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東方鼬紀行文  作者: 辰松
二、幻想鼬
22/29

其之二十二、鼬鬼と喧嘩させらるる事

前回のあらすじ


鬼の長・酒呑童子の卑劣な罠で地底に誘い込まれてしまった七一。鬼を打ち倒す為地底を行く彼に、釣瓶落とし、土蜘蛛、橋姫と次々に妖怪達が襲い掛かる。そして満身創痍になった彼の前に、遂に鬼の四天王の一人が現れる……! 果たして七一は生きて戻る事が出来るのか!


―――どうあがいても、絶望




 多分そんな感じで。

 東方鼬紀行文、はっじまっるよー。






「……おー。久しいな、勇儀」

「全くだね。何年振りやら」


 手の湯呑みをついと上げて再会の挨拶。にこやかに答える勇儀、上はどう見ても体操服に下は長いスカートを穿いている。一体何故体操服なのだろうか。


「別にわざわざ迎えに来んでも、待ってりゃよかったろうに」

「何言ってんだい、のんびり茶なんか飲んで」

「はっはっは」


 誤魔化す様に笑いつつ、俺は湯呑みを置いて立ち上がる。少し歩調を速める勇儀を前に、妙に張り詰めた雰囲気を訝しむ橋姫その他を横目に片足を引いて立つ。そして―――


「で、七一」


 勇儀の歩調がまた変わる。

 ……一歩。


「早速で悪いけど」


 二歩。


「一発、殴らせろッ!」

「ですよねー!」


 ―――三歩!

 橋を踏み抜く勢いで足を落とすと同時、叫んだ勇儀の拳が俺の顔面目掛けて振り抜かれる。流石に予期していた俺は、全力で身を捻り拳を躱した。巻き起こされた余波が髪を揺らす。


「何をっ、避けてんのさっ!」

「ッたりめぇだ死ぬわっ!」


 続けて繰り出される拳を蹴りを、くるりくるりと躱して躱す。実に躊躇いの無い怪力乱神に、冷汗が背を伝う。


「萃香にはっ、黙って殴られたんだろっ!」

「頭とか狙い過ぎなんだよ手前っ! 手加減しやがれ!」

「良いだろちょっとくらいっ」

「俺の命はちょっとなのか!?」

「あんたがこれくらいで死ぬもんかっ!」


 お互いぎゃあぎゃあ喚きつつ一方的な拳の応酬を交わす、と言うかむしろ躱す。このままじゃその内喰らうなァと割合本気で身の危険を感じた俺は、勇儀が拳を突き出した瞬間の伸び切った腕に尾を絡み付け服を引っ掴み、地を蹴り全身を回して投げ飛ばす。


