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東方鼬紀行文  作者: 辰松
一、旅鼬
16/29

其之十六、鼬河童の女傑に会い同類を知る事

 河童。


 日本各地の山河にあまねく息衝き数々の伝承を残すとても身近な水妖である。


 地域によって非常に様々な呼び名を持っており、ざっと挙げればカッパ・カワタロウ・エンコウ・メドチ・セコ・ガゴ・ヒョウスベ・シリヒキ―――。これはまだまだ序ノ口、詳しく分類を行えば三百以上もの名があると言う。


 基本的な姿形は、体格は子供程、頭の皿や短い嘴、緑や赤の体表、手足には水掻き。また両腕が体内で繋がっているとか、肛門が三ツあるとか屁で空を飛ぶ等とも言われる。

 以上に加え、甲羅や鱗を持つタイプ、猿の様に体毛を持つタイプに分かれている。


 好物は胡瓜や人間の尻小玉、また相撲を取る事を好む。非常に強いが頭の皿から水が無くなると弱るので、立ち合い前に御辞儀をさせれば勝てると言う。

 嫌いなのは鹿の角や猿・火や唾、そして何より金気である。水の化生が鉄を嫌うのは世界共通だ。


 ……河童の正体や伝承の系統、行動由来・イメージの成立、研究史現代史―――彼等には、それこそ本が一冊書けるだけの文化がある。これ以上は此処では語るまい。




 さてこれより語るのは、地蔵菩薩との二人旅におけるとある河童の女傑及びその他との出会いの話である。




◇◆◇◆◇




「―――本当に、此方で合っているのですか?」


 上野こうずけ―――現在の群馬県―――北部のとある山中。ざくざくと響く二人分の足音に、少女の声が重なった。


「だぁから合ってますってば。もうちょっともうちょっと」


 答えた声は少年の物。質問返答どちらの声も、子供の物である割に奇妙に大人びている。


「もうちょっと、ってさっきからもう何回も聞いてますよ?」

「まだ六回目じゃねえですか」

「十分に何回もですよ六回は」

「いやいや、十回からが本番で……あ」

「わ」


 少年がぴたりと足を止めた。その後ろを歩いていた少女は、ぶつかりそうになりながらも直前で立ち止まる。


「どうしたんですかいきなり」

「……」

「……あの?」

「……近い」

「え? あ、ちょっと!」


 ぼそりと呟いた少年は、早足でまた歩き始めた。その後を少女も慌ててついて行く。ざわざわがさがさと草木を掻き分けゆく内に、少年と比べ多少知覚の劣る少女の耳にもその音が届き始めた。


「あ、この音……わぷ」


 言いかける少女の眼前で、またもや突然立ち止まる少年。今度は止まり切れず、少女は少年の背に―――否、尾に埋まる事となる。いきなり止まらないで下さい、と唇を尖らせる少女を余所に少年は満面の笑みを浮かべた。


「目的地、到着―――」


 少年の目の前に在ったのは、谷底をざあざあと音を立てて流れる川。


 ―――この川の名は、利根川。関東平野を一都五県に跨がり流れる日本国最大流域面積を誇る河川である。




「ほらぁ、映姫サマ。ちょっとだったでしょうよ」


 と後ろに振り向きつつうそぶいたのは、少年―――と言うか俺こと八切七一である。大笠に羽織りのいつもの旅装。


「最初の『もうちょっと』からだと全然ちょっとじゃ無いですよ、八切さん」


 そう返したのは、此方も大笠を被った袈裟の少女―――すなわち地蔵尊たる四季映姫嬢。なんやかんやの事情により、現在我が旅の道連れとなっている。


「高が三刻程度じゃぁねえですか」

「三刻は普通ちょっととは言いません」

「其処はそれ、自分は普通じゃありませんから」

「知ってますよ、そんな事」

「あ、そうですか?」

「主に頭が普通じゃないですね」

「えっ」


 等と楽しく会話を繰り広げつつ、利根川に沿い下流へと歩き出す。


 さて、映姫嬢との出会いから数ヶ月ばかりが経っていた。冬はとうに終わり季節は初夏。とは言っても陰暦の初夏、つまり四月頃である。

 映姫嬢とも大分打ち解け冗談の様な会話も交わす様になった。灰墨の様なツッコミの鋭さは無いが、恐らくは素で、天然で、心をえぐる一言を放ったりする。非常に油断ならない御人である。



 で、俺達がこの利根川に来た理由。


 それ則ち河童である。


 日本各地に伝承を残す、代表的な妖怪とも言える河童。河童を知らない日本人はまず居まい。プロトタイプなイメージは、頭の皿・嘴・甲羅・水掻き・両生類的な緑の肌―――と、こんな所であろうか。

 が、この世界の河童は全く違う。


 姿は人間とそう変わらない。髪の色が青や緑だったりするくらいだ。大抵は帽子を被っていて、合羽の様に水を弾く服を着ている。多少臆病な所もあるが非常に温厚で、人間を盟友と呼んで憚らなかったりする。


 そして彼等は、技術者エンジニアである。


 技術や発明と言う物に並々ならぬ関心を持ち、好奇心探究心向上心旺盛。この時代にして既に、『機械』と呼べるレベルの物を作り上げていたりするのだ。末恐ろしい連中である。



「―――ところで、河童に会いに……」


 隣を歩いていた映姫嬢がふと口を開きつつ此方を見上げる。が、被った大笠に遮られ結局顔が見えておらず、途中で沈黙して大笠を上げ、もう一度此方を見上げ直す。


「……河童に会いに来たそうですが」


 わざわざ言い直した。人の顔を見て話す、大いに結構だが其処まで気にせずとも良かろうに。


「余所の妖怪の縄張りに、勝手に入って良いのですか?」

「まあ、追い出されんじゃないでしょうか」

「……駄目じゃないですか」

「駄目ですねえ」


 からからと笑うと、映姫嬢は呆れた顔をする。


「ま、普通はの話ですよ。河童ってな気の良い連中です、問答無用で追っ払われる様なこたありません」

「……そうなのですか?」

「ええ。少なくとも、九千坊くせんぼうはそうでした」

「クセンボー?」

「肥後の球磨川に住んでる大河童です。九千匹もの河童を率いてるんでその名が付いた、と」

「……大妖怪じゃないですか」

「ですねえ」


 九千匹の大軍を手下とする九千坊は西の大将とも呼ばれる。なら東の大将も居るのかと言うと、これはまた後程。

 ちなみに肥後とは現代の熊本県の事。彼等は中国から海を渡ってやって来たと伝えられており、その事が河童=渡来人と言う一ツの説が根強く唱えられる根拠となっている。


「まあ、見た目は学者然としたオッサンでしたが」

「……そうですか」


 他の河童の例に漏れずの発明家で、伸びる腕の絡繰からくり―――現代に言う所のマジックアームの様な物等を見せてくれた。河童の腕が伸縮すると言う伝承は此処からかと感心したものである。


