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東方鼬紀行文  作者: 辰松
一、旅鼬
6/29

其之六、鼬富士の山にて不死の生誕に立ち会う事

 

 竹取物語の、後日譚。


 かぐや姫より帝へと届けられた不死の薬。しかし帝は、『かぐや姫の居ないこの世に生き長らえて何の意味があろうか』と、兵達に命じて、薬をかぐや姫の手紙とともに国で一番天に近い山の頂上で燃やさせてしまった。それよりその山は、不死の山―――則ちふじの山、富士山と呼ばれるようになった―――という、一つの地名起源伝説である。


 これより記すのは、燃やされた、燃やされる筈であった不死の薬を口にしたとある少女との、出会いの話である。




◇◆◇◆◇




「……うん。こんなもんかね」


 富士の頂上より少し離れた所、大きな岩の上。

 その内登ってくるであろう帝の兵士達を待ちながら、俺は紙束を紐で纏めた冊子に筆で文字を書き込んでいた。紙は大分前に纏めて手に入れたもの。中々に高級品だったが、獣を狩っては肉や毛皮を売り、何とか金を作ったのだ。筆や墨も同じである。書いている内容は、これまでの旅について。今は丁度、先日の月人との戦闘に関する記述が終わったところである。

 題して、『東方鼬紀行文』。東方、というのはかのマルコ=ポーロが記した『東方見聞録』からとったものである。


「さてさて……歩くの遅いなぁあいつら」


 紀行文を『窓』に放り込み―――諏訪大社の一室を、面白いものを見つけたら送るという条件で借りている、なんせ神社だから盗難の心配ゼロ―――やっと視界の範囲に入ってきた、一列になってのろのろと登ってくる帝の兵達を眺める。妖獣である自分から見ては、あまりに遅くて苛立ってくる。


「ま、気長に待つか……にしても」


 ふいと視線を動かし、今度は山の頂き近くの岩影を見る。


「何してんだろなあ、あの子」


 そこには―――何やら酷く思い詰めたような表情で座り込む、一人の少女がいた。


 つい先程俺が登ってきたときには、既にそこでうずくまっていた。普通に考えて、俺と同じ目的―――不死の薬が燃やされるところに立ち会うために、そこに居るのだろう。よくもまあこんな所まで登ってきたものだ。

 だが、その理由が分からない。

 何のために立ち会いたいのか。薬を奪って飲もうというのか。不死の命が、永遠の生が欲しいというのか―――だがしかしそう考えると、違和感が有る。

 彼女のその表情には、希望とでも言うモノが無いのだ。永い命を欲する、ぎらぎらしたモノが全く無いのだ。それどころか、何だか俺には―――酷く自棄になっているように、見えるのだ。


「……ふむぅ」


 くらりと首を傾げる。声でも掛けてみようか。


「お嬢ちゃんお茶しない―――なんて」


 何処のナンパ野郎だ。


「……んむむむ…………む?」


 如何なる声を掛けるべきかと考え込んでいると、いつの間にやら帝の兵達がすぐ近くまで来ていた。巨岩の上に座り込んでいる俺は普通ならかなり目立つのだが、彼等には見えていない。母君直伝の隠行の術をもって、姿を隠しているのである。


「……ま、いっか」


 少女の目的が何かなど―――知ったことではない。奪って飲むのもいいだろう、勝手にすれば良い。過去に来て見るものが、一々知っている歴史と違うのにはもう慣れた。

 ただ、紀行文に書き付ける内容が、少しばかり変わるだけである。


 帝兵御一行が山頂に到着した。岩影の少女が身を起こし、兵達を怖い目でねめつける。……やはり、薬を奪うつもりらしい。


「……そんなに長生きしたいかね」


 ぼそりと呟く。ま、二千年生きるつもりの奴が言う台詞ではないかも知れないが。


 一番偉そうな立派な鎧を着た男が前に進み出て、懐から包みを取り出す。あれに薬と手紙が入っているのだろう。鎧の男は包みを地面に置き、後ろの兵に何か言う。恐らくは、火の用意を、とかか。


