代 償
ひとしきり俺達の賛辞を浴びて、満足したサージュは
奇声ともとれる『 わっふぅ 』の雄たけびを上げ
緋色の袂をふわっと翻し、何事もなかった様に澄まして座っている。
何となく、ニュイがサージュを避けてる意味が分かった気がした。
あのポージングのくだりがなけりゃ、カッコイイのに。
しっかし、誰かに似てるんだよなぁ。
ボーっと顔を見てたら、目が合って少し焦った。
「今回の異常事態も、それに関係あるんでしょうか? 」
妙な空気の沈黙を破って、ミューが質問をした。
「ある、とも言えないし、無い、とも言えない。
正直な所、何が起こっているのかわからんのだ。」
サージュは大きく頭を振って、苦悶の表情を見せる。
「異常に気付いたきっかけは、看視班の1人の男の乱心とも言える暴挙だった。」
1週間前。10名いる看視班のうち1人が突然暴れ出し
その場に居合わせた数名を殺傷した。
彼は、すぐ取り押さえられたが、その場で泡を吹き、死亡。
その後、他部署の各班に自殺者、傷害事件、精神疾患による休職、退職者が多発。
「たった3日の間にだよ。私は優秀な部下を16人も失ったのさ。
事態の異常さを重く見た、私と女王クラルテは
童話の世界に異変が起こり、その影響がこっちの世界に
異変を起こしている所まで突き詰めたんだ。」
話が、ハード過ぎて若干飲み込めねぇ。
つか、この事態に対して、この人たち何やってたんだ?
ただ、見てただけか?
「手は打たなかったんスか? 」
「打ったさ、いや、正確には私達は打つ為の段取りをしたに過ぎんか。」
「段取りって? 安全を確保しての静観とか、傍観っすか?」
「ミチル! 」
俺の言い方が、自分でもわかる程、あからさまにキツイ。
ミューが、俺の言葉を咎める為に、声をあげる。
しかし、サージュは、スッとそれを手で制し
俺の目を真っすぐ見た。
「私達、私と女王クラルテは、何度も、何度も
童話の世界に入ろうと試みた。あらゆる手段を使ってね。
しかし、世界はそれを拒み、拒絶した。
最初の異変から5日目、恐れてた事態が起こった。
童話の世界の異変の影響が、テェールにも影響を及ぼし始めたんだ。」
サージュは、スッと立ち上がり、窓のそばに立ち
ほんの僅かな間、外の景色を見て小さく咳払いをした。
「これを止めて正常に戻すには、童話の世界に入る事が絶対条件。
しかし、この国で、あそこに入れる存在は私と女王クラルテだけさ。
もう成す術がないと諦めた時、女王クラルテが見つけたんだ。
唯一入れる方法と人物をね。」
そう言うと、彼女は、ゆっくりこちらに向き直り
俺を見据える。
「ミチル。それが、オマエさんだったのさ。」
そして、サージュは緋色の法衣の紐を解き出す。
窓から差し込む陽の光が、サージュの姿をより鮮明に照らし出す。
「私に出来る事は、この身を影本体に投影し
侵食する大きな影の進行を遅らせるので精一杯。
此処から先は、オマエさんしか出来ないんだよ。」
あああ、と悲鳴のような嗚咽を上げ、泣き崩れるミュー。
立ち上がったまま、身動き取れず、呆然とするニュイ。
そして、俺は、ただ無言で、その姿を見つめている。
はだけた法衣の中にあったのは
大きくぽっかりと穴の開いた老婆の体だった。