「どっせぇい!」

「のわー!?」


 自身の拳の速度も乗ってすっ飛んでいった勇儀、十メートルばかりも飛行して川に落ち水柱を上げた。


「ふぅ……マジ危ねぇ」

「……本当に友人?」

「そォだよっ。気軽に殴り合う深い仲なの」

「殴り合いってか殺しに掛かってた様な……」

「何でも良いけど、私の家の上で喧嘩するの止めてくれないかしら」


 唖然としているキスメとヤマメ、凄く嫌そうな顔でマイペースに茶を啜るパルスィ。と、勇儀が川から上がって来た。


「何すんのさ七一! びしょ濡れじゃないか」

「あー良かったな。水も滴る良い女だ」

「……ほほう。あんたも良い男にしてやろうか赤い水で」

「止してくんな。これ以上男前になっちゃ困る」

「はっ」

「鼻で笑った!?」


 多少頭も冷えたらしい(?)勇儀、軽口を叩く余裕が出来た様だ。


「さて七一、改めて殴らせろ」

「冷えてねぇ!?」


 前言撤回。もっと冷たくなれよ。


「黙って殴られてくれるんだろ? 萃香言ってたぞ」

「だから死ぬって。つーか殴る以外の選択肢はねぇのか」

「え?」

「えじゃねーから」


 きょとんと首を傾げる勇儀。これだから鬼って奴は。後萃香要らん事言いやがって。


「……勇儀。喧嘩は余所でやって頂戴」

「あれ? 居たのかパルスィ」

「当たり前でしょう。此処は私の家よ」


 と、パルスィが勇儀に声を掛ける。知り合いなのかこいつ等。それも中々親しげである。


「私等も居るけど」

「ありゃ、土蜘蛛に釣瓶落としまで。何、何で集まってんの。宴会でもしてたの?」

「……成り行き?」


 首を傾げるキスメ。まあ、成り行きであろう。


「……七一って昔からそうだよねぇ。変な事ばっかしてるのに、なーんか周りに集まって来るんだ」

「そうかねぇ」

「そうだよ」


 変な事してるたぁ失礼この上ないが、なんか集まって来るのは割と事実である。隠しても隠し切れない人格的魅力が原因であると俺は推量するがどうでしょう。


「ところで殴らせろ」

「今そう言う話じゃなかったよな!?」

「良いから良いから。すぐ済むって、痛くないって」

「痛みを感じる暇も与えないってぇオチじゃねぇだろな」


 丸で子供に注射を打つかの様に軽く言うのは止めて欲しい。殺気込めて攻撃して来るのも。


「……だから、此処で暴れないでって言ってるでしょう」

「ほらほら、パルスィもこう言ってる事だし今日の所はこの辺で」


 これ幸いと、俺は鼬の姿になりパルスィの背後に素早く隠れる。―――しかし渡る世間は鬼ばかり、世の中は非情である。


「私を出汁に使わないで……ほら勇儀、持ってって」

「ぬわー」


 首根っこを摘まれ、鬼の眼前に突き出される。なんてこったい。勇儀に尻尾をがっしと掴まれぶら下げられる俺。


「さぁ、観念しな七一」

「くそぅ裏切ったな橋姫!」

「裏切るも何も味方した覚えはないわ」

「くっ……あの濃厚な一夜は、交わし合った睦言は、遊びだったと言うのか……!?」

「え……!?」

「何言い出すのよこの阿呆……って、勇儀?」


 パルスィにすぱんと叩かれぶらぶらと揺れる俺。一方目を見開き数瞬固まった勇儀、深刻そうな顔でパルスィの顔を見据え。


「パルスィ……流石に趣味が悪すぎじゃ」

「何で真に受けてんのよ貴女は」


 すぱんと叩かれ何をとは言わないがたぷたぷと揺らす勇儀。それを見たパルスィが如何にも妬ましそうな顔をするが、特に何も言わずに溜息をついた。


「……良いからソレ連れてさっさと行って頂戴」

「んー、じゃあねパルスィ。また今度呑もう」

「嫌よ」


 素気無すげなく断られた勇儀、しかし残念そうな顔をするでもなくあははと笑う。


「さて七一、旧地獄で他の奴等が待ってるよ」

「勘弁してくれぃ」


 特に今のこの持ち方とか、と俺は逆さの勇儀を見上げてぼやく。やれやれ。


「頑張ってねー」

「……ねー」

「何だ、もうついて来ねぇのかよ」

「危なそうだし」


 御尤ごもっとも。

 さておきこうして俺は、橋姫の裏切りを受け、釣瓶落としと土蜘蛛に見離され、星熊童子によって地獄へと連行されるのであった。


「どなどなどーなーどーなー……」

「五月蝿いよ」


 非道い。




◇◆◇◆◇




「ほー。此処が旧地獄か」


 しばらく行く内に、次第に目に入る妖怪が増え始め、また道の左右には家も立ち始める。四ツ辻や細い分かれ道も見え提灯の明かりが灯り、辺りの情景はすっかり町の様相を呈していた。中々に活気もあり、地獄の名を持つとは思えない。