「……他の妖怪、例えば天狗なんかは非常に縄張り意識過剰でして。御山に近付いただけですっ飛んで来ますね」

「丸で体験したかの様な口振りですね」

「そら体験しましたものよ。いや、鞍馬天狗は強かった」

「鞍馬天狗、って……」

「や、流石に知ってますか。僧正坊天狗は」

「……それも大妖怪じゃないですか」

「ですねえ」


 鞍馬天狗とは、かの牛若丸の師であったとされる大天狗・鞍馬山僧正坊の事である。日本八大天狗にも数えられる天狗の超有名所だ。能の曲目にもなっている。


「まあ、見た目は白髪のオッサンでしたが」

「……そうですか」


 呆れた様に首を振る映姫嬢。と、今度は真剣な表情で、また此方の顔を見上げる。


「前々から思っていたのですが……、そんな大妖怪と知り合ったとか戦ったとか、妙に博識な所とか、あとやけに世慣れしている所とか―――」


 一ツ呼吸を置き、


「実は八切さん……長生きしている大妖怪だったり、します?」

「……また随分と今更な事聞きますね」


 ……旅を続けて数ヶ月、今更になってこの質問が出るとは思わなかった。いやむしろ、最早了解の上で黙っているのだろうとすら思っていた。


「ま、その通りで。自分はそろそろ千五百歳ばかりになります」

「千五百……」


 聞いて映姫嬢が目を見開く。まあ千五百年はそれなりの長寿である。あくまでもそれなりだが。


「何故……黙っていたのですか?」

「大した理由はねえですよ。聞かれなかったから、で」

「……へ? それだけ?」

「そら別に隠す様な事でもねえですし。……それより、ちと気付くのが遅過ぎやしませんかい?」

「そ、それは……大した妖力感じませんでしたし、八切さん一尾ですし」


 わたわたと言い訳する映姫嬢。別に責めている訳では無いのだが。


「妖力も尻尾も隠してんですよ。今の自分は十二尾です」

「じゅ……!? そ、そんなに増える物なのですか妖獣の尾と言うのは?」

「増えたモンは仕方ねえでしょうよ。自分以外にゃ聞いた事ねえですが」

「はあ……って、仮に其処まで増える物だとしても、千五百年では……?」

「自分は成長が速いのですよ。どうした訳か」


 その妖獣の力を表す物である尻尾の数は、そうほいほい増える様な物では決して無い。一ツ増えれば次が生えるまでの時間も長くなる。結局俺が異常なのだ。


「……やっぱりおかしな方ですね、貴方は」

「良く言われますねえ。……ところで」

「何ですか?」

「あんまり横向いて歩いてると……あっ」

「あっ」


 ごん。

 俺の顔を見上げたまま歩いていた映姫嬢が、石に蹴躓けつまずいてすっ転ぶ。河原の石にぶつけたか、実に痛々しい音がした。


「……」


 無言で立ち上がりぱしぱしと袈裟の汚れを払う映姫嬢。ぶつけた額は真っ赤になっている。


「えー……大丈夫ですかい?」

「……問題ありません。ええ、ありませんとも」

「いや、目茶苦茶痛そうなんですが……」

「全く痛くありません。だって私石頭ですもの。石地蔵だけに。うふふ何て面白い冗句なんでしょう」

「落ち着いて下さい映姫サマ」


 ……打ち所が悪かった様だ。


 幸い、ぺしぺしと頬を叩くとすぐに正気を取り戻した。平静を装って歩き出す映姫嬢、しかし若干涙目。


「ねえ、映姫サマ」

「何です」

「人の顔見て話すのは大切ですが、歩く時は前見た方が宜しいですよ」

「……その様ですね」




◇◆◇◆◇




 世間話等しつつ二人河原を歩く。数刻ばかり行く内に、周囲の風景は山中から平地へと変わっていった。それに伴い川は少しずつ広く大きくなってゆく。

 ……の、だが。


「……居ませんね、河童」

「むう……」


 出ない。


 河童が、出ないのだ。


「本当にこの川で合っているのですか?」

「それは、間違いねえのですよ」


 ズレの多い世界とは言え、妖怪の生息域レベルでの違いは今まで一度も無かった。そもそも、此処等にあの(・・)河童が居ると人の噂に聞いたからこそ俺は此処に来たのだ。


「隠れている……の、でしょうか」

「まあ、そうでしょねえ。うっすらと妖力感じますし、どっかからこっちを窺ってる様な気配もあります」

「私には分かりませんが……何処かから、とは?」

「はてさて何処でしょ」


 くらりと首を傾げる。確かに見られている様な気配は有る、首の後ろにぴりぴり来る。しかしその姿は何処にも無い。


「何故隠れているのでしょうか……」

「んー……奴等臆病ですかんねえ。もしかしたら映姫サマが怖えのかも」

「わ……私がですか? 私はそんな恐れられる様な外見では……」

「まあ見た目幼女ですしね……おっと」


