其之二十四、鼬地底にて古い知り合いと遭遇する事
パルスィが倒れていた。
「……大丈夫か?」
「……」
返事がない。ただの屍の様だ。
……。
さて。地霊殿を出た俺は、何処かで呑んでいるであろう勇儀を探して旧都をさ迷い歩いた。そして道端で聞いた話からこの居酒屋へやって来たのだ―――が。
入ってみたら、これである。
「……だい……じょぶ、じゃ、ない……」
「お?」
返事があった。ただの屍ではなかったらしい。
しかし声は弱々しく掠れ、内容も余りに力無い。もう少し元気なら、大丈夫そうに見えるなら眼の異常を疑うべきよ妬ましい、くらいは言いそうなものだ。屍のなり掛けである。
「立てるか?」
「……う」
返答するのも辛い様だ。俺は橋に送ってやるかと親切心を起こし、俯せに倒れるパルスィの背に手を触れ、
「さ、わら……ないでっ」
「おおぅ」
拒絶され、思わず身を竦める。
「いや……前後不覚の女に手ェ出そうとか、そんな趣味はねえんだが……」
「……違う、わよ」
パルスィはゆっくりと顔を横に向け、更に思い切り横目で俺を見上げ。
「今、動かされたら……多分、吐く」
「……はっはっは」
非常に切実なパルスィの言葉に、俺は引き攣った笑い声を上げる。そうまで言うなら仕方ない、謹んで放置させて頂こう。
パルスィに背を向け、犬っぽい妖怪の店主に声を掛けてから店の奥へ向かう。彼女が倒れていたのは入口付近、何とか出ようとした所で力尽きた様だった。憐れ。
「うぉーい勇儀ぃ……って、皆居やがんのかよ」
勇儀達が居たのは奥の座敷。別れた時の勇儀とヤマメ、キスメだけでなく、萃香達鬼やら他の知らない妖怪達まで混じっている。
「あ、七一だ」
「遅ぇぞコラー。テメエも呑みゃあがれー」
「あーはいはい。呑むから呑むから」
早速絡んでくる萃香や巳寅を適当にあしらいつつ、飲み比べに負けでもしたのか酔い潰れてびくんびくんしている蛇面の妖怪を押し退け勇儀の隣に腰を下ろす。
「随分な大所帯だな。萃香が萃めたのか?」
「途中からはね。七一は何処に行ってたんだい?」
「地霊殿ってトコだよ」
『窓』を通して手を伸ばし、酒瓶を一ツ確保。杯に注ぎながら辺りを見渡す。
ヤマメは酔い潰れたらしくすぐ近くで寝息を立てていた。少し離れた所では巳寅がキスメの桶に酒を流し込もうとしている。何がしたいのだろうか。
「へぇ、地霊殿に? じゃあさとりにも?」
「会ったよ。心読まれて来た」
「……あれ? 七一って確か、能力効かないんじゃなかったっけ」
「おう。わざわざ遮断解いて読んで貰った」
「……へー」
向こうでは傀然が、気絶した妖怪を使って喧嘩劇を繰り広げ喝采を浴びている。……誰か止めてやれよ。
一方萃香は何故か卓の上で盆踊りをしている。それを見てけらけら笑いながら、手を叩いて拍子を取っているのは―――おい。
俺は立ち上がり、背後から歩み寄ってぽんと肩を叩く。
「ん? なにゅ」
振り向いた彼女の頬に、伸ばした人差し指が突き刺さる。ベタだけど楽しいよねコレ。
「よっ」
「……あ。ああー!! あ、あんひゃあにょてょきにょ……って放せっ」
目が合った彼女が俺を指差し素っ頓狂な声を上げ……ようとしてから、頬に刺さった指を叩き落とす。黒髪に黒服、赤と青の羽の様なモノ。八百年振りくらいにはなるだろうか―――。
「久し振りだな、封獣ぬえ」
「あんたあの時の鼬!」
「うんうん。覚えて貰えてて嬉しいぞ」
わざわざ言い直すぬえに、にかっと笑い掛ける。よもやこんな所で会う事になろうとは。
「あんた何でこんな所に居るのよ」
