ババァ!
ニュイがゆっくりと光の球を切り口に近付けた。
「これは黒じゃない。元は赤だ。」
「赤? あっそっかぁ。赤が変色して黒みを帯びたってやつね。
推理モノのドラマでよくある血が変色して黒くなるパターン。」
って、俺何言ってるのっ?
血とか、何言ってんの?
俺、何怖い事言ってんのっ?
俺は慌てて自分の言葉を「んな事ねぇわぁなっ。」と
半笑いでかき消して、亡きモノにしてみたのだが
ニュイさんには聞こえておらず、「わかってんじゃん。」と
俺を肯定してきやがった。いつもは否定するのに。
「で、ペンキじゃないとするなら何だつうの? 」
ホントは耳を塞いで、あぁああ、あぁああ、って声出して
ニュイの言葉を遮りたいのだが
俺はかなり頑張って聞き返し答えを求める。
なんかやだなぁ。怖いなぁ。
血、とか言われたら怖いなぁ。ペンキじゃなきゃ怖いなぁ。
怖いなぁ。怖いなぁ。
って、なんかこの言い方、怪談話のレジェンドぽいなぁ。
あの方ならば、ここで『うぉぉおっ』って言って
『だぁれもいないっ。』って言うかしら。
って、俺意外と余裕? いや、余裕はないな。
「おい。聞く気あるのか? 」
肩先をゴツンと殴られ反射的に「はいっ。」と答える。
パブロフの犬並みの条件反射かと自分にツッコミ入れたくなる。
「ボクは血液だと思う。でも。」
「でも? 」
「専門家じゃないから。だから、」
「だから? 」
ニュイは俺の指輪を指差して
「聞けばいい。」と言った。
あぁぁあ。そうね、そうね、サージュ様ね。
科学者だっけか? あのアンディットババァ。
オカルト妹人形が逃亡、いや、行方不明になった時
『こっちからも調べる。』とか何とか言ったにもかかわらず
全く、一切、現在進行形で返事してこねぇ、放置好きババァね。
正直、この件で物申したいが、ミューとニュイの手前、
物申せない俺がいる訳で。
連絡をこっちから取るなら、文句の一つでも付け加えて
言ってやろうと意気込んで、
指輪を口元に持っていくのとほぼ同時に指輪がブルルと震えた。
え? 今、震えた? って確認する間もなく
突如、ガガガガガガって震え出す。
なにこれっ、なにこれっ?
指輪の揺れに指が制御出来ない。
このままだと俺の唇、乙女の味も知らぬまま、削れるっ。
「アロウだっ! アロウって言えっ! 」
ニュイが俺の左腕にぶら下がる様に飛びつく。
「ア゛ァ゛ロ゛ォ゛ォ゛オ゛。」
ピタっと揺れが止まる。
一瞬の静寂。
「ヨッ! どうだ? そっちは。」
その聞き慣れた声と軽い口調に、俺の殺意にも近い感情が
湧き上がり過ぎて沸騰する。
「ババァアアアッ! どうだじゃねぇえわっ。
危うく唇ハツルとこだったわっ! どんなバイブ機能付けてんのっ!
コンクリートブレイカー搭載っ?! なにっ?! なんなのっ?! 」
「あれ? わかりやすいと思ったんだが。」
「あ゛あっ?! 限度っうものがあろうがっ! 」
「おお。スマン。スマン。下げる、下げる。」
「下げるとかの問題じゃねぇえわっ! 」
「おお。じゃあ上げる? 」
「そこは下げとけっ! 」
「あら、ワガママ。」
「ババァアアアアアッ! 」
俺の絶叫と重なる様に、どこかでパカーンと
風に揺れた竹が鳴った。