 無言で振るわれる錫杖。当たったら痛いのでひょいと躱す。


「失礼―――ま、顔が怖えとかじゃねえのですね。映姫サマは可愛いですよ?」

「何だか子供にでも言っている様で喜べませんが……まあ言いでしょう」


 憮然としつつ足を速める映姫嬢。しかしその頬は少し赤く染まっている。実に遊び甲斐のある御人だ。


「で、何故私が恐れられるのですか?」

「河童ってえ連中はですね、他の妖怪よりも仏教の力ぁ恐れる傾向が強えのですよ。袈裟と錫杖の僧形だけで怖えのかも知れません」

「はあ。私はただの地蔵なのですが」

「まあ、ですよねえ……。映姫サマの所為だけだとするには、流石に過剰反応な気もするんですよね……」


 幾ら河童に臆病な所が有るとは言え、地蔵が通り掛かっただけで姿も見せなくなると言うのは異常である。他に何等かの理由があってそうしているとしか―――


「……ん?」


 ふと何か聞こえた気がして、その方向に目をやる。


「どうしました?」

「いや……何か、あの辺で音がですね」


 川の中程、一番深くなっている辺りを映姫嬢に問われ指で指し示す。


「あ、今水が不自然に揺らいだ様な……」

「……そうですか?」


 映姫嬢も目を凝らす。だが先程の音はもう無く一瞬の揺らぎも見えず、気の所為だったのだろうかと首を捻る。


 ……が、しかし。それは決して気の所為等ではなかったのである。


「……おいやばいぞネネ、あれ多分僕等に気付いてる」

「馬鹿、黙っていろミナ! バレたらどうするのだ!」

「だからバレてるってばホラ、こっち指差してる。さっきくしゃみなんかしたから」

「バレてない! 見える筈がなかろう、我が『河童の隠れ蓑38号』は完璧だ!」

「いやいやめっちゃこっち見てるから。ガン見してるから。現実見なよ」

「ええーい五月蝿ーい!」

「あ痛ぁ!?」


 先程指差した辺りから何やら騒がしい男女の声が聞こえ、激しく波が立っている。その騒ぎが伝わったかの様に川全体に揺らぎが広がってゆく。


「何、何なんだ?」

「首領が暴れてます」

「何や何時もの事やないか」

「いや、今は拙いって。バレる」

「つかバレてんじゃね? あいつ等総長の方見てね?」

「うわわやばいやばい」

「そりゃバレんべあんだけ騒ぎゃァ」

「怖い仏怖い」

「馬っ鹿、ただの地蔵だぞアレは」


 川全体がざわめき、小さな声がそこら中から聞こえてくる。これは―――まさか。


「なあ、ともかく誰か棟梁落ち着かせえや」

「無理」

「無理無理」

「ですよねー」

「なら副長は?」

「そうか副長が居た」

「流石副長」

「救世主副長」

「最終兵器副長」

「……待て無理だ、今親方にボコられてるのが副長だぜ」

「マジか」

「使えねーな副長」

「これだから副長は」

「副長とか正直要らない」

「おい聞こえてるぞお前等ッ……痛たたっ」

「バーレーてーなーいーのーだー!」


 最早大騒ぎと言って良いレベルの川。激しく揺らぐ水面、飛び散る水しぶき。……間違いない。見えないだけで其処に居る。


「映姫サマ、ちょいと下がってて下せい」

「……え? あ、はいっ」


 目の前の光景にぽかんとしていた映姫嬢を後ろに下がらせ、川に歩み寄り指を一本水面に浸ける。妖力を指先に集めて、我がオリジナルの日用妖術発動。


「範囲指定・前方四方二百―――秘技・『瞬間湯沸かし六十度』ッ!」


 途端。俺の前方の川の水が、一気にもうもうと湯気を上げる熱湯となった。


「うおぎゃーっ!?」

「あっつぁああー!!」

「ぅあちちちちぃ!」

「に゛ゃーっ!?」


 突然の災禍に、叫びながら飛び上がる潜伏者―――河童達。身を包んでいた布の様な物を脱ぎ捨てわたわたと暴れ、水が浅い方、つまり此方へと逃げて来る。


「……ううむ、憐れな光景……」

「や、八切さん……顔が笑ってます」


 知らないよ。


 そして狂乱の中心、最初に指差した辺り。隣に居た男河童を踏み付けて熱湯から逃れようとしている女河童が居る。恐らくアレが、『首領』で『総長』で『棟梁』で『親方』だ。踏まれているのが『副長』か。


 何と言うのかは知らないが、飛行機乗りが被っている様な耳まで覆う帽子、同じくゴツいゴーグル。その下から伸びるつややかな長い黒髪、レインコートの様な緑の服にダブついたズボン。はっきり美人の分類に入る顔立ちだが、その所作は見る限りかなり子供っぽい。

 一方の『副長』。帽子ではなくフードを被っている、中肉中背の眼鏡の青年。深い緑の髪に青のレインコート。顔は整っているのだが、何故かイケメンではなく平凡な印象を受ける。雰囲気的には何処ぞの工大生。