「何でってお前さん。俺が居ちゃ悪ぃのかい」
「いや……」
ぬえは一体何を言うべきか、と言う風に眉を顰めて口籠もり、
「……あんた、ずっと地底に居たの?」
「違うよ。来たのは昨日だ」
「昨日、って……まさか旧都を灼熱地獄にし掛けた奴って」
「……随分育ったなあ尾鰭」
灼熱地獄って。俺は一体何者だ。
「まあ噂の成長具合はともかく、昨日鬼と喧嘩した奴なら確かに俺だ」
「……そう言やあんた、九尾とか言ってたっけ……」
何処か呆れた様な顔をするぬえだが、その情報は古いぜ。別にわざわざ言わないが。
「……お前さんは、ずっと地底に居たのか?」
「そうよ。あんたと会ってすぐ頼政のあん畜生に……あー腹立つわー」
「いやいや。お前さん帝襲ってたんだろうに」
「あんなの神の血引いてるだけで、結局人間なんだから大人しく襲われてりゃ良いのよ」
「人間は妖怪を退治するモンだろう」
ぐちぐち言うぬえであるが、彼女とて分かっている筈だ。妖怪が人を襲い、人が妖怪を退治する。昔っからそう言う事になっているのだから。
「ところでぬえよ。お前さんさっきからあんたとしか呼ばないが……俺の名前、覚えてる?」
「……あー。何だっけ……トイチ?」
「高利貸か」
覚えてねえのかよ。
「待って何か数字っぽい名前だった筈……ニコイチ?」
「親友か」
「クノイチ」
「忍者か」
「イマイチ」
「誰が今一ツだ」
「ピカイチ」
「褒めりゃ良いとでも」
「ナスノヨイチ」
「手前当てる気ねえだろ!」
何が悲しくて自分の名前で漫才せにゃならんのか。
「七一だ、八切七一。覚えとけ」
「ちょっと会っただけの奴の名前なんて、一々覚えてないわよ」
「俺は覚えてたけどな」
「あっそ」
実に気の無い女である。ちょっと寂しい。大袈裟に嘆いて見せると、ぬえは変な顔をした。
「相変わらず変な奴ねー」
「誰が変な奴だよ」
「あんた」
「……まあ積極的に否定はしないな」
「自分で認めてんじゃない」
妖怪の内で少しばかり変わり者である事くらいは承知している。一応。
「俺は進歩的な妖怪なんだよ。うん」
「何が進歩的よ。ただの馬鹿でしょ」
「俺は馬鹿じゃあないさ」
「……知ってる? 本当の馬鹿って自分の事を馬鹿って言わないのよ」
「成る程。じゃ俺は馬鹿だ」
「ええ馬鹿ね」
「……ん?」
我ながら何とも馬鹿な会話である。
「……ねえ。あんた、しばらく地底に居るの?」
と。にやにや笑っていたぬえが、ふと真顔になってそう問うた。
「いや? 明日の朝には上に帰るぞ」
日の昇らないこの地底で、朝だの夜だのと言った区分は余り意味が無いけれど。『窓』の中に時計を持っているので時間は一応分かるのだ。
「そっかあ……」
「おいおい何だよ……俺が居なくなるのがそんなに淋し」
「寝言は寝て言え」
「……最後まで言わせろよ寝言でも」
眉根を寄せるぬえに軽口を叩くと、随分辛辣な言葉が返って来た。そんなに照れるなよ。
「冗談はさておき、何か用でもあったのか?」
「うーん」
腕を組み首を傾げ、口を少し尖らせて。
「……あんたさ。地底の妖怪を上に連れてくとか、出来る?」
「あん? 此処の妖怪を?」
「そう。出来る?」
それは―――まあ。
「出来るか出来ないかで言や、そりゃやるだけなら出来なくもねえけど。此処の妖怪は、上に出ちゃいけねえんだろ?」
「それを何とか出来ないか、って聞いてるのよ」
……。
地底の妖怪は、地上に居られなかった妖怪だ。
最初に地底―――の、旧地獄―――に来たのは、鬼達である。その鬼達が、他の妖怪達をどんどん受け入れた。そうして出来たのがこの旧都であった。
