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東方鼬紀行文  作者: 辰松
一、旅鼬
8/29

其之八、鼬大江山の鬼と会う事、上

 

 酒呑童子。


 平安時代、京都府の大江山を拠点にしていたと言われる鬼の頭領である。竜宮のような御殿に数多くの鬼を手下として従え、都の美しい女を攫っては喰らっていたと言う。

 室町時代の『御伽草子』によると、その姿は身の丈六メートル、手足は熊のよう、短く乱れた赤い髪に角が五本と赤ら顔、目に至っては十五も有ったそうである。化け物だ。

 また、出生に関する伝説が複数有る。

 絶世の美少年で有ったが、振った女達の恨みで鬼に変じたという話。

 母の胎内で十六ヶ月を過ごし、生まれた時には歯も髪も生え揃い成長も異常に早く、鬼っ子と呼ばれ母に捨てられ本当の鬼となる、酒呑童子とは捨て童子の転だとする話。

 はたまた、かの日本神話の怪物、八岐大蛇の息子であるとする話。等。


 ……語れる事は山程有るのだが、前置きで紙が尽きてしまう。さっさと先に進もう。


 これより記すのは、上記の鬼とその愉快な仲間達との出会い及び波乱の話である。




◇◆◇◆◇




「……む。行ったか」


 とある山の奥、一匹の鼬ががさがさと藪を揺らし、ひょこりと顔を出す。


 俺である。


 こんな山中の藪の中、鼬の姿で俺は一体何をしているのかと言うと、ま、色々と事情が有ったり無かったりしなくも無かったりするのである……が、それは後回しにするとして、近況報告と行こう。

 八雲との二度目の遭遇から、約二百五十年。時は既に平安中期、西暦にして千年弱。

 一度目の遭遇後と同じく、隠れに隠れた年月であった。まあ八雲も、鼬風情に虚仮にされて怒り心頭、しかしもういい加減うんざりといった心境らしく、『幻想郷』とやらの方が忙しいのもあってか、以前程には熱心な捜索は無かった。

 それでも止めてはいないのだから、大した執念である。此方としてはとっとと諦めてほしいものだが。


 さてこれまでに有った出来事。


 宇治の橋姫。

 夫の浮気で嫉妬に狂い、鬼に変じて京都中の男女を食い殺した……なんていう実に恐ろしい女の伝説。 その狂乱を少しばかり遠くから眺めていたのだが、うっかり見つかり追い掛けられたりしてしまった。トラウマが出来た。女ってマジ怖えぇ。


 安倍晴明。

 この国で恐らく最も有名な、そして最も卓越した陰陽師。……二番目に有名なのはきっと矢部野彦麿……いや何でもない。

 兎にも角にも恐ろしい奴であった。彼の妖怪退治を能力全開完全隠行モードで見物していた俺に、あっさり気付きやがったのである。何とか逃げおおせたものの、アレは多分、八雲とでも対等に戦える。と言うか、うっかりしたら勝っちまうんじゃなかろうか。人間って怖えぇ。

 ……まあ、どうした訳か数ヶ月後にうっかり鉢合わせして、何やかんやで仲良くなったりするのだが、それは割愛。色んな意味ではっちゃけた奴であった。


 尻尾も増えた。が、増える早さはがくっと落ち、現在八本である。二百五十年で一本。神社に行かなくなったのが悪いのだろうか。はてさて。


 で、一体何故俺は山の中に居るのか。

 その理由は、都で聞いたとある噂である。俺が二百年超掛けて作り上げた、京都の周囲に張り巡らされた雑妖ネットワーク―――何て言う程大袈裟な物でもない、ただの井戸端会議の様なモノ―――の一端に引っ掛かった話。


 曰く、『大江山に鬼が出る』、と。


 鬼。鬼だ。鬼である。

 こんな趣味をしている事から解るだろうが、自分は神だの妖怪だのというモノ達が大好きだ。中でも日本古来の妖怪という奴に、取り分け強い興味を抱いている。河童然り、天狗然り、鬼然り。