 ……妖怪と言う連中は大抵時代を無視した格好をしているが、こいつ等はそれがかなり顕著である。


「あ、ちょっとマシになって来た……」

「正直死ぬかと思た」

「見ろよオイ、笑ってやがるぜ」

「鬼です、あいつ鬼です」

「……ところで無事でありますか副長踏み台にした隊長」

「大丈夫ですかの副長踏み台にした親分」

「火傷してませんかネ副長踏み台にした総統」

「……踏み台にされた僕を心配する奴は居ないのか……」

「私は無事だぞ諸君! 安心したまえ!」

「ちっ」

「糞」

「あーあ」

「……えっ」


 上流から流れる水で、熱湯はすぐに冷めてゆく。途端に再開するフリーダムな会話。何と言うか、今まで会った事の無いタイプの独特な連中である。


「……はいはーい注目ちゅうもーく」


 ぱんぱんと手を叩いて河童達の注意を集める。真っ先に反応し身を翻したのは、『隊長』かつ『親分』かつ『総統』である女河童であった。


「良くぞ我が『河童の隠れ蓑38号』を見破ったな、妖獣よ! 褒めてやろう!」

「……目茶苦茶偉そだね、原因が」

「五月蝿いっ」

「痛ッ」


 びしいっと此方に指を突き付け叫び、後ろで呟く『副長』を蹴って黙らせる。脛を押さえてうずくまる『副長』青年。


「あー……俺は八切七一ってえ鼬だ。後ろのは四季映姫サマ、地蔵菩薩尊。お前さんの名は?」

「ふっ……私の名か? 良いだろう、この私に名乗って貰える喜びを噛み締め、我が名を後世まで伝え崇め奉るが良い! 私は」

「……この騒がしいのが片品禰々子(ねねこ)で、僕は不本意ながら手下その一の水無月(みなづき)。でその他手下その二以降四十七名だ」

「馬鹿あああ! 名乗らせろおおお!」

「前置きが長いんだよ面倒臭痛い痛い痛い!」

「……八切さん、まさかアレが」

「……うむ、目的の河童ですねえ」


 その通り―――俺の今回の目的は。


 群馬県片品川に生まれ、勢力拡大と共に利根川全流域を支配した、河童東の大将と呼ばれる関東無双の女親分―――禰々子河童である。

 女だてらに暴れ者で、子分と共に悪戯をしては牛馬子供を水に引き込み、怒ると河川を溢れさせ周囲を水没させたと伝えられている。


 利根川全流域を支配下に収めた禰々子は、茨城県の布川村と言う所に本拠地を構えており、乱暴の限りを尽くしていたそうだ。

 そんなある日、彼女は同地の旧家である加納家当主の騎馬を狙うが、返り討ちに合い生け捕られてしまう。当主は彼女に二度と暴れぬ事を約束させた上で屋敷内の稲荷祠に祀った。そうして禰々子は縁結びと安産の神となったと言う。


 ちなみに加納家は代々水方御普請役を務める治水潅漑の専門家で、同地を開拓し加納新田を開いた家であった。こうした水を治める技術を持つ家が河童を従属させ神として祀ると言うのは、河童伝承の類型の一ツなのである。


 ちなみに上には茨城県に本拠を置いていたと書いたが、今現在の禰々子河童は勢力拡大の真っ最中である為、勢力範囲はまだ群馬県をちょっと出たくらいである。



 ……それにしても。目の前で騒ぐ女を見る限り、伝承通りの乱暴者とは程遠そうだ。


「で、禰々子殿よ。一体何だってそんな集団でこそこそ隠れてた?」

「知れた事よ……我が縄張りへの侵入者を討つべく隙を探ってもがもが」

「はい黙れ馬鹿ー何真っ正面から喧嘩売っちゃってんのかなーッ!?」

「怒らないでネー」

「儂等の総意じゃないからのー」

「妖獣と地蔵が一緒しとう言うて珍しから見とっただけやでー」

「……成る程、良く分かった」


 禰々子河童が馬鹿、『副長』こと水無月とやらが苦労人、以下フリーダム。こいつ等の関係はそんな感じらしい。


「もがが……ぶはっ! ええいいきなり何をするのだミナ! ちょっとドキドキしたではないか」

「いきなり何すんだはこっちの台詞。後ミナって呼ぶな。それからドキドキしてんな死ね」

「ミナは私をネネと呼ぶだろう」

「僕は男なの。女みたいだろミナなんて」

「いや、そんな事無いっすよミナ副長」

「男らしいぜミナ副長」

「格好良いですよミナ副長」

「あーもうお前等は黙ってろ鉄檻にぶち込むぞッ……て、あ」


 放置されてぼけっとしている俺達の存在を思い出したか、此方に向き直る水無月。


「……悪いね、馬鹿揃いで」

「ん……ああいや、気にすんなよミナ」

「こいつも馬鹿だった!?」




◇◆◇◆◇




「……まあそんな感じで俺ぁ、著名な神社仏閣・妖怪や何かを巡る旅をしてるってえ訳だ」

「はあ……成る程」


 さて何やかんやで連れて来られた河童の里。水無月青年宅―――割と普通な木造家屋の一室、中に居るのは俺と映姫嬢、水無月青年と禰々子河童。だが戸や窓から河童達が覗いている為、実際の所四人と言う訳では無い。


「……八切七一、ねえ……やっぱり聞き覚えが無いな……」

「ん? そりゃま、名ぁ売る様なこたしてねえからな」

「あ、いや、今のはただの独り言」


 水無月青年の小さな呟きに言葉を返すと、少し慌てた様子でぱたぱたと誤魔化す様に手を振った。それから話題を変える様に、


「しかしまあ、著名なのかなこいつ? 言っちゃ何だけど馬鹿だよ?」

「む、誰が馬鹿だと!?」

「ネネが馬鹿じゃないならこの世に馬鹿は存在しないよ」

「……つまり、私は天才だと言う事だな? 照れるな」

「ほら馬鹿だろ」

「あー……馬鹿だな」


 何故その結論に達したのか、全く見当も付かない。完膚無きまでに馬鹿である。


「まあ、ネネは喧嘩強いし機械弄りの腕も良いし。そっち方面でなら天才って言っても良いかもね」

「ほお。そうなのか?」

「さっき川で隠れてた時の光学迷彩ね。アレ発想は僕だけど製作はネネなんだよ」

「ああ……ありゃ凄えな。全く見えなかった」

「そうだろそうだろ! わはは」

「誰かがくしゃみなんてしなきゃずっと隠れてられたろうにね」


 光学迷彩。二十一世紀の人間ですら実現していなかったその技術を、恐ろしい事に彼等は完成させてしまっていた。ただ水の屈折等を利用している為、陸上では使えないらしい。

 ……ぶっちゃけ姿を隠すだけなら隠形術で十分なのだが。


「ところで其方そちらの、えー……お地蔵様は、一体どう言う経緯で妖獣なんか……あ、失礼。八切さんと旅を?」

「わ、私ですか?」


 突然の問いに微妙に引け腰で対応する映姫嬢。と言うのもこの水無月青年、先程からやたらと映姫嬢をちらちら見ているのだ。一目惚れでもしたのだろうか。その場合彼は間違いなく幼児性愛者(ロリコン)であると言わざるを得ない。