地上の賢人はこれに危惧を抱く。地上を追われた厄介な妖怪共、結託し徒党を組んで戻って来られたりしては面倒だ。故に、お互いにその辺の不安を取り除く為、地上と地底は不可侵条約を結ぶ事になったのだ―――と。
今日の昼方、勇儀からそう聞いている。
「……まあ、無理だろな」
そんな勝手は紫も本気で許すまい。勿論、紫だけでなく他の妖怪も。
「そっかあ……ま、さほど期待はしてないけどさ」
「悪ぃな、出してやれなくて」
「え? ……ああ。違うわよ、私じゃないわ」
「あん? お前さんの話じゃねえのかい?」
ひらひらと手を振るぬえに、つと首を傾げる。
「此処の知り合い。何か色々あって封印されたんだけど、上に探し人が居るらしくってさ。出たがってるのよ」
「ほお。どんな奴よ?」
「舟幽霊と雲連れた尼妖怪」
「へえ……え?」
舟幽霊と、雲連れた尼妖怪。
「……」
「ん? どうしたの?」
「世間って、狭いな」
「は?」
そんなおかしな組み合わせ。他にはまあ、居ないだろう。
「そいつ等ぁ多分知り合いだ。昔地上で会った。封印云々の経緯も知ってる」
「え……そうなの?」
「懐かしいな。名前も皆覚えてる……水蜜、雲山、七輪」
「……覚えてないじゃない」
「……あれ?」
だってだって雲に負けて影薄いんだものあの子。……人の事を言えないな、全く。
「まあ、八輪の事ぁさておき」
「一輪よ」
「……」
さておき。
「あいつ等、今何処に居るんだ?」
「会いたいの?」
「そりゃまあ、な。千年くらい振りだしよ」
「……そ」
ぬえは軽く肩を竦めると、おもむろに立ち上がる。
「ん……おい。どうしたんだ」
「どうしたも何も……会いたいんでしょ?」
「……何だよ、直接連れてってくれんのか?」
「暇だもの」
そう言って、店の出口の方へふわふわと飛んで行く。俺はちょっと頭を掻き、
「萃香ぁ、ちょっと出て来る」
「行ってらっさぁい」
萃香に声を掛けてからぬえの後を追い掛けた。
◇◆◇◆◇
旧都の上空をぬえについて飛んで行く。
上空、とは言っても当然ながら空は無い。見上げても、其処には太陽も星も月も無くただ闇が広がるばかり。しかし真っ暗と言う訳でもなく、下から照らす提灯の灯りが暗闇を赤い薄闇に変えている。
振り返ると、薄闇の中に浮かぶ地霊殿が見えた。地霊殿があるのは旧地獄の中心付近であり、つまり俺達は旧都の外れの方へ向かっている様だ。パルスィの橋ともまた別の方向である。
「なあ、ぬえよぉ」
前方を行くぬえに声を掛ける。
「何?」
「お前さん、水蜜達たぁ仲良いのかい?」
「……まあ、それなりに……」
まあそうでなければ、わざわざ地上へ行けるか否か等とは聞くまいが。と言うか、千年振りに会ったばかりの俺にそんな事を問う辺り、かなり親しいのではなかろうか。
「……で、それが何よ」
「別に」
とか何とか考えていたのが知れた訳でもあるまいが、ぬえがちらりと視線を向けて来る。欧米風に肩を竦めて見せると、変な顔をしてまた前を向いた。
「そろそろ見えて来たわよ」
「うん?」
ぬえの声に促され、前方に目を凝らす。大きな何かが闇の中に薄らと浮かんでいる―――舟、であった。
「……聖輦舟か」
成る程あれは、遠い日に見たあの舟に相違無い。闇に紛れて良くは分からないが、些か古ぼけてはいる様だが……時の流れと言うモノか。
「つかあいつ等、舟に住んでんのか?」
「んな訳ないじゃない。……ほら」
ぬえが指差す先を見る。舟の下―――真下ではなく少しずれた位置に、小屋が立っている。あそこに住んでいるのだろう。