 ただ惜しむらくは、景色が全て逆さであると言う事である。


「なぁ勇儀ぃ。そろそろ離してくれんかな」

「駄目。あんたすぐ逃げるんだから」

「逃げねーよォ今更ぁ。頭に血ィ昇るんだってホント」

「死にゃしないだろ」


 死ななきゃ良いのかこの野郎。……良いんだろうなぁ。世の無情を嘆く俺を余所に、勇儀がすっとある建物を指差す。


「ほら、あの居酒屋。あそこで皆呑んでるよ」

「昼間っからかよ」

「昼も夜も無いけどね。太陽なんざ見えないんだから」


 言われてみればそりゃそうか、と一人納得している間に、ずんずん歩く勇儀はもう店の前に。


「……なー。せめてさぁ、ヒトの方で顔合わさせてくんないかなぁ」

「んー……逃げるなよ?」

「わーってるよ」


 ぱ、と勇儀が尾を放すと同時、ぽんと軽い音を立て人の形を取る。もはや引き延ばしても仕方あるまいと、俺は戸に手を掛け一気に引き開ける。


「よーっす手前等ァ! 元気してたかぁあッとォおィぃい!?」

「死ねやぁぁあッ!!」


 咄嗟に飛び退いた俺の眼前を、重い風切音が通過する。空振りしたソレは敷居を粉砕し轟音と共に地面を凹ませた。


「っふっふっふぅ……ひッさし振りだなぁ七一ィ……」


 地面に一尺ばかりも減り込むソレは、六角柱に棒を突き刺した様な形状の巨大な鉄棍。振り下ろしたのは、額に二本の長い角を生やした凛々しい顔立ちの少女であった。

 ……さて。随分と見た目が変わっているが、この顔は。


「巳寅―――か?」

「それ以外の誰だってんだ馬鹿野郎」


 ぶっきらぼうに言い放ち、ぶん、と鉄棍を振り払う。大江山、鬼の四天王が一人―――虎熊童子こと虎熊とらくま巳寅みとら。我が旧友、なのだけれど。


「何つーか、お前さん……」


 キツい釣り目に強気な表情、伸びた髪と角。無い胸にサラシを巻き裾を切り落としたらしい短いズボンを穿き、その上から虎柄の法被はっぴを纏っただけの実に豪快な艶姿。俺の肩程しか無かった背丈も大分伸びて、鼻くらいには届きそうだ。

