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東方鼬紀行文  作者: 辰松
一、旅鼬
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其之一、鼬過去の国に生まれ立つ事

 

 

本文は、『上海アリス幻樂団』様による弾幕STG『東方Project』シリーズの二次創作・幻想入り物に御座います。


拙い文ではありますが、是非お読み頂ければ、そして少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 


 ある日目覚めると、いたちであった。




 そう、それはまるで、朝目覚めると毒虫と化していたグレゴール・ザムザの様に―――等と名作による例えで教養をアピールしている場合ではない。


 鼬である。子鼬。全く以て訳が分からない。

 ただ突然に、ふと我に返ると、自身が子鼬であると言う純然たる現実が其処にあったのだ。おそらく巣穴であろう土壁の中、おそらく母なのであろう雌鼬の乳に、おそらく兄弟姉妹なのであろう子鼬達と共に一心不乱に吸い付いていたのである。


「……何じゃこりゃ」


 と。気付けば乳から口を離して、俺は呆然と呟いていた。



 呟いていたのである。日本語で。



 いやちょっと待て何で鼬が人語を喋るのだそんな馬鹿ないや待てよそうかこれは夢かそういう事かそりゃそうだ夢に決まってるそうですねそうですよね!?


 と。混乱している俺に。


 突然俺が人語を呟いたからであろう、驚いた様子で此方こちらを凝視していた母鼬が口を開き、


「何と、喋りおった! 神童じゃ!」


 お前もか、ブルータス。




◇◆◇◆◇




 さて、鼬になって五日ばかりが経過。


 この頃になると、はっきりきっぱり常識人を自負している流石の俺も、これが夢などで無いことを認めざるを得なくなっていた。


「……はあ」


 溜息をつく。一体何の因果で鼬なぞになっちまったのやら。

 家で飼っていた猫にナベシマと名付けて毎日毎日「化けろ化けろ」と言い続けていたせいか。それとも中学生時の遠足先の淡路島で捕まえた狸を「化けろ化けろ」と小突き回したせいか。動物の怨みなのか。ただの知的好奇心の発露だというのに。

 ……何、常識人に見えない? 気の所為である。


 しかし、まあ。

 驚くべき事奇妙な事は、鼬になった事ばかりではない。まずは我が母君の事。 母君は名を『いづな』という。飯綱と言えば、かの武田信玄もその力を信じていたという、狐憑の一種であるクダギツネの事であったり、転じて鼬の近縁種でもあるイイズナの事であったりするのだがまあそれは今はどうでもいい。


 彼女は俺のことを『なないち』と呼ぶ。何でも、由来は今回が七度目の出産で俺が長男、つまり一番目だかららしいのだが―――。


 七度目、である。


 鼬の生態に詳しい人―――そんな奴はそうそう居ないが―――なら知っているやも知れぬが、ニホンイタチという種の生は非常に短い。平均寿命は二年にも満たないのだ。七度というのは明らかに多すぎる。


 そう。我が母君は、ただの鼬ではない。長い尻尾を三本生やした、齢なんと五百年を重ねる化け鼬なのだ! でーん。


 ……さてこの母君、生後一ヶ月も経たぬ俺が人語を解した事に、すわ天才児かと欣喜雀躍狂喜乱舞しなすったのだが、俺が言葉を話せるだけで、何の能力も発現しておらず妖術等も使えぬ、今の所はっきり喋る鼬であるだけだという事を知るや途端に意気消沈、「つまらんのう」と言いながら拗ねてしまった。何とも子供っぽい母君である。


 そして、驚いた事がもう一ツ。時代について、である。

 母君の話によると、最近奴国なる人間の国の王が、大陸の王から金印を授かったとかそんな事があったそうである。俺の知識が正しければ、これは一世紀半ばの出来事。西暦にして五十七年。

 即ち、俺は二千年弱の時間をさかのぼったのである!! ででーん。


 ……いやはや全く。一体俺が何をした。鼬になっただけ(?)であれば、何とか知り合いに会いに行って事情を説明、戻る手立てを考えるというのに。現在頼れる相手といえばやけに子供っぽい齢五百代の妖怪婆鼬。事情を話す気にもなれやしない。


「……はあ」


 狩りに行ったいづなの代わりに、キュウキュウ鳴きながら擦り寄ってくる四匹の弟妹達をあやしながら、再度溜息。

 不思議な事に、耳に聞こえるのはただの鼬の鳴き声なのだが、何と無く意味は伝わってくる。「お兄ちゃんお兄ちゃん」とか「兄君兄君」とか。可愛い。


 ちなみに、どうやらこの五兄弟の中で生れつきの化け鼬は俺だけらしく、やたらに成長が速い。弟妹達は未だ授乳しているのに、俺だけは五日目にして既に肉食。鼠とか蛙とか。割に抵抗無く食える辺り、俺はもう人間ではないのだなあ、とか。思ったり思わなかったり。


「なないちー、帰ったぞい」


 食事に行っていた母君が帰って来た。父親は居ない。鼬の雄は子育てに全く関わらないのだ。どんな奴だったのか聞くと、「美味かった」との返事。蟷螂かまきりかお前は。怖えよ。


「遅いぞ、いづな」

「母君と呼べと言っとろうが」


 チビ共の世話を交代。元気に乳を吸い始める我が弟妹達。その様子を横目で見つつ、息抜きにでもと巣穴から出る。


「あまり遠くへ行くなよなないち」

「ん」




◇◆◇◆◇




 我が家(穴)から出て、山の頂上を目指す。この山全体が、母君いづな鼬の縄張りである。いづなはアレでそれなりに強い妖獣らしく、野犬の類や並の妖怪は近寄らない、割に安全な場所だ。


「………はあ」


 頂上の岩に座り込み、眼下に広がる景色を見渡し、しばし呆ける。ふもとに在る小さな人村とそこにうごめく人間を眺め、此方に来て何度目かも知れぬ溜息をつく。


 俺の居なくなった未来に思いを馳せる。友人や部活の先輩は、どうしているだろうか。泣き虫の幼馴染みは、泣いていないだろうか。……矢霧さんは、心配していないだろうか。


 俺に父母は居ない。俺の両親は、赤子の俺に“太郎”とだけ名を残して捨てた。どうせ名前を付けるだけなのなら、もっとマシな名にしてくれれば良いものを。俺はこの平凡過ぎて逆にむしろ非凡な名をこの上なく嫌っている。


 孤児の俺を引き取り育ててくれたのが、矢霧さんである。赤の他人の餓鬼を育てて高校にまで通わせてくれたお人善し。

 豪放磊落という言葉がよく似合う、警察官を生業とする四十代後半のオッサン。正直、あの人への恩は計り知れない。俺の親父は、誰が何と言おうとあの人なのだ。


「……ん」


 立ち上がる。

 矢霧さんの事を思い出すと、同時にあの人が俺によく言っていた言葉も思い浮かんだ。


 曰く、笑って生きろ、と。


「……は」


 言葉の通り、にやりと笑みを浮かべる。

 うだうだしていたって仕方ない。そんなのは、あの人に育てられた、あの人の息子である俺という人間の柄じゃない。

 どうせ現代には帰れそうもないのだ。ならばこの鼬としての生を、精一杯楽しもう。幸い妖獣は長生きだそうだ。寿命は長いし世界は広い。やれる事は腐るほどある。


 ちょっと早いが第二の人生、笑って生きてみるとしよう。




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