其之二十、鼬妖怪の山へ忍び込む事
「もう少しゆっくりしていってくれても構わないんだが……」
と、少し残念そうな顔の慧音女史。
半刻程妹紅の文句を聞かされ、更にまたその半刻程後。俺は慧音女史の家を退出する所であった。
「今日中に住む場所見つけにゃならんのでな……何、話す機会はまたあろうさ」
彼女は非常に博識な御方で、また教師をしているとの事からか、どうやら人に物を教えると言うのが好きであるらしい。丸で授業でもしている様に話す彼女は非常に生き生きとしていた。妹紅の愚痴の後の半刻は、彼女に人里周辺の様子等を聞いて過ぎた物である。
「私は迷いの竹林に居るからな。暇な時にでも来い」
「はいはい」
「……来いよ?」
投げ遣りな俺の返事に念を押す妹紅。
一度思いっ切りぶち撒けて大分落ち着いた様子。まあこれからも愚痴々々と言われるのだろうが、仕方ないと言うモノである。
「そいじゃ、私はもう行くよ。じゃね」
「おーう。またな」
とそれだけ言い残し、萃香の姿が掻き消える。地下に潜ったそうである鬼達に、俺の幻想郷来訪を伝えるらしい。
……会いに行ったらやっぱり殴られるのだろうか。多少気が重い。
「んじゃ、俺も行くわ」
「ああ。気を付けてな」
「……お前が気ぃ付けなきゃいけない相手なんてそう居ないだろけどな」
「あはは。まあそうだなぁ」
何にせよ、と。くるりと二人に背を向け歩き出す。
次の目的地は『妖怪の山』。天狗や河童、その他多くの妖怪達が暮らしていると言う。昔は鬼が天辺だったそうだが、地下に潜ってからは今は天狗の天下なのだそうだ。
俺も妖怪であるからには、山中もしくはその周辺に住み処を構えるべきであろう。その為には天狗と折り合いを付ける必要がある。
……天狗と言うのは排他的かつ他者を見下す傾向の強い連中である為、多少の苦労はしそうだが。ま、何とかなるだろう。
「さて。言ってた方角は……」
空を見上げる。午後に入って若干傾いた太陽。今は春の初めなので―――
「こっちか」
長年培った感覚から教わった方角に見当を付け、身を翻して歩き出し。
「……って、何戻って来てんだよ」
「おおう」
慧音女史宅に戻りかけ、妹紅に突っ込まれるのであった。
馬鹿か。
◇◆◇◆◇
この幻想郷はそう広い場所ではなく、山と言うと普通は妖怪の山を指すそうだ。そもそも大きな山が余り無いのである。
人里を出てしばらく歩くと、一刻も経たない内に妖怪の山の麓が近付いてくる。
山の頂上付近からは何やら煙が上がっていた。人里では河童の工場の煙だとか言われている様だが、実際の所はどうなのだろうか。
「……っと。そろそろ化けるか」
そのまま山に入って行くと恐らく哨戒の天狗に止められる。用があるのは下っ端ではなく上のお偉いさん方であり、煩わされるのは御免なのだ。
と言う訳で、鼬の姿に化ける。……化ける、と言うか元々の姿な訳だが。
とにもかくにも、小さく目立たない鼬の姿で妖怪の山へと向かう俺であった。
麓に到着。川を見付けたので沿って行く事にする。山の偉い者と言うと普通は頂上辺りに居るモノだろうから、遡って行けばまあ間違いはあるまい。
「……しっかし、結構無用心だよなあ」
こうして忍び込もうとしている者が居ると言うのに、上空を飛ぶ哨戒天狗達は此方へ注意を払う様子がない。
……と言っても、妖力を隠している以上当たり前ではあるのだが。鼬が一匹歩いているからと言って、一々注目なぞすまい。そんな物好きな奴―――
「……ん?」
ふ、と。視線を感じた気がして空を見上げる。ずっと離れた空に静止している一人の天狗が目に入る。……いやいやまさかあんな遠くから。
「うわこっち来た……」
飛んで来た。間違いなく此方を見据えている。まさか正体を見抜かれたのだろうか。どうするかなあ。逃げるかなあ。
……等とのんびり悩んでいる内に、その天狗は俺の目の前の木に降り立っていた。天狗が俺を見詰めたまま口を開く。
「……オマエ、余所者だな」
「……?」
……言っている事は正体を見抜いての詰問の様なのだが。それにしては妙に、声に棘が無いような。
「よっ、と」
天狗が木から飛び降り、俺の前にしゃがみ込んだ。じっとしている俺を見て首を傾げる。
「……逃げないのか。やっぱり野生らしくないな」
……成る程。
この天狗、どうやらただの物好きらしい。俺の正体に気付いた訳ではなく、川の傍と言う目立つ所を歩いていた鼬を気紛れに見に来ただけなのだ。
「そんなだと妖怪に食われるぞー」
言いつつ天狗は、暇そうに目を細め俺を眺めている。もしかすると哨戒任務に飽きているのかも知れない。
ともあれ此方も天狗を観察する。
白髪に獣の耳の少女で、湾曲した剣と紅葉模様の丸い盾を携えている。
見る限りはハクロウ―――所謂木っ葉天狗、と言う奴だ。縄張りの哨戒を主な仕事とする、天狗の中でも一番の下っ端な連中である。
「人間に飼われてたのか……いや、にしてはふてこい顔だな。可愛くない」