「私は……その」

「この映姫サマは人生に迷う地蔵菩薩尊なんよ。人生相談に乗って差し上げたら、何故か旅について来る事になってな」

「……大体そんな感じです」


 答え難そうな映姫嬢に代わり、思いっ切り端折って伝える。まあ間違っちゃいない。


「あんま説明になってないネー」

「馬鹿、察しろよ」

「え、何がよ?」

「ふっふっふ……女が男について行きますと言ったら理由は一ツじゃろ」

「……おおー」

「成る程」

「ヒュー」

「ヒューヒュー」

「ちっ、違います! 私達はそんな関係ではありません!」


 と、外から会話に入って来る河童達。一瞬にして会話が迷走してゆく。迷宮入りである。


「……待ちいや。そう言やさっきから副長、地蔵さんに熱い視線送ってるで?」

「と、言う事は……」

「三角関係?」

「な、なんだってー」

「いや四角じゃね」

「あ、そっか」

「わーお」

「こ、これは……わっち等は一体どうすりゃええのだ」

「あーもうっ! お前等もう全員どっか行けーッ!!」


 ばんばんと畳を叩いて怒る水無月青年。眼鏡が若干擦り落ちている。


「キレた!」

「副長がキレたぞ!」

「逃げろーい」

「うひゃー」


 河童達がわらわらと退いて行く。すぐ戻って来そうな気がするが、まあ取り敢えず静かになる。すちゃっと眼鏡を掛け直す水無月青年。


「……失礼、馬鹿ばっかですいません。後僕ぁ別に小っちゃい子が好きな変態とかじゃ無いからね」

「……小っちゃい子……」

「ああっすいません! 別に馬鹿にしてる訳じゃ」


 沈む映姫嬢、慌てて取り繕う水無月青年。本当の事なのだから別に気にしなくても良いと思うのだが。

 にしても、水無月青年は変態さんではないらしい。ならばあの熱視線の正体は一体何だったのだろうか。


「ミ、ミナ……まさか私を捨てるのか」

「お前話を欠片も聞いてなかっただろ。そもそも捨てる捨てられるなんて関係じゃないからね僕等」


 ……まあ、どうでも良いか。先程から気になっていた事を聞く事にする。


「なあ、ミナ」

「ミナって呼ぶな。何かな?」

「この家、何か鉄が多いがよ。河童ってな金気は苦手な筈だよな?」

「あー……それは、ねえ」


 囲炉裏の上に掛けられた鍋。壁にぶら下がった鉤。部屋の隅に置かれた謎のオブジェ―――どれも鉄製だ。家の構造随所にも鉄が使われている。河童の家とは思えない。


「ミナは変人なのだ」

「お前にだけは言われたくないよ!?」

「……つまり私が天才だと言う事だな!」

「理解出来る言語で喋ってくれるかな」

「……おーい。結局何でなんだ」

「あ、すいません……っと。うん、見た方が早いかな」


 そう言うと水無月青年は、懐から鉄扇を取り出した。骨だけが鉄製の物ではなく、畳んだ形のままの総鉄作りの物だ。それを掌に置き、すっと目を閉じ―――鉄扇が、ぐにゃりと歪んだ。


「お……おおお?」

「わ……」


 目を見張る俺と映姫嬢の前で鉄扇はぐにゃぐにゃと流動し、その形を変えてゆく。目を開けた水無月青年の掌にあった物は―――


「これは……?」

「……銃、か」

「あ、良く分かったね? そう、小さいけど鉄砲だよ」


 そう。それは銃……それも拳銃であった。発明されたのは確か十四世紀頃である為存在が有り得ないと言う事は無いが、この時代の日本にあって良い物ではない。げに恐ろしきは河童の技術力……であろうか。


「僕の能力は『鉄を操る程度の能力』。ま、名前の通りだね」


 拳銃がまたぐにゃりと歪み、鉄扇に戻る。成る程、これは面白い。


「しかしまあ、河童らしくねえ能力だな……」

「せやろーせやろー」

「変わり者なのです副長は」

「たまに変な言葉喋るしなぁ」

「……お前等、もう戻って来たのか……」


 と、此処で河童再来。会話はまたもや明後日の方向へ全力疾走。


「ミナは怒ると鉄檻に閉じ込めたりするのだ」

「鉄枷嵌められた事あるヨ」

「怖い鉄怖い」

「鬼だ鬼。鬼河童ー」

「お前等が怒らせるからだろ! 楽しいか僕を困らせて!」

「もっちろん」

「当然じゃんか」

「ったりめえよぅ」

「……だーッ! 失ーせーろーッ!」

「キレた!」

「副長がまたキレたぞ!」

「退避ーっ」

「わひゃー」


 叫んで鉄扇を振り回す水無月青年、楽しそうに逃げてゆく河童達。……何と言うか。


「貴方も大変ですね……色々と」

「……どうも」


 映姫嬢に同情される水無月青年。いや、『も』と言っている辺り同情と言うより共感だろうか。さて何処に共感する要素があるのか、映姫嬢が此方を横目で睨んでいる気がするが俺には分からない。


「なあ、鼬に地蔵」

「うん?」

「何ですか?」


 と、楽しそうに水無月青年を見ていた禰々子河童が俺達に声を掛ける。


「お前達面白いから、今晩はこの家に泊まらせてやろう」

「ちょっと待て何勝手に決めてるんだ。此処は僕の家なんだけど?」

「将来的には私の家でもあるがな!」

「ねえよ。未来永劫ねえよ」

「良いではないか。客が居れば酒が飲めるし」

「結局其処が本音だろお前」


 何やら夫婦漫才を繰り広げる河童二人。仲の良い連中である。


「え、酒宴っスか?」

「いよっしゃーぃ!」

「久々やねえ」

「よし、河童殺し出してくっか」

「戻って来るの早いなまたお前等!? てか待て、まだ僕は了承して」

「え? 駄目なのか?」

「僕の家は止めろと言うんだ! どうせ好きなだけすっ散らかして片付けしないつもりだろお前等!」

「えへへ」

「エヘヘじゃねえよ! せめて形だけでも否定して見せろよ!?」

「悪いが私は嘘がつけない性質なのだ」

「馬鹿過ぎてな!!」


 河童衆再臨。酒宴と聞いて準備の為か三々五々に散ってゆく。眼鏡をずり落とし声を荒げる水無月青年だが、もはや趨勢は決している。


「……しかしまあ。素晴らしいツッコミ役だな」


 真面目。キレ具合。躊躇いの無さ。そして眼鏡―――素晴らしい。


「映姫サマも見習って下せいな」

「……『ツッコミ』が何なのかは知りませんが、はいと答えるべきでない事は分かります」


 残念。




◇◆◇◆◇




「れふからぁ! 八切やぎぃさんはわらしないがひろにし過ぎなのれふ!」

「はあ」


 数刻後。俺の目の前には酔っ払いが居た。


大体らいはい普段ふらんかあ嘘ばっかいついへ! 閻魔にひはを抜かれまふよ!」

「地蔵が言うと説得力有りますねえ」


 わやわやと河童達が騒がしい宴の夜。

 俺を正座させ、回らぬ舌でうだうだと苦言を提す映姫嬢。説教上戸なんざ聞いた事も無い。逃げ出そうにも服の裾を掴まれているのである。数人の河童がにやにや笑いながら見ている、凄く殴りたい。


