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第7話 デスゲームの果てに

 何やら話し声が聞こえる。

 重たい瞼を開くと、白い天井があった。

 周りをクリーム色のカーテンに囲まれて、僕はベッドで横になっている。


(ここは……)


 動こうとして、身体の激痛に顔を歪める。

 全身が包帯だらけだった。

 右足にいたってはギプスで固定された上で吊られている。

 点滴も施されて、まるで病人のような扱いである。


(ひどい怪我だな。全治何か月だろう)


 僕は自分の状態を確かめて思う。

 包帯で見えないが、きっと全身に傷があるに違いない。

 この感覚には憶えがあった。

 あの狂気の学校で負った傷だ。

 意識がはっきりしない中、僕は天井を見つめながら考える。


 一つ分かったのは、戦慄サバイバルから脱出できたということだ。

 なんとか手を伸ばしてカーテンをずらすと、他のベッドで喋るクラスメートの姿が見えた。

 彼らも怪我をしているが元気そうに話している。


 きっとここは病院だ。

 皆も同じように入院しているらしい。

 クラスメート達は、僕を見て慌てて看護師を呼びに行った。

 それから僕は意識や体調のチェックを受ける。

 簡単な質問をされたので素直に応じた。

 特に意識に支障がないことが分かり、再び横になって安静にする。


 看護師の話によると、僕は二週間ほど昏睡状態だったらしい。

 他のクラスメートが目覚めた中、僕だけがずっとそんな調子だったそうだ。

 きっとクリアまでの時間差だと思う。

 僕は最後まであの学校にいたから、目覚めるまでにラグが生じたに違いない。

 実際は二週間も差はないはずだが時空の異なる場所の話なのだ。

 多少の矛盾が出てもおかしくはない。


(そういえば、ちゃんと正門を通ったっけ……)


 六時間が経った後の記憶が曖昧だった。

 あの時、僕は気絶寸前で……死ぬ寸前で耐えていた。

 この全身の怪我が何よりも物語っている。

 同じことをやって次も生還できるとは思わなかった。

 それだけ必死だったのだから、記憶だって飛んでしまうだろう。


 僕は痛む手を顔に伸ばす。

 当然ながら被り物は着けていないので、人間の肌に触れた。

 その代わりとでも言うように、頭には包帯がしっかりと巻かれている。

 血ではなく消毒液の臭いが付いていた。


 何もできないので天井を眺めていると、仕切りのカーテンが勢いよく開かれた。

 現れたのは八田さんだった。

 顔や手足に包帯やガーゼを巻いた彼女は、ホッとした顔を見せる。


「中島君、よかった……!」


「八田さんこそ無事だったんだね」


「うん。殺されちゃったんだけど、目覚めたら元の世界に戻ってたの」


 それから八田さんに事の顛末を聞いた。

 まずはバスの事故について。

 運転手の心臓発作により、僕達は崖下に落下したそうだ。

 負傷者は多数だが、奇跡的にクラスメートは誰も死ななかったそうだ。

 軽傷だった担任が救急車を呼んでくれて、間もなくクラス全員が近くの病院に運ばれたのだという。


(僕の努力は無駄じゃなかったんだ)


 もし戦慄サバイバルをクリアできなかったら、現実でも死亡していたのではないか。

 死神の説明からしてそうだ。

 クリアできたからこそ、怪我だけで済んでいるのである。


 ちなみに皆は戦慄サバイバルのことを医者に説明したそうだが、まったく信じてもらえないらしい。

 当たり前だと思う。

 誰がそんな話を信用するというのか。

 大方、パニックになって妄想でも見たのだと思われている。

 八田さんは声を落として僕に尋ねる。


「あれは……戦慄サバイバルは夢じゃなかったんだよね」


「たぶんね。実際に起きていたんだと思う」


 あれが嘘のはずがない。

 クラス全員が同じ妄想をしているなんておかしいだろう。

 何よりあの時の感覚は現実と同じだった。

 間違いなく僕達は六時間のデスゲームを経験したのだ。


 それからしばらく話をした後、八田さんは自分の部屋に帰った。

 精神的ショックも大きいとのことで、軽傷の生徒も含めてクラス全員がまだ入院中なのだそうだ。

 外に出るとマスコミがいるらしく、ほとぼりが冷めるまでは敷地外には出られないという。

 閉じ込められている点で、戦慄サバイバルと同じかもしれない。

 僕はそんな不謹慎な感想を抱いた。


 翌日、僕は院内の散歩を許可してもらった。

 リハビリを兼ねた運動で、目の届く範囲ならという条件付きだった。

 松葉杖で足を庇いながら歩く。

 数メートルを進むだけでも一苦労だ。

 おまけに身体の痛みも増している。

 短い距離じゃないと散歩は無理そうだった。


 同じ階の端まで歩いたところで休憩していると、突き当たりの廊下の陰に誰かが立っていた。

 こちらを見て微笑むのは死神だった。

 僕はぎょっとするも、身構えたりはしない。

 どうせ抵抗なんてできやしないのだ。

 今の僕はただの重傷者で、斧も被り物も持っていなかった。


 死神は気さくに話しかけてくる。


「やあ、こんにちは。無事に生還できた感想はどうかな」


「まったく無事じゃない。おかげでしばらくは入院生活だ」


「それは君が無茶をしたからでしょ」


 死神はたしなめるように反論する。

 どうして僕が悪いかのように言ってくるのだろう。

 疑問に思う間に、死神は思わぬ事実を暴露する。


「この際だから言っておくけど、君達はあの事故で全員死んでいたはずなんだ。戦慄サバイバルをクリアした特典で生き残れたんだよ」


「あのゲームは蘇生のチャンスだったわけか」


「その通り。まあ、開催したのは暇潰しが理由だけどね」


 確かにバスが高所から落下して、一人も死んでいないのは不自然な気もする。

 死神の説明を信じるなら、本来は死ぬはずだった人間が戦慄サバイバルに挑戦できたということだろう。

 僕達は一か八かのギャンブルで勝ったのである。


「君達は命拾いした。そうして失わずに済んだ人生をどう過ごすつもりだい?」


「……分からない。将来のことなんてあまり考えたことがない」


「まだ子供だもんね。でも、ちゃんと考えた方がいいよ。人生って、いきなり豹変するものなんだから」


 死神は意味深に言う。

 確かにそれはそうかもしれない。

 あんなことが起きるまで、僕は自分の死なんて想像もしなかった。

 ほんの小さな偶然から人生は壊れてしまうのだ。

 歩み寄ってきた死神は、冷たい笑みを浮かべて僕に囁く。


「せっかくの命を粗末にしたら、またゲームに巻き込むかもね」


「上等だ。今度も全員生存でクリアしてやる」


「ふふ、楽しみしているよ――」


 それだけ言うと、死神は立ち去った。

 誰も彼女のことを気に留めない。

 普通の人間には見えないのかもしれなかった。


 残された僕は松葉杖をついて部屋への道を歩き出す。

 色々と理不尽な目に遭って振り回されたが、死神の言葉には無視できない重みがあった。

 一度きりの人生をどう使うか。

 軽く扱って無駄にはしていないか。

 それを考えさせられた。


 だから僕は歩む。

 死を意識したことで、生を強く感じることができた。

 悔いのない人生を進み続けたい。

 一歩一歩をゆっくりと踏みしめながら、僕はただそう思った。

本作はこれにて完結です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

新作も始めたので、よければそちらもお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! デスゲームものながら、後味の良い結末で良かったと思います。
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