ほっとけ。
「……えい」
天狗の少女が此方に手を伸ばしてくる。特に動かずにいると俺の背を撫で始めた。
「……やっぱり逃げないのか……駄目だな。オマエ、きっとすぐ死ぬな」
「きゅう」
あんまりな事を言い出すので鼬っぽい鳴き声で抗議してみる。てか仕事中だろう。とっとと何処かへ行ってくれないだろうか。
「口答えするな。オマエは間違いなく食われる」
「きゅう」
「きゅーじゃない。……オマエ、何処から来たんだ?」
「きゅ」
「きゅーじゃないったら。……外から来たのか?」
「……」
いや何で今ので分かるのだ。まあ、当てずっぽうだろうが。
「そうか……外からか。どうやって来たんだ」
「きゅっ」
「きゅーじゃ解らんぞ。解る様に言え」
んな無茶な。
つかどんだけ暇なんだ。動物に話し掛けてて楽しいのか。端から見たら物凄く寂しい奴だぞお前。とっとと仕事に戻れ先に行けないだろうが―――
等と考えていると、どうやら顔に出ていたらしい。
「……何だその顔は。生意気な」
「きゅぅ」
「口答えするなっ。鼬の癖にオマエ」
「ぅきゅ」
「むむ……こうしてくれる」
尻尾を掴んで引っ張る天狗の少女。子供か。
……と、言うか。物凄く面倒だ。もう喋ってやろうか。喋ってやろう。
「ふふん……思い知ったか」
「……お前さんさあ。暇なの?」
「え」
少女の表情が凍り付く。
「お、オマエ……今」
「きゅ」
「……あれ?」
「きゅぃ」
「そ―――空耳、か?」
……やべ、この娘面白い。
「な、何だ気の所為か……」
「そうそう気の所為気の所為」
「うわああっ!?」
少女は今度こそ大声を上げ、俺から手を離し飛び退いた。大袈裟である。
「おっ、オマエ……妖獣か!?」
「まあ、妖獣じゃねえのに喋る鼬はそう居ねえだろな」
驚愕を顔に貼付けた少女に、俺は尾を一振りしからからと笑う。
「つまり……侵入者かキサマっ!」
「おいおい。そう気ぃ立てんなよ鼬一匹に」
「ええい黙れ良くも騙したなっ」
「お前さんが勝手に勘違いしたんだろーに」
「う、五月蝿い! ともかくも此処は我等天狗の山だ、鼬一匹と言えども無断に入る事罷りならん!」
剣を此方に突き付けぎゃいぎゃいと喚き立てる少女。アレだろうか、さっきまでの自分の奇行を誤魔化したいのだろうか。
「まあ、そう言うなよ。俺ぁ外から来たばっかでな。この辺に住む許可貰いに来たんだ」
「許可なぞ出さんっ。とっとと消え失せろ!」
「……む」
木っ端天狗風情が随分な口を聞いたモノである。照れ隠し半分でなければ虐める所だ。
「……ま、良いや。こっちゃ端からお前さんにゃ用無いし」
「あ、こら!」
此方を睨む少女から、ついと顔を背け歩き出す。当然ながら少女は俺の前に立ち塞がる。
「用は無いってのに。許可出すのはお前さんみてえな下っ端じゃなかろ」
「だ、だから許可なぞ出ないと」
「……ちょいと、しつこいよ?」
「―――う」
ほんの少し。威圧を込めて目を細めると、気圧された様に少女が一歩退く。退いてから、その事が理解出来ない様な顔をする。
「な―――何なんだ、キサマ」
「まあ、鼬だろ」
にいと微笑み一言さらりと言って、俺はまたのんびり歩き出す。凍り付いていた少女が、俺が横を通り抜けてから我に返った様に後を追う。
「ま、待てと言うのに」
「……めげないねー、お前さん。まあついて来る分にゃ構わんが」
「む、う……」
唸りつつもそのままついて来る少女。止める事は出来ないと何処かで察しつつも、せめて傍で監視する事にした様だ。暇人にしては職務熱心である。
「ところでお前さん、動物に話し掛けるのが趣味なのか?」
「違っ……あ、アレはその何と言うか」
まあ。道中の暇潰しが出来たと思おうか。
◇◆◇◆◇
名を、天魔と言うらしい。
この幻想郷の天狗の長。それは即ち、妖怪の山の長であると言っても過言ではない。幻想郷内でも一二を争うその強大さ、山の妖怪達を悉く従えるその支配力。まさに伝説級の大妖怪と呼ぶに相応しい―――。
―――って、慧音女史が言ってた。
「おい」
さておき、天魔である。
天魔と聞いてまず浮かぶのは、仏教における天魔波旬、他化自在天であろう。衆生の住まう欲界、第六天の魔王。仏の教えを妨げ人の善事を害する四魔・十魔の一ツ。『第六天魔王』と言う名が、一般には最も知れていようか。
まあ要するに、仏教での悪い悪い大魔王である。
「おい、って」
さてそう聞くと、何故そんなのが天狗の長なのだ―――と、そう思われる方も居るだろう。しかし天狗と言う存在の元々の性格を考えると、これが中々解らない話でもないのだ。
現代に残る天狗が現れる絵巻において、彼等はしばしば仏法を妨げるのである。天狗の妨害を受けつつも仏道を通ず、そんな説話風な絵巻が存在するのだ。まあ天狗と言う存在は、仏教から見ればはみ出し者なのである。
ともあれ。仏に対する者であると言う共通点が、両者には有るのである。