 そして、大江山。この時期に大江山で鬼と言えば、思い当たるのは一人だけ。


 酒呑童子、だ。


 日本三大悪妖怪に数えられる最強の鬼。斯様な噂を耳にして、妖怪ラウ゛なこの俺がじっとしていられる筈が有ろうか。いやない。反語表現。


 とまあそんな訳で、さっさと身支度を終えた俺は、気持ち的には亜光速で、大江山へと突っ込んで行った訳である。


 ……が。此処で直ぐに冒頭へ繋がる訳ではないのである。

 俺が今、何故藪に隠れてこそこそしているのか。何故「……行ったか」何て物凄く追われてるっぽい言葉を吐いているのか。


 まあぶっちゃけ追われてるからだ。


 ならば誰にか、と問われれば―――


「……見ぃつけ、たあ!!」

「うひょぅわ!?」


 突如背後に浮かぶ気配に、慌てて藪から飛び出す。後ろで拳が風を切る音が鳴り―――轟音と共に地面が砕け、砂が石が散弾の如くに飛び散る。


「ちぃ……また避けたか」


 舌打ちをして、気配の元―――額に角を生やした女が、その腕を地面から引き抜く。ばきばきという音が鳴り、根を砕かれた周りの木が二、三本倒れ伏す。


「全く……さっきから逃げてばっかじゃないか。真っ正面から受け止める気は無いのかい」


 赤い角の女―――鬼はそう言って、にやりと笑いながら此方を見遣る。


「……それをやったら俺は死ぬがね」


 冷汗を垂らしながらそう抗議して、くるりと尻尾を振りつつ逃走の隙を伺う。


「はん。喧嘩で死ぬなら―――本望だろうさ」

あんたと一緒にしないでくれ……」


 さて、何だって俺はこの剣呑な女鬼に追われているのか。それを伝えるためには、時間を少しばかり―――俺が大江山に入山した辺りまで遡る必要が有る。




◇◆◇◆◇




「さってさてさて。鬼の御殿は何処いずこかね」


 鼻唄混じりに呟きながら、人の姿で悠々と山道を歩く。

 何時の普段着である青い着物に行灯袴。大きな笠を被り、目の回りそうな柄の着物を羽織っている。笠はこの百年程の間に友人の妖怪に貰った物、羽織りは諏訪の神様に『要らないからやる』と譲り受けた物だ。

