊したい。
「じゃあ、全部壊してしまえばいいですよ。ヤマト」
耳元で囁く声。ゾクゾクと背筋に甘美な刺激が走る。強く握りしめすぎた拳に血がしたたり落ちた。
「気に入らないもの、全部全部。それで、世界を美しいものだけで満たしましょう」
目の前が真っ赤に染まる。闇の奥で蠢く汚物共。俺の世界に必要のないモノたち。その存在が許せなくて、奥歯をかみ砕くほど噛みしめる。
「殺せ」
目の奥で閃光が弾けた。
気づいたら、そこは夏の砂浜だった。
さっきまで戦っていたはずなのに、砂の熱だけが確かだった。
ガキの頃から、スイカ割りに憧れてた。スイカなんて食ったことなかったけど。叩き潰したときにキラキラと赤い果肉が飛び散って、辺りを甘い香りで満たす。その様子をみんなが笑って見ている。よくやった。上手いぞって。それでその後、腹いっぱい食えるとか、最高じゃん。
だから、目の前のスイカを持ってた棒で引っ叩いてみた。派手な音を立ててはじけ飛んだ。頬に生ぬるい果汁を感じた。なんでか焦げた鉄の匂い。けれど、それが何なのか、もうどうでもよかった。どこからかバ先のクソ店長が俺を褒める声。嬉しい。もっと褒められたい。周りに生えたスイカを次々と潰していく。潰した瞬間に甘い香りがむわッと鼻孔をつく。その度に、むかつく先輩、先公、家のクソジジイ、俺を見下した冒険者たちが賞賛の声を上げた。でも、何かが足りない。満たされない。
小粒じゃダメだ。もっと大きなスイカを潰さないと。辺りを見回すと、女神さまがいた。ただ、俺を微笑んで見守っていた。とてもキレイな人だった。女神さまが指をさす。指先には一際大きなスイカ。
そうか!わかった!きっと、あれを潰せばあの人に――
叩き割った瞬間、果汁が――血に変わった。
……でも、どうしてだろう。
それでも俺は
――ほめてもらえる。
笑っていた。
グチャ……グチャ……グチャ……
虚空の中で、“盲のミノタウロス”が地に斃れる。角を砕かれ、頭蓋を割られ、脳漿をまき散らしながら。それでも、“ジャバウォックの爪”を振り下ろし続けた。頬に生暖かい肉片がこびりつく。鼻の奥を刺すような悪臭もとうに慣れて、なにも感じない。
「■、化■■っ……!」
ランプの灯りに照らされた、何かがいた。大剣を持った小さなミノタウロス。切っ先が震えている。近くにも、三体。まだいたのか。
一歩。
ぐにゃりと歪む頭蓋を蹴って、大剣の目前に。息が引っかかる音が鼓膜を掠めるが、大楯を持ったミノタウロスが横から割って入って来た。うぜぇな。武器を握る手に力が入る。
「ふっ!!」
振り下ろした爪は大楯ごとミノタウロスを貫いた。だが、浅い。そのまま、馬乗りになって杭の部分を抉るように押し込む。
「あ■■■■■■!■い、い■■痛■■■いっ!!」
暴れるほどに血が溢れ出てくる。だんだんと動きが緩慢になり、動かなくなった。押し込んでいた掌がぬるりと滑って、大楯に手をついた。赤い手形がつく。
「ひ■■ッ!逃■■!」
背を見せて逃げる影が3つ。腰に付けたメイスを引き抜いて、飛び掛かる。
呼吸が熱い。手足が引きちぎれそうなほど痛む。それでも、地を蹴る足が止まらない。止めようとも思わない。
一息に追いついて大剣の頭を割った。へこんだ頭から粘液と鮮血が吹き出して、ピクピクと痙攣して動かなくなった。すぐさま逃げるミノタウロス目がけてメイスを投げる。背中に鈍い音を響かせて倒れた。
大剣を奪って追いかける。残りの一体が振り向いて弓を射かけてきた。風を裂いて飛んで来た矢が肩を射貫いた。軽い衝撃、痛くない。大剣を振り上げながら、一歩。地面を蹴った。足、胸と矢が突き刺さる。
「効かねぇよ!ザァーコッ!!」
ミノタウロスと目があう。怯えた目。柄を握りしめて大剣を頭から振り下ろす。地面を割った。断面から臓物が零れ落ちた。
〈盲のミノタウロスたちを倒した〉
〈経験値432ポイントを獲得〉