「おいったら……!」
と、納得してみた所で何なのだが。
『天魔』の名から浮かぶのは、何も仏教の第六天魔王だけではない。
此方の天魔は、仏教ではなく神道。即ち神である。
江戸時代の百科事典『和漢三才図絵』によると、かの素戔嗚尊が吐き出した猛気が天狗神もしくは天逆毎姫なる姫神となったと言う。怪力を持ち、強靱な矛や刀を噛んで毀してしまうと言う神である。
そしてその息子なのだが、名を天魔雄神(あまのまかおのかみ、あまのさかおのかみ)もしくは天魔雄尊(あまのさこのみこと)と言う。後に九天の王になったと言うこの天魔雄神が、天狗の長であると伝わっているのだ。
「……聞こえてるだろ、無視するな!」
仏教の大魔王が、言ってしまえば妖怪に過ぎない天狗の長をやっているよりも、神とは言え八百万居る日本の天魔の方が、俺はまだしっくり来る様な気がするのである。天狗の長だ、と明言されているのだし。
まあ何にせよ、会ってみれば多分解る話。今日は山周辺に住む許可を得に来ただけなので会えるとは限らないが、その内機会はあるだろう―――と。
「うう、無視するなったら……」
「何かな白狼君」
「うわっ」
割とどうでもいい思索が済んだので、先程から煩く声を掛けてきている少女に返事を返す。
「き、キサマっ。やっぱり聞こえてたんじゃないか」
「当たり前だろーに」
「じゃあ返事しろよ!」
うがー、と吠える少女。犬っぽい。わんわん。
「で、何よ」
「ぐっ……ああもうっ。上役の所に行くなら方向が違う。山の東側だ」
「え? 頂上じゃねえの?」
「頂上に居るのは天魔様だ。キサマなぞが居住の許可を乞うのに手を煩わす必要は無い」
やはり天魔には会えないらしい。ま、現状一鼬妖怪に過ぎない俺をわざわざ長に会わす道理はあるまい。その辺の管理職が出て来るだけであろう。
……はたして許可は得られるのだろうか。甚だ不安である。
「ちっ。じゃぁ早く言えよ……」
「キサマが無視してたんだろうがっ!?」
役に立たん奴め、と横目で見るとまた吠える少女。やっぱり犬っぽい。きゃんきゃん。
「くそぅ……何で私がこんな」
「お前さんが勝手について来てるんだろうに」
「キサマの様な怪しい奴を放っておけるか」
きっ、と俺を睨目付ける少女。だが如何んせん迫力と言うモノがない。どう見ても年下だもの。
「第一何なんだキサマ。妖獣の癖に妖気がない」
「そりゃ隠してるからだ」
「何で隠してる」
「欝陶しく付け回してくる様な面倒臭い白狼君に見付からない為だったんだろうね」
「……こ、この野郎」
「まあそんな白狼君が動物に話し掛ける恥ずかしい趣味を持っていた御蔭で見付かっちまった訳だが」
「―――ッ! あぁぁもぉ畜生ぅっ」
激しく髪を掻き回す少女。羞恥とか苛立ちとか後悔とか色々複雑な様である。
「き、き、キサマなあっ」
「あ、それ。人を貴様貴様と呼ぶモンじゃない」
「五月蝿いっ。キサマなぞキサマで十分だっ」
「俺は八切七一。お前さんの名は?」
「ふん。誰が教えるか」
「お前さんの名は?」
「……お、教えないぞ」
「……四度は言わない。お前さんの、名は?」
「…………い、犬走椛だ」
にこにこしながら見詰めると、少女―――椛は若干冷や汗を垂らしつつ名前を吐いた。しかしこの少女名前まで犬である。
「良い名前じゃないよ」
「そ、そうか」
「走るの字が入っている辺りに下っ端らしさが出ている」
「馬鹿にしてるだろキサマ!?」
がうがう。躾のなっていない犬である。
「貴様じゃねえよ。八切七一だ」
「だから、キサマで十分だと」
「……」
「う、うぅ……」
無言でにこにこすると、目を泳がせうろたえる椛。その様は叱られた犬の如く。
「椛ー?」
「……き、キサマに名で呼ばれる筋合いなぞ」
「あ゛?」
「………………や、八切」
「その通り」
椛から目を離し、また歩き出す。背後で胸を撫で下ろす気配。いや、それにしても―――。
「お前さん、一々反応が楽しいよね」
「余計なお世話だっ!!」
◇◆◇◆◇
「ならぬ」
―――と。
椛の案内と取り次ぎでお目通り叶った出入山管理の鼻の高い天狗は、居丈高に言い放った。
「……何故に?」
「ふん。素性の知れぬ怪しい鼬なぞ住まわせてやれる物か」
天狗は言いながら、手元の新聞らしき物に目を落とす。いや仕事中だろうに。断る理由、面倒臭いからとかじゃないだろうな。首切ってやろうか。物理的に。
「ただでさえ大結界云々でまだ山が落ち着いておらぬと言うのに……全く」
独り言の様に呟く天狗。その興味は既に新聞記事に移っているらしく、此方を見向きもしない。
……いや、ちらりと目を上げた。
「……何だ。とっとと消えんか」
「いやいや、そうは言ってもな……」
「……行くぞ」
少しばかり粘ろうとした俺を、後ろに立っていた椛が首根っこを掴んで持ち上げる。その椛に天狗が、
「暇なのか知らんが、下らん事で儂の手を煩わすな。貴様等木っ端天狗は何も考えずに侵入者を追い払っておれば良い」