 どちらもちょっとした余所行きの様な物である。


「……ん?」


 前方に人影を見て、ふと立ち止まる。はて、鬼が出る危険な山で、一体何をしているのだろうか。


「うおーいそこの人ー」


 取り敢えず声を掛けてみる。


「………ん? 何か用かい?」


 言いながら振り返る人、どうやら女性であるらしい―――


「……んん?」


 ある事に気付き、目を見開いてその女性を―――正確にはその額を見詰める。


「角……だと……!」


 そう。彼女の額には、実に立派な赤い角が生えていたのである。

 それを視認した俺は瞬間的にBダッシュ、突然突っ込んで来る変な奴に呆気に取られる女性の目の前で急停止。そして問い掛け。


「あんた鬼だね! 鬼だよね!?」

「え、えぇ……? ちょ、やめ」


 戸惑う女性の肩を掴んでがくがく揺らす。角が危ないけど気にしない。


「鬼だ鬼だろ鬼に決まって痛い!?」

「やめれってんだこのっ!」


 殴られた。


「酷いっ! 親父にも殴られた事無いのにっ!!」


 定番の台詞。使い所が違う気がするが。


「どんな過保護だ!」


 あんたも突っ込み所が違う。


「……いや、な……物心付いた時には、父親がもう居なくて……さ」

「あ……そりゃすまん」

「はっはっは苦しゅうない」

「うわいきなり偉そうになった」


 呆れた様な顔の鬼。うむ、漫才はこの辺にしておこう。


「何はともあれ……鬼だよね?」

「……うん、まあ、鬼だが。それがどうかしたのかい?」

「ぃよっしゃー! 鬼だー! やふー!」

「……そんなに珍しいかね、鬼。てか、あんた何?」


 小躍りする俺、呆れ返る鬼。


「いやーあはは。色々あるのさ自分。 ……さて」


 笠を下ろし、背筋を伸ばし姿勢を正す。人妖付き合いの基本は挨拶である。ついさっきまで全力で疎かにしていた気がするが気にしてはいけない。


「少々興奮して申し遅れた。自分はしがない普通の鼬、八切という者だよ」

「鼬ぃ?」


 鬼が、俺の言葉を聞き怪訝な顔をする。


「鼬なんぞが、一体この山に何の用だい」

「用、と言う程ではないのだけどねー……ただ」


 笠を被り直し、にぃと微笑む。


「ただ、酒呑童子ってのに会ってみたいだけなんよ」

「酒呑童子にぃ!?」


「そ。そんな訳だから鬼の御殿まで案内してくれたりするととても嬉しいよ?」

「……はぁん……鬼の頭領に会いたい、ねえ……」


 此方を実に物珍し気に見詰める鬼。まあ当たり前であろう。鬼と言えば暴力の象徴みたいなモンである。誰が好き好んで会いに行くだろうか。俺か。


「……良いだろう」

「おおっ、流石鬼! 愛してるっ!」

「何を言ってるんだあんたは……連れてってやってもいいが、ただし条件がある」

「条件とな」


 鬼はにやりと笑うとくるりと踵を返し、数メートルばかり距離をとって此方へ向き直る。


「あたしと、喧嘩しろ」

「……喧嘩ぁ?」


「そうだ。ウチの大将に会いたい何てぇそのクソ度胸、気に入った。余程自分の力量に自信が有るんだろうね」


 いや、そんな事は無いのだが。


「その度胸に免じて……あたしに喧嘩で勝てたら、大将のとこまで連れてってやるよ」


 ……ふむ。喧嘩、か。確かに、鬼には喧嘩好きなイメージが有る。と言うか、勝負事が好きなのであろうか。

 さてさて勝てば酒呑童子に会える訳だが、実際の所別に喧嘩なぞしなくとも自分で捜せばいい事である。所詮山一つなのだから、のんびり捜しても日が暮れるまでには見付かるだろう、断っても良いのだ。

 ならば喧嘩に意味が無いかと言うとそんな事も無かろう。これから会いに行くのも鬼なのだ、喧嘩の一つでもやって勝って行けば一目置かれる程度の事は有るやも知れない。むしろ喧嘩を避けたりすれば、腰抜けとでも見られかねないのではないか。いやしかし自分は平和主義者で……。


 と半秒ばかり熟慮に熟慮を重ね、結論。


「やりましょ」

「即答か。いいじゃあないか」


 鬼が楽しそうに笑う。

 ……が、これは決して即答ではない。これでも熟考の後の結論なのだ。高速思考は人間の頃からの実に便利な特技だが、大抵の受け答えが即答に思われてしまうのは困った事である。