本当ほんろうは強い妖怪らっれ事隠ひへまひたひ!」

「そら聞かれませんでしたし」

「すぐに人の事をからかいまふひ!」

「そら性分ですね」

何時いふ何時いふ子供ころも扱いひまふひ!」

「そら見た目完全に子供ですものよ」

「うー……真面目に聞いてるんれふか!」

「聞いてますよ。真面目か否かは置いといて」

「なら良し!」

「えー」


 今まで飲ませた事が無い為知らなかったが、どうやら映姫嬢は酒に強くない様である。まだ余り飲んでいないのにこの有様。酒に酔い頬を赤く染め目を潤ませた映姫嬢の姿は、微妙に犯罪染みた香りを醸し出している。


「……ほら、このおつまみ美味しいですよ」

「そんな物で誤魔化そうろひへも無駄むられ……もぐもぐ」

「ほらほら美味しいですねー」

「れふから無駄むららろ……もぐもぐ」


 手近に有った何かの佃煮を口に押し込んで注意を反らす事にする。気分は雛に餌をやる親鳥である。

 ……と、裾を掴んでいる手が緩む。チャンス。素早く手を外して立ち上がる。


「では映姫サマ」

「ああっ! 何処ろこ行くんれふか!」

「すぐ戻りますよぉ、ちょっと離れるだけです」

「むう……其処の貴方あらた! こっち来あさい!」

「ぅえ、ウチ!?」


 そして身代わりに捕らえられるギャラリー河童の一人。ざまあ。


「いーれふか! そもそも貴方あらた達河童ろ言う連中はろいつもこいつも頭に皿らんか乗っけへ……」

「そっから怒られんの!?」


 のっけからかなり理不尽な事を言われているが、知った事ではない。人を笑っていた報いである。


「さて、と……」


 ざっと部屋を見渡す。相撲をしている二人の河童。一升枡いっしょうますで一気飲みしている禰々子河童。飲み比べしているらしい河童達。早々に潰れて引っ繰り返っている河童―――


「……お。居た居た」


 他から離れて壁の花となっている水無月青年を発見。どうせツッコミ疲れたとかそんな所だろう。


「横失礼、ミナ」

「呼ぶなって。何か用かな?」


 徳利を一本携え、隣に腰を下ろす。壁の花が二輪―――其処、壁の染みとか言わない。


「ん。ちょっとばかり話を、な」

「ふうん。何?」

「ああ……ついさっき思い出したんだが―――」


 言いつつ、遮音結界を発動。蒼い立方が二人を覆う。いきなり何を、と目を丸くする水無月青年に―――


「あの銃の名前って確か、M1911で合ってたよな?」

「ッ!?」


 ―――そう、問い掛けた。




◇◆◇◆◇




 俺はテンプレ転生者だ!


 女の子を助けようとしてトラッ(中略)真っ白な場所で神と名乗る爺(中略)うっかり殺してしまったと(中略)欲しい能力(中略)好きな世界に転生さ(以下略)!

 そんな訳で俺は最強のチート能力と強靭な妖怪の身体を持って東方世界に転生! ナデポニコポ標準装備のこのイケメンフェイスで以て東方キャラでハーレムを築くのだ!




 ―――なんて思ってた時期が、僕にも有りました。




 僕は転生者である。


 が、上記にあった様な女の子を助けて轢かれたとか神に会ったなんて記憶は無い。当然だがイケメン等口が裂けても言えないし、能力はチートなんて物ではない。ただ気付けば僕は、この世界で河童としての生を受けていた。


 此処がとあるゲームの世界だと知ったのは自分の能力を自覚した時だ。突然始まった第二の人生に途方に暮れていた僕は、この事に少なからず喜んだ。何たってそのゲーム―――東方Projectと言うシリーズは、僕には非常に慣れ親しんだ物だったからだ。

 ソフトや関連書籍は全て持っていたし、某動画サイトに投稿されていた関連動画にも一通り目を通していた。二次創作も大抵は読んでいたしイベントが有れば必ず行ったし、十八禁にも足を踏み入れていた。

 要するに僕は、世間一般に言う所のオタク、東方オタであったのだった。


 そんな世界に自分は居るのだ。嬉くない筈がない。能力も中々に格好良い物だった。僕は原作キャラ達に関わり、あわよくば仲良くなろうと考えた―――



 此処であの名言。現実は非情である。



 僕が生まれたのは、東方Projectと言うゲームのストーリーが始まる千八百年近く前だった。うんざりはした物の、其処までショックを受けはしなかった。今まで読んだ二次創作の中には、同じ様な話もあったから。……僕は、二千年弱を生き抜く事の難しさを舐めていた。


 『鉄を操る程度の能力』と言う僕の力は、生きる為の障害にしかならなかった。

 東方と言うゲームについては詳しくとも妖怪に関する知識なんて無かった僕は、河童は鉄を忌み嫌うのだと言う事も当然知らず、家族や友人の前で得意げに力を使って見せた。


 結果、村八分。


 それでも百年はその里でなんとか生きた。隣人に疎まれても、親にすら厭われても、里を出て野垂れ死ぬよりはマシだったからだ。一人で生きていけるだけ成長すればすぐに出て行くつもりだった。


 そして確か百歳を少し過ぎた頃、僕は初めて東方Projectの一片を目にする事になる。

 里が有った谷の付近で、衝突する妖力と突然の轟音。何等かの危険が有ると判断した里の上役達は、当然の様に僕に見に行かせた。里を追い出される訳にはいかない僕は逆らう事は出来ない。

