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解消されない疑念

 全調査日程十四日間のうち、不毛な十二日間が経過致しました。

 残り二日。

 依頼人水木瑞希さんの夫である、水木金男さんはここまでは夜九時過ぎに南口より退勤、近くの喫煙所に寄ってから真っすぐ駅に向かい帰宅……という行動パターンを全く崩しませんでした。

 そして当然のように十三日目が過ぎ、最終日を迎え……調査日程が終了。

 今日がその結果を依頼人にお伝えする日。

 そもそも調査結果をお伝えする日というのは、今回の依頼人に限らず細心の注意を払わなければなりません。

 例えばクロであった場合、依頼人によっては激昂するほど動揺し、その後の話が成立しない方もおられますし、泣き崩れて収拾がつかない方もいらっしゃいます。

 逆にシロであった場合でも、調査手法に不満を露わにする方、こちらの結果説明を信じない方など様々です。

 ですから時には他愛もない雑談から始めたり、結論から先にお話ししたりと事前に試行錯誤しながら対応します。つまり依頼人の人間性も予見しなければならないという、こちらも一番神経をすり減らす瞬間なのです。もう慣れましたけど。

 

 今回の依頼人である水木瑞希様は、約束の時間ほぼピッタリに事務所にやって来られました。そして応接室に案内させて頂きました。コーヒーカップが置かれた机にて、私と奥様は対峙しています。

 今回はとりあえず結論から話す形にしましょうか。


「この度は当探偵事務所にご依頼頂き誠にありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

「早速ですが、調査結果をお伝え致します」

「はい。お願いします。あっ、太宰さん、ちなみに私は都市伝説は信じないほうですが、ここに来る途中黒猫を見ました」

「……なるほど、さようでございますか……」

 だからなんですか?

 信じないと前提してるのにも関わらず、黒猫を見たから縁起が悪いとでも言いたいのでしょうか?

「あっ、太宰さんの声って特徴的ですからニャ〜と言って下さいますか? あ、すみません……私ったら、失礼致しました」

「……いいえ、お気になさらず。お伝えしてよろしいでしょうか?」

「あ、はい。お願いします」

 この奥様は緊張感という物がないのでしょうか?

 これから結果をお伝えするのですよ? 大丈夫ですか?

「結論から申し上げます――」

「あ、ちょっと待って下さい。心の準備をしますから」

「……はい。お待ちします」

 え? 今、この瞬間からするんですか? やっぱりちょっと変わった奥様ですね。

 奥様は10秒ほど目を閉じて瞑想状態に入られました。

「はい。大丈夫です。お願いします」

 もう終わりですか? 短くないでしょうか? その程度で済むのであればここに来る途中、いつでもチャンスはあったのではないでしょうか?

「結論から申し上げますと、私共の2週間の調査では旦那様の不貞行為は確認出来ませんでした」

「え? それはつまり……」

「はい。シロという事になります」

「えっ!? 本当ですか?」

「はい」

「……」

「……」

 奥様は安堵と困惑が入り混じった微妙な空気を撒き散らし、事務所内に放出させています。本心は察する事が出来ませんが続けます。

「退勤後の尾行を中心に調査を進めさせて頂きましたが、この2週間全てにおいて退勤は平均21時前後、奥様もご存知の通り帰宅は22時過ぎでした」

「はい。あ、ちなみにここ最近はメールはしていませんでした。けれどもスマホは耳元に置いて寝ていました」

 ここに来て初めて「ちなみに」を正しく使用していますが、とりあえず無視して続行します。

「日中に会社から抜け出す事も想定して、同様に張り込み及び尾行調査を行いましたが、昼食を外食で済ます時、喫煙する時以外は会社から出る事はありませんでした」

「え?! お昼を外食?」

「はい。この調査期間中、お昼に一人で外食をする事が3度ありました。なにか?」

「おかしいです! だってお昼は毎日お弁当を渡してありますから」

「なるほど。じゃあこの期間中、帰宅時にお弁当箱はどんな様子でしたか?」

「えっと、そういえば全然手をつけてない日が3日ありました。ちなみにメインのおかずが生姜焼き、唐揚げ、ミニハンバーグの日でした」

「その事は、ご主人に指摘なさったのですか?」

「はい、もちろんしました。ちなみにやる事が多すぎて食事も出来なかったと話していました」

 ですから、ちなみにを使うのはいい加減やめてもらえないでしょうか? 