 その精悍な姿は、何と言うか。


「すっかり―――男前になっちゃって」

「誰が男前だボケっ!!」


 うがーと吠えると共に、再び振り翳される鉄棍を横に跳んで躱す。鉄棍は居酒屋の玄関を粉々にし、木片を撒き散らした。とんだ御迷惑。


「あーもう何だよ避けるなよっ。萃香には大人しく殴られたんじゃなかったのかよ。死にゃしないから避けんな」

「いやお前さんさっき死ねやーっつったよな。殺る気満々じゃねぇか」

「む……じゃぁ死ぬけど避けんな」

「無茶言うな手前!?」


 もう一発、振り下ろされる鉄棍から慌てて逃げる。

 四天王の内で最年少であった彼女、見た目は胸部を除き大層成長したが、どうも中身は相変わらずらしい。即ち喧嘩っ早く猪突猛進、馬鹿正直で馬鹿。

 と。崩れた酒屋入口から、巨大な人影が姿を現す。


「いけませんぞ、巳寅殿。建物を壊しては」

「んあ。何だよ傀然」

「……いや、何だよじゃないって。店主に文句言われたよ」


 つるりと禿上がった頭、その天辺から伸びる角。ダンディズム溢るる髭、ちょろりと中途半端な揉み上げ三編み。ニメートル以上は優にありそうな筋骨隆々のその巨体。

 鬼の四天王が一人―――金熊童子こと金熊きんくま傀然かいぜんである。肩には些か呆れ顔の萃香が乗っかっている。


「よーす傀然」

「む。久しゅう御座いますな七一殿」


 ひらひらと手を振ると、傀然も手を挙げて応える。こいつも装いが随分変わり、黒スーツに黒眼鏡とどう見てもヤの付く自由業さんである。似合うけど。


「で、萃香よ。お前さん余計な事言い過ぎ」

「あっはっは。良いじゃん別に」

「良かねーよ。死ぬよ俺」


 どいつもこいつも殺る気をほとばしらせているのは明らかにこいつの所為―――あ、俺の所為か。さておき。


「で―――だ」


 崩落した酒場入口を呆れた様に見ていた勇儀が、肩を竦めつ巳寅の隣に並ぶ。


「やっぱり、黙って殴られちゃくれないんだろうね」

「いやだからさぁ。何でお前さん等は揃いも揃って、再会の挨拶もそこそこに殴りにくるんだよ」

「ま……無抵抗で居ろとは言わないさ」

「堂々の無視かオイ」

「そう、抵抗したきゃ抵抗しな……力尽ちからずくでぶん殴る!」

「世に言語がある理由を考えろ手前!」


 平たく言うと話を聞け。しかしてこの鬼と言う種族は、残念な事に口よりも腕である。

 問答無用とばかりに突っ込んで来る勇儀の拳を避け、大きく後ろに跳んで長屋らしき建物の屋根に降り立つ。

 何だ喧嘩かと集まり始めた野次馬妖怪共を眼下に一瞥し、尾をぱさりと一振りし屋根を叩く。


「……さてさて。抵抗したきゃ抵抗しろ、か」


 色々と、悪い事をしたとは思っている。しかし連中の為に命まで殉じてやる積もりは―――うん、流石に、本当に死にはしないだろうが―――毛頭無い。

 飽く迄手加減なぞしないと言うなら、仕方あるまい。ちょいとばかり喧嘩の相手もしてやれば、鬱憤も多少は晴れてくれよう。


「その言葉ァ―――後悔すんなよ」




◇◆◇◆◇




「ちょいやぁー!!」


 巳寅の振り下ろす鉄棍が、建物を見事に粉砕する。近所迷惑ってレベルじゃねえ。


「こンの……避けんなっつってんだ、ろッ!!」

「無茶言うね。当たったら死ぬだろ」

「テメェがこれくらいで死ぬなら、オレが千年前に殺してら!」


 ぐるんぐるん、と出鱈目な方向転換をし自在に振り回される鉄棍。九まで尾を解放している俺は、適当に火の妖術をばら撒きつつ避け続ける。

 この巨大な武器は、トン単位の重量を持っている。しかし巳寅自身の体重は見た目通りの五十キロ程度。普通はこんなモノ、こうも目茶苦茶に振り回せやしないのだ。腕力の問題で無く。

 それを可能にしているのが、彼女の能力。


「はぁぁあッ!」

「危ねっ」


 殆ど地面と平行に振り切られた鉄棍を地に伏してやり過ごす。今のも、普通は遠心力で自分が吹っ飛ぶ筈だ。

 彼女の力は、『重みを削る程度の能力』。その手に持った物の質量を自在に減らす能力だ。はっきり言って汎用性の低い能力だが、少なくとも喧嘩において、彼女は自身の力を大いに活用している。


「ちぇすとぉー!」

「おぉっと」


 鉄棍の重さを最低限振れる程度に抑え、当たる瞬間のみ元に戻す。凄まじい速度で振られるそれは、当然凄まじい威力を持っている。

 また一ツ、家が崩壊。困ったねえ……っと。


「あたしも居るの、忘れてないだろねっ!」

「……困ってる場合じゃねぇか」


 勇儀の繰り出す拳を妖力で固めた尾で受け流し、背後から挟む様に振るわれる鉄棍にぶつける。重量を削られた鉄棍はあっさり弾き飛ばされ、俺は体勢を崩した勇儀の身体を蹴り飛ばす。