「規則は特に無しだ。武器も妖術も大いに使いな。能力も、有るなら御自由に、だ」

「うーい。了解だ」


 ま、これでも千年弱生きた大妖怪―――の分類にそろそろ入っても良い筈―――だ。鬼の一人に負けるような事はあるまい。


「んじゃ………この小石が地面に落ちたら始め、だ」

「おー」


 鬼が足元の石を拾い、上へ放り投げる。


 石は天高く放物線を描き、地面へと吸い込まれる様に落ちて行き、俺はかろんと軽い音を聞き―――


 ―――その瞬間には、既に眼前に鬼の姿。


「ッ!?」


 眼前に振り上げられた腕に目を剥き、慌てて大きく飛び退く。

 振り下ろされる拳は空振って地面へと突っ込み―――割った。


 ズガァン、という様な凄まじい轟音と共に、大地が粉砕される。飛び散る石礫が顔を叩く。


「へえ……躱すか。やるね」


 鬼が顔を上げ、俺を見据えて笑う。


 と、言うか。


 何だそれは。何だその馬鹿力は。幾ら鬼だっても今のは無いだろう。拳じゃなく地面が砕けるって。

 コイツ―――ただのモブ鬼じゃ、なかったのか。


「そういやあ、未だ名乗ってなかったね……」


 ずがん、と地面から腕を引き抜き、実に楽し気に笑いながら言葉を紡ぐ。


「鬼の四天王が一人……星熊勇儀だ! 何処からでも掛かってくるが良い!!」

「ほ」


 ――――ほ。


「星熊ぁ!?」


 星熊。星熊童子。

 モブなんてモンじゃない。酒呑童子の四天王。それはつまり、酒呑童子の次くらいに強い鬼だという事で。


「……さっ……詐欺だー!! 待った待ったそんなの聞いてねぇっ!?」

「問答無用! さあ、行くぞ鼬っ!!」

「イヤー問答させてー!?」


 ああ、何故先に名乗って貰わなかった。何故喧嘩なぞしようと思った。俺の阿呆。


「……あぁっ!? 待てコラ逃げるなっ!!」


 取り敢えず踵を返し、妖術で追跡妨害工作をバラ撒きつつ、涙目になりさっきの自分を心中罵倒しながら、全力で後ろへ前進する。


 ああ、もう。本日はきっと厄日に違いない。




◇◆◇◆◇




 そんな訳で十分ばかり逃げ回り、目立たぬ様に鼬の姿で藪の中をごそごそしていた所をうっかり見付かった、先の場面に繋がる訳である。


「さて……もう逃がさないよ」

「……むう」


 さて―――先程は反射的に逃げたものの、自分はこの大江山から逃げ出す訳には行かない。何たって、未だ酒呑童子に会っていないのだ。


「仕方ない、かね……」

「おや。やる気になったかい」


 それに、一度喧嘩を了承してしまった以上逃げてしまえば間違いなく印象が悪くなる。腰抜け等と軽んじられて、会話も出来なくなるのは御免、である。

 一応策も無い訳ではない。


「負ける訳にはいかんからな。本気で行くぞ」


 言って、人の姿になる。邪魔になる笠と羽織りを『窓』に放り込み―――尾を八本全て顕現する。


「ほお……!」


 鬼―――星熊童子が驚きに目を見開き、そして嬉しそうに笑う。


「八尾か……大したモンじゃないか、鼬の癖に」

「ま、それなりに長生きしてるんでね。 ……さあ酒呑童子に会う為だ、何が何でも勝たせてもらうぞ星熊の!!」




◇◆◇◆◇




 と、大見栄を切ったは良いものの。


「……うーむ。遣り難い……っとぉ!」

「さっきの威勢はどうした鼬ィ! 避けてばっかりじゃないかさっきからっ!」


 ズドォン。空振る拳、舞い散る土と石。


「いや、普通避けるからね」

「ああもうっ……一寸ちょっとは反撃して来たらどうなんだ!」

「と言われましても」


 遣り難い。

 これ程強い鬼に自分の妖術が通用するとは思えない。元々自分は攻撃用の妖術を余り覚えていないのだ。