「……はい」
天狗の厭味に、苦虫を噛み潰した様な顔で返事をする椛。上司部下の関係は余り良好ではない様で。まあ、白狼天狗なんて下っ端中の下っ端であるからして、どうやら大天狗らしき彼に見下されるのはある種当然と言えるのだが。
「では失礼しました」
椛は慇懃に言うと、俺をぶら下げたまま天狗の屋敷を退出するのであった。
「……やれやれ。参ったな」
屋敷の外、俺は現状に溜息をつく。半ば予想していたとは言え、はてさて如何したモノか。
「だから無駄だと言ったのだ。山に住むのは諦めろ」
と、若干憂鬱げながらも何処か喜色を湛えた椛。やっとこの変な奴と別れられる、と言った所だろうか。別に俺がついて来いと言った訳ではないし、上に厭味を言われたのは俺の所為ではないのだが。
「ま、こうなっちゃ仕方ねえか……」
「そうだ。とっとと山を降りて何処ぞに―――」
「天魔に直で許可貰おう」
「何でそうなるっ!?」
愕然と叫ぶ椛。別れられると思ったらこれである。はははざまぁ……と、言いたい所なのだが。
「まあ、お前さんはもうついて来なくて良いよ」
「え?」
「天魔の屋敷にゃ忍び込む事にする」
「はあ!?」
もう日も暮れ掛けてきている。夜になる前にねぐらを確保したいのだ。
天狗の長の屋敷なら警備等々も厳重であると予想され、普通に入るとなれば時間が掛かるだろう。それは面倒だ。なので忍び込む。
まあ、会ってしまいさえすればきっと何とかなる。何たって俺は鞍馬山僧正坊や愛宕山太郎坊を知人に持つ鼬。天魔ともなればきっと噂くらいは聞いている。いざとなれば紫にでも口を利いて貰おう。
「そう言う訳だから。んじゃ」
「ちょ……ま、待て」
慌てる椛を余所に俺は歩き始める。しつこく追って来る様なら気絶でもさせて放っておくか……等と考えた、その時であった。
「忍び込む必要は無い」
―――と。
歩き出した俺の、椛の更に背後から。唐突に声を掛けられる。
「……うん?」
振り返った先に居たのは、一人の白狼天狗。木の枝の上に立ち此方を見下ろしている。と、その天狗を見た椛が声を上げる。
「い……犬吠埼サマっ」
様付け。どうやら上司らしい。……てか犬吠埼て。
「貴君が八切七一か」
「まあ、そうだが。何かねお前さん」
「天魔の遣いだ」
彼女は実に素っ気なくそう言うと、俺の前に音も無く降り立つ。
長い白髪に尖った犬耳犬尻尾、片手に薙刀、肩と腰に鎧。整った顔立ちには、右目の眼帯と完全な無表情。纏う雰囲気は研ぎ澄まされた武人のモノ。白狼ではあれど、どうもただの下っ端天狗ではなさそうである。
「遣い?」
「賢者―――八雲紫から天魔に連絡があった。貴君が近い内此処に来ると。天魔は貴君に会いたがっている」
「ほお。何故に」
「天魔に聞け。私は知らない」
さいですか。
何はともあれ、天魔宅にこっそりお邪魔する必要はないらしい。紫ぐっじょぶ。ついでに余計な事も言われてそうな気がしなくもないが。
「犬走」
と。犬吠埼氏が椛へ顔を向ける。
「は、はいっ」
「何故此処に居る」
「え……えと……成り行き、で?」
「……そうか」
犬吠埼氏は特に表情を動かさず、また俺に向き直る。
「ついて来い。天魔に会わせる」
「っと、その前に。お前さんの名前は?」
「楸だ」
「え? 犬吠埼じゃねえの?」
「……犬吠埼楸だ」
犬吠埼氏改め楸は、表情や声の調子は変わらずも、自分の名が犬吠埼である事を認めたくないかの様な雰囲気を以て名を名乗った。しかし犬吠埼。
「まぁ、宜しくな犬吠埼」
「楸だ」
「何だよ犬吠埼」
「楸だ」
「つれない事言うなよ犬吠埼」
「……楸だ」
つと露出した片目を細めた楸が、目にも留まらぬ速さで薙刀を俺の鼻先に突き付ける。やむを得ずホールドアップする俺である。
「行くぞ」
「はいはい犬吠埼―――」
「……」
「―――楸」
本気と書いてマジと読む殺気である。おお怖い怖い。
「……あのー、私はどうすれば……」
「好きにしろ」
「え、ええ? 好きにって」
さっさと歩き出す楸、後に続く俺。椛はしばらくおろおろしていたが、結局俺の後ろについた。
「何だ、ついて来んのか?」
「悪いか。キサマの事は良く解らんが……此処まで来たら最後まで関わる」
「さよか」
ま。勝手にすれば宜しい。
◇◆◇◆◇
「ところで」
ふと、二人に声を掛ける。
「お前さん等、どう言う関係になるんだ? 上司部下?」
「その様な物だ」
「……犬吠埼サマは、天魔サマの一番の部下なのだ」
楸の簡潔な肯定に椛が付け加える。
「故に我等白狼天狗は皆々犬吠埼サマの部下と言って差し支えない」
「ほほう。そんな偉いのか白狼なのに」
「犬吠埼サマは全ての天狗の内でも一二を争う程に強いのだ」
「へえ……」
白狼天狗がそれ程の力を持っている、と言うのは俄かには信じがたい事である。まあ十人十色と言うモノか。
「妙な真似をしたらキサマも真っ二つだっ」