「調査期間以外には同様の事はありましたか?」

「……たまにありました。ですが、ちなみに今までは月1回くらいでした。あっ! そう言えばちなみに思い返すとメインのおかずが鶏の唐揚げ日ばかりです!」

 おかずは関係ありません。お願いですからその、ひらめいた! みたいな話し方と「ちなみに」のコンボはやめてくれませんか? あとドヤ顔も。

 ちょっとここは仕切り直しましょう。

「奥様。昨日田舎の両親から新茶が送られて来ましたので淹れてきますね」

「は、はい。ありがとうございます。ちなみに新茶はビタミンとミネラルが豊富に含まれていて美容にも良いらしいです」

「さようでございますか」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ところで奥様。忙しいとは聞いていると思いますが、ご主人は家で仕事の話を具体的にされていますでしょうか?」

「いえ、あまり仕事を家庭内に持ち込まないので、具体的にと言われると聞いていない気がします。ちなみに上司の愚痴とかもほとんど言いません」

「ご結婚されてからずっと帰宅は遅いと聞いておりましたので、ご主人の会社に関しても少し調べました」

「はい。ありがとうございます。ちなみに私が知ってるのは、健康器具や介護用器具を製造販売している会社だという事です」

「はい。ちなみに会社自体はここ十年続けて単年黒字決算、海外六カ国に支社を構え、ご主人は広報宣伝部に所属しています」

「はい。ちなみに業績が好調という話しは何度か聞きました」

「そして、最近は某婦人用化粧品会社との共同プロジェクトで高齢者向けの美容器具の製造開発を三年前から始めています。ちなみにご主人は、その共同プロジェクトチームの一員です」

「え? そうなんですか?」

「はい。ちなみに来月からは海外で先行して試験生産が行われる予定で、かなりお忙しい状態と察します」

 私も意識して「ちなみに」を使用していますが奥様は何も感じていらっしゃらないですね。

「そうだったんですね……ちなみに、だから結婚してからもずっと帰りが遅かったんですね。だったら今は浮気なんかしてる場合じゃないですよね」

「そのようです」

 奥様は心から安堵した様子を見せていますが、ちなみにの使い方が不自然……というかおかしな事になっていますね。

「わかりました」

「報告は以上ですが、何かご不明な点及び調査の継続に関してはいかが致しますか?」


 当探偵事務所は無駄に調査期間を引き延ばして、料金を搾取しようという行為は行いません。調査結果報告を踏まえた上で依頼人に確認を行っています。今回の依頼はここまでですね。

「……ちなみに、太宰さんは個人的にどう思いますか?」

「私が奥様の立場ならこれ以上調査はしません。ちなみに、浮気をしているというのは何かしら兆候がある物です。例えばいつもと帰り時間が変わった、夫婦の会話が減った、スキンシップを嫌がるようになった……ちなみにレスではありませんよね?」

「は、はい……」

「ちなみに、お金の管理はどうなっていますか?」

「わ、私です」

「ちなみに、ご主人はお小遣い制ですか?」

「はい。月に5万渡して残りは……ちなみに主人は手取り35くらいです」

「ちなみに、足りないとか訴えはないですか?」

「はい……」

「行動や態度に変化なし、経済的にも変わった様子はなし、これまでの材料から推察するにシロに限りなく近い……言い換えるなら現状シロだと断定しても差し支えないと思います」

「わかりました……あっ、でもちょっと待って下さい」

 奥様は俯き目を閉じて再び瞑想状態に。私は今回、今まで多数の調査を行ってきた経験から自分の考えを話しましたが、そういった発言は本来行き過ぎだと思います。

 今回のポイントは3つでしたが、メールの件とスマホを耳元に置くようになった件は解決していない……つまり3つのうち2つ解消されていない事も事実です。

「……決めました。太宰さん、あと一週間だけ継続お願いしたいです。それで終了して下さい。ちなみに、正直何となく腑に落ちない気持ちがあるのです」

「それは自身の女の勘みたいな漠然としたものでしょうか」

「はい。仰る通りです」

「わかりました。それでは同じ形で職場の張り込みをメインに調査を行っていきますが、並行して職場内の人間関係にも切り込んでみます」

 奥様は果たして、根拠が薄い女の勘を過信しているのか? はたまた意固地になっているのか?

 個人的にはシロだと思いますが、もう一度イチからの気持ちで調査に臨みましょう。依頼人が納得するまで。

 



 



 


 

 



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