 体術は論外。殴り合ったら死ぬ。

 で、能力な訳だが………『切断』。非常に強力な能力である。腕を脚を切り落とせば、それで勝負は付くだろう。自分にはそれが可能だ。


 が、しかし。これは殺し合いではない。


 未だ後が有るのだ。酒呑童子に会わねばならない。配下の手足切り落として、好印象を持たれる筈が無い。むしろ報復を受けそうだ。

 切り落とした手足を『結合』でくっ付け直す、という方法も考えたが………そんな頭のおかしい事、今まで試みた事等有る筈が無い。やっぱ無理でした、では済まないのだ。

 ならば如何する。


「……まあ……これくらいなら良いか。仕方ないね」


 此方へと拳を振り上げる星熊に、ひょいとチョキを向ける。狙いは脚。


 ……ところで、このチョキに余り深い意味はない。自分の能力は対象のイメージが大切な為、その助けにしているだけである。ぶっちゃけしなくても能力は使えるのだ。


 兎にも角にも、ちょきんと指を閉じて能力発動。狙うは星熊の右足。


「ぐあっ!?」


 バチン、という音と共に、星熊が右の脚を押さえて転ぶ。脚を切り落とした訳ではない―――俺が切ったのは、アキレス腱。鬼と言えどもその身体構造は人間に近い訳で、アキレス腱が断裂した状態で歩ける人間等居ない。


「ぐっ………この―――がぁっ!?」

「はいはい寝ててねー」


 それでも立ち上がろうとする星熊の、左足と両腕の腱も『切断』する。いやー便利な能力だ。


「さて。俺の勝ちで良いね?」

「……うぐぐぐ………あんた、一体何したんだ」

「能力だよ。詳しくは教えないけどね」


 俯せのまま此方を睨み付ける星熊に、ちろりと舌を出す。


「………はあ。こんなあっさり勝てるんなら、逃げる必要無かったんじゃないかい?」

「たはは。素手で地面砕いたりするモンだから、ちょいと吃驚びっくりしたんだよな。どうやって倒せば良いものか、考えてたってのも有るし」


 実際の所は、『切断』した腱を『結合』で治せるか否かを自分の足で試していたのだ。腱を切って勝ったとしても、その後案内してもらわなければならないのだ。まさか背負って行く訳にも行くまい。主に胸的な意味で。

 どうでもいいが星熊は巨乳である。着物から見える谷間が非常に目の保養………もとい毒である。


「兎も角も、俺の勝ちな。酒呑童子んとこまで連れてってもらうぞ」

「……はあ。あたしはもっと喧嘩らしい喧嘩がしたかったんだけどね……仕方ない、負けを認めよう」


 溜息をつく星熊。俺に殴り合えと言うのか、冗談じゃない。


「……ところで、全く動けないんだが?」

「あ、今治す」


 左手の掌を向けて、グッと握る。これもチョキと同じ、特に意味はない。


「……おぉ。治った」


 ひょいと立ち上がる星熊。うむ、自分以外にも効いた様だ。良かった良かった。


「そいじゃ、ついて来な」

「うーい」


 笠を被り直し羽織りを肩に掛け、星熊について歩いて行く。


 さて、酒呑童子はどんな奴であろうか。




◇◆◇◆◇




 幼女であった。


「よく来たね鼬! 私が酒呑童「何でやねえええん!!」ぎゃあああああ!?」


 スパアン。


 突っ込みの音ではない。うっかり発動した俺の能力が、酒呑童子の二本角の内右の角を切り落とした音である。


「何でだよ! 何で幼女だよ! 前々から思ってはいたけどおかしいだろうがよこの世界!!」

「角! 角が! あたしの角がっ!?」

「神様は女だし幼女だしかぐや姫は月に帰らねえし月は未来都市だし星熊童子も女だし! 母君は馬鹿だし八雲は怖えぇし妹紅はデレるし仕舞いにゃ酒呑童子が幼女かぁっ!! ふざけんなあああっっ!!!」