 その時。少女が動いた。


 岩影から走り出て地面に置かれた包みを掻っ攫い、そのまま走って逃げていく――――と言うか。

 こっちに向かって走って来ている。


「……ふむ。丁度良いかな」


 ポカンとする兵士達を尻目に走る少女が俺の正面に来た辺りで、隠行を解く。


「え?」


 座っていた岩から飛び降り、突然現れた人影に目を丸くする少女をひょいと抱き上げ、ますますポカンとする兵達を矢ッ張り尻目にしつつ山を駆け降りる。


「な、何……!?」

「喋りなさんな。舌噛むよ」


 混乱した様子の少女に軽く注意しつつ、人間離れした凄まじい速度で山の麓の森―――現代で言うところの青木ヶ原樹海へ五分と掛けずに走り込む。


 帝の兵士達が我に返った頃には、既に誰も居なくなっていたのであった。




◇◆◇◆◇




 人間にはおいそれと踏み込めない、樹海のド真ん中。そこまで来て俺は立ち止まり、抱いていた少女を下ろす。


「ひぅ……」


 途端、小さく悲鳴を上げながら俺から距離をとる少女。どうかしたのだろうか。


「よ……妖怪」

「……あー」


 ……考えてみれば当たり前である。


「……まあ、そだな。鼬だ」


 くるりと大きな尻尾を振りながら、言う。


「うん、まあ、いきなり連れて来て悪かったな。ちょっと聞きたい事が有るんだが」


 少女の顔を見つめつつ、そう言ってみる。だが少女は妖怪への恐怖に、無言で半泣きになるばかり。

 ……目か。この三白眼が悪いのか畜生。


「……むう。ならこれでどうだ」


 ぽふん、と。何だか間の抜けた軽い音を立て、鼬の姿になる。


「……え?」


 少女がまた目を丸くする。


「い……鼬?」

「うむ。鼬だ」


 相手がかなり縮んだ事に、少女は大分落ち着いたらしい。良かった良かった。


「……た、食べない?」

「食べない食べない。自慢じゃないが生まれてこの方、人間を食べた事はないぞ」


 まあ当然である。そこまで人間捨ててない。ともあれ少女はその言葉にいくらか安心したらしく、そっとこちらに手を伸ばしてきた。大人しく撫でられてやる。


「あ………普通に鼬だ」

「そらまあ。鼬だからねぇ」

「……ちょっと可愛いかも」

「…………」


 あまり嬉しくはない。


「……まあ、落ち着いたなら。ちょいと聞きたい事が有るんだが。良いかな?」

「……うん」


 今度は素直に頷いてくれる。よしよし。


「んじゃ、まずは……お前さん、名前は?」

「……藤原妹紅」

「藤原の……はぁん。貴族か」


 成る程言われてみれば、彼女の着ている服は中々に上質な布が使われている。何となく高貴な雰囲気を纏っているような気もしなくもない。

 しかし妹紅……か。


「聞いた事がないな……お前さん、親父の名前は?」

「藤原不比等……」

「不比等ぁ?」


 藤原不比等。それは。


「車持皇子、じゃんか」


 そう。竹取物語の登場人物。かぐや姫に熱心に求婚し、無理難題を言い付けられた五人の公達の内の一人だ。


「蓬莱の玉の枝……だったかな」


 彼が要求されたのは、金銀の御殿に白い鳥獣、仙人が住み不死の薬を作っていると言われる中国古代の創造上の神山、蓬莱山に生える玉の木の枝である。彼は蓬莱山を求めて一度は船出したものの、三日ばかりでこっそり帰って来て数人の職人を雇い、玉の枝を作らせたのだ。

 ……かぐや姫には端から結婚する気など無く、難題が求婚を断るための口実でしか無い実際不可能な物であった事を思えば、彼の行動は褒められた事ではないとは言え正しい道ではあったかもしれない。