「舟があるなら、少なくとも村沙は居る筈ね」
ぬえはそんな事を言いながら戸の前に降り立つと、がんがんがん、と遠慮会釈も無しに戸を叩いた。
「村沙ー、雲居ー! 居るんでしょー出て来なさーい」
叩きつつ声を張り上げる。それに応える様に、中からがたがたと言う音がしてがらりと戸が開いた。おっと、とぬえが手を止める。
「ちょっとぬえうるさ……!」
文句と共に顔を出したのは、僧服の懐かしい青髪の少女―――雲居一輪であった。が、その言葉が途中で止まる。
「よぉ一輪」
「……、……」
片手を挙げる俺に、一輪はぽかんと口を開け絶句し、何か言おうとする様に二三回口を開閉させ、ふと眉根を寄せて。
「……ごめん、名前何だっけ」
「ぶはっ」
背後でぬえが爆笑した。
◇◆◇◆◇
「ああー! ……って、誰だっけ」
「うひひはははっ」
一輪に招き入れられ小屋の中。畳の上に寝そべっていた黒髪の少女―――村沙水蜜が、俺を見て声を上げ、直後首を傾げる。
尚、不気味な笑い声はぬえの物である。うるせえよ。
「……寂しい。俺は無性に寂しいぞ水蜜」
「あ、いや、あんたの事を覚えてない訳じゃないんだけど……その、名前が」
「覚えてねーんじゃねえか」
……まあ。まあまあ。大して長い時を共に過ごした訳でもない相手、千年近くも会わなければそりゃ名前くらい忘れられる。分かっている。寂しくない寂しくない。
「……村沙、八切よ。八切七一」
「あー! そうそうそんな名前だった」
既に通った道、な一輪に教えられしきりに頷く水蜜。ぬえの様に巫山戯られないだけマシであろうか。
そう言えば雲山は、と部屋を見回すと、天井辺りにもくもくと浮かんでいる。よう、と手を挙げて見せると、オッサン顔がゆっくりと頷いた。
「何はともあれ、久し振りだなお前さん等。元気そうで何よりだ」
「あんたもね。もう会う事も無いかと思ってたけど……地底に来てたんだ」
「つい昨日な」
身を起こした水蜜の前に腰を下ろす。一輪も水蜜の隣に座る。ぬえはと見ると、雲山にちょっかいを出して迷惑そうな顔をされていた。放置で良いや。
「貴方も封印された……と言う訳じゃあなさそうね」
「昨今のこの国で、妖怪退治云々なんざもはや幻想郷にしかあるまいよ」
文明開化の日本じゃ、妖怪は時代遅れの迷信である。夜の闇は街頭に消え、妖は幻想になる。抗えぬ流れと言う物か。
「古い友人に会いに来て、別の知り合い―――其処のぬえに会ってな。話してたらお前さん等の事が出るじゃあないか。人の縁とは分からん物だね」
「人じゃないけどね、お互いに」
「妖の縁と言い換えようか」
人、と言う言葉が極普通の会話で引っ掛かると言うのは、妖怪となって二千年弱、何時まで経っても慣れぬ物である。
「さて―――あれから、どうだったのかな。お前さん等」
「どう、ってもねえ」
俺の曖昧な問いに、一輪は肩を竦めて見せる。
「どうもしないわ。此処に封印されて、ずうっとそのまま」
「風の噂でその後の事も聞いてる。聖は法界に封印されて、星とナズーリンはそのままお寺やってるらしいね」
「……話す事無いじゃねえか」
「無いわね」
「無いねえ」
地底も案外情報が通っているらしい。まあずっと昔の出来事であるし、妖怪の出入りも無い訳ではないのだし、当たり前だろうが。
「ただ……星達の詳しい様子は、教えて欲しいかしらね」
「おう。……まあ俺がわざわざ言わなくとも分かると思うが、お前さん等の事が大層気になってた。自分だけが封印されずに残っちまったのを気にしてたな」