「何か良く分かんないけどソレあたしの角と全く関係ないよね!?」

「手前の角とかどうでもいいわぁっ!!」

「非道い!?」


 錯乱する俺。涙目の酒呑童子ようじょ。しっかし本当に何なのだこの過去世界。ことごとく記憶と違う。異世界なのか。パラレルなのか。


「……ふう。いや、少しばかり錯乱してた。すまんね」

「なんかいきなり落ち着いてるとこ悪いけど謝られてもあたしの角はくっ付かないよ!?」

「あ、うん。ちょっと貸して」


 幼女の手からひょいと角を取って、断面に押し付け能力発動。


「あれくっ付いた!?」

「いや、ホント御免。わざとじゃねーのよ」


 驚愕する幼女に適当に謝る。最初は敬語を使うつもりだったのだが、何か色々どうでも良くなった。幼女だし。


「……はあ。何か理不尽過ぎて逆に怒れなかったよ」

「それは重畳。忘れてくんな」


 ところで、俺が居るのは客室らしい座敷である。星熊は俺を此処に連れて来るとさっさと何処かへ行ってしまった。

 で、しばらく待っていると幼女が入って来て、酒呑童子だ等と言い出した冒頭に繋がる訳である。


「さて。自分はしがない普通の鼬、八切七一という者だ」


 人妖付き合いの基本(ry。ついさっきまで全力で疎かに(ry。


「………まあ、何だ。鬼の四天王が一人、酒呑童子こと伊吹萃香だよ。この山で鬼の頭領なんかやってる」


 頭の左右に捩くれた角が一本ずつ。布で括った長い金髪。袖の無い、と言うか千切ったような着物。そして幼女。それでも矢ッ張り酒呑童子らしい。


 さて、伊吹―――伊吹童子。

 伊吹山の出生伝説における酒呑童子の幼名、であったか。鬼子と呼ばれ伊吹山に捨てられた伊吹童子は、長じてのち大江山へ行き、酒呑童子と呼ばれるようになるのだ。

 しかして何故幼名なのか……ああ、幼女だからか―――


「……ん? 四天王が一人?」

「うん? それがどうかしたのかい」

「いやいや。酒呑童子とその四天王達―――じゃあないのか?」

「いや、鬼の四天王だよ。私と星熊と、金熊と虎熊」

「……熊童子、という名に聞き覚えは?」

「誰それ」


 何てこったい。記憶に合わぬにも程が有る。酒呑童子の四天王、ではなく鬼の四天王、になっている。そして酒呑童子が降りてきた分、四天王の一人であった筈の熊童子が外されている。熊童子は犠牲になったのだ………。