「何でお前さんが威張るのよ」
大して無い胸を張る椛。犬の威を借る犬である。
「なあ、犬吠埼よ」
「楸だ」
「……いや、椛は犬吠埼サマっつってんじゃんよ」
「部下は構わない。天魔に命ぜられているから」
「え、何を?」
「……」
楸は不機嫌そうに―――と言っても表情は変わらないのだが―――口を閉じる。どうやら犬吠埼の名には複雑な事情があるらしい。
「まあ、楸よ」
「何だ」
「天魔ってなどんな奴だ?」
「…………」
驚いた事に、これまで全くの無表情であった楸の眉がぴくりと動いた。そして言葉を選ぶ様に、ゆっくりと口を開く。
「……貴君が、『天魔』の名に如何なる想像をしているかは解らないが。その想像は恐らく間違いである、とだけは言える」
「曖昧だな」
「率直に言うと悪口になる」
「……ええー」
天魔の人柄が窺える言葉である。
「悪口でも良いからもうちっと」
「……、性格が悪い。他者をからかう事を生きる糧としている。人の嫌がる事を進んでする」
……あれあれ。何だかちょっと他人の話とは思えない。
「馬鹿。怠惰。面倒臭がり。異常性癖。ヘタレ。根性曲がり。碌でなし―――」
「い、犬吠埼サマ。その辺で……」
淡々と毒を吐く楸を、椛が恐る恐ると言った風で制止する。どんだけ不満貯められてんだまだ見ぬ天魔。
「まあ、碌な奴じゃないらしい事ぁ分かった」
「……」
無言で首肯する楸。その後ろで椛がキサマもな、等と呟いていた。
取り敢えず、後で隙を見て悪戯でもしておこう。落書きとか。
◇◆◇◆◇
天魔宅に到着。天狗の長に相応しい結構な大屋敷であった。傍には大きな杉の木が立っている。天狗と言えば杉だよなあ、等と考える俺である。
楸は門の隣に立っていた天狗に二三言話し掛けると、そのまま中へ入って行った。その天狗に軽く会釈し俺も続く。……鼬が会釈しても分からない様な気もするが。
ともあれ楸はしばらく廊下を行くと、一ツの部屋の前で立ち止まる。
「此処が天魔の寝所だ」
言って、戸をがらりと開ける―――。
―――別世界であった。
「……おおう」
いや、何の事はない。散らかっているだけだ―――尋常でない程に。
天井近くまで積み上げてから思い切り崩したかの様に氾濫している書物群。食べた後らしい汚れた食器。散らばる木っ端の中に立つ制作途中らしい木像。其処等中の壁に出鱈目に釘で掛けられた掛け軸。部屋の真ん中に積まれた布団の山。所々に立ったり倒れたりしている信楽焼きの狸。部屋の隅に並べられた天狗の木像。くしゃくしゃに丸められた紙屑―――。
正に、足の踏み場なぞありゃしない。昔の俺の家も散らかっていたが、これは比べ物にならない。
「少し待っていろ。掘り出して来る」
恐ろしい事に、楸は特に驚いた様子もなく部屋の内へと飛んで行く。これが常態だと言うのか。つか掘り出すて。
「椛……これは」
「……わ、私に聞くな……これまで天魔サマの寝所に入った事等ないのだ」
一下っ端天狗なら当たり前か。等と考えていると、部屋の隅辺りの布団と本とゴミが一緒くたになった山に、楸が薙刀の柄を突き込んだ。
「起きろ天魔」
「うッ」
鳩尾に棒を打ち込まれた様な鈍い呻き声が上がる。楸が薙刀の柄をぐいと持ち上げると、布団や本がどさどさと落ちてその下からばさりと翼が広がった。
「ふわぁあ……何だぁ犬吠埼君、朝かい?」
「夕方だ」
むくり、と翼の主たる男が身を起こした。眠そうな半眼で楸を見上げ、頓狂な事を言う。
「あれ、夕方か……ううん。何時寝たんだろ」
「知るか。八切七一を連れて来た」
「……んぁ? あーあーあー。そうだったそうだった……よっこいしょ」
億劫そうに立ち上がり、ぐぅっと伸びをしてばさばさと翼を畳む。ぼさぼさの黒髪、ひょろい体付き。部屋の惨状とは不釣り合いな豪奢な着物を着崩している。
男がその半眼を此方へ向けた。
「やぁやぁ、君が八切君か」
「おう。お前さんが天魔か?」
「その通りだ。まあ入っといで」
彼の手招きに、ととと、とゴミ山の上を走って行く。後ろから椛もついて来る。
「……小っちゃいと話しにくいね。人化してくんないかな」
「ん。分かった」
そう言や山に入るのに目立たない為の鼬姿であったっけか。何を何時までも縮んでたんだか。ぽん、と軽い音と共に獣耳尻尾の少年姿に。椛がちょっと目を丸くした。
「うんうん。噂通りな目付きの悪さ」
「放っとけ」
「うふふ。まあ座りなよ」
と言われても。足の踏み場がないと言うのはつまり、腰の下ろし場もないのだが。仕方なく、適当に目に付いた信楽焼きに腰を下ろした。
「さて、改めて自己紹介。余こそが本国天狗の長である、天魔雄神サマであらせられるよー。ぱちぱちぱち」
天魔雄神。どうやらこの天魔は神道の方の天魔らしい。例によって威厳の欠片もありゃしないが。
「まあ気軽に雄様か雄くんか雄ちゃんとでも呼ぶと言いよ」
「そうか。そいじゃ天魔な」
「……君、ノリ悪いね」
天魔は眉を八の字にして布団の山に座る。