「ッ……このっ。やっぱ強くなったねあんた」


 蹴りのダメージは殆ど無いらしく、勇儀は直ぐに立ち上がりそんな事を言う。全く以て頑丈な奴等だ鬼と言うのは。


「男子三日会わざればなんとやら、千年なら何をか言わんや。俺だって成長するさ」

「はん。中身は変わってないけどね」

「うるせーやい」


 まあ、昔の俺なら鬼と接近戦なんざ絶対に御免だったろう。しかもニ対一である。基本的に一対一を好む鬼共だが、一度負けた相手と言う事でかなり本気気味であるらしい。マジ勘弁。こいつ等だって強くなってんのに。


「さて……」


 つい、と視線を余所に向ける。居酒屋の屋根に腰掛けて此方を眺める傀然と、その肩で瓢箪を傾ける萃香。萃香は昨日殴られたし、傀然は見た目に違い非常に冷静かつ温厚な男である。よもやこいつ等が乱入して来る事はないだろう―――と。

 今思えばこれはフラグであった。


「余所見してんじゃねえよ!」

「おわ」


 周囲を顧みない一撃に、またもや建物が崩壊する。どうやら金物屋であったらしく、がらんがらんと五月蝿い音が鳴り響き鍋が散乱した。かなり遠巻きになっている野次馬の群れから悲痛な悲鳴が上がる。不運な店主の声であろう。


「……ふむ。そろそろ行きますかな」

「がーんばってねー」


 と。傀然がのそりと立ち上がり、その肩から萃香が飛び降りる。すっと掲げた両手に従い、壊れた建物の残骸がひとりでに動き始めた。


「……おいおい。お前さんまで来んのかよ」

「当然。私一人が怒っていないとでも御思いですかな」


 顔を引き攣らせる俺の前で、木材や家具、石材が積み上がってゆく。そうして現れたのは、雑多な材料で作られた巨大な人形の様なモノ。

 ―――傀然の能力は、『り操る程度の能力』。意志を持たないあらゆる物を糸繰の人形の様に動かす実に厄介な能力である。今までじっとしていたのは、単に材料が増えるのを待っていたからなのだろう。


「では、行きますぞ!」

「勘ッ弁してくれもう……!」


 傀然の十指が滑らかに動き、巨人が腕を振り下ろす。炎を投げ付けつつ跳び退くと、巨人の一撃はずがんと建物を壊し、その残骸を取り込んで更に補強されていく。こいつ等周りを顧みなさ過ぎである。


 ……鬼と言う奴等と俺は、基本的に相性が良い。ややこしい能力を持たず、遠距離からの攻撃は少なく、思考は割に単純で読み易い。肉弾戦主体である為手足の一ツ二ツも切り落とせばそれで終わる。こいつ等は余りその限りでないが。

 勿論連中は俺の能力を知っているから、常に動く事で『切断』の照準を上手く外してくる。しかしそれは、言い換えればそれ以外に『切断』を防ぐ手立てが無いと言う事なのである。動きを止められれば勝負がつく。


 ただ傀然はそうも行かない。自身は繰り操る人形の裏に隠れ、人形は切ってもすぐに繋ぎ直される。何たって元々がばらばらなのだ。あれはどうしようもない。


「死ねやごるぁー!」

「ええい糞……手前等三対一とか恥ずかしくねーのかぁ!」

「これくらいやんなきゃ負けてくんないだろ、あんたはさ!」

「聞いておりますぞ。あの八雲の主従を倒したとか」


 ド畜生が萃香め余計な事を!


