俺の記憶は俺のモノ!
ここは、どこだろう。
全く知らない場所の様な、凄く懐かしい場所の様な。
なんだか落ち着かない。妙な感覚だ。
頭上いっぱいの青空に、吸い込まれる様に緩い坂を上がる。
そこに、ただ一軒だけある、古びている事すら、お洒落に感じる白い家。
その白い家の手入れが行き届いた庭の、
これまたお洒落な柵に沿って、俺は歩いて行く。
途中、誰かが 「この先、行き止まりだよ。」と
言ってるのが聞こえたが、構わず俺は、奥に進む。
道はいつしか、細い土の小道へと変わった。
目の前を塞ぐように、立ちはだかる草を
かき分けて、奥へ、奥へ、進む、進む。
かき分ける俺の手が、柔らかく小さい。
転ばない様に意識する足元に、黄色いズック靴のつま先が見える。
やがて、生い茂る草の隙間から、ちらちらと
空とはまた違う青い景色が見え始める。
海だ。
意気込んで分け入る。
が、そこには海は無く、俺の肩位の高さの草木が生い茂り
淡い紫や薄桃色の花が、細くか弱そうなその枝先で揺れていた。
海だと思ったのに。
何故、行く先に海があると思ってたのか謎だけど、
そんな事、どうでもよくて
俺は、ただ、海じゃなかった事に腹を立て
目の前の枝を握って、揺らして、力任せに押し広げた。
枝葉の間から、このむこうに人が座っているのが見えた。
金色の長い髪が、キラキラと光って見える。
話しかけたい、無性にそう思った俺は
草木の隙間に足を突っ込んで、
グイグイと体を潜り込ませていく。
そして、大声で俺は声をかける。
「俺、ミチル! 君は何て名前なの?! 」
「サージュ・アンテリ・ジャンスだが、なにか?」
突然耳に入ってきた、聞き覚えのある声に驚き、
俺はパッと目を見開く。
俺の見開いた目に、サージュと
心配そうなミューと、もの言いたげなニュイが映る。
「夢? 夢、か。 」
ボソッと口にした言葉にミューが
「どれがですか? 」と聞き返してくる。
「ニュイに飛ばされた事でしょうか?
それとも、上手に壁にめり込んだ事でしょうか? 」
何言ってるんだろ? 壁にめり込む?
「俺、めり込んでたの? 壁に? 」
「ええ、とても上手に。」
「まぁ近年見た事ない位の見事なオブジェ化だった。」
サージュが、そう言いながら壁を指さす。
そこには、腕 W、足 М のシルエットが
壁にくっきり後を残している。
「あれ、なんでしょーか? 人型ですけど。」
「アレ、ミチルですよ。」
「思い出した! 俺、ニュイに、ぶっ飛ばされた!
ぶっ飛ばされて、壁に・・・めり込むって、
いやいや、おかしいだろ、これこそ有り得ねぇだろっ。」
「まぁ、無いなぁ。見事だかんなぁ。100点中80だな。」
「ええ。これ程、見事には無いですね。私は、90点にします。」
「そこっ? 俺の体の具合でなく、俺の壁跡の芸術評価?
しかも、ふたりとも微妙な点数てっ。」
「ポーズが・・・なぁ。」
「そうですね。ポーズさえ良ければ。」
「何、残念がっとんねんっ!俺の体の安否はっ?」
「痛くないだろ? 」
サージュが、ニンマリと笑って聞いてきた。
「確かに、そう。痛くないのだ。気絶したけど。
外傷もないのだ。気絶したけど。」
あたかも俺の心を代弁するかの様な口ぶりで
ニュイが答える。
「なんで、お前が答えるんじゃっ!
しかも気絶、気絶って、うるせぇわっ。」
「気絶したじゃん。」
「したじゃん、じゃねぇだろーがっ。お前がさせたんだろーがっ。」
「される様な事、したからじゃん。」
俺は、ニュイに、ぶっ飛ばされる前の場面を
思い出し、顔が真っ赤になる。
ニュイも、何かを思い出したようで、顔を真っ赤にする。
「オイ! 」
いきなりニュイに胸ぐらをつかまれる。
「その記憶、今すぐ消せ。出来ないなら、ボクがオマエを消す。」
ニュイの赤い大きな瞳の奥が、
コレ本気ダカラ、と物語っている。
「忘レマシタデスヨ。ナンデスカ? ワカリマセンデスヨ。」
顔面引きつらせて、そう言う俺に
「これ、警告だから。」とニュイは吐き捨てた。
コイツは、ヤルだろうな。
木っ端微塵になる俺、想像出来るわ。
俺は、ぺんぺんからの涙目ニュイを
泣く泣くプチっと消去・・・なんてするかぁああっ。
俺の記憶は、俺のモンだもんね。
俺の妄想の糧となってもらうぜ。
でも、今はとりま封印しておこう。
ヤラれたら、もう妄想出来んからな。
俺は、俺の心の奥深くにある【 妄想の糠床 】に
ぺんぺん記憶を放り込み、漬物石10で蓋をした。