ホルメーの森
何時かは、わからないけど、陽は高い。
さっきの場所から見ると、鬱蒼としてた森の入り口も
入ってみれば、意外と明るく、木立の隙間からきらきらと陽が差し込み
なかなか、どうして快適で素敵だ。
草木の香りを鼻腔いっぱいに吸い込む。
森林浴ってやった事無かったけど、イイもんだ。
花や、草や、木の名前、家に帰ったら調べてみようかな。
木々の合間を縫うように、遊歩道とまではいかないが、
それなりに整備された林道を歩く。
時折、鳥のさえずる声も聞こえ、甘い木の香りが
鼻をかすめる。
「俺さ、冬山の森しか知らないからさ、こーいうの初めてなんだけど、
いいね。森。」
「ここはホルメーの森といいます。」
「へぇー、ホルメーの森っていうんだ。」
「名前の意味は、」
そこまで言って、ミューが黙る。
ニュイが、「来るぞ! 走れ! 」と叫ぶ。
何事?! 俺はふたりの方を振り返る。
「ランスさんですよぉおおっ! 」
俺をふたりが、全速力で追い抜いていく。
「ランスさん? 」
「バカ! 急げ! こっちだっ! 」
何慌ててんだ。ランス?
ああ、さっき言ってたやつか。
森の中で女子を狙う変態ヤローの類だな、
よし、俺が一発かましてやる。
カッコつけて構えてランスを待つ事、数十秒、
砂煙上げて走ってきたのは、
裸の変態でも、下半身露出の変態でもなく
身の丈2メートルはあると思われる猫!
待て待て待て待て! なんじゃこりゃあああ!
誰の猫?! 飼い猫?! 野良猫?!
ペットショップでみたことねぇええ!
でけぇええええ!
「走れっ! 」
「こっち! こっちですっ! 」
ミューの声に先導され ふたりのいる岩陰に飛び込む。
「何?! あれ! 」
「シッ! 」
俺は慌ててクチをふさぐ。
グルルルルグルル喉を鳴らし
ギラギラした目が少しづつ迫ってくる。
「確か、この前の残りが、あったはず。」
ミューはそう言って、踵をトントンと2回打つと、
小さなカバンがポンと出てきた。
そして、カバンの中から枝の束を取り出し、猫めがけて放り投げる。
待ってました!と言わんばかりに
目を細め、うっとりして
ニャニャニャァァァァッッニャァと
歌うように鳴きながら、巨大猫は枝の束をくわえて
森の奥に消えていった。
「な、なんですか…あれは。」
「ウルスだ。」
「猫ちゃん、ですよ。」
猫ちゃんですよ、といわれても、
俺の知ってる猫とサイズが違いすぎませんかっ?
「人が通るのを見つけると誰彼構わず、ああやってじゃれてくる。」
「じゃれる? いやあれ、狩りモードでしょっ? 」
「捨て猫さんらしいですよ。」
「自分で世話出来ないなら、飼うな。そーいうのボク嫌い。」
「世話って、あれは無理でしょーよ? 俺は御免被る。」
なんであのサイズになったの?の俺の問いに
さぁ、知らない、とふたりは答え
何事もなかったかのように歩き始める。
俺の頭の中は気になる疑問が沸き出して
収拾がつかない。
餌とかどうしてるんだ? 仲間はいるのか?
疑問は想像力を駆り立てる。
しかしだ、さっきのふたりの慌てようといったら、
思い出したら、ふつふつ笑いが込み上げてくる。
笑っちゃイケナイって思えば思う程
笑いのツボに、はまるのが人というやつで
勿論、俺も例外じゃなく、もう我慢できない。
俺の笑い声を聞いて、ふたりが振り返る。
「ごめん。あははは、悪気無いんだけど、がははははっ、さっきの慌て様が、」
立ってらんない程、可笑しくて
目の前の黒い大きな木にしがみ付いて爆笑する。
「おまえなぁ。」といってニュイがピタっと動きを止める。
あれ? なんか、ふたりとも凍り付いてる?
ウググググーツ。
地響きの様な唸り声が、俺の頭の上から降ってくる。
湿っぽく、獣特有の匂いのする生暖かい風を感じる。
「え・・・。」
俺はゆっくり顔を上げる。
「ほげぇえええええっ! 」
俺が、木だと思ってたのは、巨大な熊の足で
俺はそれに、しっかりと今なおしがみついていて
当然、その行為は熊さんには迷惑極まりなく、
ブーンッと足を大きく振られ、遊園地のアトラクションさながらに
あれぇーと俺は、振り回される。
「離すな! しがみ付け! 」
「たぁすぅけぇぇぇてぇぇえ。」
「我慢です! 」
今何回目のブーンッだろう?
ブランコの天辺付近に行く時みたいに、空が近い。
空って青いんだぁ。あ、ミューとニュイが見える。
なんだろ。フワッとケツが、浮く感じがする。
腕も、こんなにフワッと軽い。軽い・・・軽い?!
「うげぇええええっ!!!」
俺は空を飛んだ。
初めて飛んだ。初めて飛んで・・・。
俺! ヤバいっす!