もののけな妹
乾いた風が俺の前髪を揺らす。
俺は髪をかき上げ、シガーに火をつけ
ゆっくりと紫煙をくゆらせる。
敵さんの数はざっと20か。
俺の右手にはワルサーP38。頼むぜ。相棒。
さぁ、ショータイムだ。
・・・と、ハードボイルドタッチな俺をイメージする。
あまりにも酷な現状に耐え切れず、妄想世界に逃避してみるけど
ワワワンッやらグググゥーッの声に逃避しきれない残念な俺がいる。
いや、まじでヤバいよ。
ひとっつも助かる方法見つかんないもん。
四面楚歌、そんなもんじゃないわ。
もう100面楚歌よ。王手よ。詰みよ。
ポンして捨て牌、あ、それアタリだよ、はい役満、だよ。
とりあえず出来る事、今すべき手を実行する。
『かかってこいよっ! オラァア! 』的な雰囲気醸し出しつつ
絶対動かない。これしかない。
双子兄のどっちかが昔言ってたもの。
動くと跳びかかってくんぞって。でも気は張っとけって。
他力本願な起死回生。その時が来るの信じて耐えろ。
グググゥーッ、ワンワン、ワンワワワワン。
ワオォン。
ひときわ大きな鳴き声がして、犬達の後ろの青草が大きく揺れる。
俺を威嚇していた犬達が、モーゼの十戒海割りばりに道を開ける。
ボス犬登場ってやつか。ホントに詰んだか。俺。
「オニイタマ? 」
は? オニイタマだと?
おとぎの国のボス犬はオニイタマと吠えるのか?
目を凝らして前を見る。
ずっと目を見開いてたから、乾きまくって良く見えない。
こすって、ぼやけた視界にピントが合ってくる。
青草を揺らし、ゆっくりとこっちに
近づいてくる真っ黒な大きな犬、の上に何か乗ってる?
「オニイタマッ! 」
え? えっ? えええええっ?
オカルトなホラーな妹?
俺は首を振り、目をこすり、凝らし
2度、いや3度見をする。
真っ黒な大きな犬の上に小さい塊が一つ。
間違いない。『妹』だ。
黒の塊とホラーな塊は程よく俺から距離を取って止まる。
『 近づくな、俺が危険 』をちゃんと学習出来てるようだ。
グウウウウウッ。
この状態に飽きたどっかの犬が低く威嚇を始める。
それを皮切りに、またワンワワワワン、ワンワンと
けたたましく皆鳴き始めた。
「ちぃっ! ちぃぃ! うるたいのれす! 」
妹が吠える。いや、大きな声を出す。
狂った様に吠え盛ってた犬達がクーンと下を向く。
何だ? これ。どーいう現象?
周りの犬達は頭を下げ伏せじっとしている。
完全なる支配! なんで? 妹なに者?
里見八犬伝的なヤツ? それとも
むりから日本語直訳して太陽って名前の顔面ペイントおてんば姫?
驚き過ぎてビビってる俺に「おろろきまちた。」と
相変わらず舌足らずな発音でそう言うと
ボス犬に乗っかったまま妹はクスクス笑った。
「お前、なにしてんの? 」
「とぅかまてまった。」
「はぁ? 捕まってた? 犬にか? 」
「からとぅ。いぬたんが、たとぅけてくでまった。」
カラスに捕獲され、犬に助けられるって、どこの民話の主人公だ。
「いどいどあてで、おろもらてぃなんまった。」
色々あってで友達になるって、あの短期間にナニがあったぁっ?
つか、友達じゃないよね? どう見ても従えてるよね?
完全な侍従関係だよねっ?
「オニィタマ。いっとにもろるれす。」
もののけってる妹は犬の上に乗っかったまんま
適切な距離感で俺の前を行く。
「お前さぁ。」
「ふぁい。」
「舌足らずつぅか、発音やばくね? 」
「からとぅちりったれす。」
「カラスがちぎった? 」
「ふぁい。」
多分笑顔で振り返ったであろう妹の口元はパックリさけて
犬にやられたカラスの血を吸い込んだと思われる
真っ赤なワタが張り付き垂れ下がっていた。
俺は歩きながら例の銀の筒のボタンを
そっと押したのは言うまでもない。