 いや本当に何なのだこの世界。幼女だし。


「……はあ。ちゃんと俺の知ってるように行くんかね……」

「何が?」

「別に何でもねーですよ、よう……もとい伊吹の」

「よう?」


 言ったって仕方あるまい。幼女なんだから。


「……まあ良いや。で、一体鼬なぞが何の用なのかな?」

「いや。用と言う用は別に無いんだがな」

「え? 私に会いに来たんじゃないのかい?」


 首を傾げる幼女。ちょっと可愛いじゃねえかこの野郎。


「んー。会いに来ただけ、なんだよな。特に用はないんだわ。強いて言えば―――高名な幼女……もとい酒呑童子の顔を一度拝みたかった、てなモンかね」

「誰が幼女だ……てかなぁにその理由」


 さてそう言われても。幼女だし。


「用も無いのに鬼の頭領に会いに来て、用も無い奴に会う為に星熊と喧嘩までした、って言うのかいあんた」

「そうなるかねー」

「……変な奴だね」

「聞き慣れてるな、その台詞は」


 会う奴会う奴に変だと言われる。幼女にすら。


「用は無いってんなら、もう帰るのかい?」

「それでも良いけどなー………出来れば、この屋敷ん中とか見せてほしいね」

「………何でさ?」

「後学の為、みたいな?」


 ただの興味である。


「別に良いけどね………んー」


 にやり、と、何か思い付いた様に幼女が笑う。


「あんた………星熊に楽勝したらしいね」

「………楽勝って訳じゃ、無いけども」


 ………げ。この展開は、真逆まさか


「何はともあれ勝ったんだろ。さぞかし強いんだろうねぇ」

「………いやー、自分はただのしがない普通の鼬」

「よし喧嘩だ。私に勝ったら頼みを聞いてやろう」


 人の話は聞けこの幼女め。


「いや、そこまでして見たい訳では………」

「最早問答無用! いざ勝負!!」

「問答をした覚えが無いんだが!?」


 ズガアン。

 言う暇も無く振り下ろされた幼女の拳が、咄嗟に飛び退いた俺の眼前を掠めて畳とその下の床を粉砕した。大穴が空く。


「ええい鬼ってのは皆人の話を聞かねえのかっ!?」


 叫びつつも妖力解放。八尾が露わになり、妖気が溢れ出る。


「ははっ! 中々の妖気じゃあないか!!」

「御褒めにあずかり恐悦至極っ! とっとと寝てろこの幼女!!」


 チョキを向けて能力発動。狙いは勿論先程と一緒、脚の腱に定めて―――


「………は?」


 伊吹の姿が消えた。


 霧の如くに身体が薄れ、ぶわりと伊吹の霧状の妖力が部屋に広がって行く。


 そして、何処からとも無く響く伊吹の声。


「んふふ………私の能力、だよ………霧になってる私には、攻撃は当たらない」

「んなっ………何だソレ狡りぃっ!?」


 等と言う間にも、背後に伊吹が具現化、殴り掛かって来る。慌てて前に転がって避ける。能力を発動しようとすると、ふっと消える。


「さっきので予想はついてるのさ。あんたの能力は『切る』事だ」


 うげ。角か。


「霧なんて切っても切れない物には、あんたの能力は通用しない。………どうせ素直に殴り合う気なんか無いんだろ?」

「当たり前だ。鬼なんぞと殴り合ったら死ぬ」

「ならば少々卑怯だが………このまま勝たせてもらう! 星熊と角のかたきっ!!」

「うわあ角の事根に持ってた!?」


 前後左右から繰り出される拳を、くるくると躱す。しゃがみ、身を傾け、弾き、尾で受け流す。


「ええい躱すの上手いなあ面倒臭いっ!」


 考えろ、考えろ俺。この霧になった幼女をどうにかするには一体どうすれば良い。

 ………ん?


「………『結べ』」

「ぅえ!?」


 ………気付いてみれば非常に簡単であった。もう一つの能力、『結合』。

 無理矢理纏められた伊吹が、俺の目の前にその姿を結ぶ。


「はいちょっきーん」

「いだぁあっ!?」


 素早く四肢の腱を切断。こうなれば何も出来まい。伊吹を固く結んだまま、尻尾の上にふわりと腰掛ける。


「ふう………死ぬかと思った」

「うぐー………今一体何したのさあんた」

「今のも能力。詳しくは勿論教えない」

「………ぶー」

「むくれるな。兎にも角にも俺の勝ち」


 いやー結構何とかなるモンだ。躱す事には自信がある。躱し続ける事が出来れば道を模索する事が出来る。


「………はあ。何か納得行かないけど、負けは負けかな」

「そりゃ良かった」


 言って、能力発動。断裂した腱を結び直す。


「………わ。治った」


 身体を起こし座り込む伊吹。


「しっかし部屋ボロボロだな。お前さん暴れ過ぎだろコレ」

「あはは。何時もの事だから良いんだよ」


 鬼同士で喧嘩しているのか。道理で、これだけ大騒ぎしても誰も見に来ない訳だ。日常茶飯事と言う事か。


「まあ、何はともあれ」


 伊吹がにかっと笑い掛ける。


「あんたは今から客人だ。大して面白くもない屋敷だが………まあ、ゆっくりしてくといい」

「………そりゃどーも」


 やれやれ。屋敷をうろつく許可は得たらしい。が―――


「今日は一旦帰るわ。また明日来る」

「え? 別にウチで休んでっても」

「さいならー」

「あ」


 引き止める声は聞かず、さっさと『窓』へ入る。


 休んでくなぞ冗談じゃない。

 鬼の住む屋敷なんかに泊まったら―――間違いなく酒盛りに巻き込まれるではないか。

 酔っ払いは、嫌いである。

 

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