尚、此処に来て俺は、こいつの半眼は寝起きだからではなく元々だと言う事に気付いた。
「さて。何故君を呼んでみたかって話なんだけどね」
懐からクナイの様な小さな刃物を取り出し、がしがしと噛みながら天魔が話し始める。……刀を噛み砕く鬼神。
「君の噂と言うのがね、極一部の天狗達の間でちらほらと聞こえている訳なんだよ。千年以上生きてるとか、鞍馬君と友人だとか」
いやはや俺も有名になったモノである。照れる。
「で、そんな事より。此処からが重要なんだけど―――」
ぎらり、と天魔が目を光らせた。
「―――こないだの愛宕山の騒動に、君は関わっていたそうじゃないか」
「……そんな事もあったな」
こないだ、と言うか幾百年か前になるが。
「いやね、アレは宜しくないよ君……何が宜しくないって」
ぱきん、と小刀を噛み割る。
「折角あそこまで面白く育てた愛宕君に、色々とバラしちゃったそうじゃないか!」
「…………ええー」
うわ何だこいつ。
「我が同士である七天狗諸君から報告が入った時はびっくりしたよ本当。一体何百年掛けたと思ってるんだい!」
「や、んな事言われてもな……」
「いやっ。日本変態天狗協会会長としてこればかりは見過ごせないっ」
ばりばりと咀嚼しながら力説する天魔。なんだその聞くからに頭の悪そうな団体は。……NHK? いやいや。
と言うか。あの変態天狗共の裏にはこんな黒幕が居たのか。
「愛宕君たらすっかりグレちゃって。毎日の様に我が同士諸君を焼いてるそうだよ」
「そりゃそいつ等が悪りぃんでねえの」
「まあ毎日の様にちょっかい出してるそうだけど」
完膚無きまでに自業自得である。
「……まあ、あれはあれで面白いんだけどね余としては」
「じゃあ別に良いじゃねえか……」
「まあねー。色々開き直って男装も口調も相変わらずらしいし」
口内の鉄片を飲み込み、さらりと終わる天魔であった。じゃあ何故言い出した。
「まあ、そんな君が此処に来るよと、スキマ君がわざわざ教えに来てくれた訳だよ」
「ふむ。何か言ってたかあいつ」
「取り敢えず馬鹿だから適当に嫌がらせして追い返せと言ってたね」
「……そぉかい」
「うふふ」
今度会ったら適当に嫌がらせでもするとしよう。そう誓う俺を見、天魔は笑いながら新しい小刀をくわえる。
「……ところで、ソレ美味いのか?」
「鉄の味がするね。美味しかない」
「じゃあ何で食ってんのよ」
「いや、ほら、何か噛んでないと口寂しいんだよ。精神安定剤?」
……ガム噛んでるか煙草吸ってる様なモノなのだろうか。
「で、話を戻すけどね。その愛宕君も、もうすぐ幻想郷に来るそうだよ」
「……世に名だたる愛宕山太郎坊も、世の流れには勝てんか。世知辛い世の中よなあ」
「はっはっは。あの娘を毎日弄れると思えばそう悲観する事でもないさ! 楽しみだねえ」
「お前さんそれでも天狗の長かよ」
からからと笑う天魔であった。非常に駄目な奴である。多分俺以上に駄目だこいつ。
「余は快楽主義者なのだよ。世知辛い世の中だからこそ、楽しく生きたいじゃあないか。……ねえ犬頭君」
「今は犬吠埼の筈だが」
「ん? ……まあ良いや。今日から犬頭ね」
「……分かった」
「……いや待て、どう言うアレだそれは」
なんと犬吠埼が犬頭になった。てれれれってれー。いやいや。
「いやね、余と初めて会った時、犬頭君には姓が無かったのさ。だから余が付けてあげた。気が向いたら変えてるんだけどね」
「……いやいや」
姓を付けるのはまあ良いが、気の向くままに変えると言うのは如何なモノか。しかも犬吠埼だの犬頭だのって。
「お前さん、それで良いのかよ」
「……私が言って聞く男ではない」
「我が部下諸君には姓で呼んであげる様言ってあるからねえ。呼ばれてたら定着するモノなんだよ。うん」
恐ろしい奴である。馬鹿に権力を持たせるモノではない。全く。
「大変だな、犬頭……」
「楸だ」
そしてこれが俺と言う男である。
「駄目だよぉ犬頭君。ちゃんと苗字で呼ばれなきゃ」
「と言う事らしいぞ犬頭」
「……」
無言のままに不機嫌なオーラを発散する楸。反応は薄いが、これはこれで楽しい。
「って、んな事ぁどうでも良いんだ……さて天魔よ。俺もお前さんに用がある」
「何かな」
「この辺に住む許可が欲しい」
「うん良いよ」
「ちょっ……」
実にあっさり頷く天魔。まあそんなモンだろう。背後で椛が絶句している。
「断る理由も特に無いしねぇ。ま、山での好き勝手は程々にね?」
「おう。程々に好き勝手するわ」
「……な、何でこうなるんだ……」
愕然とする椛であった。だって俺一応大妖怪だもの。要らぬ禍根を作るよりは、恩の一ツも作っておくのが得策と言うモノだ。
「んじゃぁ用も済んだし、俺ぁ帰るぞ」
「うん? もうかい?」
「とっととねぐら作りてぇのよ。そろそろ日が暮れちまう」
「そうかあ」
天魔は少しばかり残念そうな顔をし、俺の後ろでぶつぶつ呟いている椛に声を掛ける。