「つーかテメェ、さっきから攻撃してこねえじゃねえかっ……やる気あんの、かぁッ!」

「っ攻撃する暇がねえんだって、のっ」

「本気出してもない癖に、良く言うよっ!」

「えぇい面倒臭ぇ」


 うだうだと口論しつつ、嵐の如く繰り出される攻撃を、時に躱し時に術で怯ませ時に尾を絡めて受け流す。

 しかしまぁ、言われる通り、何時までも受けていたって仕方ない。そろそろ攻勢に移るとしよう―――仕込みももう十分だ。


「さぁて……ちょいと熱いから気ィ付けろよぉ……!」


 尾を振り回して一瞬距離を取り、妖力を込めてぱんっと手を打ち合わす。途端、今までにばら撒いて燻っていた火種が一斉に燃え上がる。


「うぉわっちゃぁ!?」

「あっつぁァ!」


 勇儀と巳寅の服が、残骸の巨人形が、そして周囲の建物が皆纏めて発火する。

 ―――鼬の炎は火事の炎だ。狐の吐く狐火は五行で言う陰火であり、実際に物を燃やす事は無い。しかし鼬が起こすのは、実際に物を燃やす陽の炎。鼬は群れると火事を起こし、また鼬が死んだ所では火災が起きると伝承に言われるのだ。


「うはははははっ! 悪いが殴られてはやれそうにねぇなぁ―――」


 火に巻かれ灰となって崩れ落ちる人形を前に高々と哄笑し、鬼共に『切断』を行使すべく手を掲げ―――。

 その瞬間。天を焦がさんばかりに燃え盛る炎が、一気に勢いを失った。同時に、背後から身体を掴まれる。


「……え? 萃香?」

「七一、ちょっとやり過ぎ。旧地獄を焼け野原にする気?」

「や、火は程々で消すつもりだったんだが……」


 俺を羽交い締めにしているのは、能力で巨大化した萃香。炎を消したのも恐らく彼女、能力で空気を散らしたのであろうか―――いやいや今重要なのはそんな事ではなく。


「つか……え? 何で捕まえて」

「手ぇ出さないなんて言ってないしね」

「い―――いやいやいやそりゃねえよ! 放してく」

「……七一ぃ」

「ぅお」


 ふらり、と眼前に立つは焦げてすっかり黒くなった勇儀。にっこりと笑い、ぐるぐる腕を回している。その後ろにも鬼がもう二人。


「ま―――待て落ち着け話せば分かるってかむしろ放せ萃香!」

「駄目ー」

「いやダメぇじゃねえよつかホント待って無理ソレ嫌死ぬ冷静にな」


 ―――地底中に鳴り響いた三度の断末魔は、旧地獄の外れに居た釣瓶落としと土蜘蛛、橋姫の耳にも良く届いたそうである。




◇◆◇◆◇




 ふと気付くと、酷く殺風景な場所に居た。


 丸で熱に浮かされたかの如く、頭が呆として働かない。何も考えずにただ突っ立っている。

 前方には川が流れている。底が見えない淀んだ川。足を踏み入れよう物なら途端に何処までも沈んで行きそうな、そんな予感を覚えさせる。


 ―――はて。

 此処は何処だろうか。


 目の前の川と同じくらい淀んだ頭にやっとそんな疑問が浮かび、ゆっくりと周りを見渡す。

 左。何も無い。何処までも川が流れて行っている。

 右。ずっと向こうの方に、小舟が岸に繋いである。その傍には二ツの人影があって、片方は正座して頷垂れており、片方はどうやら相手を叱り付けているらしい。……あの小さな人影は、何だか見覚えのある様な。