「星は真面目だねぇ。気にしなくて良いのにそんな事……」
「仕方あるまいよ。俺でもちょっと気にしてたんだから」
「ちょっとなのね」
「まあちょっとだな」
だって俺だもの。
「……しばらく前までは数十年毎ぐらいに訪ねてたんだが、此処んとこ行ってねえんだよなぁ。今度、お前さん等に会ったって言って来るわ」
「そうして頂戴」
等々話している内に、どうやら暇になったらしいぬえが戸棚を漁り出した。案の定雲山に小突かれ頭を抱えている。
「……ぬえ。何やってんのよ」
「痛た……だってお客様が来てるってのにお茶も出さないんだものあんた達」
「ならとっとと帰りなさいよ。あんたは別に用無いんでしょ」
「あら酷い」
そんな会話をしつつ、ぬえは戸棚をディフェンスする雲山に果敢に挑み掛かる。茶菓子でも掠め取ろうと言う算段であろうか。俺は『窓』を開き手を突っ込む。
「ぬえ、飴食うか」
「食べる」
ぬえは素早く身を翻し、俺の手から受け取った大きな飴玉を口に含んだ。舐め切るまでは大人しくなるだろうか。
ともあれ、一輪達の方へ向き直る。
「さて……お前さん等、やっぱ上にゃ出られんのか?」
「出たいとは思ってるんだけどね。中々隙が無くて」
「……隙あらば出ようたぁしてんだな」
「当たり前じゃん」
聖の封印を解く意志は、言うまでもなく潰えていないらしい。まあそりゃそうだろうが。
「何か上と下両方で、大きな騒ぎでもあれば良いんだけどね」
「八切、あんた確か強かったよね。何かやってくんない?」
「……本気か?」
「冗談だよ」
別に期待しちゃいないって、とひらひら手を振る水蜜。本気だ等と言われては、まあ、大いに困るのだが。
「ところでさ」
「うん?」
「あんたはあれからどうだったの?」
はて。どうと聞かれても。
「どうもこうも……色々あったが」
「だから色々って」
「……九尾狐と遊んでみたり呪いの桜見に行ってみたり地蔵様と二人旅してみたり」
「……想像以上に色々だねぇ」
「あんふぁふぉんなふぉろひへふぁろ?」
ふぁふふぁふ言っているのはぬえである。大粒の飴玉を口の中で持て余している様だ。……あんたそんな事してたの、だろうか。
「一々話してたら夜が明け……いや明けねえのか。ともかく」
何せ千年の話である。本気で話そうとすれば、夜が明けるどころか―――いやいや地底だから明けないのだけれども―――何日掛かるやら知れたものではない。
「明日にはもう上に戻るつもりなんでな。長居はせんよ」
「そりゃ残念」
と、特に残念でもなさそうに水蜜。社交辞令にしたってもう少し感情を込めて欲しい物である―――等とは、わざわざ口に出しはしないが。ともあれ、俺は立ち上がる。
「まあ、そう言う訳だ。邪魔したな」
「ええ。それじゃ、また」
「また今度ねー」
二人に別れを告げ、小屋の外に出る。まあ、元気そうで何よりであった。
「……随分あっさりしてんのね」
「うん?」
と、後ろからぬえの声。飴は噛み砕いてしまったらしい。勿体ない。
「千年振りに会ったにしては、よ」
「そうかもな。まあ、付き合い短かったし」
「ふうん」
ぬえはそう興味なさ気に呟くと、ふわりと俺の頭上に浮かんだ。何やら深く考えている様な顔をしているが、きっと何も考えていないのだろう。俺も地を蹴りぬえに並び、街の方へ向かう。
「八切」
「うん?」
ふと名を呼ばれ、顔を向ける。ぬえは前を向いたまま何でもない様子で―――
「……さっきの飴、もう一個ある?」
―――やっぱり、何も考えていなかった様である。
一ヶ月更新(^p^)