「君確かアレだよね。千里眼の娘……えー、犬座敷君?」
「……え? あ、い、犬走です」
「あぁ、そうそう犬パシリ君だ。でね犬パシリ君」
「へ? いや、犬走で」
「ちょいと悪いんだけどね、この八切君についてって、ねぐらの場所報告しといて頂戴」
「あ、はい……それは分かりましたけど、犬ばし」
「じゃ、頼むよ犬パシリ君!」
「……はい」
がくーと頷垂れる椛であった。人生諦めが肝心である。
「んじゃあなぁ、天魔に犬頭」
「うん。また何時でも遊びにおいで」
ひらひらと手を振る天魔と無反応の楸に、俺はくるりと背を向ける。そして何だかぐったりしている椛に、
「さて行くか犬パシリ」
「キサマが呼ぶなっ!」
◇◆◇◆◇
「ひーさぎちゃーん」
―――八切の去った天魔の部屋。積まれた本に腰を下ろしていた楸の背に、天魔がぐってりと橈垂れかかる。
「駄ぁ目じゃないあんな事言ってぇ。ちゃーんと苗字で呼ばれてなきゃあ」
「……雄」
楸は特に表情を動かさず、ただ一言天魔の名を呼ぶ。
「……楸ちゃんを名前で呼んで良いのは、余だけなんだから。何度も何度も言ってるだろう?」
「雄。重い」
「余の愛の重さだねそれは」
抗議の言葉にくつくつと笑い、天魔は楸の背から離れ隣に腰を下ろした。
「……で」
と。少しだけ、声に真剣な色合いが滲む。
「どうかな、彼は」
「……一度だけ、薙刀を向けた」
一瞬小さく眉を動かし、楸は返答する。
「おどける以上の反応を見せなかった。殺気を当てた時も同じ」
「鈍いだけ……な訳ないよねぇ?」
「本気の殺意にすら欠片も動じないと言うのは驚き。間違いなく、私より強い」
「余とでは?」
「知るか」
「さいで」
小刀を口の端にくわえ、天魔は唇を尖らせる。彼女が此処まで言うのは珍しい、と。
「……反応が無かったのは。私より強いから、もあるだろうけど」
「ん?」
「あれは何処かで自分を含めた全てを客観視している。自分が殺意を受けている、と言う事象を俯瞰していた」
「……へえ」
「あれは、怖い」
無表情のままに、楸は呟く様に言う。
「観察者だねえ……ま、楸ちゃんには余が付いているよ! 怖くなーい!」
「……」
「……いや、流さないでよ楸ちゃん」
「……」
「楸ちゃーん。何とか言ってよ」
「……」
「何か言わないとちゅーするよ」
「……」
「ちゅー」
「……」
「……楸ちゃーん?」
「……雄」
特に頬を染めるでもなく、楸。
「雄。気持ち悪い」
「ちょっ」
◇◆◇◆◇
「……なあ、八切」
天魔の屋敷を後にし山を下りて行く。麓まで来た辺りで、後ろからついて来る椛がふと声を掛けてきた。
「何かな」
「キサマ、実は凄い妖怪だったりするのか」
「おーよ。俺はアレだ……うん、とにかく凄い鼬だ」
「…………はあ」
椛は本気にすべきか否か思案する様にしばらく俺を睨んでいたが、溜息と共に肩を落とした。どうやら考えるのを止めたらしい。
「もう良い……キサマは解らん」
「諦めんなよ! どうして其処で止めるんだ其処で! もう少し頑張ってみ」
「五月蝿い」
椛は俺への正しい対処法を覚えてしまった様だ。すなわち深く考えずに流す。残念。
「で、何処に住むんだ。山下りてるじゃないか」
「そりゃな。家建てるな平地だろ」
「家? ……今から建てるのか?」
「うむ。まあ見てな」
『窓』を開いて、四本の棒と巻いた長い紐を取り出す。何の変哲も無い木の棒である。その内の一本をさくっと地面に突き刺す。
「……まさかとは思うが……その棒で家を建てるつもりじゃないよな?」
「掘っ建て小屋って所の話じゃねえなそりゃ」
訝しむ椛に軽口を返し、立てた棒に紐を結びするすると伸ばしながら歩いて行く。木々の間を縫って紐をぴんと張り、予め墨で付けてあった印に従い棒をくくり付け地面に刺す。
興味津々と言った風情の椛に見られつつ、曲尺で正確に直角を計りまた紐を伸ばし歩き、印の所で結び、直角に曲がり、歩き、結び―――。
最初に立てた棒に戻って来て紐を結び、後は木に引っ掛からない様に若干の微調整をして完成。紐を辺に、棒を頂点に描いた長方形である。
「……何なんだ?」
「此処までは単なる場所指定だ」
首を傾げる椛に離れる様促し、棒に手を乗せ妖力を流す。 紐を伝って長方形を描いた妖力は、俺の意思に従い巨大な青い結界となる。わきゃわきゃと騒ぐ妖精その他を内側から適当に弾き出し準備完了。
「さぁ、て」
一尾のままでは少々妖力が足りない。たん、と片足で地を叩き九尾まで力を解放する。
「転移結界ぃー、はつどぉーう」
些か気の抜けた掛け声と共に、ぱんっと両手を打ち鳴らす。結界を妖力が駆け巡り、内側がかっと青く光り―――。
同刻。
とある寒村の古い屋敷が、一瞬の内に消え失せた。
「―――とまあ、こんなモンだ」
「……うわ」
ぱちんと指を鳴らし結界を消す。すると何と言う事でしょう、其処には塀に囲まれた大きなお屋敷が。匠の技ですね。