 憂鬱な気分で向かった先に僕が見た物は、地形が全く変わってしまった谷と、崩れた瓦礫の中に立ち尽くして笑う一人の女性。


 ―――八雲紫。


 東方Projectのキャラクター。境界の妖怪。少女臭。スキマババア。ゆかりん。ファンタジア。

 そんな語群が一瞬で頭を駆け抜ける。さあ行くんだ僕、出て行って声を掛けろ。どうした転生者、今まで読んだ沢山の二次創作の主人公達の様に、臆さず話し掛けるのだ―――



 結局の所、僕は凡人である。

 境界の妖怪が去った後、自分が主人公等と言う器でない事に僕はやっと気付いた。所詮僕は、平々凡々たる工大生でしかなかったのである。


 それからの記憶は大分曖昧だ。色々な事がどうでも良くなった僕は準備もそこそこに里を飛び出し、千年以上もの間この国を投げ遣りに渡り歩いた。しかしまあ不思議な物で、千年以上もの間僕は死ななかったのである。生き延びて、生き延びて―――そして。



 そして僕は彼女に出会う事になる。



「水無月と言うのか? よし、ならばミナだな」


 彼女はまだ百歳程の若い河童だった。


「む、嫌だと? なら私をネネと呼んでも良いぞ」


 ふらりと立ち寄った里で、彼女は突然話し掛けてきた。


「ほう、ミナは鉄を操るのか。対河童では無敵だな!」


 能力を知っても臆する事なくむしろ面白がり、うねる鉄を見ては手を叩く。


「私にはな、目標がある。天下統一! この国の全ての河童の頂点に立つのだ!」


 馬鹿みたいな野望を掲げ、しかもそれは冗談等ではなく彼女は日々努力を重ねている。


「ミナ、私の目標を手伝え―――お前は、私の手下その一だ!」


 そして僕はどうした訳か頭のおかしい事に、何時の間にかどうしようもなく彼女に恋をしていた様なのであった。




 で。僕は今日、二度目の東方キャラとの邂合を果たした。


 非っ常に驚いた。なんせ東方の事なんて、既に頭から消えかかってさえいたのだ。僕の頭を占めていたのは、もっぱらネネの事と部下達の事と機械の事だったから。


 四季映姫・ヤマザナドゥ―――否、今はただの四季映姫。


 それが彼女の名であった。

 忘れかけていた話だ、別に今更出会ってどうと言う事もない。ただ、彼女の隣には彼が居た。


 八切七一。


 彼はそう名乗った。

 全く聞き覚えの無いその名前。東方キャラではない。だが四季映姫とは大分親しい様に見える。仲睦まじく冗談を言い合い、四季映姫の方には好意さえある様に見えた。一体彼は何者だ―――