〈レベルが9に上がりました〉
〈各種ステータスが向上しました〉
〈スキル:無慈悲な一撃をひらめきました〉
〈グレートソードを見つけた〉
〈黒鉄の大楯(壊)を見つけた〉
〈隼の弓を見つけた〉
「ふうぅぅうう………」
大きく空を見上げて息を吐く。階層主を倒したからか、気づいたら天井から夜光石が輝きだして、青の淡い光が満ちていた。
気分がいい。冒険者ライセンスの軽快なファンファーレがいつもより澄んで聞こえる。これで、静かになった。ここにはもう、美しいものしか存在しない。
〈ベルセルク・オーバードライブを解除〉
心臓が破裂するかのように大きく鳴った。頭が割れるように痛い。呼吸が……できない。
そのまま後ろにたたらを踏んで、足がもつれた。
倒れる。そう思ったとき、後ろから優しく抱きすくめられた。柔らかくて、いい匂い。
「よくやりましたね。ヤマト」
胸の前に回された手に力が入る。マキナの体温を背中に感じて、緊張が解れてくる。
「……いい子」
そのまま、ゆっくりと地に寝かされる。地面のひんやりした感触が、ドクドクと熱くなった体を冷やして、気持ちいい。
「マキナ……勝ったぞ……」
「はい。本当によく頑張りましたね。とってもカッコよかったですよ」
マキナを見上げると、慈愛に満ちた眼差しを俺に向けている。相変わらず汚れ一つついてない顔。よかった。無事みたいだ。髪を撫でる手がこしょばゆい。
「アイツら……どうなった……?」
マキナは一瞬、小首をかしげた。そして、思い出したように「……残念ですが、盲のミノタウロスとゴブリンに殺されてしまいました。……因果応報、ですね。そう言うべきなんでしょうけど……」と、言った。
「そっか……」
アイツら、死んだのか。助けてやったのに俺たちを騙して、罠にはめて、たぶん、装備を盗もうとした。何よりも、マキナを危ない目に合わせた。許せない奴らだったけど、もうぶん殴ることも出来ないのか。それは、すこし、残念かもしれない。
瞼が急に重くなる。安心したからか、マキナがおぼろげに見えてきた。
「いいですよ。今は眠ってください。私が、見守っていてあげますから」
「……そりゃあ、いいなぁ」
視界の端で、淡い光が瞬いた。あれは……。
その正体を確かめる前に、闇が降りた。
さっきとは違う。暖かくて、包み込むような。俺だけの、静かな闇。手足に痺れが広がる。そのまま、俺は夢の中に落ちていった。
――……おや、ま……息が……。見た目よ……も……タフですね。
……声が聞こえる。遠く、ぼやけた声。誰だ?
……ひとつは、女の声。
……もうひとつは、冷たい無機質な声。
――……や、やめ……。来ないで……!
女の悲鳴。震える、必死の……声。
……目が、開かない。身体が動かない。
――……その装備、……ですよね。ダメですよ。……人のモノを盗んでは。
引き絞ったような金属音。光がちらつく。痛みが、ない。
――……とごろ……!来…な…!
誰かが泣いている。
水の底みたいに、音が濁っていく。
――……ソウルは……しいですね。火炎……スキルの……素敵な……。
……ソウル?
マキナ……違う、あれは……誰だ……
――……やだ……やだやだやだやだっ!!
叫びが遠のく。耳鳴り。
息を吸っても、空気が入らない。
――……では……持ち腐れです。……もっと……器を……。
器……? 何の……話を……。
――……ひぃ、ひぃいい、……ごめんなさいっ!……してくださ……!!
悲鳴がノイズみたいに途切れる。
世界がゆっくりと、裏返る。
――……これからは……仲間ですね。……一緒に……冒険が出来て……。……えーと。
――……ああああ!!……誰か……たすけ……
断末魔の声が、唐突に消えた。
――キィンッ。
代わりに、冷たい金属音。
何かが、落ちた。
――……お名前、なんでしたっけ?
……そこで、意識が、ぷつりと途切れた。
つづく




