気がして。
初めての作品です。短めなのでサクッと読んでいただけると幸いです。暖かく見守って下さい。
終わる夢を見た。終わるといっても何がどう終わるのかは分からなくてただ、何かが終わる夢を見た。どこか虚しい様なそれでいて何故か覚めて欲しくないと願えるようなそんな夢。私は目が覚めると泣いていた。何故泣いているのだろう。でもそれを嫌だとは思わなくて喉に引っかかっていた何かを解くように鏡に映る自分に挨拶をした。
「おはよう」
私の一日はいつも決まって同じだった。目を覚ますと顔を洗い歯を磨く。朝食のトーストを食べて身支度を整えて家を出る。無論、行く宛は無くただ同じ道を同じ時間に歩くだけ。それでも、飽きる事は無かった。家からひとつ目の交差点を右に曲がって真っ直ぐ歩き最寄駅の踏切へ行く。そこへ着くと私は決まって何かを思い出そうとするんだけれど空っぽの脳から無理やり引き出したピースはパズルの様にカチッとはまる事は無くてただ呆然とその場で立ちすくむ。そしてまた同じ道を辿り家に戻る。ただ、いつも決まって誰かの声が聴こえるような気がするのだ。たまに振り返ってみても赤いライトが点滅したまま遮断機が降りていくのをただ見ているだけ。でもそれはとても懐かしくて愛おしい声で、ずっと聴きたかった言葉のような気がした。
空っぽの脳の中でひとつだけ思い出せることがある。私は中学生の頃、人が生を終えるのを見た事があるのだ。誰かはもう覚えていないのだけれどただその人は最期までずっと笑顔だったという事は覚えている。私自身も若かったから自ら絶ったのかあるいは事故だったのか判別なんてつかずに恐れるどころか散り際に美しいとさえ感じてしまっていた。あれからもう20年くらい経ったのだろうか、今考えるととても堪える出来事であり極力思い出したくもないのだが。
今日もいつものように夢を見て目覚める。そして同じ時間に朝食を食べ同じ時間に踏み切りへ行く。テレビをつけても同じニュースばかりで歩く人達も同じ。でも、見飽きない光景。変わらないのは私だけじゃないのだと思って少しホッとする。ここまでがテンプレでありここからもテンプレである。でもひとつだけ違うのは夢の内容であった。夢の中で誰かがあの踏切の前に居て私に言葉を吐き捨てては笑ったり泣いたりしていた。そしてその言葉の内容が毎回違うように聞こえるのだ。でも私は馬鹿だから言葉の意味までは分からず意味を拾い集める為にいつも外へ出るのだ。同じ道を辿り踏切へと着く。そして決まって何か思い出そうとする。でも答えは見つからず今日も家路に着こうと歩き始めた時、私の名前を呼ぶような声がしてまたかと思いつつ振り返ると今度はハッキリと聞こえてきた。
「覚えてる?」
何が?私は怖くなって走って家まで戻ってきてしまった。うずくまるベッドの中普段なら考えもしないような事を考えては答えが出ないことにただ怯えていた。
あれからどれくらい時間が経っただろうか。時計の針はゆうに午後十時を回っていた。普段ならそのまま眠りにつくのだが何故か私は靴を揃えたまま裸足で外に出ていた。理解できない感情と夜の静けさとは反対に煩い心臓の鼓動に苛まれながらいつもの踏切へと走っていた。踏切へ着く。周りに人はいない新鮮な光景。いつものように考え事をして空を見上げた。あの日と同じアルタイルとベガに少しだけ涼しい風が吹く。するとねぇと懐かしい声が聞こえてきて私はやっとバラバラになった身体の様な記憶の全てを思い出せた。
そうか、そのために私は。
私はずっと変化が怖かったのだ。ただ、曖昧なこの日々を。本当は思い出そうとなんてしていなくて現実から目を逸らして生きてきた日々を。それでも忘れたくない記憶を忘れていってしまう世界で忘れない様に繰り返した日々の残像と乖離。人は時に愚かであり私もそのひとつであった。
「君はいつも単語帳みたいに断片的にしか憶えないからいざという時に使えない記憶になってしまうんだよ」
そこにはあの日と何も変わらない貴方が居た。
「笑うしかないな」
「そう言って笑ってないのも昔から変わらないね」
貴方は笑う。いつぶりの再会だ。
貴方を照らすブルーライトに近づく。最終便、遮断機が降りてスッと肩の荷も降りる。ずっと願っていた二人だけの空間。
「あの時、ここで約束した事覚えてる?」
「うん」
「次の日校外学習だからあたしが寝坊しないように君が起こしにきてって」
「うん」
「だからさ、起こしにきてくれる?」
「うん」
貴方が一番聴きたくて私が一番言いたかった言葉。
「おはよう」
その瞬間、私は私が生きてきた中で最高の笑顔をしていたと思う。