「な、何だこの屋敷……」
「外で見っけた空き家。印付けたりとかまあ色々仕掛けといたのよ」
転移結界、と言うのはつまり。結界に囲んだ二ヶ所を丸ごと入れ換える代物である。勿論家を移そうと思えば、地面の下の礎、土台石から何からまで動かす必要がある為、地面ごとえぐり取る様な形に転移している。
……何、某死神漫画で似た様な事をしていた? 気の所為である。
「……凄い、な」
「そーだろそーだろ」
具体的に何をしたのか良くは解らずとも、取り敢えず高度な術であると言う事は解った様で、椛の評価がちょっと上がった。わーい。
「……で、何だその尻尾」
「尻尾は尻尾以外の何物でもなかろ」
「いや……だって、九尾」
「うふふふふふ」
「…………はあ」
そして椛は考えるのを止めた。
「まそんな感じで、俺此処に住むから」
「どんな感じだ……」
「あんな感じだ。まあ適当に報告しといてくんな」
「……解らんが分かった。じゃあな」
「またなー」
特殊技能・思考放棄を習得し成長した椛は、山の方へと飛んで行った。さて、と我が新居に向き直る。
移動した土地の境界を見る。高低差による段差はあるが微々たるモノ。しばらくすれば平らになろう。
「……うん」
俺は一ツ頷き、尻尾を引っ込め立派な門の前に立つ。ひとしきり眺めた後、横の通用口から中に入る。
目に入るは広い庭、玄関まで続く石畳。庭の片隅には大きな池、その傍に立つ石灯篭。建物は、母屋の他に離れと倉が二ツずつ。
「うんうん。良いねえ」
思わず相好を崩す。取り敢えず明日からは、掃除や今までに集めた本や置物その他蒐集品の整理、家具等の配置に水周りの整備。古い家だから補修も必要だ。後、地下倉も欲しい。
庭には桜を植えよう。池には鯉か金魚を入れる。猫か犬を飼うのも良いかも知れない。いっそ妖怪でも飼ってみようか。
「―――っと。そうだ」
ふと思い出し、『窓』から木の板と釘、金槌を取り出す。一度門の外に出、通用口の横に板を釘で打ち付ける。
板に書かれているのは、『栖由邸』の文字。
『栖』は『棲む』の同字。『由』は『鼬』 の内の字。鼬の棲む邸宅―――まんまである。
何はともあれこの屋敷が、我が長い旅の終着点。終の栖となるべき場所。
「うん―――我が家ってな、良いね」
長らく旅の空にあった俺は、此処に来て自身の家を持つ事と相成ったのであった。
―――尚。
報告を終え帰宅した椛が、背中に墨で『犬パシリ』と書かれている事に気付き、あの糞鼬野郎今度会ったらぶん殴ると決意した―――と言うのは。
割と、余談である。
椛もみもみ! もみじもみもみ!
と言う訳で。
東方鼬紀行文、特に記念しやしませんが二十話で御座います。
今回は鼬が妖怪の山に行く話。
……なのに東方キャラが椛しか出て来ず、更にしつこくオリキャラ二人。あややとか出せよ。雛とか。
まあ取り敢えずオリキャラは大体出揃った感じ。これでもうしばらくは増えません。我ながら作りすぎたなあとか思いつつも、浮かんだモノは仕方ない。
で、椛です。椛もみもみ。
可愛いですね。犬耳。東方キャラの内で二、三を争うくらいに好きです。何故一、二を争ってないのかは……言うまでも無し?
彼女の最初らへんの奇行はアレです。一人で居る時とか、何と無く動物に話し掛けたりするじゃないですか。するじゃないですか。するんですよ。端で聞いてるとかなり恥ずい事言ってたりすんですよ。そう言うアレです。
鼬がマイホームを手に入れました。
実に七百年振りの家。尚、名前は鼬が五分で考えました。栖由邸。最初は『栖由亭』でしたか、鼬は落語家っぽい気がして止めたそうです。
まあ永遠亭と被るからってのと、この先で使うかどうかも分からないとある設定の為なんですが。
オリキャラについて
天魔(天魔雄神)
天狗の長。
『天を司る程度の能力』。一応神様だし『司る』。
楸ちゃん可愛いよ楸ちゃん。
かなり困った性格のお方。権力のある分質が悪い。仕事はちゃんとやる。
部下(楸)にセクハラを繰り返している。
鉄品中毒。刃物がお好き。
趣味は木彫。しかし少し手が止まる度に、鑿を無意識の内に齧る為中々進まない。
日本変態天狗協会会長。
『日本変態天狗協会とは、天狗社会の裏に常に暗躍し、文化的な世界を形作る事を目的とする秘密結社である。』(『新たな同士達のための日本変態天狗協会ガイドライン』(2005年発行)より)
後に女性天狗達の間でミニスカートが流行るが、これは彼等の功績である。
楸
白狼天狗。
『薙刀を使う程度の能力』。妖夢っぽい感じ。
結構強い。普通乳。
無表情。無口ではないが事務的口調。
上司(天魔)の命令には割と従順。犬。
不定期に苗字が変わる。
犬山田、犬油、犬屋敷、犬、犬ヶ滝、犬若狭、犬菱、等々(一部抜粋)。
眼帯は天魔の趣味(格好良いよね)。外せば普通に見える。
大体そんな感じ。
それではお読み頂き有難う御座いました。