 しかして、かぐや姫に会いに行き玉の枝を献上し旅の作り話を揚々と語っているところに、報酬をば寄越せと職人達乱入、彼の目論みはあえなく泡沫と消えるのである。


 そして彼女がその娘。成る程これでこの少女とかぐや姫を結ぶ縁は見えた……が。

 やはり分からない。何だって不死の薬を欲しがるのか。


「んじゃ次の質問。何故、薬を奪った?」


 分からないから、ずばり聞く。


「っ……」


 俺を膝の上に引っ張り上げて―――何故皆膝に乗せたがる―――そろそろと撫で続けていた妹紅が、びくりと手を止める。


「別に責める気はないぞ。まあ、ちょいと気になるだけだから……言いたくなけりゃ言わんでも良い」

「―――あ」


 俺の言葉には乗らず、少女は口を開く。


「あいつが―――あの女が、父上を笑い者にして。それで……父上は、自殺して」


 ぽつぽつと、途切れ途切れに。


「とにかく、何とか、言ってやろうと思ったのに。さっさと月だか何だかに帰っちゃって。だから」

「……ふむ」


 くらりと首を傾げる。


「要するに……当てつけか」

「…………」


 むすっとして黙り込む。

 まあ……八つ当たりであろうか。笑い者になったとて、明らかな自業自得である。気持ちは分からなくもないが……共感は出来ない。


「んで……飲むのか。ソレ」

「そのつもり……だけど」


 ぎゅう、と。包みを抱きしめる。


「……欲しいんなら、あげるけど」

「要らんよ。んなモン無くても、俺は長生きだ」

「…………そう」


 包みを開いて、薬瓶を取り出す。


「今飲むのか……別に止めやせんがよ。一応忠告はしておく。不死は辛いぞ。多分」

「……いいよ、もう。どうでも」


 ……最初の見立ては間違っていなかったらしい。自暴自棄。


 妹紅が薬瓶の蓋を開ける。小指くらいしかない、陶器製の薬瓶。こんな小さな瓶に、こんな少ない薬に、人一人を永遠に生かしておくだけの力が有る。全くもって、不思議な話。


「ところで、飲んだら味を教えてくれ」

「……何で?」

「ただの興味」

「…………そう」


 妹紅は一瞬呆れたような顔をして、すぐまた真顔になり――――ぐっと薬を口に含み、飲み込んだ。


「…………う」


 何だか変な風に顔をしかめて、こちらを向いて何か言おうとし―――


「がぁっ……!?」


 突然、喉を押さえてうずくまった。


「むうっ……どうした!?」


 目を見開き声を掛ける。月人の不死の薬、地球人の身体には合わなかったのか。


「ぐ、う、うぅ、ぅ……」


 答えず、ただただ酷く苦しげに唸り声を上げる妹紅―――と。


「……む……!」


 その髪が肌が、見る見る内に白く染まっていく。


「っ……はっ………はぁっ……」


 長い髪が先まで染まりきり、妹紅の呻きが止まる。荒い息を吐き出し、涙のにじむ目をこちらに向け―――


「……んむぅっ……!」


 また、驚かされる。こちらを見据える妹紅の瞳は―――紅く染まっていたのである。


「……何と、まあ。副作用か……?」


 しかしかぐや姫や、先日の女性・永琳女史等は、別に白髪赤目―――アルビノ、この時代に沿って言うなら白子ではなかった。一瞬にして色素が抜けてしまったのは、やはり地球人に月の薬は拙かったのかそれとも単純に体質の問題なのか。


