童話の国への入り方
手をグーッと前に伸ばして、裏、表
何回も念入りに見てみる。
特別な運動や何かをした訳でもないけど
それなりに節もあり、19歳の男の手だと自分では思う。
でも、あの時見た小さな柔らかい手も
俺の手である事に間違いは無いと感じている。
「やっぱ、夢だったんかな。」
夢にしては、かき分ける草の匂いや、
あの草木の枝のしなる感触が妙に生々しい。
子どもの頃の記憶なのか、それとも、ただ単に夢なのか。
気になるな。かなり気になる。
そう。あの金髪の女性。
自分でも『そこかっ』ってツッコミたくなるけど
まぁ、俺だから仕方ないのだ。
正直、顔見たかったなぁ。美人臭プンプンしてたもの。
声かけたけど、振り向かなかったなぁ。
後ろ姿じゃわからんが、年齢的には20は超えてるだろうか。
何とも言えない色気が、あったもんな。
儚げで、今にも崩れそうな背中。たまらんかった。
花に埋もれた草木の真ん中に座る乙女、なびく金髪。
金髪・・・?!
「うっわっ。」俺は思わず声を出してしまう程
自分の犯した失敗を悔やんだ。
そう金髪。日本語で話しかけても、9割無理じゃね?
いくら夢の中とはいえ、俺の意識下である事に間違いはない。
姿形は子どもの俺だが、今の俺が中身なんだから、
使えよ、英語。俺、出来んだろ?その程度なら。
よし。次、あの夢見たら、絶対上手くコミュニケーションとるぞ。
忘れんなよ、俺!
「何、ブツブツ言ってる? 」
「打ちどころ、悪かったんでしょうか? 」
ミューとニュイが、遠巻きに俺を見てコソコソ話してる。
なんだかんだつーても、俺の事、心配してるんだな。
「相当、打ちどころ悪い。間抜けずら。顔もうってるな。」
「足も短くなってるような。全身ですよね。可哀そうに。」
これ、心配じゃないよね? もう悪口だよね?
そんでもって、もうコソコソ話しでもないよね?
「壁、型ついてる。もったいない。」
「シミとか、体液とか付いてたら
建物自体取り壊した方が、いいかもしれませんね。」
「うん。その方がいいと思う。気持ち悪いから。」
「おい。めっちゃ聞こえてんだけど。」
「あら、聞こえてるのですね。」
「耳は無事だったんだ。良かったじゃん。」
「人をぶん投げといて、その言いざまは何だ? ニュイ! 」
「ぶん投げてない。ボク怪力じゃない。」
「そうですよっ。ミチル、失礼です。女の子にむかって
怪力とか、ゴリラ並みだとか。」
「ゴリラ、言ってねぇええ。」
「言った。今、言った。」
ゴリラ言ったの言わないので、責められる俺。
何これ、何の業よ?
つか、ニュイ、お前、ゴリラに失礼だ!
と、心の中で叫びつつ、
「はい、すいません。はい、ごめんなさい。」を連呼する。
口だけで謝って済むなら、お安い御用だ。
命大事よっ。
「もうそろそろ、いっかなぁ? 休憩終わりたいんだが。」
サージュが、呆れたって顔をして言う。
デジャブですか、と思いつつ俺は席に着く。
「どこまで話して、どこから続きか、わかんなくなっちまったからさ、
童話の国に入る方法を話そうかと思うんだが。」
やっと、ここまで話進んだか。
早急とか何とか言われているのに、
すんげぇ時間喰ったよな気がするわ。
例のごとく、心の中でのみ、
文句なんぞ言わせてもらっとく。
「童話の国はな、別種を拒絶する。
命が宿った瞬間からそうなっちまった。
入るだけというなら、私も可能だが、住人と会話する事も
あの世界の物に触れることすら、私には出来んのさ。」
「それって、何も出来ないのと同じなんじゃね? 」
俺の言葉遣いが、気に入らないのだろう。
ニュイが、チッと舌打ちをし
ミューがテーブルの下で俺の足を踏んづける。
当のサージュはちっとも気にしてないのに。
それが証拠に、普通に返事を返してくる。
「そう、なぁんも出来ない。中に入れても指くわえて見てるだけ。
だからさ、遠隔操作って手段を考えて作り上げたんだ。
直接は無理だが、この方法だと、ある程度の制御が可能だからな。」
「ある程度? 」
「そう、ある程度。大きく変化を伴う案件に対しては
実際なんも出来ないのと一緒だ。気持ちを伝えるとか、
話を聞いて原因を追究して、正すとか、
そういった、関りを持つこと自体、出来ないのさ。
例えば、物語の要で王子が右に行くから、姫に会えるとする。
しかし、王子は何故か左に行きたい。右に行かない。
そんな時、私らの出来る事は、
せいぜい左の道に障害物を置く程度の事。」
サージュはそう言って、フッと軽く笑う。
「おおごとになってからじゃ、対処不能だからさ、
24時間監視して、ちっさい芽のうちに刈り取っちまう。
それを、ずーっと、ずーっと、繰り返してきたって訳だ。
それなのに、ここにきて、こんな事が起こるとか。
私は、一体何をやってきたんだろうって、イヤになるよ。」
自嘲する様に、蔑む様に笑うサージュに
「そんな事ありません! 」と、珍しくミューが、声を荒げる。
「サージュ様が、今まで頑張ってこられたからこそ
こんな事態になっても、崩壊を免れているんです!
私は、尊敬してます! 」
ニュイもミューの言葉に大きく頷く。
良く事情を呑み込めない俺だって、そう思う。
「ばぁちゃんは、スゲェって思う。かっけぇって、俺思う。」
俺達の言葉を下を向いて黙って聞いていたサージュは
ゆっくりと顔を上げて俺達を見る。
そして、
「カッコいい? スゲェ? 尊敬する?
そんなもん、当たり前だろ。私は天才だからな。」
とニカッと笑った。