 ―――その答えを、たった今彼は僕に告げたのである。




◇◆◇◆◇




「―――ああ、そうか。君は僕と同じなんだ」


 目を見開いて凍り付いていた水無月青年は、解凍後まずそう言った。


「ん。そうらしいな」

「僕以外にも居たんだな……初めてだ」

「俺は二度目だな。ま、本人からはっきり聞いた訳じゃないがよ」


 あまり動揺は無い様だ。本当は割と冷静な性質なのかも知れない。


「俺が生まれたのは西暦で確か六十年くらいだった。お前さんは?」

「良くは覚えてないけど、二百年くらいじゃないかな」

「ほお、俺のが年上か」

「妖怪に年功序列も無いだろうさ」


 全くである。


「まあお互い、随分と数奇な目に合ったモンだよなあ」

「違いない」

「ふと気付けば遥か過去の世界、しかも魑魅魍魎は跳梁跋扈してる、その上何故か妖怪は女ばっか。変な世界だ」

「……え? あれ?」


 と、此処で水無月青年が首を傾げる。そしてしばらく何やら考え込んだ後何かに気付いた様に顔を上げ、


「……君は、東方Projectって知ってるかな?」

「トウホウプロジェクト? ……いや、知らん」

「そう……か」


 水無月青年は、何やら気の抜けた様な顔をした。


「原作知識無し、か……」

「原作知識?」

「ああ……この世界はね」


 言いかけ、ふと口を閉じる。


「いや、その前に……君はさ。この世界、楽しいかい?」

「勿論」

「……即答か。そうか、楽しいんだ」


 その問い掛けに、当然の事と肯定を返す。彼は嬉しそうに頷くと、


「なら君は知らなくても良いね。知る必要も無い」

「何だよ、気になるじゃねえの」

「良いんだよ。例え教えたって、良い事なんて一っツも無いんだから」

「……そ。なら良いさ」


 教えてくれる気は無いらしい。ま、この男が知る必要無しと言うなら無いのだろう。


「水無月ってな自分で考えたのかい?」

「まあね……昔の名前は嫌いだったから」

「それも俺と同じだな……俺の元の名前は矢霧太郎って言ってな」

「あはは。ヤギリまでは格好良いのに」

「だろ。七一はこっちの親がくれた名前でな、矢霧の字も変えた」

「ふうん……僕は佐藤年夫って言ってね」

「ん? 普通じゃねえの」

「ヒント、調味料」

「んー……ぷはっ! くっははははは」


 佐藤年夫―――砂糖と塩。わざとだとしたら随分な親である。


「しかしまあお前さん、光学迷彩なんて思いっ切り未来のモノじゃないよ。良かったのか?」

「ふっと零しただけだったんだけどね。実現しちゃったんだよネネが」

「驚きだな。河童の技術力は二十一世紀の人間を越えてんのか」

「極々一部においてのみ、ね」


 他愛の無い会話。だがそれはある意味で、俺が今までで最も気を緩める事の出来た瞬間であった。

 ふ、と息をついて結界を消し、立ち上がる。


「おや。もう良いの?」

「映姫サマが待ってるんでね」

「モテる男は辛いね」

「お前が言うなっての」


 一瞬にして返って来た喧騒に包まれ、騒ぐ河童達の間を縫って映姫嬢の方へと歩き出す。が、ふと思い付いて途中で立ち止まる。ちょっとだけ、宴を盛り上げてみるとしよう。


「えー、全員注目ー! 一発芸大会始まるぞー!」

「おー?」

「わー」

「ヒューヒュー」

「まずは一番八切七一・素手で斬鉄します!」

「おおー!」

「出来るかー!」

「アホー!」

「ミナー、なんか鉄寄越せー!」

「はいはい……」


 呆れ顔の水無月青年がひょいと手を振ると、壁際にあった鉄の塊が此方へ飛んで来る。受け止め目の前の床に置き手を振り上げ、


「ちぇすとおー!!」


 振り下ろした手刀は何の抵抗もなく床に達し―――がらん、と鉄塊が左右に割れた。


「お」

「わ」

「おおおー!?」

「マジで鉄切った!?」

「有り得ん!!」

「ふ……これが俺の実力だ……」


 まあ。能力だけど。


「むむむ……私も何かやるぞ! 二番片品禰々子・鉄砲水を」

「僕の家を潰す気か!?」

「ちっ」

「舌打ちすんな!」

「……ならば二番片品禰々子・告白します! ミナー好きだー!」

「ぎゃー!? 恥ずいだろ黙れ酔っ払いいい!」

「ヒューヒュー!」

「憎いね色男!」

「普通逆じゃね?」

「……ひっく。三番四季映姫ぃ! 告白ひまふ!」

「なんか便乗してる!?」

八切やぎぃさん―――の作ったあんみつの求肥が好きれふ!」

「だから何!?」

「どうでも良いなオイ!」


 散漫に散らばっていた喧騒が一ツ所に集中し狂騒へと転じてゆく。全体の高揚した空気が最高潮へと向かう。


「四番岩魚(いわな)! 圧縮空気砲試作実験します!」

「だから家壊す気か!?」

「五番翡翠(かわせみ)! 自爆します!」

「自殺!?」

「六番あとり! 超竹蜻蛉(たけとんぼ)飛ばします!」

「ばッ……お前それは」


 轟音、爆風。


 その河童の手から放たれた超竹蜻蛉とやらは、凄まじい旋風を巻き起こし周囲の河童を吹き飛ばしながら、天井を突き破り遥か彼方へと消えていった。


「……うーん」


 突発的事故を気にする様子も無く七番八番と声を上げる河童達を見ながら、俺は腕を組み首を傾げた。


「俺の所為じゃねえよな?」

「黙れ発端!!」




◇◆◇◆◇




「……頭が痛い……」

「普通に自業自得ですね」


 翌朝。

 二日酔いに頭を抱える映姫嬢を背負い、俺は河童達の見送りを受けていた。


「初めてなのに飲み過ぎるのが悪いんですよ」

「……うう」


 昨夜の記憶は殆ど無いらしい。何だか昔の道連れも同じ様な事があった気がするのだが。


「別にもう少し居てくれても良かったのだがな」

「まあ、映姫サマ入ってから旅程がズレっぱなしでな。そろそろ急がにゃならんのよ」

「……僕としては有り難いけどね。長居されたら家が無くなりそうだ」

「あっはっは」

「笑えないよ」


 水無月青年宅は天井や床、壁に穴が空いてかなり酷い有様だ。宴会後は大体こうなるそうである。憐れ。


「さて―――それじゃ……」

「うむ、またな」

「じゃあね」

「……ん。さいなら」

「う……さようなら……」


 別れを告げ、ひらひらと手を振る河童達にくるりと背を向け歩き出す。背中でぐったりしている映姫嬢を背負い直すと、申し訳無さげな声を掛けてきた。


「迷惑掛けて、すみません……」

「駄目ですね、映姫サマ。そう言う時は『いーつも、すまないねえ』って言うんです」

「はあ……何故?」

「自分が『それは言わない約束でしょ』って言うからです」

「……訳が分かりません……」


 まあ、分かったらこっちが驚くが。


 それにしても面白い連中であった。特に水無月青年、彼との出会いは俺にとって特別な意味を持つ貴重な物だ。禰々子河童や他の河童達も言うに及ばず。


 しかし、まあ。


「ハーレムっつうのは、ああ言うのを言うんだろなあ……」

「……何か言いました?」

「独り言ですよ」


 割とどうでも良い事だが。


 禰々子河童の子分その二以降四十七名―――連中は、全員女であった。



かっわいいよっかっわいいよっえーきさまっ






今回は河童の話、同じくメジャー妖怪な天狗と違って個人として有名な名前付きの奴が少ないです。九千坊、禰々子、後は……沙悟浄? いやいや。

禰々子河童を名指しにした方は居ませんでしたが、河童ではないかってえ声はちらほらありました。川の妖怪って言や河童ですよねやっぱ。




眼鏡男河童、かなーり迂遠な伏線を経て今更感たっぷりに登場しました。出すタイミング一応計ってたんですけどね。何時だよ伏線張ったの。



オリキャラ二人+αについて少し。




片品禰々子


モデル禰々子河童。

姓は出身地である片品川より。

本文では言及しなかったが、『水災を操る程度の能力』。

水無月と痴話喧嘩する度に洪水を起こす。傍迷惑。

一部妖精級に馬鹿。しかし天才。紙一重。

きょぬー。




水無月


モデル無し。

名前は彼が自分で付けた。

河童なのに水無しなんて面白い等と考えているが、実際の所『みなづき』は『みずのつき』の転だとされている。

転生者、元東方オタ。

『鉄を操る程度の能力』、炭素含有量とかもある程度なら弄れる割とチート気味。

本文に言及は無いが銃オタでもあった。

元工大生故に機械知識多。

自身を凡才としているが割と秀才。ただし天才に非ず。

ツッコミ気質。




その他河童。


モデル無し。

四十七名。数字に意味はない。

全員女。水無月ハーレム(笑)。

関西弁・爺言葉・ネット風・男口調・敬語・軍隊風等々。

一応十人ちょいくらいは性格容姿等設定有り。

能力持ちも数人。




※ツッコミ多数につき追記


其之六の最後に書いてある事とえーきさまとの二人旅は矛盾じゃねとのツッコミ多数。

しかして其之十での灰墨との会話において、あの記述はノリでした等の発言アリ。

ソレを言い訳もしくは予防線と見て頂ければ幸い。

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