「……あの………何か」


 妹紅が、難しい顔をしている俺に、どうかしたのかと声を掛けてくる。


「………落ち着いて聞け。お前さんの髪が、白くなった。目も赤くなっている」

「………え?」


 妹紅が驚いた顔をし、自分の髪を手に取りその純白を目にして愕然とする。


「……何、で……こんな」

「さてな………副作用、かね。月の薬は身体に合わなんだのじゃないか。………それより」


 まだ衝撃覚めやらぬ様子の妹紅に言う。……あまり立て続けにショックを与えるのも気が引けるが……自覚は早い方がいいだろう。薬が本物か否かも、一応試しておかねば。


「ちょいと手ぇ出しな」

「手……何で?」

「いいから」


 呆然としている妹紅の手を取り、小指の先に爪を当てて、小さな傷を作る。


「痛っ」

「ほれ。見てみな」


 突然の痛みに顔をしかめる妹紅に、その指先を見せ付け―――見る見る内に、傷が塞がっていく。


「さて―――」


 信じられないという顔をする妹紅に、はっきりときっぱりと告げる。


「―――人外の世界にようこそ……だ」




◇◆◇◆◇




「んで……お前さんこれからどうすんのよ?」


 暗い樹海の真ん中、未だ心ここに有らずといった様子の妹紅の膝にまたもや乗せられ、恐らくは無意識の内にわしわしと撫で回されながら、俺は問い掛けた。


「解ってるとは思うが都にはもう帰れんぞ。歳を取らない身体では一所に留まることは出来ん。当然旅の空だ」

「…………うん」


 妹紅はただ小さく頷く。


「もしくは、人里離れた所に隠れ住むか。その白髪と赤目は目立つから難しいかね」

「……あの。貴方は?」

「あん? 俺が何?」

「だから……この辺に住んでるの?」


 そう俺に問いかける。質問の意図が分からないが、一応答えておく。


「いや、ねぐらは無いね。旅人だ」


 人じゃないが。


「……それじゃあ」


 妹紅がこちらを見据えて、言う。


「連れて行って……くれない、かな?」

「……正気か?」


 突然の頼みに、少々面食らう。


「俺は人間じゃないぞ」

「いいよ。貴方は良い人そうだから」


 いや、人じゃないが。


「日本中引っ張り回す事になるぞ。妖怪と居ると危険な目にも遭う」

「旅するなら、一人の方が危ないと思う」


 ……ごもっとも。うろつき回る事の危険を差し引いても、一人で居るよりは俺と一緒に居る方がよほど安全である。


「…………ふむぅ」


 さてどうするか。旅に道連れが居た事など、今まで一度も無いのだ。どうにも決めかねる。


 だが…………まあ。

 ここにきて、彼女が薬を飲むのを止めなかった事に何となくだが責任みたいな物を感じてしまう。もう少し言葉を尽くしてみても良かったのではないか。

 なんせ不老不死。彼女は大分苦しむ事になるかもしれない。ならばせめて、この高々十五程度の少女を、一人でも生きていけるようになるまで―――何があっても死ぬことはないのだが―――育ててやっても良いんじゃないだろうか。いや育たないが。

 しかして二人旅。一応自分は追われる身、人数が増えればその分隠れるのは難しくなる。危険が有れば、自分の身だけで無く妹紅も守ってやらなくてはならない。

 しかししかし悪いことばかりでもあるまい。一人旅は気楽だが寂しいものだし、ふとした時に話し相手が傍に居るのはそう悪くない事ではなかろうか。

 いや、しかししかししかし―――。


 と―――つらつらと長々とじっくりと一秒程思考を重ね、結論。


 ひょいと妹紅の膝を飛び降り、言う。


「二人旅ってのも……悪かないかもしれんね」

「ほんと!?」


 目を輝かせる妹紅を見つめつつ、俺はすっと人の姿に戻る。目を丸くする妹紅に言葉を重ねる。


「ただし―――期限を切らせてもらう」

「……いつまで?」


 途端不安そうな表情になり、こちらを上目使いで見上げてくる。………可愛いじゃねえか畜生。わざとか。わざとなのか。


「そうさなあ……お前さんが一人で生きていけるようになるまで……五十年くらいかね?」

「え……それ、長過ぎるんじゃ」

「忘れたか。お前さん不老だろ」

「あ……そっか」


 まあ、無理もないが。


「ともあれ五十年。五十年でお前さんを、妖怪に襲われても身を守れるように、何があってもまともに生きていけるように、立派に独り立ち出来るように、する」


 妹紅の顔をじっと見据え、確認するように言葉を紡ぐ。


「それでいいなら―――ついて来い」


 対する妹紅も、俺の三白眼を目を逸らす事なく見つめ、はっきりと言う。


「―――うん」

「よしゃ」


 俺はにかっと笑い、妹紅の頭をぽんぽんと撫でる。妹紅は少しくすぐった気に目を細める。


「名乗っとこうか。俺の名前は、八切七一。しがない普通の鼬だ」

「普通の鼬は喋らないよ」

「……わはは。二回目だなその台詞は」


 何処ぞへ逃げ去った月の姫を思い浮かべる。……妹紅と会ったら喧嘩になりそうだ。


「取り敢えず、この森出るかね。そしたら次の目的地を決めよう」

「え? 決まってないの」

「割と行き当たりばったりな旅なんよ。面白そうな話が有れば向かう。無ければ適当にその辺うろうろする」

「……ふうん」

「さて、掴まんな……と。そういや」


 抱き抱えて走った方が速いと妹紅に手を伸ばし……ふと思い出して聞く。


「忘れてたが。薬の味は、どうだった?」

「あ。あれね」


 妹紅は、微苦笑して言う。


「死ぬかと思うほど―――不味かった」




◇◆◇◆◇




 とまあ、こんな経緯で俺の一人旅は二人旅となった。

 高々五十年、長い長い人外の生からすれば微々たる時間だが―――それでも、長い長い俺の旅に道連れがあったのは、この五十年だけである―――と、我が紀行文には記されている。

 


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