豆を食らう
「思ったより、たくさん採れたわね」
芋虫、あるいは蛹。そうとしか見えないそれが、次々と机の上に置かれていく。
「ねぇ、なににするの?」
好奇心溢れるケンの声に慄きが募る。
「そうね~、どれだけ採れたかを見てから考えましょう。ケンちゃん、キッチンから一番小さなザルを持ってきて」
「はーい」
妻がそれを一つつまみあげ、オレに目だけで覚悟しなさいと語りかけてくる。
……わかっている。わかっているさ。だけど苦手なものは苦手なんだ。
「じゃあ、まず実を取りましょうね」
妻はケンに手本を見せながら、それを割り開く。
「あ、開いた!」
青臭いその匂いに、そっと顔をしかめる。
だけど妻はお構いなしに、できた割れ目を広げるように指先を滑らせ、BB弾を一回り大きくした緑色の実を、ぽろぽろとザルの中へ落としていく。
「うまく開かないときは、スジを取ると開けやすくなるわ。やってみる?」
「うん!」
……よく触れられるものだ。だんご虫にしか見えないそれを。
ケンの歓声と共に緑の実がこぼれ落ちる。やがて中身が全部ザルの中に収まると、それは茶碗一杯ほどの量になった。
「これ、生のまま食べれる?」
「食べちゃダメ。お腹壊しちゃうわ」
「え~、豆苗だったら生でも食べれるのに? おかしいね」
……ケン、お前までオレをちらちら見るな。言いたいことはわかる。豆苗なら食べられるのにと言いたいのだろ?
ああ、そうだ。オレはエンドウ豆が大の苦手だ。それなのに、もうすぐそれを食べなければいけない。
――そう、ことの始まりは半年程前。
「マ…母さん、この緑の葉っぱ、なに?」
妻がサラダにと切り、洗っていたそれに、ケンが興味を示したのが始まり。
「これはね、とうみょう、漢字で豆の苗と書くの。豆苗はね、エンドウの若葉なのよ」
「え?これ、パ…父さんの嫌いなエンドウ豆の葉っぱなの?」
「ええ、そうよ」
パパ、ママ呼びから、父さん、母さん呼びに変えつつあるなと微笑んでいたら、豆苗=エンドウ豆と知ったケンに、嫌な汗を覚えたのはは言うまでもない。
「豆苗からエンドウ豆って採れる?」
「さぁ、どうかしら」
「ぼく、豆苗からエンドウ豆採れるかやってみたい。うまく収穫できたら、パ…父さん、食べてくれるよね?」
ケンが誕生したとき妻と約束を交わした。ケンのやってみたいという好奇心に、できるだけ付き合うと。
……正直に言おう。あのとき、豆苗からエンドウ豆を収穫することなどできやしないと思っていた。実際、最初に植えた苗はうまく育たず、そのまま諦めてくれと願った。
だが、ケンは諦めなかった。図書館からエンドウ豆の育て方の本を借り、秋の終わりに豆苗を植木鉢に植え、本に書かれていたとおりに防寒対策を施した。
そうして春が来ると苗を覆ったビニールを取り外し、支柱を立て数日後。蔓が巻き付き、白い花が咲き、さやが実り……
「鳥がエンドウ豆狙っている!」
ケンに急き立てられ、網で苗を覆うのを手伝い、そうしてとうとう収穫に至ったのだ。
……さてケンよ、何で食するのだ?
「カレーかシチューに入れる?」
それだったら、ルーと絡めて食べられるのだが、ケンは首を横に振る。
「肉じゃが? それともポテトサラダ?」
「ぼく、豆の味がわかるのがいいな~」
「だったら、卵とじか豆ご飯か……」
「ぼく、豆ご飯大好き!」
よりによってそれかよ! 妻が目だけで問い、オレは腹をくくり、うなずいて返した。
「じゃあ、それできまり!」
「夕飯のおかずを買いに行くが、何か欲しいものがあるか?」
夕飯のおかずと共に酒も買って来て、食感が耐えられなかったら流し込んで食そう。それくらいいいだろう?
そうして夕食。炊き上がったばかりの豆ご飯の豆を少なくと、オレはケンに懇願する。
「じゃあ、頑張って、これぐらい食べようね」
そういうところ、小学生から変わっていないな、オレは……
「みんな、揃ったわね。ケンが育てた豆ご飯いただきましょう」
妻とケンの視線を浴びながら、オレは豆ご飯をひとくち。初夏の食感が、オレの口の中をたちまち占めていく。