 ちくりと記憶が刺激されるが、其処に別の思考が割り込む。淀んだ川。渡し舟。直前の自分の状況―――断末魔。

 ……って、おい。




◇◆◇◆◇




「三途りばーっ!?」


 がっばぁ、と。

 俺は奇声と共に跳ね起きた。


「……夢、か……?」


 がりがりと頭を掻き、周りを見回す。どうやら飯屋の大座敷か何からしい。沢山の鬼共が騒がしく宴会を開いていた。

 ふと、尻尾に妙な重さを感じる。


「……何やってんだこいつ等」


 見ると、三匹の鬼が尻尾を枕にいびきをかいている。巳寅萃香勇儀。川の字である。


「おぉ、七一が目ぇ覚ましたぞ!」

「やっと起きやがったかイタ公め」

「久し振りっス兄貴ィ!」


 近くで呑んでいた鬼が俺を見て大声を上げ、途端に鬼共がもっと騒がしくなる。そしてその中からのっそりと歩いて来る巨体。


「おぉ……もう目を覚まさないかと思いましたぞ七一殿」

「……洒落んなんねぇよ馬鹿野郎」


 冗談じゃない冗談と共に、傀然が俺の横に腰を下ろす。


「臨死体験なんざ初めてだ……三途の川を見たぞ俺ぁ」


 まぁ、鬼三人に殴られて臨死で済んだ辺り、こいつ等の手加減があるのだろう。……俺が凄く頑丈だったとかそんなんじゃない筈だ。きっと。多分。


「ほう、三途の川。まぁ歩いて行けますな」

「え? マジ?」

「妖怪の山の近くの道をしばらく行くと着くのですよ。勿論渡れはしませんが」


 どんだけフリーダムなんだ幻想郷。


「……さておき、こいつ等は何で俺の尻尾で寝てやがんのよ」

「ふむ。萃香殿が久し振りだから包まって寝ると言い出しまして、それに勇儀殿と巳寅殿が乗っかりまして……擦った揉んだの揚句にその状況に」

「何一ツ分かんねぇぞオイ……」


 どうでも良いけど、擦った揉んだって漢字で書くとエロいよね。


「やぁれやれ。立つ事も出来ゃしねーじゃねぇか」

「ふっふっ……まあ、座ったままでも酒は呑めましょう」


 傀然は肩を小さく揺らして笑い、杯になみなみと酒を注ぐ。差し出されたそれを、俺は有り難く受け取って口を付けた。鬼の酒は久し振りである。


「……本当に、久し振りですなぁ」

「うん?」


 染み染みと言う傀然。当然ながら酒の事ではなかろう。俺の事、だ。


「うん……全くだ。まぁ、何だ……悪かったな、あん時ゃ」

「何、それは端から大して気にして等居ませんよ。助けられて怒る程狭量ではありません」

「おいおい、そんなら死に掛ける程殴ってくれるなよ」

「分かってるでしょうに」


 片眉を上げ髭を撫で、傀然は苦笑する。


「昔の事等ではありません―――我々が怒っていた理由は、七一殿があれから一度も会いに来なかったからだ。―――御蔭で、助けられた礼の一ツも言えやしません」

「……たはは」


 此方も苦笑。頭を掻きつつ杯を傾ける。


幻想郷ここは、アイツの場所だからな。近付き辛かったのよ」

「八雲のですな。聞いております」

「……まぁ勿論、お前さん等が怒っちゃいねぇかと思って避けてたっつーのもあるのよな」


 杯を置き、両手を畳に突く。尾は動かさぬ様膝を畳み、ついと頭を下げる。


「……ん。改めて、済まんかった」

「……止して下さいな、気色の悪い。七一殿らしくありませんぞ」

「酷ぇなオイ」


 大袈裟に身を竦める傀然にからからと笑って姿勢を崩し、杯をまた傾ける。空になった杯を差し出して、酒を注いで貰う。


「……あれだけ殴って、今更謝罪等要りませぬ。むしろ貴方には礼を言わねば―――助けて頂き、有難う御座いました」

「止せやい。友人助けたのに礼なぞ要るか」

「何、親しき仲にも礼儀あり。恩を忘れてはいけません」

「良く言うよ」


 ぶん殴った癖に、全く。なんと不器用な奴等であろうか。


「……で、寝た振り三人娘は何時目ぇ覚ます気だ」

「うぉ!?」

「のわっ」

「ひゃ」


 がくんと尾を揺らすと、慌てて飛び起きる鬼三匹。萃香が恨みがましげな視線を此方に向ける。


「何だよぅ。気付いてたんだ」

「たりめーだ。俺の尻尾を何だと思ってる」

「……いや、分かったの尻尾でなのかい?」


 微妙に呆れた様子の勇儀、性格悪ィぞテメェと憤慨する巳寅。全く狸寝入りなんぞして、何を照れ臭がっているのやら。


「で、お前さん等は、俺に何か言う事ねぇのかい」

「何だよ。礼なんざ言わねーぞ」

「ふぅん」

「……い、言わないからな」

「へーぇ」

「……だ、誰が、テメェなんかに……」

「ほぉう」

「ぐっ……」


 じっと顔を見詰めるだけで、狼狽うろたえ目を泳がす巳寅。この程度で困るくらいならとっとと言っちまえ。その様子に、萃香と勇儀が声を上げて笑う。


「あはは……うん、七一。あん時はありがとね」

「礼を言うよ、七一」

「あぁっ!? て、テメェ等……」

「さて、巳寅―――」

「……ち、畜生っ。別に頼んでねーけど! 助けてくれて有難よ! 頼んでねーけどッ!」


 全く以て素直でないこいつは。鬼の癖に。


「んじゃ改めて……お前さん等、済まんかったな」

「……止めろ気持ち悪ィ。今度は何の企みだこの野郎」

「まぁそう言うな。是非とも謝らせてくれ」

「い―――いやホント止めて何かぞわぞわする」

「もう気にしちゃいないってば」

「申し訳、ありませんでしたッ」

「うげぇ」


 死に掛ける様な目にあったのだ、このくらいおちょくったって罰は当たるまい―――と。実に嫌そうな顔をする三人に、俺は満面の笑みで何度も頭を下げるのであった。


「えーこの度は大変御迷惑を」

「しつけぇよっ!」

「ぐぉ」


 目出度し目出度し。





 しかし続く。



フェイントー。えーきさまフェイントー。




と言う訳で、鼬紀行文最新話でありました。今回はちょっと短め、しかし更新がちょっと早いです。いつもこれくらいなら良いのにね。

鼬が鬼に連れ去られ、擦った揉んだの揚句にぶん殴られて臨死体験する話です。


三歩必殺ってこんな技じゃないね。仕方ないね。


で、久々登場の鬼さん。前ん時もっとちゃんと書いときゃ良かったなぁ。

鬼さんA(小さい方)の能力が凄く適当な感じですが、適当です。何かでかい武器振り回してるイメージが先にあって、どう言う訳かこうなってしまいました。

鬼さんB(大きい方)。筋肉とか髭とか三編みとか、結構ベタなキャラの様に思います。なんでだろうなぁ。




とりま、鬼さん二匹の御紹介。




虎熊巳寅


『重みを削る程度の能力』。

手に持った物の質量を削る。0までは不可。

荷物運びとか凄い便利。


男勝り。一人称オレ。脳筋。

多分一番喧嘩っ早い。


昔より大分育った様子。

中学生くらい→高校生くらい。しかしひんぬー。

角も伸びた。







金熊傀然


『繰り操る程度の能力』。

意思の無い物を、糸で人形を操る様に指で動かす。実際に糸がある訳ではない。

太い指が滑らかに動く様はとても気持ち悪い。


外見にそぐわない温厚さ。一人称私(わたくし)。

変態的な意味ではなく紳士。

子供好きだが大体泣かれる。


筋肉髭三編み黒スーツ黒眼鏡。

どう見てもヤクザ屋さん。

特に成長はしていない。


殴り合いの喧嘩は四人中一番弱い。筋肉の持ち腐れ。





大体そんな感じ。



それではお読み頂き有難う御座いました。


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